第一〇話:アソート村
連続投稿三回目、最終日です。
馬車らに揺られる事暫し。
早朝――東の空が白み出した頃に叩き起こされて、安宿から雪崩のように離脱。
それから都市の守衛の「開門! かぁぁ~いぃもぉぉぉぉンッ!」という元気ながら喧しい声を一番に浴びて城壁の外へ。
そこでお客を待っていた乗合馬車へ乗車して以降、レイナのお友達は雄大な景色だった。
幌馬車の後ろの窓のようなスペースで頬杖を突くレイナの眼に映るのは、《ノルトラント》の濃密な山脈と森の風景だ。北には人間ら【秩序】の世界と、【闇】との世界とを隔てる壁のように、板塀のような特大サイズの山脈が東西を貫いている。
その周囲には濃緑の濃い世界が群がった蟻のように広がっていた。
「……お客さん。《アソート村》へ行くんですよね」
「ああ――そうだ」
御者の人の良さそうな中年男性がにこやかに笑いかけてくる。
それに森人は一匹狼のように言い放った。
他にもお客はいるのだが、あえて森人に声をかけてきたのには、場を和ませようという意図があるようだ。
最も、やはり彼と同行する美麗な獣人の少女に、御者やお客の関心は向いてはいるが。
レイナと同じように、最後部のスペースで外の景色を眺めていた森人は、視線だけを――車内を見渡すように――前に向ける。
「村の住人ですか?」
「去年から住み始めた新参者さ。ようやく村人達の顔を覚え始めた段階でね。まだ分からない事だらけだが、色々と苦労しつつ頑張っているよ」
「ああ――そうでしたか……」
森人のニュアンスと言葉の端々に滲む苦労のオーラから、人生経験が長く、同じような人を見てきた御者にはそれだけで察したようだ。
どこかすまなさそうに顔に影を落とす。
「冒険者の方でしたか……」
「まあな。地方の寒村でなら、入植もすんなりいくと思っていたけど、当てが外れた夢追い人の残滓、だよ」
どこか自嘲的に言った言葉に、御者は苦笑し、他の客――医者っぽい老人が若者を励ますように笑う。
「そりゃー短慮って奴だよ。冒険者さんよ……地方の村は血縁で固められたちょっとした会社のようなモンさ。受け入れてもらえるためには、根気が必要な社会なのさ。それに……この一帯の村は、元は武辺者が起こしたのばかりだしな」
「……なんだよ、お医者様も苦労してそうだな」
「苦労苦労っ! ここいらの村じゃ外から来た奴は『胡散臭い奴』が相場でな。おかげで薬を売ろうにも、診察しようにも、すんなりいった試しなし、さ」
荒い土道の凹凸に馬車が揺れる。
車輪の巻き上げた土煙が、車内を襲って咽る者が続出した。
「そういえば……アソート村は、確か、以前〝ゴブリン〟の集団に襲われたって話……聞きましたが」
御者が会話を切り替えるように訪ねてきた。
「ああ。確かに襲われましたが、撃退はしたよ。コッチにも犠牲は出たけど、襲って来た連中はしっかりと駆除済みさ」
御者の顔に怯えがあるのを、森人は目敏く視認している。
そりゃー、普段は護衛など就かない個人タクシーのような乗合馬車なのだ。ゴブリンは最弱のモンスターの一種で、普段は大勢の人間を襲ったりはしないも、もしも自分達よりも弱いと判断されれば、こんな馬車、ピラニアに貪られる川魚だ。
「やっぱり……御者さんも気になりますか?」
「ええ。お客さんのような冒険者さんと違って、私は本当にシロウトですからね。自衛用に武器があっても、安心なんて出来ませんよ」
「おいおい。あんまりゴブリンゴブリン言わんでくれよ」と医者の老人。「連中の名を口にすれば、呼ばれたと思ってやって来る――ていう言い伝えもあるくらいだしな」
「冒険者がゴブリンを狩らないからよ!」
突然呪うように言ったのは、陰湿なイメージの強い占い師の女性だ。美人の範疇に入るのだが、どうやら本人にその自覚は無さそうだ。
「……まぁ、それは認めるけど……ゴブリン退治は実入りが少ない割に、危険度が高いから、ベテランや中堅が手を出したがらないのさ。で、結果そういうお仕事は新人に回されて、彼らは手痛い洗礼を受ける、というのが定番なパターンさ」
「危険度が高いって……ゴブリンは最弱のモンスターじゃないの!」
「それは事実を指してはいるが、素人の考えだよお嬢ちゃん」
「――お、おじょぉ――っ」
森人は笑いながら答えたが、その目は冷たい。
その冷酷な、獣のような視線に占い師は黙らされる。
「連中は人間と同じ姿をしている。つまり、物を武器や道具にして襲う事が出来る事を意味している……考えてもみろ、爪や牙でしか攻撃出来ない動物と、武器を携えた人間。明確な殺意をもって襲ってくるなら、どっちの方が脅威だ?」
「………」
「それに、連中は人間を襲う場合、必ず集団で襲ってくる。一匹二匹なら確かに雑魚だが、それが一〇を超えた数で一塊に襲いかかってくれば、十分な悪夢だよ。逆に人間を迎え撃つ場合は、巧妙な罠を仕掛けたり、背後から襲ったりと、連中は頭を使う。逆にシロウトの新人は、布や革の防具だけ。おまけに兜の類の装備率は御世辞にも低い――攻撃はまず頭に集中するっていうのに。しかも連中の固定観念では『ゴブリンは雑魚』で固まってるんだ。吟遊詩人が謡う『英雄様』に憧れた本物の『ドシロウト』が、貧弱な装備と不慣れな武器を携えて、事前の情報収集も行わずに退治に向かえば、帰ってくる確率は賭けが不成立するレベル――それが現実ってもんさ」
「それなのに、よくアソート村は持ちこたえられたな」と医者の老人。
「村側が防御をメインに選択していたからだ。そうやって連中の数を減らして、潮目が変わった時点で包囲、殲滅って流れだったな。頑張ったのは村を護ろうとした、地に足の付いた村人さ。決して謡われる英雄でもなく、願望だけが大きなシロウトが護ったわけじゃないんだよ――解ったか、お嬢ちゃん」
「………」
当然ながら、彼女はどこか悔しそうな顔をしていた。
一度の大休止を終え、昼を超えた辺りでアソート村に到着した。
戸数は二〇を超え、多分村民は二〇〇名を超えているだろう。
小さな広場を中心に家々が密集している。その外周を耕地が広がり、一番の外側を腰までの高さの石垣――猪垣が城壁のように村を覆っている。
おまけに出入り口の近く――猪垣の内側だぞ――には物見櫓まである。
三メートル程の高さの櫓には、男が二人、武器と共に控えていた。
そこへ森人は手を振ると、一人が慌てて降りて来て駆け寄って来る。
「モリトさん。お帰りなさい」
「やあ、ルード。調子の方はどうだ?」
「平和なもんです。村への異常はありません……ところで、そちらの獣人女性は?」
弓を携えた純朴そうな若者であるルードは見慣れぬ獣人に警戒色を滲ませる。
同時に、レイナの美貌と肉体美に面食らっているのか、顔は赤く、視線を向けようとはしない。
確かにアソート村の女性と比べて、レイナは抜群に美人で、なおかつ体と服装が無茶苦茶エロイのであれば納得だ。
普通の一般女性と比べて、明らかに露出が多すぎな獣人の服のセンスは、これから厄介事の種にならなければいいが……表情には出さずに森人はそう思う。
「俺が《マリエンブルク》で買ってきた奴隷だよ。今後の狩猟活動で活躍してもらう予定さ――何か問題でも?」
「い、いえ……ですが、その……いくらモリトさんが連れて来た奴隷であっても、突然ですから、やはり村長一家が何かしら、言ってくる可能性もあります」
「何……俺がしっかりと伝えておくよ」
森人は鷹揚に頷きながらルードの肩を軽く叩く。
まるで敬虔な神官長や神父のような、どこか慈しむような深みのある表情だが、真正面より対面するルードには別の意味に見えるのだろう――顔が蒼いぞ。
「――わ、分かりました。では、お通りください。ようこそ、アソート村へ。そして、お帰りなさい」
真新しい分厚い樫材製の、観音開きの木戸を抜けたレイナは、ちょっと驚いた。
村を囲うように伸びる猪垣に沿って、直前の地面が少し抉られまるで堀のようだった。それだけでも地方の寒村では十分な防御施設なのだが、門の直ぐ奥まで石垣が続き、まるで枡形虎口のような構造になっているのだ。
もしも再びゴブリンの集団に襲撃され、門が破られようとも、この枡形虎口で奥と左右から全滅させてやる――そうした意図が明確な暴力という形を成したような存在感。
ゴブリン以外にも通用するが、明らかに村としてはオーバーな防衛力だろう。
アソート村は人間達がこの巨大な半島に押し込められた後に出来た村だ。
アソート村やマリエンブルクのあるノルトラントは、【闇】の勢力との国境の最前線に位置する区域。今も冒険者らによる、巨大山脈を越えて襲来する魔族・魔物の駆除といった、小競り合いは年中続く盆のようだ。
そんな立地条件だからか、この辺りの村の大元のルーツは、入植者――つまり半島への逃亡者――としては魔族との大戦争時代の下級指揮官が圧倒的に多い。
土地を耕し、広げるには体力が必要だし。
もしも再び魔族との戦いになれば、戦力は〝即座〟に揃える必要がある。
よってこの土地の極初期の住人は、屯田兵としての性格が特に濃い。
当然ながら、戦争は大貴族とその私兵とでも言うべき自領からかき集めた兵士だけでやるわけではない。その中間に、招集された兵士達を『実際に』指揮する指揮層がいるはずだ。特に下級指揮官は膨大な数必要だし、実際にいた。
騎士程立派ではないも、それなりに武功があり、頭の回る連中が。
大戦争に敗れる前ならば、何も問題はなかったかもしれない――彼らは土地に縛られているし、戦争が終われば元の所領へ戻すだけでいい。
しかし敗北が全てを変えた。
下級指揮官達は、自分達こそが矢面に立たされていた――という自負がある。
そもそも、貴族達が不甲斐ないからこうなったんだ――そうした思いも強い。
もしも彼らの扱い方を間違えれば、確実に人類連合は弱体化する。ただでさえもうボロボロなのに。
暴力と革命の嵐が、咢のように微笑むだけだ。
だから土地を与えて国境線付近の鎮護・守護とし、同時に実際の自分の土地を与えてその地に愛着を持たせる――結果としてココは俺の土地だ、と開戦となればより強く抵抗してくれるはずだ。
それと危険な戦争経験者を、政治の中枢たる中央より追いやる事も出来た。
神聖ローマ帝国を荒廃させた三〇年戦争――その前哨戦とでもいうべき、ドイツ農民戦争も、土地の権利を奪われたり困窮した農民と、農村出身で傭兵団で経験を積んだベテランな下士官がタッグを組んだ事でより過激になった実例もあるし。
だからこの辺りの村の盟主や名主、地主に村長といった指導層はかつての大戦争時の下級指揮官――郷士や自由民といった連中を先祖にもっている者がほとんどなのである。
アソート村の村名も、元はアソートなる郷士と、その指揮下にあった郎党が開墾し、拵えた村であるからだ。
それからいくつもの世代交代を経て、現在のアソート村の長であるアソート家当主は、エルド・アソート。
そして次期村長が内定している、息子のロベルタス。そして孫のヘンリー、ウォルター、ジョンの三兄弟がいる。
なお、家、一族としての身分は農奴監督官である。
村には農奴がいないので、実質的に単なる名誉職でしかないが。
里と山の中間地帯に存在するアソート村。
そうした村を睥睨出来る立地条件のある場所に、アソート家の邸宅はあった。
分厚いレンガ造りの二階建てで、権力を誇示するように煙突の数が目立つ。
いざとなれば、最後の防衛拠点として使用出来るよう、ちょっとした、小さな砦のような規模と構造をしている。
そんな家の前――庭にデッキチェアを持ち出して寝転びながら、昼間っから酒精で顔を赤めた三兄弟の長男、ヘンリー・アソートは村人達の翕然を赤ら顔で目にした。
出入り口の方へ発していく連中。逆に一歩も動かない奴もいたが、全体としては動く方が多い。
「……いったい何があったんだ?」
グビリ、と素焼きの壺を仰ぎ、中身のエールが思考を曇天のようにしてしまう。
反乱か? にしては動きが出入り口へ向かっているのが気になる。
では襲撃か! またゴブリンでも襲ってきたのか……盗賊団かもしれないな。最近は経済活動に付いて行けずに落ちぶれて、森へ盗賊のように潜むようになった騎士階級も多いからな。
砥石のような四角いデザインの顔。広い額。そして丸く突き出た鼻に、濁った瞳の男で、御覧の通り、昼間から酒を仰ぐような男だ。
どこか濁った思考が千々な考えを浮かべては消していく……どうしてだか額が重いし、傷む……何故だろう? そうヘンリーは思ったが、その考えも直ぐに流れるように消えて――無視して、再び酒をグビリ。
そんな濁った瞳が、懸命に馬を走らせてこちらへ向かう弟のウォルターを捉えた。
馬の嘶き。そして誰かの悲鳴。
アイツ……また誰かを〝無視して〟馬を走らせたのか? 轢いたら後々が面倒だというのに……グビリ。
そしてドカドカとした騒々しい足音が稲妻のように響く。
「兄貴! ヘンリーの兄貴! ――酒臭っ! おい、兄貴、また昼間から酒飲んでるのかよ!」
現れたのは屈強な体付きの壮年な青年だ――外見は、だが。
横幅の大きく、立派な体格の男で、目にはギラギラとした鋭い闘志が溢れている。
顔貌としては長男に似ている。ただし、アル中なヘンリーのどこか牧歌的な、のんびりとした顔貌と違い、ウォルターのそれはまるで猛獣だ。
それも常に獲物を求めてさ迷い歩くような、血肉に飢えた感じで。
騎士の羽織るサーコートのような服装の上から、詰め物のされたハードレザーアーマーとしての鎧胴着を着ている。
腰には華麗な剣帯が巻かれ、値打ち物の長剣が吊るされていた。
「……何だよ、ウォルター? あと大声で怒鳴るな……頭が痛い……」
「昼間から酒飲んでるからだろ――今俺の所に連絡がきたんだが、いいか、モリトが返ってきた! あの疫病神っ!」
「……モリトが……?」
デッキチェアから上体を起こす。ビア樽のようなずんぐりとした肥満体は、猛獣のような体をした弟と違い、おおよそ争い事には向いていないだろう。
悲鳴のように軋んだデッキチェアに、ウォルターは舌打ちをする。
「ったく! 兄貴がそんなナリだから、侮られるんだよ! 村では兄貴よりは案山子の方が役に立っている――そう陰口を叩かれてるの、知ってるのかッ?」
言っている者にとっては、『お前もだよ』と言うだろうが。
「……今さらだろ……ったく……」
グビリ、と酒を仰ぐ兄に、弟は露骨に舌打ちをした。
「……で、モリトの奴が、どうしたって?」
アソート村の新参者で、疫病神で、対ゴブリン戦で活躍した村の英雄が、買い物のために村を出たのが数日前。手持ちの金銭と携帯食とを考えれば、いつかは戻ってくるのは当たり前なのに……。
そう、酒で濁った〝正常な〟思考でヘンリーは考えた。
「……まさか、アイツの家を、勝手に物色したりとかはしてないよな?」
「してねぇよ! ジジイが硬く厳禁していたからな。今はまだ様子見だ! それに……あの家に無断で侵入して、無事で済むとは思えないからな」
……グビリ、ちゃんと解ってるじゃないか。
過去、幾度となくアソート家の意を組んだ、村の若者達が森人の家に嫌がらせをしに行った。最初は上手くいって味を占めたからか――彼らは森人を侮り過ぎた。
結果、行方不明者を出したばかりか、大怪我を負う者が続出した。
普段の村の法律では、怪我を負わせた森人が責を負うのが普通なのだろうが、行方不明者はそもそも、遺留のイさえ発見されてないし、森人が直に手を下したかさえ分かってはいない。怪我を負った奴らも、森人の留守中に勝手に家に侵入して、仕掛けられていた罠の犠牲になったのだ。
証拠も無いし、そもそも勝手に家に侵入した奴らが悪い――そんな状況で森人を罰する事は難しかった。いかにアソート家が村の支配者として君臨していても、強権を自由気儘に発動出来る独裁者ではない。
それに森人が村の中での地位を――必要とされる価値を――高めている状況で、気に入らないから財産奪って追放、では問題が大きすぎた。
それと行方不明になったり、大怪我を負った連中は、アソート家に近かったり親しい、寄り親寄り子制度から始まった郎党出身者なのだ。彼らの家は上司――寄り親からの実質的な命令で、自分達の息子がこうなってしまと知っている。
勿論公文書で命令されたわけではないし、直に口頭で指示されたのでもない。
よってアソート家が関与した証拠は無い。しかし各家の連中にも脳味噌はある――結果として、アソート家、その息子達の評価は急激に悪化した。
特に行方不明者を出した家は、森人よりも、自分の子供を唆したアソート家に恨みを向けている。
そんな状況下で森人に対して強く出る事が出来ないのが現状だ。
いかにアソート家が森人を憎々しく思っていても、今動けば余計に反発が大きくなってしまう。だから当主エルドは森人への挑発を固く禁じていたのだ。
「で、モリトの奴、どうやら外で奴隷を手に入れたようなんだよ! それもとびきりの美人の!」
ウォルターの言葉に、再び口を付けようとしていた壺が止まる。
「へぇー……奴隷か……」
「相変わらず兄貴は興味がないんだな――まあいい! どうだ、そこを突いてみるってのは?」
どこか鈍い、濁った瞳の兄とは対照的に、弟の方はまるで博徒や豺狼のような、ギラギラとした欲望で瞳を輝かせていた。
さてさて、森人とレイナを待ち受ける現実とは?
感想をお待ちしております。
ではでは。




