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プロローグ:ゆるふわスローライフ、スタート!☆

さてさて、新作、森の走者~奴隷と始めるスローライフ、スタートです。

たくさんの人に読んでもらえると嬉しいです。

感想を待ってます。






えっ、何? タイトル詐欺?


「綺麗は汚い、汚いは綺麗」

『マクベス』魔女



「――オラァァ死ネエェェェェェェッ!!!!」

 逆さに持ったマスケット。その重たい銃床(ストック)部で相手の脳天をカチ割った。

 粘りがあり頑丈で衝撃に強いクルミの芯材を用いて作られた銃床は、ぶん殴った相手の脳天を陥没させるのに十分な働きを示す。


 狩野森人かりや・もりとは前のめりに斃れた相手を無視して、次の相手を睨み付ける。

 野獣そのモノの眼光に睨まれ、怖気さを張り付かせたのは〝ゴブリン〟と呼ばれる人型のモンスターだ。


 緑色の肌に子供クラスの小さな体躯、尖った鼻に頭髪を含むツルツルの肌。

 歯牙は人間と似ているものの、手入れをしていないのか――それともそういった知識がないのか――かなり黄ばんで汚れている。

 それと知能は悪く子供程度の頭の働きしかしない最弱のモンスター。

 しかし森人は知っている。


 連中は人間と同じ肉体をしている。

 それは人間と同じく腕を振るい、手を動かし、物を掴み、物を投げ、物を即席の凶器にしてしまう原始のハンターである事を。

 膂力も子供クラスしかないが、それは逆に言えば子供ほどもあり、集団で掴みかかられたら大人一人では太刀打ち出来ない事を意味している。しかもその膂力も個体差があり、より体が大きく頑強な個体は大人さえ超えている。

 人間と同じに見える歯牙だが、連中はあの顎と牙で人間程度ならボリボリ食べてしまう。

 頭の回りも悪いが、子供程度の知恵があり、強い相手には真正面から向かう事はせず、側面や背後から、それも大人数で押し潰し、油断している所を不意打ちしろ――という本物の『馬鹿』には出来ない事をする。


 侮ってはいけない小型の原始人――それがゴブリンというモンスターなのだ。

 しかもそんなゴブリンが辺境の開拓村を襲っている。

 その数三〇越え。

 対して防衛に当たる村人は一〇名。それと冒険者が一人。


 そんな一人だけの冒険者である狩野森人だが、状況は最悪。額や顎の汗を拭う暇さえ無い。

 コチラは全員が大人だ。それはつまり連中より体躯が大きく、イコールリーチが長い。長めの得物を持てば単純にコチラが優位になれるはずだ。

 だが現状、戦闘に不慣れな――新兵クラス(FNG)! ――な村人に、いかに生きるためとはえい、いきなり〝人型〟の相手を殺せと言っても、分からせても、心理的プレッシャーに体が動いてくれないのだ。


 対するゴブリンは数が多くともそれぞれが連携せず、ただ数頼みに津波のように襲ってくるだけ。武器もナイフか短剣(ダガー)、木の枝に尖った石を括り付けた槍や、重たい石の斧くらい。

 村人は自衛用の剣や槍で、それだけでもゴブリンとは比べ物にならないリーチ差がある。後は農具として刺股(フォーク)を握っている男も多い。フォークは農具だが十分に武器として有効のはずだ。


(――だが戦意が低い!)

 長物を持った奴はゴブリンが近付かぬよう、前に突き出せば良い。それがベスト――現状はただ恐怖から叫びつつ振り回し、体力を無意味に消費している。あまつさえ無闇矢鱈と振り回すのだから、仲間が危なくて近づけれない! よって個々の周囲に無駄な空き(スペース)が出来てしまっていた。


「オラオラ! 来るなよ、来るなぁ!」

「お、おい! 振り回すな! 隊列が組めねえよ……」

 恐慌状態の仲間に悪態をつく男だったが――一転。

 ゴブリンが集団で襲いかかりピンチになった。


 隣の男が振り回す槍はゴブリンの頭程度の高さで回されている。

 つまり、ゴブリンでも腰をかがめれば近付けれる。

 その事実に気付いた周囲のゴブリンが長物を振り回す事で生じた隙間から、開いた隊列の隙間に入り込んでしまった。訓練された軍隊でも隊列の間や奥に敵軍が突入されたら、その隊は壊乱してしまう。


 結果、不運――哀れ、振り回していた男ではなく、その隣の男に集中的にゴブリンが群がってくる。男の脚にタックルが入り、バランスを崩して――結果一匹、二匹と取り付かれた。

 片腕に何匹かがしがみ付いて、遂には引きずり倒されてしまった。

 確かにゴブリンは雑魚だ。それは一対一での話。

 今のように複数で戦術も何も関係ない泥臭い戦いになれば、連中は強い!


 ちょうどアリや蜂が群がり自分よりも大きな個体を斃すように。

 たちまち村人の体はゴブリン塗れで見えなくなってしまった。

 轟く悲鳴。ゴブリン達のおびただしい哄笑。

 短剣が、ナイフが、振り下ろされるたびに動物のような絶叫が迸り、流血が噴水のように周囲へ跳ねた。


 そんな仲間の末期を、眼前で見て、跳ねた血が頬へ跳び、槍を振り回していた男から戦意が鍍金のように剥がれ落ちていく。

 幽鬼のように青白くなった顔。その腕から槍が零れ落ちる。


「――あああああああぁアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 古の邪神を崇める邪教徒の祝詞のような声を放ち、男は全てから目を背けるように背中を見せて駆けだした。

「――あ! おい! 逃げるなァッ!」

 森人の叫びなど馬耳東風。

 哀れで儚い村人は童のように叫びながら逃げていく。

 だが。


「――チッ」

 舌打ちした森人は――一転。これまでの忌々しさから獰猛な狼のような笑顔を見せた。

 瞬時に男の持ち場へ駆け寄ると、男が捨てた槍を拾い――回れ右、全力ダッシュ。農作業で鍛えられた男の肉体に対し、残念ながらこちらの方が日々の冒険による健脚は上のようだ。

 逃げ出した男へたちまちたどり着いてしまった。


「逃げてんじゃねェよテメェ!」

 狼のように獰猛に、悪魔のように邪悪に、そして子供のように楽しく笑いながら。

 森人は槍を男の背中へ雷霆のように突き刺した。

 防具らしい物を何一つ身に付けていない、村人の布製の服は紙のように貫かれる。

「――があああ!」

 呻き、もつれ、転倒する村人。


 その肩を足で踏み付け押さえ込み、泣きながら懇願する男を無視して何度も何度も貫き続けた。

 背中から血が溢れ、森人のブーツやズボンの裾を赤く汚していく。

 しかもより悲惨な声を出すよう、刺した槍をグリグリと体内で撹拌させながら。

 剣戟の音も、戦いに挑む咆哮も、騒乱の音も何もかも消し去るような歪な絶叫。

 やがて事切れたのか、村人から全ての音が消失した。


 引き抜かれた槍の穂先は血で染まり、肉片が――たぶん腸だろう――付着している。そんな穂先が突然の凶行で言葉も出ない他の村人達を射抜く。

「いいィかぁお前らァ! 逃げるような腰抜けは俺がぶっ殺すッ! 死にたくなかったら死ぬ気で戦って生き残ってみせろォッ!!」

 その声はどんな闇よりも黒く、誰のどんな声よりも猛々しかった。


 一拍の間――静寂。


 戦場は村人達の猛々しい雄叫びに支配された。

〝敵よりも恐ろしい〟笑顔と咆哮に支配された男達は、ただ恐怖という本能に突き動かされるように後先考えずに戦いに赴いていく。

「――ふん、やれば出来るじゃねえか……おい!」

 近くにいたひ弱そうな村人を穂先で指した。

「あ、はい!」

 ヒョロリとした男の顔は森で突然熊と出くわしてしまったかのようだ。


 そんな男の態度に、何が嬉しいのか森人は猛々しく歓喜に笑む。

「この斃れている男の家族……確か嫁がいたはずだな……そいつを連れて来い!」

「……えっ……ここに? ですか?」

「そうだ! 早くしろっ!」

「はぃぃぃぃぃっ!!!」

 柳のように細い男はそれこそ風のように駆けて行く。


 森人は戦況を見詰めた。

 やはり勢いはあってもそれは一時的なモノ。再び〝勢い〟はゴブリン側に傾き出しているな……そうした事を素早く観察し終えると、肩から負革(スリング)で吊るしていたマスケットを外し、装填していく。


 生体能力として【暗視】を備えているゴブリンは夜でも十分に見えている。

 そんな連中に対して月が出ているとしても、夜での戦いは分が悪い。だから事前の森人の指示で多めの松明を用意し、ゴブリンが出没したらそれを周囲へ放っておいたのだ。

 そのためある程度だが、暗闇の中でも戦えるだけの光量が確保されている――気休め程度でしかないが。


 そんな状況下で、森人は地面に転がる松明へ不用意にも近付いてしまったゴブリンに狙いを定めた。

 装填し終えたマスケットを構え、狙いを付ける――ゆらりと揺れる銃身上の照星(フロントサイト)を、照らされた相手の貧弱そうな胴に重ねた。

 引き金を引く――轟音と硝煙が闇を穢す。


 このような情勢下で響く銃声は、敵対中の者の戦意を低下させ、劣勢下にある味方を奮い立たせるのに効果的だ。

 森人が狙ったのもそうした物理的ではない、精神的な戦果なのだが、運良く弾丸はゴブリンの右肩に命中。貧弱な筋骨を粉砕し、ゴブリンの片腕を引き千切ってしまった。

 隻腕になったゴブリンは喚き散らしながら、たちまちズタズタに殺される。


「あ、あの……モリトさん! 連れてきましたよ……」

 楽しそうにニヤリと戦況を見遣っていた森人の所に、先程の男が顔を蒼くした夫人を連れて来た。

 さてさて、彼女の顔が蒼いのは戦場のせいか、それとも夫が死んだためか?

「――あ、貴方ァァァァァ――!」

 どうやら前者だったらしい。


 斃れている男の傍に駆け寄った夫人は膝を折り、生死を確かめ、絶望し嘆き悲しんでいる……だが残念ながら貴女の出番はそこではない。

 森人は鋼の意志を表面筋に浮かばせながら、泣き悲しむ彼女の細い腕をゴブリンのように掴み上げた。

「――イ、痛い!」

「いいですか、奥さん」


 この時になってようやく彼女は森人の笑顔に気付いたようだ。

「貴女の御主人は敵前逃亡によって死罪となりました」

「……はぁ……ぁ……?」

 突然の言葉に、理不尽な状況に、夫人の顔から全ての表情が消えた。

 そんな呆けた彼女に森人はニコニコとセールスマンのように告げる。

「目下戦況は貴女の御主人のせいで悪化しております。よって貴女にはご主人の代わりに、その責任を果たしてもらいたいのですが?」

 細い体躯。畑仕事よりも家の中での仕事が多かったためか、細い頬に色白の肌。……まぁ、『戦力』としてならこの程度でいいか。


 するとこれまでの笑顔から裏返るように、どんな鬼畜鬼軍曹でも勤まるような激怒の顔と叫びで夫人を罵倒する。

「いいからテメェはそこの無様な表六玉野郎の代わりに戦列に赴けって言ってるんだよォ!」

「――痛い! 嫌!」

「嫌ァ――じゃないんだよこの糞アマ! テメェの糞主人の代わりに早く行け!」


 泣き喚く彼女の腕を折らんばかりに握りながら無理矢理引きずっていく。

 勿論森人はこんな女性が戦えるなど、ゴブリン相手に命のやり取りが出来るなど、欠片すら思っていない。しかし普通の手段ではもう無理なのだ。

 無理であれば、多少の外道だって合法だろう。


「オラアア――さっさと行けェ!!」

 ゴブリン連中の最前列へ彼女を(文字通り)蹴り飛ばす。

 哀れ、夫を失ったばかりの寡婦はまるで物のように地面を転がった。

 そして……。

「……ぁぁ……」

 自分を下卑た目線で見下ろすゴブリン達。

 その濁った眼と対峙してしまった。

「………ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 悲鳴。布が裂ける音。そして獣の咆哮。

 それらをまるで自然現象の如く眺めていた森人は、まるで自分を悪魔でも見るように見詰めていた村人を一喝する。

「オラアァァ! 連中の隊列が崩れたぞぉ! 今の内に背後に回り込んで押さえ込め!」

「――も、モリトさん! アンタ自分が――」

 打擲音。短い悲鳴。


 抗議した村人の頬にアンパンチを喰らわせた森人は、まるで自分が蛇蝎の如く忌み嫌っている革新系連中のように言葉の濁流で黙らせた。

「ゴブリンみたいな頭だなテメェは! いいか、もうアレしか手は無いんだよ! だったら何か? アンタ! 自分一人であの大軍と戦って勝てるとッ?」

 胸倉を掴み、叫んで、放り捨てる。

「いいか、村を、家族を救うためなら、戦え! 綺麗汚いは気にするな! 俺達にもう余裕がないんだ! それともアンタはそれ以外の妙案が思い付くのかァ!?」

「…………――畜生ッ」

 森人を怨敵のように見詰めていた村人だったが、精神ではなく肉体が納得したのか武器を手に戦いに戻っていく。

(……そうだよ、それでいいんだよ畜生め……)



 戦況は村人である彼女の『尊い』犠牲一つによってコチラ側に傾き出した。

 ゴブリンは馬鹿だ。

 完全な馬鹿ではないが、後先考えない欲望に忠実で、今のように例え戦闘中であっても自分の下卑た欲望を満たすためなら周囲の状況全てを無視してしまう。

 今も一人の女性をズタボロに楽しんでいるのに夢中で、または楽しむために、村人の戦力を圧殺しなければならない自軍のいくらかが崩れてしまった。


 背中と尻を見せて凌辱に勤しむゴブリンなど、最早戦力ではない。

 村人達をあれほど圧迫していた戦力に綻びが生じた。

 穴が生じたように、ゴブリン達の隊列に無視出来ぬ隙間が生じる。

 そこを一気呵成。最後の攻勢だと村人達の別動隊が強襲していく。結果として包囲される側だった村人達は逆に相手を制圧下においていった。


 それでも隊列を維持させるべく、指揮官タイプのゴブリンもいたが、そうしたのは飛来した弾丸や弓矢によって殺されていく。

 村人の中で弓を扱えるのは三名。うち一人は手傷を負って離脱している。

 対するゴブリンに弓兵は一〇匹はいたが、小型の単純な丸木弓しかない。日々の狩猟によって命のやり取りに慣れているこちらの狩人の長弓(ロングボウ)の方が、威力、射程、精度共圧倒的に有利だった


「おい、モリト……アレはヤベェーんじゃないか?」

「だがな、アルド……アレ以外の方法じゃどのみちこちらの自軍は崩壊してたぞ」

「それは……そうだが……」


 後方からマスケットを放ち援護射撃をしていた森人の元へ、村人の中で猟師をしているアルドがやって来た。今までアルドの指示で弓兵を集中的に集めて、遊撃兵的運用しつつゴブリンの数を減らすのに苦心していたのだが、どやら一段落ついたらしい。


 アルドは赤茶色のタワシのような短髪にゴツイ表情の偉丈夫だ。

 まるで熊みたいな巨体に肉の鎧で覆われた肉体は、凄い、の一言。

 普段着が多い村人の戦力の中でも、皮革(レザー)系ながら鎧の一種を着こんでおり、なおかつどんな村人よりも俊敏に動けるのだから反則だろう。

 弓の腕も村一番だ。


 これまでその肩の長弓の火力でゴブリン共を狩っていたのだが……基本よそ者である森人に対して良い感情を抱いていない村人達の中で、唯一彼をまともに扱うアルドであっても、先程の外道は見過ごせないらしい。


「あの馬鹿が一人で逃げ出しちまったら、現在の戦力は完全に崩壊する。俺も、俺もと、一人二人と逃げ出して……全てはお終いになっていた。それを防ぐためには、逃走を防ぐ圧倒的な恐怖が必要だった。それと逃げた時の懲罰も」

 地面に横たわる冷たい骸。

 ぬめった、様々な体液で汚れ、誰からも放置された彼女。

「それとも何か? あの状況下で他に手があったとも?」

「それは……そうだが……」

「いいか、アルド。『綺麗は汚い、汚いは綺麗』だよ」

「………」

「後は俺達が戦列で戦い続ければいい。そうすれば誰も何も文句は言わんさ」

「……それ以外の、理由がありそうだが、な……」

「(ふふっ)……そんな訳あるわけないだろ」


 勿論嘘だ。

 森人が逃げ出した村人を殺し、その妻を人身御供……生きた囮として活用したのには他にも理由があった。

 村人を殺したのには勿論見せしめが大きい。

 仲間を見捨てて逃げた奴は殺す。それを行動で示し、現在から今後の自分の立ち位置(ポジション)を固めておく必要があったのだ。


 奥さんの場合簡単だ。

 もしもゴブリン戦に生き残れたのなら、例え森人の判断と行動を誰も非難出来なくとも、嫁である彼女ならば捨て鉢で馬鹿な事をしでかすかもしれない。

 人間は論理ではなく感情で動く生き物だから。

 ならば事前に余計な芽は摘んでおくに限る。

 冷徹ではあるが、合理的な判断をあの状況下で瞬時に組み立て、森人は彼女を生贄に捧げた。


 森人は生き残らねばならないし――最終的にもう駄目となればこの連中さえも生贄にする腹積もりだ――彼は今後ともこの村で生きて行かねばならぬのだ。

 ならば戦後の発言権を増すためにも、余計な口は――人口減による労働力の確保によるよそ者の受け入れを狙って――数を減らしていく方が無難だ。


「それに、本来ならばこうした指示や指揮は俺じゃなくて村長の仕事なんだがな」

「それは……そうだが……(チラリ)……致し方ないだろう……」

 村内での戦い――その後方で灯りの灯った家屋にどうしても目がいってしまう。

 村長の家だ。

 最後の砦にもなれるよう、しっかりとした造りの他よりも頑丈な家屋。

 そこには今、村長一家とその使用人、そして他の村人達――老人や女性と子供がひしめいていた。


 戦力外である老人女性子供はともかく、使用人の中には若い男もおれば、老人である村長を除いた村長一家にも成人はいる。

 なのに彼らは誰も出てこようとしない。武器でさえ今の村人よりももっとグレードの高いのを死蔵している。それらを貸すだけでも戦力アップにつながるのに。

 建前では非難した村人を纏め、安心させるために籠っていると言っていたが……その実は。


「……フン。腰抜けめ!」

「だがな、モリト。あの連中を矢面に立たせてみろ。真っ先に逃げるぞ。まぁ……今でもヤバくなれば直ぐにでも逃げ出せれるよう、御者とかを馬車に待機させているだろうがな。……今は、いないだけマシ、そう思っておいた方がいいさ」

「俺の事を普段は口悪く言っておいて……いざこの体たらく。ったく、武器をドンと構えて後方に控えているだけでゴブリン相手にはこけおどし、コッチには精神的な睨みになるのにな」

 アイツら……今のまま終われば、戦後自分達の発言権が地の底まで落ちるだなんて思ってもいないのか? 


 だが現実にはそれが解らない奴らがいる事を、森人は十分に経験則から理解している。特にそうしたのに小賢しい奴らが多い事も。

 例えば個人的に気に入らないからといって、一党(パーティー)から貴重な【斥候】職である【野伏(レンジャー)】を追放したり、とか。

 例えば貯蓄して今後の資金源にしたり、新たなより高品質の装備に回さねばいけないのに、飲み食いや賭け事(ギャンブル)に費やすなど。

 特に冒険者といった連中には、明日へのプランが欠如しているのが多すぎる。


 何度も目にしてきたが、大怪我を負って戦えなくなった元冒険者が、痛々しい、みすぼらしい姿で街角で乞食のような生活をしていた。

 そんな末路(みらい)は嫌だからこそ、狩野森人は冒険者をドロップアウトして、この村で平穏な日常を求めていたというのに……畜生!


「モリトさん! アルドさん! 急いで来てください! 大物(ホブ)です!」

 村人の一人が血相を変えて来てみれば、最前線を指さして叫んでくる。

「……〝ホブゴブリン〟がいたか……」

「そりゃーあの群れの数だ。やっぱり纏め役(リーダー)がいるだろう」

 アルドの説明に相槌を打つように補足してやる。

「三〇匹は大所帯だし、何より連中は数頼みの攻め方でも、明らかに〝(パターン)〟があった。そうしたのは、まず普通のゴブリンリーダーは教えないし、考え付く事もしない」


 ゴブリン社会の中で、経験を積み、実力を付けて強者になった個体はホブゴブリンと呼ばれる種となる。

 体格も人間の子供のようなゴブリンと違い、大人と遜色ない大きさに育ち、その膂力は熟練の戦士クラス。知恵の方もゴブリンよりはマシ、なレベルだが同時により凶悪に狡賢くなっている。


 急いで最前列へ駆け戻ってみれば、一人の若い男が果敢に挑み、悲鳴と共に返り討ちにされたところだった。

「――あ、ああ。アアアアアア!!!」

 男の右手首は上からが切り落とされ、溢れる血にどうしていいか分からずパニクっていた。そんな若い男の頭部に重たい刃先が振り下ろされる。

 イメージとしては、スイカに打ち下ろされる鉈かな?


 周辺にはゴブリンの死体が無数に転がっている。

 同時に村人の骸も目につくが、費用対効果としてはまだまだ許容範囲だ。だが生き残った連中の多くは息が上がり、体力的に危うい。それと色々と負傷していた。


 同族の死体を踏み砕きながら、〝そいつ〟は闇の奥より現れた。

 一・八メートルほどの背丈。農作業で鍛えられた農夫よりもなお発達した頑強な肩幅……かなり逞しい肉体だ。その裸身に大小様々、無数の傷跡が勲章のように刻まれている。

 ゴブリンというよりは、カバのように発達した頭部に顎。

 その丸太のような腕の先には、長剣(ロングソード)サイズの剣鉈が握られている。


「――ゴォアアアアアアアアアアアアァァァァァァ――!!!」

 魂消るような盛大な咆哮。

 獣というよりは鬼だな。アレ。

 おそらくあえて手下を矢面に立たせてコッチの戦力を低下させ、自分は漁夫の利を狙っていたのだろう……なんて奴だ! 他者を踏み台にしかしないなんて!


「――アルド、とにかく矢を射掛けろ! 他の連中もだ!」

「だがもう矢数はそれ程残ってないぞ!」

「構わん。とにかくアイツを釘付けに出来ればそれでいい。他の村人にも何でも、石でも槍でも剣でもいいから投げて手傷を与えさせろ」


 叫ぶように命じたおかげか、村人の動揺は最低限に抑えられているようだ。

 矢が弧を描き、雨のように真上から降り注ぐ。

 ホブゴブリンが堅牢そうな腕を掲げて楯代わりにしている隙に、石などを手にした村人が接近して投擲。


 中世期の日本において、村のお祭りとして石投げ合戦が流行していたと。そのレベルは死者が出るくらい激しく、鍛えられた村人はやがては甲州武田の印地打ち専門の石投げ衆として実を結ぶ事になる。


 こちらの異世界の村人達もそうした技量に達しているようだ。それとも自棄か?

 水平に近い弾道で投擲された石はホブゴブリンの頑強な肉体を滅多打ちにしていった。だが素の肉体が鎧を着たのと同じ状況なあのホブゴブリンにどれほど通用するか?


 遂に矢が切れてしまった――それを合図にホブゴブリンの進撃が始まる。

 腕が薙ぐように振られ、石を逆に弾き飛ばしてしまう。

 投石の嵐ももっと村人の数が多ければ、生き残っておれば、有効打になっていただろうが、今はあの突進を止めるような威力は無い。


 唸りを上げて剣鉈を振るって突っ込んでくるホブゴブリン。その威容にビビッたのか最前列で投石していた村人達が、わぁっと左右へ開いていく。

 次にホブゴブリンと対峙した後列の村人も、慌てて逃げていった。

 最早村側に組織的な抵抗勢力は残されていない。

 あのホブゴブリンが開いた穴より、生き残ったゴブリン達がわらわらと侵入していくだろう。そうなればもう終わりだ。この村の終焉。


 しかしそんな混乱の中で、ただ一人、狩野森人だけは静かだった。

 村人達の奮闘を囮に、手間暇のかかるマスケットへの次弾装填を済ませると、その銃口を死神のように突進してくるホブゴブリンへ向ける。


 ――ニヤリと口角が持ち上がった。

 石による前面への打擲から突進による急加速といった、急激な運動はホブゴブリンでも息を荒げさせ、視野を狭めさせるようだ。

 おかげでホブゴブリンはかなり興奮してか、森人に気付く事はなく、それどころか自ら進んで彼の眼前へと向かって行くではないか。


 その分厚い脂肪に包まれた胸部に狙いを定めた。

 弔いの鐘のように、銃声が鳴る。


 ピタッと、今までの突撃が嘘のように巨体が急停止。

 そして足元からホブゴブリンは倒れていく。

 森人はすかさず銃口部にソケット式銃剣を着剣させると、獣のような叫びを放ちつつ全てに終わりをもたらすため、突撃していった。



 日本の高校生だった狩野森人は、高校の修学旅行の途上、バス事故で死んでしまう。

 そして異世界へと【蘇生】された。

 他の数十名のクラスメイトや教師達と一緒に。


 それから数年後、森人は冒険者をドロップアウトする決意をする。


・狩野森人(かりや・もりと) イメージCV:森田成一

 キャラクターイメージ:『はたらく細胞』の白血球


 現在二五歳。異世界日本で高校生活を送っていたが、修学旅行の途上、バス事故で死亡し、後に教師やクラスメイト達と共にこちらの世界へ【蘇生】された。


 日本では猟師をしている祖父の影響で、サバイバル知識を高めていたので、クラスメイト内では比較的早く冒険者や大自然での活動に馴染む。

 だがそれ故、まだ慣れないクラスメイト達から嫉視を受けて、元より馴染めていないクラス内で、余計に疎外されてしまう。


 日本では革新系の教師によって、猟師をしている祖父を悪人扱いされ、さらにその孫であるので、教師、クラス内で散々な扱いを受けてきたので、そもそもクラスメイトの大多数を『仲間』だとは認識していない。ただし例外もいる。


 そのため目がちょっと怖い。

 性格はやや自分本位ながら、スジは通す方。

 身は身で通る、を実践していき、出来る限り他者に頼らない生活を心がけている、が……限界を理解すれば切り替えも早い。


 冒険者の現状を理解し、比較的早いうちに足を洗おうと決意する。そのため昔からコツコツと貯蓄に励んできた。

 前述の生い立ちと、後述の職業の関係上、狩猟や森林に関する知識が豊富。


 かなりの巨乳派。

 母方の血筋が平家の落人――という設定、というか言い伝えがあるので、武士である自分の血筋にこだわりがあったりする。

 実は女性には尽くすタイプだったりする。


 武装はマジック・マスケット。大型ナイフ。単発式拳銃。

 装備は草色のフード付きポンチョに、レザー系の狩人衣装。単眼鏡など。


 異世界人ゆえの、こちらの世界に来た時の〝歪み〟によって、強力な【職業】を得てくれることを期待して蘇生されたが、各個人によって能力はバラつきが生じる事になる。


 つまり、当たり組と、ハズレ組だ。


 狩野森人はハズレ組。

 だがハズレ組といっても、得られる職業の数は多い。

 能力と質の高い職業を得ている者と違い、職業の得られる数は個人差があるこの世界の法則を超えて複数の職業を習得している。


 現在得ている職業は【猟師(イェーガー)】、【野伏(レンジャー)】、【森番(フォレスター)】、【軽銃兵(フュージリア)


・【猟師】:飛翔物による遠距離攻撃だけでなく、森林での移動や荒野での生存術に補正あり。実は単体のスキルだけではなく、色々と応用が利く。

・【野伏】:遠距離攻撃だけではなく、接近戦もそつなくこなす。【斥候系】の職業のため、罠感知や気配察知などのスキルも強い。

・【森番】:森での生存術や知識に高い補正がつく。薬草の知恵や、動物の足跡などからくる予測など、『森』全体の補正スキルが目立つ職業。

・【軽銃兵】:銃を使った遠距離攻撃に高い補正がつく。軽装での移動に補正スキルあり。実は銃剣を着剣した場合、槍兵に近い近接戦闘スキルがついたりする。


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