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森の走者~奴隷と始めるスローライフ  作者: 永久恋愛
第一章:そうだ、奴隷を買おう!
9/14

第八話:武器屋と

連続投稿一回目です!

まだまだ続きます。


 自在扉を開け、武器屋へと足を踏み入れる。

 すると金属の鈍い臭いと、えた油の香りが流れてきた。

 直後に様々な視線が集中していく。


 珍しい人を見るように。睨め付けるように。下心を知らしめるように。


 だが森人はそんな視線を微風でも浴びるように、傲慢の権化みたく足を進めた。

 アメリカの西部劇にでも出て来そうな床板。壁には誰を購買層(ターゲット)にしているのか? 完全板金鎧フル・プレートアーマーまで立っている。


 安物の数打ち品である槍や剣は大特価バーゲン品みたく、無遠慮に樽に詰め込まれている。逆に『商品』として価値のある得物は陳列されていた。


 壁に並ぶ斧槍(ハルバート)長槍(ロングスピア)、グレイヴといった数々。

 丹精込めて製作された長剣(ロングソード)の数々が、貨幣のようにギラギラとした剣身(ブレード)を晒している。

《魔法》に関する物以外――金属の品であれば、武器や防具など関係なく、手広く集められた品揃えの豊富な店だ。


「――よぅっ、大将! 元気だったかぁー!」

「……なんだ、モリトか」ギロリとした眼。「珍しいな、貴様がこんな場所に来るなんて?」

「自分の店を何て言いやがる」


 馴染みの客のようにカウンターで声を出すと、奥の暖簾をくぐって現れたのはこの武器屋の店主にして、鍛冶師達の頭領(ボス)を務める屈強な老人だ。

 一見すると〝ドワーフ〟かと興がるが、れっきとした人間だ(本人談)。


 人間にしては低い背に、反比例するように盛り上がった逞しい肩や腕の筋肉。既に高齢ながら、単純な力勝負ならまだまだ現役を貫徹出来る御仁だろう。

 白くなってしまった頭髪に、威圧的な顎髭。そして深い眼窩の底では、他者の粗を探るようなギロリとした瞳が森人と共に入店した獣人少女に対し、目を据えていた。


「しかも今回は女連れとは……ウチには女が好みそうなチャラチャラしたようなモンはねぇーぞ」

「彼女は俺と共に猟に出てくれる獣人の少女だよ……安心しろ。腕の方は現実的さ」

「あ、あの……私の名前はレイナ、っていいます。……よろしくお願いします」


 両親の教育の賜物か、しっかりと挨拶が出来たレイナだが、頭を下げた時に揺れた薄着の中身とかに、さすがの頑固ジジイな頭領でも耐えられなかったらしい。

 赤子を泣かす狂相を赤めて、視線を逸らしたぞ。


「……で、モリトよ、今日はあの娘の装備の新調のためか?」

「ああ、そうだよ……にしても、どうした? 顔が少し赤いぞ?」

「ウルセーよ、さっきまで炉を見てたからだ」

「そうか……」


 老人はギロリと――今度は職人としての眼でレイナを見定めた。

「フン――筋骨はしっかりとしているようだな……とりあえずズブの素人じゃないな」

「あ、私は昔、故郷の里では猟に参加していたから」

「そうか……」思案顔「で、当時はどんな得物を使ってたんだ?」

「一般的な槍とか弓だよ」

「……まっ、王道(ベター)な組み合わせだな」


 頭領は人の頭蓋骨へ穴を開けられそうな程太い親指で店の一角を指す。

「そうしたのはアッチにある。俺は鍛冶屋が本領だから、基本、金属を打ったのしか扱わねぇーが、武器屋である以上それ以外の武器(ブツ)も置いたるから安心しな」

 そこには長短様々なサイズや種類の弓が並んでいた。

 弦は張られていない。

 店の用意したお試し用の弦が弓本体に対して、セットで近くに置いてある。


 レイナはどこか様子見をするように森人を目にし。

「……あのさ、見てきても、いい?」

「構わん。店から出ない範囲でなら、他の棚や防具類も十分に見たり試したりしてこい。あと、他の客には迷惑をかけるなよ……何か言われてきても無視しろ」

「……分かった……」


 そういった連中はあまりいないかもしれないが……中には亜人種を『格下』扱いする冒険者もいるにはいる。

 他には宗教的な対立から聖職者系の冒険者とか。

 そうしたのからねちっこい嫌がらせを受けるかもしれない……その結果、森人にまで害が及ぶかもしれないのだ。


 鈍い金色の体毛で覆われた、ふっさりとした長い尻尾が棚の奥に消えたのを確認して、頭領は口を開く。

「で、本当の所、あのメンコイ娘は何なんだ?」

「今日、《星明り商会》で買った奴隷だよ……猟犬、兼情婦用に」

「ほぉー……で、いくらだ?」

「金貨四〇枚だな」

「たいそうな値段だな」

「その分『性能』はいいらしいぞ」

「がはははっ……『内』か『外』、どっちの性能がだ?」


 どこか楽しむような老人の言葉に、フランクに接する森人。

 彼も男だし、この年齢まで生きてきた。世の中キレイゴトで回るが、その中身は獣脂以上にドロッドロな事を見てきた手合いだ。

 当然奴隷だの性奴隷だのといった事に対する嫌悪感は無い。もっとも、彼から見て、森人が〝マトモ〟であるのも理由だが。


「忠告しておくと、姿は見えなくても、獣人……特に犬系や狼系は耳と鼻が抜群に優れているから、この会話も聞かれているかもな。あまり変な事は言わない方がいいぞ。今後長く付き合うんだし」

「確かに……女に恨まれると後が怖いからな」ニヤリ。

「年長者の意見は参考になるな」

 肩をすくめて森人は苦笑した。


「それにしても……金貨四〇枚はお前さんにしては痛い出費じゃないのか?」

「必要経費として心に刻んでおいたよ。刻んだ時の心の傷は深いけど」

「して、財布は大丈夫なのか?」経営者としての視線で見上げてくる。「……俺とお前さんの間柄だが、俺も経営者だ。出世払いや信用貸しはしないぞ」

 ただし、とこっそりと耳打ちして。

「どんな商品を、どれだけ買ってくれたかによっては、値引きしてやらん事もないがな」


「アイツには値段を気にせず、自分のベストな奴を選んでおけと伝えておいた。命を預けるのに、装備の金を惜しんではいられないさ」

「……で、本心は?」

「……借金は可能ですか?」こっそりと。

「モノにもよるな」

 ニヤ~リ――綻ぶその顔は、まるで博打を楽しむシャイロックのようだった。



 森人的に、レイナがどんな装備(モノ)を選ぶかによって、彼女の扱いを修正しようかと思っていたが、そうした試金石は杞憂だったようだ。

「あのさ、これで、いい?」


 選んだ防具は布と革による籠手だ。よく冒険者が選ぶ金属製の手甲(ガントレット)ではなく、まるで日本製の古い甲冑で使われているような、左右の籠手が背中で繋がっている指貫籠手と同じスタイルである。


 そこにベストのような袖無しの革製鎧(レザーアーマー)の一種である胴着(ジャケット)で、胸といった体の中心部を護っていた。


 ただし腹から下は完璧に無防備。

 防御力ゼロなホットパンツはそのままで、腰回りや重要な血管の走る腿の周囲は元のまま!

 しかし両足は膝から下は金属製の鎧で防御されている。


 まさしく古代ギリシアの都市国家や、マケドニア、スパルタの戦士達が活躍した往時の重装歩兵(ホプリタイ)が身に付けていたような、膝から脛まで覆う一体化された青銅製の脛当て(グリーヴ)が、彼女がどういったスタイルで戦うのか、如実に教えてくる。


 防御力よりも機動力を重視した装備方針だ。

 おそらく森人が滑空銃(マスケット)を主軸にしているので、素早く立ち回れるよう選んだのだろう。攻撃された時よりも、攻撃されない事を主眼にした装備だ。


 そのため本来は、『裸体でも兜があるだけマシ』――そう言われるほど重視されている頭部の護りは皆無だ。もっとも、他の冒険者でも見栄えを重視して兜の装備率は御世辞にも高いとは言えないが。

 獣人としての優れた身体能力――視力・聴力・膂力を重視しているのだろう。

 確かに獣人の中には、雨霰な矢の中を躱して接近する猛者もいる。


『守』の装備がこれならば、『攻』の場合も考え抜かれた装備をしている。

 弓が選ばれるのは決まっていた事だが、選んだのは複数の材料を組み合せた一メートル程の複合弓(コンポジットボウ)だ。


 それも鎌倉末期から室町時代にかけて隆盛した、日本の三枚打弓に近い構造をしている。つまり芯材となる木の前後を他の材料で挟んでいるタイプだ。


 中心の芯材は丈夫なイチイの芯の部分が選ばれ、薄く長く加工された芯を中心に、外側を弾力のある他の木材で、内側には圧縮に強い部材で挟まれた構造をしている。そこに動物の頑丈な背筋の腱や骨といったパーツを、組み立てるように合わせる事で製造された弓だ。


 特に弦を結わえる弓の両翼端にある|弓弭――末弭(うらはず)本弭(もとはず)は木製の先端部が天狗の鼻のように細く加工され、そこに動物の骨を組み込まれて補強されていた。


 矢の方はライフルのように矢を回転させて命中率を高めた、矢羽が三枚のタイプと、回転はしないも空力的に安定させて直進性を強めた四枚羽のと二種類を選んでいた。


「……ああ。大丈夫だ。弓も矢も、俺の狩猟にはベストな組み合わせだよ」

「そう。良かった」

「そっちの槍は個人戦用か?」


 レイナは嬉しそうに手の中で、握っている槍を回転させる。

 一般的な、短剣ダガーのような大きな穂先に、ソケット式の根元。そうした根元よりストッパーとして突起翼(ウィング)の突き出たウィングド・スピアだ。


 二メートル程の短槍(ショートスピア)に分類される槍は、確かに個人戦では重宝するだろうが、狩猟に使うにしては心細い。基本、野性の禽獣は臆病なので、投げたり突いたりするにしても、槍の有効射程内に入る前に逃げてしまう公算が高い。


 もっとも、モンスター相手の戦闘では抜群に重要なのだが。


「そうさ。もっとも……猟でもちゃんと活躍はするよ。私の故郷じゃ、戦士階級は槍をブン投げて獲物をしとめてたんだし」

「そうか……なるほど、それは重宝しそうだな」

 暫し思案顔で黙考……レイナの上から下までをジロジロと眺めていく。


「……何だい。藪から棒に」

 照れているのか、獣人少女の顔が赤くなる。

 何気に胸や体のラインを手で隠そうとする仕草がいやらしかった。

「いや、まだ重量的に装備を足す事は可能か?」

「ああ。私ら獣人の体力だとまだまだ十分に持てるけど……」


「そうか……ちょっと待て」

 犬に『待て』を命令するように伝えて、森人は別の棚へ。

 そこで色々とゴソゴソと漁って、一本の刀剣を持ってきた。

「……ん? 変な刃物だね」


 それはロングソード程長くはないが、ショートソード以上の刃渡りの刀剣で、ククリナイフのように〝く〟の字形に内側へ曲がった剣身が特徴的だ。

 身幅は広いも、刃の厚さは薄く、剣先は刺突にも優れるよう鋭い。

 柄頭(ポメル)(グリップ)、そして鍔と一体化した刃の根元が〝C〟字の形をして一本に繋がり、それぞれ上と下を向いた柄頭と鍔との間に、(チェーン)が湾を封鎖するように繋がれていた。


「ファルカタ、といってな……どうだ? 接近戦用の武器として持ってみては?」

「ふぅぅ~ん……ちょっといいかい」

 森人からファルカタを受け取ると、それを片手で持ち、手品のように掌で回し、軽く振ってみて、「うん。いい品だね」とほころんだ。


「振り回しても、手の中でのバランスもちょうどいいよ」

 喜んでくれるのは別にいい。森人も嬉しいし、戦力が高まるのに財布の中身は……程度によるが、気にしない。

 だがその顔が先程の羞恥とは別の意味で、どこか紅潮しているのにはどうした事か?


 嬉し恥ずかし、なレイナの美貌を見ていると、首を傾げたくなってしまう。

 おまけに森人の視線に気付いたのか? どうしてだか視線から逃れるように後ろを向いてしまった。何故だ?


 勿論この時の森人は知らなかったのだ。

 彼女の狼系獣人社会で、異性から――特に男性が、相手へ刃物をプレゼントする事の意味を……。

 あと、レイナの個人的な理由として、このファルカタが実は男からの初めてのプレゼントだったりするのも関係したり……。



「……ところで、店長さん。この弓、試射したいんだけど、いいかい?」

「ああ、構わんぞ……試射の場所はコッチだ」

 頭領は無遠慮に親指を壁に向けて突き出して場所を指した。


 建物は上から見ると〝口〟のような形をしており、丁度中庭がある場所が、買う前に武器を試したりする場所になっている。

 長方形をした広々とした空間で、剣を振ったり、槍を突いたりと試したりするのだ。


 勿論弓矢用に、射的の的のような物が置いてある区画がある。

 T字形に組まれた丸太に、板金鎧(プレートアーマー)の頑強な胸甲部分が案山子のように組まれていた。

 そこから一〇メートル間隔に、床に印がある。


 レイナは標的から五〇メートルの位置に陣取った。

 外見的にトルコ(トゥルク)を想わせる一本の複合弓(コンポジットボウ)に弦を張り――普通は一人の力では張れない代物なのだが――矢を構える。


 矢の大きさは九〇センチもして、大きい。

 しかもそのスタイルは独特だった。

(……ほぉー、珍しいな……)


 日本の和弓の場合、弦を引いた時、射手から見て右側に矢をセットするのに対し、西洋の洋弓は弓の左側へ矢を持ってくる。

 弦を引く場合も、和弓は親指で弦を持つのだが、洋弓は人差し指から薬指までの三本の指で弦を引く。その場合弦は頬の位置までしか引かないが、和弓の場合は耳の位置まで引く。


 だがレイナの弓の射法スタイルは、矢は弓の中央左側へセットするのに対し、弦を引く時は親指環(サムリング)をはめた親指で引いていた。

 これはモンゴル式の弓の引き方で、比較的強い力で弦を引っ張れる。


 キリキリと……弓が軋む音が聞こえる。

 弦を引くには六〇キロ以上の力を必要とするのだが、さすがは獣人。あの細い腕でここまでの膂力を発揮出来るとは。


 まるで獲物を狙う狼のような精悍な顔。

 その金色の瞳が正確に目標を捉えた――キン! との音と共に矢が放たれる。


 矢は低い曲線を描きながら飛び――胸甲へ命中!

 カァーン、という鋭い音と共に鏃は弾かれてしまった。


 だがレイナ的に鎧の貫通は目論んでいないので、再び弓に矢をセットして、先程よりもやや修正して再び放つ。命中。音が響く。

 そうした事を繰り返していくと、いつの間にか観客(ギャラリー)が増えだした。


 特に外野がガヤガヤと五月蠅くなる。


 それは獣人の冒険者――ではないのだが――が珍しいためもあるし。

 特にレイナのような美貌の麗人が、キリッとした狩人の顔貌で鋭く標的を睨む姿を一目見ようとするのもある。

 その姿はまるで伝説の女戦士(アマゾネス)の如く、だ。


 勿論下心あっての観戦だけではない。

 中には敵意を滲ませたのもあるなど、千差万別な眼光が、美しき獣人の女性と、共に並ぶ異質な男に注視される。


(……まぁ、中には弓の技量よりも、揺れる胸目当ての奴も多いが、な……)

 これ以上の注目は控えるべきか……そう判断した。

「レイナ、試射はもうそこまででいいだろう」

「そうだね……うん。分かったよ」

 レイナも自分を舐め回す好色の眼光と、不躾な物を見るような敵意とを探知していたようだ。


「ふぅー」と弓から矢を外すと、途端に観客から盛大な拍手が沸き起こる。

 口笛が吹かれ、口々にブラボーとの声が唱和された。

 レイナはそこに腕を上げて歓声に応える――ような事はしない。対応すれば、『応えたから』という理由で男共が群がってくるのは目に見えている。

 どうせ俺のパーティーへ、という勧誘の流れとかが圧倒的だろう。


 そうしたのに一々答えていたら、時間はかかるだろうし、森人の奴隷である事が広く知られてしまう。もし馬鹿な男が、レイナ目当てに馬鹿な事をしでかそうとしたならば、森人にまで累が及ぶ可能性だってあるのだ。

 そうなれば、妹の生活にも影響が出る。何せ今のレイナがいるのも、レイナが結んだ契約も、全ては『レオナの安全な日常』が担保に結ばれているのだから。


 森人はクズ野郎かもしれないが、だからといって何も知らない大馬鹿野郎よりは――多少だが――マトモなのだから。


「ねぇ……モリトは撃ったりとか、しないのかい?」

「俺か? そうだな……俺は試すような事は、ないんだが」

 暫し思案顔……その間レイナの躰や装備、弓を眺めていた。

 そして自分とレイナとを見比べている周囲のお邪魔虫(ギャラリー)を眺め――。

 するとイタズラの芽生えた悪童(ガキ)のような、ふてぶてしくニヤけた。

「そうだな……せっかくレイナが弓術を披露したんだ。なら、俺も銃を撃ってみるのも、アリなのかもしれないな。それに……猟犬が鉄砲恐怖症(ガンシャイ)になっても困るし」


 森人のいやらしい視線や笑みの正体を察したレイナは、「ムゥー」と不機嫌そうになるも、やはり銃声には慣れておく方が良いだろう、と判断。

「それと……害獣を追い払うのに、銃声は最適だしな」

「……まぁ……それは否定しないよ……」

「おいおいおい! モリトも試すのか?」


 肩から吊るしたマスケットを取り外す森人を見て、頭領が何やら慌てているぞ?

 どこかちょっと狼狽しているようにも見える。

「そうだ……何か問題でも?」

「……ったく……あの鎧は古い型だし、ウチの工房の奴らが鍛えた練習用で売りモンじゃねぇーから、まぁ、いいが……」

「悪いな……」

「……コイツはサービスだぞ……」

 頭領の慌てた理由を知っている森人は、どこか詫びるように苦笑しつつ、射撃準備を始めていく。



「おいおい……アイツ、モリトだよな?」

「――ゲェ! モリトも撃つのか?」

 喧騒の中では常人では耳に出来ないような呟きだろうと、獣人の聴覚を舐めないでほしい……レイナの頭上の三角犬耳がピクピクと反応する。


 だがそちらに蔑視の視線を向ける事も、他一切の反応もせずに、黙々と装填作業を続ける森人を直視し続ける。

(……それにしても、浴びせられる視線の種類で何となく気付いてたけど、私だけでなく、モリトを嫌う奴も結構いるじゃない……)

 それは彼の顔の作りが、他大多数の一般人とは異なっているからか?

 それとも彼の操るあの武器――銃が影響しているのか?

 それとももっと他の何か……彼個人に起因する何かなのだろうか?

(……うぅぅ~ん……なんか全部っぽいかも……)

 レイナも解ってらっしゃる。


 細長い銃身。あの陳列された鋼の剣とも、銀とも違う、濁った鉛のような灰色の筒。あの厳つい剣身と比べて、威厳さや格好よさなど皆無だ……だがどうしてだろう? あの不出来な鉄塊を見ているだけで、言いようのない悪寒にさいなまれる。


 カツン――と響く、マスケットの床尾板(バットプレート)が石材を打つ硬質な音が、何かしらの合図のようだ。

 誇らしげに掲げられた戦旗のポールのように、真上を向いた銃身。

 森人は右腰の胴乱(ポーチ)より、不格好な紙の筒――油紙で作られた紙薬包(パトロン)を取り出すと、歯で破り中身を銃口より注ぎ落とす。


 槊杖カルカを引き抜き、銃口より突き入れて、先程入れた中身を突き固める。その長い棒が銃身内を上下して動くさまは、何かしら卑猥だった。

 レイナは気付いた……いつの間にか場が静かだ。


 森人はマスケットを水平に構えた。右手が後ろへ滑り、左胸の位置にある負革(スリング)の小ポーチより、錠剤のように油紙で包まれた着火薬を銃身後部の火皿へと詰め込む。

 当たりフリズンを慣れた手つきで素早く開け閉めし、ゆっくりと銃把(グリップ)と引き金へ指が滑る。その動きは本当に手馴れていて、ある種の美しささえ表現しているようだ。


 そこで唐突にしゃがんだ――膝射(ニーリング)だ。

 銃を支える左手――その肘を、突き上げるような左膝の上に接触させ、右膝は床と接触していた。

 そのあまり目にした事のない姿勢と、不格好な姿から、嘲りの苦笑や笑みが花咲くも、森人の意識はそちらには向かない。


 レイナは見て、理解した――あの姿勢はかなり安定していると。

 よく目にすれば、腕や銃のブレ、腕の動きは無いし、あったとしても極僅かだ。

 その姿を目にして、彼の固定された強い瞳を知って、レイナの尻尾の先から尾てい骨、脊柱にブルッとした震えが電流のように走る。


 森人の右手人差し指が動く――一瞬だった。

 猛烈な轟音がビンタのように、全ての観客の表皮と耳朶を襲う。


 猛烈としか表現出来ない、大気を振動させる音。怒りの雷神を想起させる銃声。そして爆発した火山のような銃煙が大気を穢す。

 発射の瞬間、レイナの獣人としての超感覚が警告を発する――ピンと立っていた耳を慌てて倒す。

 そしてギョッとした。火薬のもたらす爆音と衝撃は、一七歳の少女にとっては刺激的な感覚として全身を突き抜けていく。


 発射された弾丸は巨人を打ち倒す雷神の雷霆のように、真っ直ぐに目標へ命中。

 その瞬間を――この世界には無いのだが――ハイスピードカメラで捉えたのならば、こうなるだろう。


 中心部が少し山の稜線のように膨らんだ胸甲――その中心部に鉛玉がめり込む。

 柔らかな鉛が自ら形を変形させつつ、強固な鉄の表面を削りつつ突き進み。

 やがて丸い玉が落下した水滴のように潰れた時には胸甲を突破!

 胸甲が断末魔を上げる死人のように大きく跳ね――。


 ――ドゴォッ! という轟音と共に。

 アレほど堅牢だった鎧が嵐に吹き飛ばされる屋根のように揺れた。

 骨組みである丸太から剥ぎ取らんばかりに胸甲の動きは激しい。

 そして全員が目にした――レイナの矢を弾いてきた鎧に、直径一八ミリの穴が開いている事に。


(うぅぅ~……確かにコレじゃぁ、慣れておかないと、いけないね……)

 頬が引っぱたかれたようにビリビリする。それでいて頭上の聴覚では鐘の音を間近で浴びたかのようにグワングワンと残響が五月蠅い。


 そしていつの間にか、観客から嘲笑と嘲りの軽輩が消えていた。

 畏怖――それを生み出し、刻んだ森人は、銃口からまだ煙を立ち上らせる銃を手に、立ち上がった。

 その顔には、どことなく職人としての誇りが見えるだろう。


*弓の数え方

弦の張られている物:張

弦の張られていない物:本


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