機械と人間と主従関係
建物とかパソコンとか、普通の資産は時間が経てばその価値が減耗していくのが普通だ。老朽化すればその能力が下がって、やがては買い替えなくちゃならない。
ところが最近になって、時間が経つと価値が逆に上がる資産が誕生した。ずばり、それはAIだ。AIを搭載した機械は、人間が教育を施すことによって、能力が向上していく。これまで、そういったタイプの資産の代表例は人間自身だと思われていたのだけど、どうやらそこに一つ加えなくちゃならないらしい。
そしてそれは今までにない変わった現象を人間社会に引き起こしてしまったようだった。
AIの能力を向上させる為には、人間がAIを教育してやらなくちゃいけない訳だけど、実を言うとその逆も既に行われている。つまり、AIが人間を教育するという事も行われているのだ。
機械を人間が使いこなすのには教育が必要で、その教育を行うのに最も適しているのはAI自身って理屈。
そして、ここにもAIからの教育を熱心に受けているある男がいた。
「このブタ野郎! なんでそんな効率の悪い検索をかけるんだよ! もっと的確な条件がいくらでもあるだろうが!」
彼は顧客の需要を敏感に察知して、工場ラインを動的に変化させるオペレーターのような業務を担当しているのだが、その為の情報を得るのにAIによるデータマイニングを頼っているのだ。
……なのだけど、どうにもそのAIから彼は叱責を受けているようなのだった。
操作方法がなっていない、と。
それもかなり口汚く罵られている。
僕は正直、驚いてしまって、思わず彼に忠告をしてしまった。
「AIの設定をいじれば、もっとマイルドに教えてくれるようになるのじゃないですかね?」
ところがそれを聞くと、彼は無骨な表情をわずかに歪め、こう返して来るのだった。
「いえ、これは自分が望んでやっている設定なので」
彼はかなりの強面で、ストイックな雰囲気が如実に感じ取れる。恐らくは、自分に厳しい人なのだろう。
そしてその数日後、彼の業績が上がっているのを僕は知ったのだった。
それで僕はすっかり感心してしまった。もし僕なら多分最もマイルドな設定でAIから教えてもらっていることだろう。そして、あまり業績は伸びていないのだ。
僕はそれを同僚の一人に言ってみた。
「いやぁ、世の中には随分と真面目な人がいるもんなんだねぇ」
ところがそれを聞くなりその同僚は、こう返すのだった。
「ああ、それはちょっと違うよ。あの人、マゾヒストなんだよ。だから、AIの教育設定を厳しくしているんだ」
「へ?」
それで僕は固まってしまった。
……まぁ、個人の自由だからどうこう言うつもりはないけども。
いや、でも、AIに変なクセがついたら、ちょっとまずいんじゃないかな?
少なくとも彼が使った後のAIを引き継ぐのは出来る限り避けよう。
そう僕は思った。