#1 運命のエクスウェア
新西暦79年 7月
UGジャパン東京本部の特殊訓練室。
ここは強化装甲服による模擬戦や新装備のテストを行う空間の為、四方が強固な壁で覆われている。その殺風景さたるやこの空間で1週間生活しろと言われたら3日も持たずにリタイアしてしまいそうな程だ。
そんな閉鎖的だが広々とした空間に狩川俊也はいた。衛士養成学校を卒業した彼は強化装甲服への高い適正を見込まれ新設部隊「Vカウンター」に配属となり試作機の装着者として選ばれたのだ。
彼は現在衣服では無く青と銀のスポーティな配色の鎧を身に纏っている。これこそがVカウンターの顔となる強化装甲服「ウィルケンシリーズ」の1つ、汎用型の「ストライカー」だ。
右腰部のホルスターには拳銃サイズのビームガン「アクセルガン」、その反対には両刃の高周波ブレード「ソニックブレード」が携行されており、両手に抱えられたヘルメットはエメラルドグリーンの双眸に額から斜め後ろに伸びる角の様なアンテナとよりヒロイックな印象を与えるデザインをしている。
「ではウィルケンストライカー、及びマグナの最終テストを始めるわよ。二人とも、心の準備はいいかしら?」
訓練室の機能を司るコントロールルームからカウンターの専属エンジニア国塚佐織が指示を出す。白衣の下から覗く白く細い脚と、セミロングの黒髪を団子に纏めた事により露わとなった白いうなじ、それに彼女自身の34歳と言う年齢を感じさせない肌艶が見事に噛み合いただ座っているだけでも大人の色気が感じられる女性だ。
「いつでも行けます!」
スピーカーから響く佐織の声に俊也は威勢良く返す。
「狩川、模擬戦ではあるが本気でかかってこい」
俊也から6メートルほど離れた位置で向かい合っている声の主は俊也の先輩にあたる緋室深だ。鋭い目つきが威圧的な雰囲気を醸し出すが、それとは裏腹に後輩思いで頼り甲斐のある青年という事を俊也を含めたチームの全員が知っていた。
そんな深が身に纏う赤と銀の強化装甲服は射撃戦重視にセッティングされた「マグナ」だ。
基本的なデザインはストライカーと同じだが深の脇に抱えられたヘルメットは青色のゴーグル型のカメラアイであり、更に額の精密射撃用のバイザーがマグナを射撃戦仕様である事を物語っている。
「当たり前ですよ、手加減なんかしたら深さんに勝てませんから」
「フン、よく解ってるじゃないか」
深の実力を理解した上で俊也は少し生意気に返してみせたが深は嫌な顔を見せるわけでもなく寧ろ口角を上げてそれに答える。その光景はまるで仲の良い兄弟がゲームをする直前の様にも見えた。
「相変わらず仲良しね、それじゃあ早速メットを被ってちょうだい」
スピーカーから響く佐織の声に応え俊也は手に持ったヘルメットを被りエアロックで頭部に固定する。
俊也の視界が一瞬真っ暗闇に包まれるがすぐにインターフェースが起動し辺りの景色が投影された。
「よしモニター良好…深さんはどうです?」
「あぁ、ちゃんと見えてるよ」
新型を着装し口調こそ落ち着いているが内心はしゃいでいる俊也に対し深は落ち着いた様子で答える。
「準備完了ね、仮装戦闘モード起動するわよ」
二人の準備完了を確認した佐織は手元の操作パネルを慣れた手つきで押していく。
すると殺風景だった訓練室の景色が徐々に廃工場のそれに変わっていく。
これこそが特殊訓練室の真骨頂であり、安全を確保しつつ最新のAR技術により屋外での実戦により近い模擬戦が可能となっている。
「おー、始まる始まる」
佐織の後ろでパイプ椅子に座る志野宮彩花が目を輝かせながら呟く。 間も無く始まる模擬戦を楽しみにする姿は148センチと小柄な体躯も相まって好きなアニメが始まるのをテレビの前で待つ子供の様にも見える。
「ところで、なんで廃工場なんですか?」
姿を変えいく訓練室を見て佐織に質問を投げかけるの眼鏡と奥ゆかしい雰囲気が特徴の美島陽菜だ。
「ヒーローの戦場と言えば廃工場だからよ」
佐織は後ろから飛んできた質問に対して自信と僅かな無邪気さを含んだ口調で即答する。それは特撮ヒーローに造詣の深い彼女なりのこだわりでもあった。
「そ、そういうモノなんですか…」
個人的なこだわりをあっさり言い放つ佐織に対して陽菜は思わず微妙な表情を浮かべてしまう。
「うんうん、あと採石場とか」
「サヤちゃんわかるの?!」
佐織に同調しうなづく彩花に陽菜は驚きそれと同時に置いてけぼりを食らうような感覚に陥った。
程なくして訓練室の風景全体が廃工場に姿を変える。
「ルールは3ポイント先取制、3回攻撃を当てた方が勝ちよ」
佐織のルール説明を聞きながら俊也と深はそれぞれ気持ちを戦う為の物へ切り替えていく。
「貴様達はこの3ヶ月それを使いこなす為の訓練を積んできた。今からの模擬戦で自分がウィルケンに相応しいと言う事を証明してみせろ」
コントロールルームのマイクに向かって威圧的な口調で言い放つ男がVカウンターの隊長を務める久我山大我だ。彼の顔の中心にはかつてヴァイラムとの戦闘で負った大きな傷があり元からの鋭い目つきと厳格な表情も相まって正に「戦士」と呼ぶのが相応しい男である。
「了解!」
久我山の言葉を受けて俊也と深は改めて気合を入れ直す様に返事をする。それと同時に緊張感がまるで電流の様に二人の身体を駆け巡った。
俊也はヘルメットの下で深呼吸をし眼前で泰然と構えるマグナを真っ直ぐ見据えていた。
「それでは。3、2、1、始め!」
僅かであるが引き締まった口調で佐織は赤と青、二人の戦士に戦闘開始を告げる。
戦闘開始と共に深は腰のアクセルガンを引き抜きストライカーに向けて発砲した。
ビームの弾丸を素早く躱し俊也もアクセルガンを引き抜き反撃を開始する。
その動きは強化装甲服無しでは決して繰り出せない物であり、ウィルケンを纏う二人の戦いは生身の人間が入り込む余地を一切与えなかった。
(凄いな…体が軽い!)
頑強な鎧を纏っているにも関わらず俊也は自分の体がまるで風船の様に軽く感じられた。
強化装甲服とは装着者の体を保護すると同時に身体機能を増幅させる為の物だが、ウィルケンシリーズの性能はまさに規格外であり専用の訓練を積まなければ戦闘機動中に失神してしまう程のものだ。
自らが纏うストライカーのもたらす力に俊也の心は震えた。足取りは軽く、体中に力が巡り、どんな敵であろうと打ち倒せる。そんな子供染みた自身をストライカーは与えてくれた。
(この力があれば…アンタだって)
俊也の脳裏にはかつて誰よりも強い男として憧れ、現在はこの世で最も軽蔑する父親の姿が浮かんだ。
お互い廃工場を縦横無尽に駆け回りアクセルガンによる銃撃戦を展開するが勝負が動くのにさほど時間はかからなかった。
「今だ、そこ!」
マグナの狙いを澄ました射撃がストライカーの左肩に着弾する。
それと同時に着弾部分がスパークし俊也の体に電流が流れた。アクセルガンから放たれているのは模擬戦用の電磁ビームであるため被弾しても負傷せず電流が流れるだけの仕様だ。
「取られたっ!やっぱり撃ち合いでは深さんが一枚上手か」
射撃戦仕様であるマグナが深に与えられた理由を俊也は理解している。深は射撃の名手でありあらゆる訓練の中でも射撃だけは何度やっても深のスコアを上回ることは出来なかったのだ。
いくらストライカーの力があれどマグナを纏う深相手に射撃戦では不利だと悟った俊也は一瞬ではあるが他ごとを考えた自分を戒めつつ腰のソニックブレードを引き抜いた。
俊也は深との距離を詰めるべく障害物を利用しながら走り出す。それに応じて深も接近されまいと牽制射撃をかけながら移動を始める。
深は射撃戦、俊也は接近戦という様に戦闘とは自分の得意分野を押し付け合う物であるという事を二人は理解していた。
模擬戦開始から2分が経過し、ビームの弾丸に当たるまいとストライカーは足を止めずに走り続け遂にマグナを自分の距離に捉える。
俊也がクロスコンバットを仕掛けてくる事を察した深は腰のソニックブレードを抜き逆手で構えた。
「ブレードなら俺にも勝ち目はあります!」
「どうかなっ!」
クロスレンジまで肉薄した二人の強化装甲服はその手に持った互いの刃をぶつけ合う。
二人の剣さばきはヴァイラムを確実に仕留める為の無駄を排除した物であり剣道の様な様式美は皆無といえる。しかしその鍛えられた剣さばきが生み出す光景は殺人的かつ見る者の心を捉える美しい者だった。
「取った!」
先に刃を当てたのは俊也のストライカーだ。
胸に鋭い斬撃を受け怯むマグナの胸部に命中判定を示すスパークが走った。
クロスコンバットを仕掛けた自分の判断は正しかったと口角を上げる俊也だが油断せずに再びアクセルガンを引き抜きトリガーを引く。
スパークが二つ同時に閃いた。
ブレードによるダメージを与えすかさず追い討ちを掛けるのが俊也の魂胆だったがそれは深も同じだった。
深は転んでもタダでは起きないと言わんばかりの意地でアクセルガンを引き抜き俊也の発砲とほぼ同時にトリガーを引いたのだ。
「ぐっ!お見通しだった!」
「お互い様だ」
長い間共に訓練を重ねてきた二人にとって互いの手の内を察するのは比較的容易なものであり、俊也と深はそれが内心可笑しかった。
「なら、コレのデータも取りますか!」
手に持った武器を腰のホルダーに収め俊也は拳を構える。素手での戦闘も十分に考えられるケースなのでデータを取る必要はあったがそれ以上に俊也自身がストライカーの力をもっと試してみたいという気持ちに駆られていた。
「イイだろう、付き合ってやる」
弟の要望に応える兄のように深も武器を収め拳を構える。
俊也と同じ様に深もこれから命を預ける事になるマグナの力をもっと知りたいという考えがあった。
両者の拳の激突が最後の1点を巡る戦いのゴングとなり、素手による格闘戦が始まる。
俊也は学生時代から空手やボクシングを経験していることもあり素手での格闘はブレード以上に自信があった。
一方、養成学校を卒業したばかりの俊也と違い、深には豊富な実戦経験に裏打ちされた確かな実力があり俊也自身もそれを警戒していた。
俊也の拳を深が流れる様にいなし、深の繰り出す蹴りを俊也が素早く躱す。
素手での格闘も両者全くの互角であり第三者から見るそれは洗練されたパフォーマンスにも見えるほどだ。
「やっぱ強いな…ならコレで!」
俊也は後ろに跳躍し深から距離をとり、それに続いて右手首にあるスイッチを押し、動力源である光エネルギー「フォトニウム」のエネルギー供給を右腕に集中させた。それに合わせてストライカーの右腕が徐々に青白く光始める。
これは「フォトンブースター」という機能で、武器の威力向上や身体能力のさらなる増幅を促すものだ。
光る拳を強く握りしめトドメを刺すべく俊也は深に向かって走り出す。
それに対して深は動じる様子はなく悠然と構えて接近を待った。
「コレでラストォ!」
気合いの叫びと共に俊也は深に向けて渾身の一撃を放つ。
「甘いな!」
しかしその拳がボディを捉える事はなく、深は自分に向けられた腕を両手でで掴みすぐさま背負い投げで俊也を地面に叩き伏せた。
「チェック!」
赤く光るマグナの正拳突きがストライカーのボディに命中し、模擬戦終了を告げるブザーが鳴り響く。
性能テストの模擬戦はマグナもとい深の勝利で幕を閉じた。
「テスト終了、二人ともお疲れ様」
模擬戦の決着を確認した佐織はコントロールパネルをタップし訓練室の風景を元の殺風景な物に切り替えていく。
「すっごい、ブレイダーみたい」
佐織の後ろで彩花がガラス越しに見るウィルケインを人気特撮ヒーロー「マスクブレイダー」に例える。ウィルケンの戦いぶりに目を輝かせるその姿はヒーローショーを見に来た少女にも見えた。
「アタシは割とそのつもりでウィルケンを作ったけどね」
自分が主導で製作したウィルケンの性能を自分の目で確かめた佐織の表情は何処か誇らしげだ。
「まぁホントに褒めるべきなのはそれを使いこなしてくれたあの二人なんだけど」
彼女の言う通りウィルケンの性能はUGで採用されている強化装甲服スパルタンとは桁違いの物でありその分並の人間が装着すれば性能に振り回されてしまい1分も持たずに行動不能になってしまう程だ。
そんな悪魔の様な鎧を使いこなす事が出来る装着者を育成するのはある意味ウィルケンを作るよりも困難でありそれは開発主任である佐織が誰よりも理解していた。
「しかし少し不安になりますね…ウィルケンを私に使いこなせるのか」
彩花とは違いウィルケンの性能に陽菜は少したじろいだ様子で呟く。
完成には至っていない女性用ウィルケンの装着者として彩花と陽菜は選ばれていたが模擬戦だけでも解るあの圧倒的な力を使いこなせるのか、女である陽菜の中には不安が渦巻いていた。
「貴様もウィルケンの為の訓練を積んで来ただろう。完成したらその成果を示せばいい」
一切口を開かず模擬戦を見つめていた久我山が発する言葉は口調こそ威圧的であるが紛れもなくエールと呼ぶに相応しい物だった。
普段は鉄仮面の様に表情を変えない上司の不器用なエールに陽菜だけでなく彩花も目を丸くしてしまう。
「隊長さん、あぁみえて優しいから」
その光景に思わず頬を緩ませた佐織は後ろに振り返り久我山にギリギリ聞こえる様な声量で彩花と陽菜に囁いた。
「…もういいだろう。二人ともご苦労だった」
話をそらす様に俊也と深に労いの言葉を投げかける久我山の表情は照れ隠しをしている様にも見えた。
ロックを解除しヘルメットを外した深の頭には汗に濡れていた。
「ふぅ…ほら狩川」
数分ぶりに直接吸う空気の味に溜息を漏らしつつ足元で大の字になって転がる俊也に手を伸ばす。
「どうも…勝てなかったかー!」
伸ばされた手を掴み俊也は模擬戦とはいえ敗北の悔しさを噛みしめる。
しかも射撃戦重視のマグナに格闘戦を挑んだにも関わらず負けてしまった故ストライカーの顔に泥を塗ってしまったという気持ちが強かった。
「いや、俺もギリギリだった。あと少し反応が遅れてたらお前が手を差し出す側だったさ」
俊也の強さをしっかりと理解している深は後輩の健闘を讃えつつ未だヘルメットを脱がない俊也の肥大をデコピンで弾く。
模擬戦の最中ストライカーに一体感を抱いていた俊也は思わずヘルメットを被っている事を忘れており慌ててヘルメットを脱いだ。
「ストライカーにもっと相応しい男にならなきゃですね」
俊也は手に抱えたストライカーの目を真剣な眼差しでみつめる。
ヴァイラムを駆逐し命と平和を守る為の力。それを手にする事の重さを俊也は改めて実感するのだった。