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ある少女漫画の世界に転生した話

作者: 水野リベル

海皇堂(かいおうどう)エリ子!お前との婚約は破棄させてもらう!」

 黒髪で均整のとれた身体の見目麗しい顔をした男がいった。その男の目の前にいる私、海皇堂エリ子は、あぁ、やっぱりかぁ、とどこか冷めた目でそれを見た。いずれこうなることは分かっていた。私がこの世界を少女漫画の世界だと知ったのは約1ヶ月前──突如、頭痛に襲われ、丸一日寝込んだ私は、ここが少女漫画『花の学園☆パラダイス』(略して花パラ)の世界であると夢の中で思い出したのだ。前世の私は交通事故で死んだこともうっすらと思い出した。その漫画の中でも私、海皇堂エリ子は目の前にいる婚約者、蒼間祐稀(そうまゆうき)から婚約解消される役だった。そして婚約解消した後にヒロインである花岡桃子(はなおかももこ)は、蒼間様との仲を深め他の男キャラクターとも色々ありつつも最終的に蒼間様とくっつき、やがて婚約するのだ。わが婚約者様、近頃花岡さんと親しそうにしてたからなぁ……。

 さて、ここは金持ちの子息子女が通うことで名高い名門高校である。花岡さんは、エスカレーター式であるこの学校にこの春から入学してきた女子生徒だ。確か漫画の設定では元々平凡な家庭で生まれ、庶民として育ってきた花岡さんだったが、つい最近資産家の孫だったことが判明し(といってもこの学校ではよくいる程度だが)、その親戚のつてでこの学校に通うことになったとかいうことだったかな?

 花岡さんはこの学校に入学すると、学園の男子達の心をたちまち魅了した。そしてそれら男子達の中でも特に人気、資産、権力のあるものばかりが花岡さんを取り巻くようになっていき、そしてつい最近、花岡さんは蒼間様を相手に選んだとのことらしかった。どうやら皆彼女の無邪気で人懐こく奔放なところにひかれたらしい。庶民出身が故に、他の女生徒とは違い、上流のことに疎かったのもまたもの珍しかったようだ。まぁ、漫画なんかではよくある話だ──。

「おい!聞いているのか!海皇堂!」

 私ははっと我に返り、蒼間様を見た。

「聞いていますわよ。私との婚約を解消したいのでしょう?」

 ついこの状況の回想に夢中になってしまった……!私は態度をただし、「それで、婚約解消のことはお互いの親にはどう伝えますの?」

「そのことは俺が近く両親に話すつもりだ。そちらの両親にもこちらからいずれ解消の申し出がいくだろう」

「そうですか……了解しましたわ」

 私がいうと、蒼間様は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔で私を見て、「話はそれだけだ」と教室を出て行ってしまった。ここは学校の資料室で、私はこの昼休み、蒼間様に呼び出されていたのだ……。きっとこれから中庭に行き、ヒロインに会うのだろう……。彼らが毎日昼休み、中庭で会っていることは知っている……。

 ポツンと残された私は、とぼとぼ教室へと戻りながら蒼間様とのことを思い出していた。私たちが初めて顔を合わせたのは確か6歳の時──。何のパーティーだったかはよくわからないが、上流階級の人間が集まるパーティーで、私は親に、蒼間家の面々を紹介され、その時一緒だった蒼間様に一目惚れしてしまったのだ!私は早速親にねだって無理やり蒼間様の婚約者にしてもらったのだ。蒼間家は、わが海皇堂家よりも、グループの規模が上で、その蒼間家との太いパイプが作れるとのことで親も乗り気だった。私はそんな蒼間様の婚約者になれたことが嬉しくて、会えた時はベタベタつきまとっていた。 蒼間様からは、あまり頻繁にくっつくなとよく嫌がられていたが。蒼間様に女の子が近づいたときは手厳しく追い払った。そして高校生になり──あの子と蒼間様が親しくなり出した時も私はあの子──花岡さんに厳しく接した。蒼間様の前ではおとなしくしていたが、見えないところできつく悪口をいったり、意地悪をした。そして1ヶ月前……私はここが前世読んだ少女漫画だと思い出したのだ。その時私の前世の人格も戻った。だが、今世の海皇堂エリ子としての記憶はそのままだ。

 私はそれを思い出し、これまで自分がしてきたことを思い出し蒼間様にあんなにつきまとっていたことを恥ずかしく思い(前世の私はどちらかというと恋に奥手だったのだ)、ヒロインに対してはひどいことをしてしまい申し訳なさを感じた。その日から私は、できるだけ蒼間様と関わることを減らしていき、ヒロインへの意地悪もきっぱりやめた。

 ……ここが漫画の世界と知り、私がいずれ蒼間様から婚約解消されてしまうことを知ってショックがなかったわけではない。だって蒼間様はとてもかっこいいんだもの。学校一の美形で、たくさんの女子の憧れ、頭もスポーツも最高!記憶を思い出す前の私はもうベタ惚れだった。私の場合は家が金持ちなので彼の家の資産にはさほど興味はなかったが、他の人々にとっては彼の家の資産ももちろん魅力だろう。まさに少女漫画(フィクション)ならではの出来過ぎたお相手役!といった感じであろう。

 でも婚約解消かぁー、わかってたこととはいえやっぱり辛いなぁ……でもそう漫画で決まってたんだし、私もこれからは誰か他の相手でも見つけないとなぁ。なんて思いながら教室に戻り、その日の学校を終え、家に帰宅した。


 ど~んとそびえるお屋敷──。

 記憶を思い出してびっくりしたことの1つに海皇堂家の家のことがある。だって前世の私はただの庶民だったんだもの。こんな大きな家で、家に使用人がいるような家のお嬢様だなんて……!

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 口々にそういわれて「ただいま」と返事をする。お嬢様としての生活は、前世から考えれば憧れだったので嬉しい反面、やっぱり少し違和感を覚え、戸惑ってしまう。まぁ、記憶を思い出す前に躾けられた教育のお陰で、お嬢様としての生活はうまく送れているのだけど。

 私は自分の部屋に行き、着替え、ゴロンとベッドに寝転び今日のこと思い出した。今日婚約破棄された時の様子だ。漫画の通りであった。やっぱり、これから蒼間様と花岡さんは漫画のようにくっつくのだろうか──?それを考えると少し私の胸はいたんだ。それから、私はどうなるんだろう?漫画でのエリ子は最初のころ蒼間様に婚約解消されていた。その後ヒロインに対し、たまにきつくあたっていたが、確かじょじょに出番はなくなり、途中からは全く出なかった気がする。海皇堂エリ子というのはその程度の出番しかない、悪役というほどでもないちょっとした当て馬なのである。()()()()と記憶がハッキリしないのは前世の私がこの漫画をあまりしっかり読んでいなかったからだ。 元々他の漫画目当てに買っていた雑誌に載っていたので、ついでに読んでいただけの漫画だった。別に私はこの漫画がそれほど好きなわけじゃなかったんだけどなぁ……なんでこの漫画に……。どうせ転生するならもっと好きな漫画が良かったぜ……。とにかく、まぁ私のことがそれ以上書かれていないということは、私はもうこれ以上不幸になることはないということなのだろうか。つまり好きに人生を歩んでもいいわけだ。


 ──翌日──。私は使用人に髪の支度をしてもらっていた。使用人が私の髪をコテで巻いてくるくるのカールを作っていく。私は毎日この髪型で学校に通っていた。記憶を思い出す前のエリ子は、この髪型がお気に入りだった。今はもう他の髪型にしてもいいのだが、ついつい習慣で今もこの髪型を続けてしまっている。「いってらっしゃいませ」使用人たちに送り出され、私は車で学校に向かった。


 数日後、わが家に蒼間家から連絡があり、婚約解消したい旨が伝えられた。父は受け入れたがらなかったが、向こうの方が家格が上であるため強くいうことはできず、父はしぶしぶ婚約解消を受け入れた。婚約解消のお詫びにといくらかのお金(元庶民の私には大金)も貰った。これで正式に婚約解消された。


 それ以来、私は新しい出会いを求めて行動を起こした。だが学校内には私が元々蒼間様に夢中だったことを知られていたり、校内でも有数の権力者の娘である私に気後れして近づく男などほとんどいなかったし(実際それをかさに着て高慢に振る舞っていた記憶がある)、いても私が仲良くしようとすると逃げていく……なぜ?自覚はあったがやっぱりこの顔って怖いのかなー?私は鏡を覗いた。そこには美人ではあるが、冷酷で鋭い顔が写っていた。ヒロイン様の可愛らしい顔とは大違いだ。

 ちら、と外を見れば、今日もヒロインと蒼間様が一緒にいるのが目に入った。彼らは婚約解消が正式にすんでから、前にも増してよく会っている。茶色がかったふわふわのおかっぱが動くたびに愛らしく揺れる。私の黒髪のコテで作られただけの人工巻き髪とは大違いだ。顔自体は私の方が綺麗だと思うし、スタイルもいいと思うのだが、私は何となくコンプレックスを感じた。


 その後も私は恋人を求めて行動した。学校内の人間ではもはや付き合うのは無理だと思った私は外での出会いを求めてみた。パーティーに積極的に参加して話をしてみたり、出会い系のサイトで相手を見つけて、何人かとデートをしてみた。だがこれまで(前世を含めても)蒼間様以外の異性とろくに会話をしたことのなかった私は、初対面の異性とどんな会話をしたらいいかわからず、うまく親しくなれなかった。結局デートはその1回でみんな終わってしまっていた。憎い……!己の恋愛偏差値の低さが憎い!そもそもどんな男性と会ってもときめかないのだ。どうにも見た目が好みじゃなかったり(元々あんな美形が婚約者だったわけだから相手に求めるハードルが上がりすぎていたのかもしれない。おのれ!こんなとこまでやつの迷惑が!)気が合わなかったりと、そのうちに相手を探すのに疲れてしまった。だめだ、しばらく休もう──。私は部屋のベッドに突っ伏した。


 ヒロイン様と相手役である蒼間様はその後もますます交流を深め、今では外でデートしたりしてるらしい。私の方は新しい恋も見つかっていないっていうのにー。このまま婚約するんだろうな……う゛~っ、と思っていた矢先に、わが家に来客があり、見てみるとそこには何と蒼間様がいた。以前はこうして度々わが家へ来ることもあったが、婚約解消された今となってなぜ!?見れば蒼間様は打ちひしがれ、疲れきった様子でわが家の玄関先にもたれかかっていた。私はギョッとし、「何かあったの!?」と聞いてみた。

「海皇堂……」

 蒼間様はすぐには会話する元気がないようでわが家に招き入れ(母はまた蒼間様が来たことで驚いていたが)、ソファに座らせ温かいお茶をすすめ飲ませているうちにようやく話すことができた。それによると、今日蒼間様と花岡さんはデートをしたそうだが、そのデートの帰りある男が声をかけてきたという。聞けばその男は花岡さんの中学時代の同級生で、なんと以前花岡さんと付き合っていたという!それを聞いて動揺してしまった蒼間様だが、事態はそれだけでは済まず、その男は自分と花岡さんがすでに経験済みであることもバラしてきた!花岡さんは慌ててやめさせようとしたが、その男は構わず昔自分と花岡さんがどんな風に愛し合ったかをペラペラと話す。蒼間様は頭が真っ白になってしまいそれ以上聞くことができず、その場を離れた……追いかけてきた花岡さんだったが、もう顔を合わす気力もなく、適当にあしらって帰ってきたという。

 蒼間様はうなだれ、「あんなに無邪気そうな顔をして、すでにそういうことをしているとは……」どんよりとしていた。

 あ~……つまり好きな子が処女じゃなかったと……私もそうだけど蒼間様はこれまで私と婚約していて他の異性と付き合ったことはなく、もちろんそういう経験もなく、そういうことに対する免疫がなかったんだろうなぁ……。私だって少し驚いている。そういえばあの漫画にはヒロインのそこんとこ書かれてなかった気がする。まさかあの漫画にそんな裏設定があったとは……。

 それにしてもこの落ち込みよう、蒼間様って思ったよりピュアボーイだったんだな、と私はこくっとお茶をすすった。


 それからというもの蒼間様は花岡さんが近寄って来てもそっけなく何か一言二言返事するくらいで、離れていきぎこちなく避けていた。次第に2人が顔を合わせるのを見るのは減っていき、どんどん距離ができていったようだ。それに比例して蒼間様はなぜか私のところへよく来るようになり、話をしてくるようになった。そしてじょじょに明るさも取り戻してきたようだ。


 そんなある日私が先生の用事で帰りが遅くなり、教室で1人帰り支度をしていると蒼間様がやってきた。蒼間様はいつものようにたわいないことを喋りかけてきたが、やがて真剣な目で、「海皇堂」と呼ばれた。

「はい?」

 私が見上げると彼は「お前ともう一度婚約しよう」といってきた。

「は?」

「その……お前も俺の事を気に入っていたようだし、やはりそんな相手との婚約を取り止めるなど気の毒だと思ったんだ、うん」蒼間様は得意げな顔をしている。

「……」

 何を都合のよいことをいっているんだ?この男は!自分から浮気をした挙句、そっちから勝手に婚約破棄をしておきながら何を悪びれもなく!

「……婚約するのは私が気の毒だからですの?」

「は?」

「おあいにく様、私今ではもうどうしてもあなたとじゃなきゃ嫌だとは思っていませんの。他にいい人はいくらでもおりますし」本当は蒼間様以上に好きになれる人などいなかったのについ嘘をつく。

「な……!?」

「このお話はなしということで」と私は席を立つ。フフン、私はそんな上から目線で話を持ちかけられて了承するチョロい女ではなくってよ。

「まっ待て!」腕を掴まれ振り向かされる、「いや、その、この俺がぜひまたお前と婚約する気になったんだ。だからもう一度婚約してやろう」「は?」ドスの効いた声でにらむ。「してくださいだろっ!」「っ……!婚約してください!」

 蒼間様は私の迫力に気おされてすくみ上がったようにいった。チッ、しゃーねぇな。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 その後、エリ子と蒼間くんは以前にも増してよく一緒にいるようになっていき、仲も深まっていった。何人かの男に囲まれ話をしていた花岡さんは、どことなく気力のない顔でそれを見つめた。自分の周りにいる男子たちは誰一人として外見も財力も蒼間くんにはかなわない。そもそもこの学校(世界?)には蒼間くん以上の男はいないのだ。逃した魚は大きかった。花岡さんはあの時のことを思い出し、軽々と初体験など済ませるものではなかった……と後悔した。

 花岡さんは、ヒロイン補正のおかげで中学時代もモテモテ逆ハー状態だった。当然、そんな中では遊びたい欲求が我慢できず、ついつい色んな事をやっちゃっていたのである。花岡さんはその後もそこそこの男をはべらせながら相変わらずモテモテ人生を送っていくことだろう。

 エリ子は、そのまま蒼間くんとの交際も順調でやがて2人は結婚し子供も生まれる。一度は婚約破棄した蒼間くんの方から復縁を頼み込んだ身であるからして、エリ子に負い目があり、自分の方が格上の家であったが、昔のように偉そうな態度をとることもできず、どちらかというとエリ子が蒼間くんを尻に敷く夫婦となるのだが、これはまだ先の話。


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