4話 お前は、今日から俺のモノ
雪鴛鴦が上空で一声鳴く。
空気を振動させたそれは、けたたましい爆音となって地上にいるすべての者の鼓膜を揺るがせた。
上空にいてもその巨大さが分かる。全長は3メートル超。両翼を広げれば、空を覆い尽くしてしまいそうな巨大さだ。
地上に脅威がないと判断した雪鴛鴦が、眼下に散らばる『エサ』に目掛けて急降下してくる。
大の大人を丸のみに出来そうな巨大なくちばしが開かれ、我が子を庇うように覆い被さる母親へと襲いかかる。
「――カッ!」
一瞬の閃光。
その後に紅蓮の焔が空を駆け雪鴛鴦の巨体へ激突する。
ギシャァァァアアアッ!
雪鴛鴦が苦悶の声を上げ、再び上空へと舞い上がっていく。
「くっ、仕留められなかったわ!」
悔しそうに顔を歪める女。
先ほどのブレスを吐いたのは、誰あろうこの女だ。
俺が交換してやったバッテリーの魔力を、体に取り付けた部材を経由させて魔法へと変換したのだ。
<白龍の鱗>は、強力なブレスを吐けるようになるかなりレアな部材だ。
そして、女が体に実装しているもう一つの部材は<火吹き竜の鉤爪>。こいつは、魔力に焔の属性を付与させる効果がある。
だから、焔属性のブレスが吐ける、というわけだ。
天高く舞い上がった雪鴛鴦を睨みつける女の手が、自身の胸を強く押さえつけている。
……なるほどな。
「これ以上育たないように、そうやって胸を押さえつけているんだな。えらいぞ」
「違うわよ! バッテリー残量が不安なの! っていうか、むしろ育てたいのよ、わたしは!」
「なら、押さえつけてないで揉めばいいだろうが」
「人前で揉めるかぁ! ………………いや、揉まないわよっ! へ、変なこと言わせないでくれるかしら!?」
両手の指をわにょわにょ奇妙に動かして抗議してくる。
知らんわ、そんなもん。
「あと何発撃てるのかしら、このバッテリー?」
空を見上げたまま、女が尋ねてくる。
<火吹き竜の鉤爪>は、威力が強大故にエネルギーの消耗が激しい。
間に合わせ程度のバッテリー<大獅子の喉笛>じゃあ、そう何発も使うことは出来ない。
「二発だ」
「二発……厳しいわね」
微かに、女の口角が震える。
雪鴛鴦は上空を旋回している。
さっきの一撃で、誰が自分の番いを始末したのかを理解したのだろう。空から夥しいほどの殺気が降り注いでくる。
「あの雪鴛鴦、さっきわたしのブレスが当たる瞬間に上空へ逃げたのよ」
直撃すれば、雪鴛鴦といえども生きてはいられなかっただろう。
警戒レベルを上げた雪鴛鴦にブレスを直撃させることは、かなり難易度が高い。
「場所を変えるわ。ここじゃ町に被害が出ちゃう」
そう言って、女は町の方へと走り出した。
俺たちがいた氷室は、町外れの丘の側面に設けられていた。
森の方へと進めば町からは遠ざかるはずなのだが、女は逆方向――町の中心部へと向かっている。
「そっちの森は、町の人にとって大切な狩場なのよ! 荒らすわけにはいかないわ!」
女に併走しながら、俺はこいつを見直していた。
この女は、雪鴛鴦を狩ることだけではなく、その後のことまで考慮している。
帝国兵に嗅ぎつけられるヘマを踏んだ間抜けかと思ったのだが……
雪鴛鴦さえ退治出来れば、自分は帝国兵に捕まってもいい――そんなことを考えていたってわけか。
この女…………気に入った。
「町を突っ切る間に襲われたら、死人が出るぞ」
雪鴛鴦の襲来は、事前に予測はしていたはずだ。
だが、実際あんなデカい魔獣が町の上空に現れたら、事前の予行練習通りに行動するなど不可能だ。
泣き叫ぶ子供を必死に抱えて、大人たちが右往左往と走り回っている。
「そう思うなら、あなたも何か手を貸しなさいよ!」
女も理解しているのだ。街の中を突っ切る危険性を。
ただ、幸いにして、雪鴛鴦の狙いはこの女だけに向いていた。
番いの敵を討つ。
雪鴛鴦のまき散らしている殺気には、そんな情念がこもっているような気がした。
ギシャァァァアアアッ!
雪鴛鴦が再び急降下を始める。
明確に俺たちを――いや、女を狙っている。
あの巨体が接近するだけで、そこらのぼろ屋は吹き飛ばされてしまうだろう。
羽ばたき一つで、ガキなんかは吹き飛ばされてしまう。
街の中では接近すらさせてはいけない。
「しょうがねぇな――」
俺は立ち止まり、魔銃を構える。
半身で立ち、腕を真っ直ぐ伸ばして狙いを定める。
そして、体内の魔力をかき集めて魔銃へと送り込んでいく。詰め込めるだけ詰め込める。
魔銃が軋みを上げ、やがて呻りを上げる。
「――ちょっとだけ、本気出してやるぜっ!」
引き金を引くと、腹に響くような重低音と共に魔力の塊が銃口から射出される。
不可視のはずの魔力が凝縮されて鈍く輝きを放つ。空間がねじ曲げられたように揺らめく。光の尾を引き、圧縮された魔力が雪鴛鴦目掛けて飛んでいく。
ほんの数瞬後、雪鴛鴦の体が大きく後方上空へと弾き飛ばされた。
ギシャァァァアアアッ!
けたたましい声を上げ、もがくように羽をばたつかせる。
突風が町の中を駆け抜け、建物を軋ませる。
……ちっ。仕留められなかったか。
「……くっ!」
一気に魔力を放出した反動が俺の体を襲う。
体内の魔力は時間経過とともに回復していくのだが、一気に消費すると眩暈を伴った倦怠感に見舞われるのだ。
魔銃くらいなら倒れることはないが……魔導三輪みたいな大型の機械を動かそうとすればぶっ倒れてしまうだろう。
俺の魔力は、その程度の量しかない。
もっとも、回復速度はクッソ早いけどな。
「ほい。全回復っと」
空を見上げると、一時避難のために雪鴛鴦が空高く上っていた。
そいつを確認して、俺は再び走り出す。前を行く女へと追いつく。
「あなた、本当にタンクなしで魔銃が撃てるのね」
「トリックだとでも思ってたのか?」
「そりゃあ、マソリンなしで魔力を扱える人間なんて初めて見たもの」
走りながら、女がそんなことを言う。
だから言ってるだろう。俺は特殊だって。
ただ、楽をするためにマソリンを欲しているだけなのだ。
文明の利器に頼れるところは頼っちまった方が利口だ。
「そのまま雪鴛鴦を牽制出来る? 町の外まで誘い出してくれれば、わたしが必ず仕留めてみせるわ」
雪鴛鴦の目的は復讐だ。
番いを始末したこの女と、それに加勢する俺に殺気を向けていやがる。
このまま攻撃を続けて町の外まで走れば、おびき出すことは可能だろう。
魔銃一発程度の魔力なら、消費したそばから回復してくれるので、撃ち続けることは可能だ。……そこそこしんどくはあるけどな。
「ただし、周りの建物に被害が及ばないように注意してね。さっきみたいな強力な攻撃で、雪鴛鴦が暴れ出したりしないように」
強い打撃を与えれば、その分強い反発を食らう。
生き物ってのは、命の危機に瀕するとまさに必死の抵抗をしてくるものだからな。
また、当たり所が悪くて――この場合は『よくて』というべきなのかもしれないが――殺してしまっても問題だ。
氷室の前みたいに民家のない場所でならともかく、今いるような住宅の密集した場所にあんなデカい鳥が落ちてきたらそれだけで被害は甚大だ。
町の連中はそれぞれに避難を始めている。
だが、ガキや年寄りなど、迅速に退避出来ずにいる者も多い。
役に立つとでも思っているのか、逃げ遅れているジジイのそばで壮年の剣士が剣を構えて雪鴛鴦を睨みつけている。
攻撃する意思はなさそうだが、もし雪鴛鴦の敵意が町民に向かえば躊躇いなく戦闘へ加わる気概は見て取れる。――瞬殺されるのがオチだろうが。
「門が見えたわ!」
前方に、この町の門が見える。
雪鴛鴦が下降の準備を整えようとするタイミングを狙って魔銃を発砲し、それを阻止する。
雪鴛鴦は、下降前に一度羽を広げ体勢を安定させ狙いを定める習性がある。
そのタイミングをかき乱して下降を阻止する。
「町民を全員町に入れろっ!」
魔獣を見て、町民がパニックを起こし右往左往している。
町の外へ逃れようとする者も少なくなく、門の前は人でごった返している。
この町に来た時、真っ先に俺に声をかけてきたオッサンを見つけ、俺はそいつに指示を出す。
どうせお前はこの町をまとめる側の人間なんだろ。自警団とか、その類いのな。
「オッサン、町民の誘導は任せる。あの女に場所を作ってやれ」
「お、おう!」
オッサンは一度空を見上げ、そして不安げな声で呟く。
「デカいな……なんとか、なるのか?」
「あいつがなんとかするだろう」
一人でさっさと門を通過し、雪深い雪原へと駆け出していく女。
雪を退けた、人の歩きやすい道を避け、人のいない方向へとばく進していく。
「お嬢ちゃん一人に任せちゃおけねぇ。オレたちに出来ることはないか?」
「お前らに出来ることは、町民を町の中へと避難させることだ」
「けどよぉ!」
オッサンが食ってかかってくるが、俺が魔銃を発砲すると肩をすくませて言葉を飲み込んだ。
別に威嚇したわけじゃない。
雪鴛鴦が下降体勢を取ろうとしたから阻止しただけだ。
オッサンは上空を見上げ、改めて敵のデカさを思い知ったようだ。
顔が真っ青に染まっていく。
「気力でどうこう出来るレベルじゃねぇ。足手まといになりたくなきゃすっこんでな」
「……そ、そうか」
それでも、不安そうな顔で遠ざかっていく女の背へ視線を向ける。
メスに続いてオスもあいつ一人に任せっきりってのが、心苦しいんだろうな。
「もし、あいつ一人でなんとかならなきゃ――」
心配性なオッサンにこれ見よがしな笑みを向けつつ、再び雪鴛鴦に向かって発砲する。
「――俺が、なんとかさせてやる」
マザーボードの火力を調節するのは、ソルダリンガーの役目だからな。
まぁ、あの重装備で火力が足りないってことはないだろうが。
「人死にを出したくなかったら、町の連中を一人残らず町の中――出来れば氷室の方まで誘導しておけ」
「……分かった。すまん、あとを頼む」
厳めしい顔つきで頭を下げた後、オッサンは声を張り上げて周りの若い衆に指示を出し始めた。
若い衆は一応の統率が取れており、逃げ惑う町民たちの誘導を始める。
「あとは……」
再度、雪鴛鴦に向かって発砲する。
今度は狙いを定めて、くちばしを掠めてやった。
雪鴛鴦が煩わしそうに首を振る。
ギシャァァァアアアッ!
そして咆哮。
殺意に濡れた血走った目で俺を睨みつけてくる。
門の前から人がはけ、道がその姿を現す。雪を搔いた泥道が雪原を二分するように遠くへと延びている。
俺は泥水を踏みつけ、水しぶきを上げて駆け出す。
門を出て辺りを一瞥する。
女の姿はどこにもなかった。
おそらく、雪の中に姿を隠しているのだろう。
雪鴛鴦の目を誤魔化し、油断したところへブレスを浴びせかけるつもりなのだ。
身を隠し、おびき寄せ、一気にケリをつける。狩りの基本だ。
一つ問題があるとしたら、俺も、女の隠れている場所が分かっていないということだ。
打ち合わせが出来ていない。
こういう場合は、下手なことはしない方がいい。
相手の行動を読もうと変に思考を巡らせると逆効果になることがほとんどだ。
こうやってなんの打ち合わせも出来なかった時は、王道こそが安パイ。
普通の人間が普通に取るであろう行動を選択するに限る。
信頼関係が築けていない相手に対し、人は必要以上の期待をかけようとはしないからだ。
ならば俺は、雪をかき分けて作られたこの道を真っ直ぐに歩いていく。
あの女に唯一言われていた「陽動」をしながらな。
「雪鴛鴦が必要以上に降下してこないのは、俺が邪魔しているからと、もう一つ――警戒しているからだ」
さっきお見舞いしてやった特大の一撃。
あいつを食らわされることを、雪鴛鴦は忌避している。
一撃で倒れることはなくとも、何度も食らいたくはないようだ。
「なら――」
俺は立ち止まり、半身に立って魔銃を構える。
右手から魔銃へ、詰め込めるだけ魔力を詰め込んでいく。
「もう一度食らわせてやるぜ!」
魔銃が軋みを上げる。
限界まで魔力が充填される。
ギシャァァァアアアッ!
だが、こいつを放つには四秒間、魔力を集中させる必要がある。
その四秒間は完全な無防備になってしまう。
そんなあからさまな隙を見逃すほど、野生の魔獣は甘くない。
空を劈くような鳴き声と共に、雪鴛鴦が急降下してくる。
魔銃に邪魔されることなく、万全の体勢で俺――獲物目掛けて突進してくる。
おそらく、今魔銃を放っても、雪鴛鴦の突進は止められない。
真正面から高速で迫ってくる巨大な獣は、ちょっとやそっとでは止められない。
肉を切った瞬間に骨を断たれてしまうだろう。
俺、一人だったらな。
「伏せて!」
後方やや右側より、もうすでに聞き慣れた感のある声が聞こえ、俺はその指示に従う。
それと同時に雪の中から雪まみれの女が姿を現し、雪鴛鴦に向かって大きく口を開けた。
「――カッ!」
ノドが乾いた音を鳴らし、女の口から燃え盛る紅蓮の焔が吐き出される。
ギシャァァァアアアッ!
突然、思いもしない方向から焔を浴びせかけられ、雪鴛鴦は悲鳴を上げる。
まとわりつく焔を翼で払い、雪の中へと二度三度とその巨体を沈める。
雪をまき散らし悶え狂う雪鴛鴦の尾を目掛けて、チャージした魔力を発砲する。
ドッ、と鈍い音と共に雪鴛鴦の羽が宙へ舞う。
かなりのダメージを負いながらも、雪鴛鴦はまだ暴れている。
仕留めきれなかった。
雪の中でもがきながらも、羽を広げる。
もう一度飛び立つつもりのようだ。
俺が女に伝えた残りバッテリーは、「二発」。
女は今、一発魔法を使用し、残りは一発。
だが、マザーボードはバッテリーを使い切ると、死ぬ。
さて、この女はどういう選択を――
「――カッ!」
不意に、乾いた音がした。
瞬間、世界はオレンジ色に染まり、肌を焼くような熱風が雪原の上を駆け抜けていく。
ガラにもなく、言葉も出せずに唖然としてしまった。
きっと間の抜けた顔をさらしてしまっていることだろう。
俺は、瞬きも忘れてその女の横顔を見つめていた。
熱風に黒い髪が揺れ、オレンジの光に照らされてたたずむそいつは――悔しいかな、とても美しく見えた。
やり遂げたような、満足げな笑みがなおさらそう見せたのかもしれない。
この女……
なんの躊躇いもなくブレスを……魔法を使いやがった。
「ようやく仕留めたわねっぶしょいっ!」
今し方、美しいと思った横顔のすっと通った鼻から「てろ~ん」と青っ洟が垂れ下がった。
「ゆ…………雪の中に、かく、隠れてたから…………さ、さむ……寒くて…………」
おのれの両腕をさすり、歯をカチカチ鳴らす。
背後では、巨大な魔獣が息絶え、今まさに業火によって焼かれているというのに、緊張感の欠片もない顔をしていやがる。
「………………ふっ」
思わず、笑みがこぼれてしまった。
「……くくく…………ははははっ!」
横隔膜が勝手に震え、自然と笑いがこみ上げてくる。
バカだ。
バカがここにいる。
目の前でバカが震えている。
まったく、しょうもない女だ。
だが。
こんな風に笑うのは、久しぶりだ。
……なんだか、悪くない気分だ。
「後ろの『たき火』にあたってこいよ」
「そ、そうね。その手があったわね。あなた、なかなか頭がいいじゃない」
いそいそと、燃え盛る雪鴛鴦へと近付いていく女。
雪深い雪原の中程で燃えている雪鴛鴦にたどり着こうと、足を高く上げて必死に進んでいく。
その足がふと止まり、おのれの肩越しにこちらをちらりと睨む。
「……押さないでよ?」
なるほど。
そういう『いじり』も楽しそうだ。
「ご希望とあれば、いつでも」
魔銃の銃口を向けてやる。
当然、威力は調節してやる。
思わず前へとつんのめるくらいの威力の弾丸をお見舞いしてやろう。
「押すなって言ってるのよ。まったく、耳も悪いのね」
「待て。さっき頭を褒めた時は『も』じゃなかったのに、なんで悪い方は『も』なんだ?」
「自分の胸に聞いてみたら?」
勝ち誇ったような面で、女は鼻を鳴らす。……いや、洟をすする。
自分の胸……ねぇ。
「おい。答えろ、そこの駄肉」
「駄肉って言わないでくれるかしら!? 尊い膨らみなのだから! 巨乳への第一歩なのだからっ!」
ちっ。まだ成長する気なのか、この女は……
「不許可だ」
「なんであなたが勝手に決めるのかしら!? そもそも、この胸はあなたの胸ではないのだけれど!?」
何を言ってやがるんだ――と思ったのだが。あぁ、そうか。
まだこいつに告げてなかったか。
俺がそうしたいと思った瞬間、世界はそのように変化するべきであり、事実俺はこれまでずっとそうしてきた。
だから今回も、もうすでに『そのつもり』でいたのだが……まぁ、初回だ。懇切丁寧に教えてやるとするか。
「お前は、今日から俺のモノだ」
「………………は?」
折角すすった鼻から、また洟が垂れてくる。
「お前が俺のモノであるなら、お前の駄肉――胸も俺のモノだ。単純な話だろう」
「な…………っ!」
ズカズカと雪を蹴り上げて、膝まで積もった雪の中を女がこちらに向かってくる。
「い、一体、誰があなたのモノなのかしら!? 勝手に決めないでほしいわね。そりゃ確かに、バッテリーに関しては感謝の一つもしてあげるけれど、だからっていきなり『俺のモノ』とか、思い上がりもほどほどに……」
そこまで言って、女が急に倒れた。
深い雪の中で、面白い感じの人型を作ってめり込んでいく。
「バッテリーが残り少ないのに、雪道を行ったり来たりするからだ」
「…………だ、誰の、せいよ…………」
ぷるぷると震えながらも、威勢だけは一人前に俺を睨んでくる。
体が動かないようで、かなり苦しそうな体勢だ。
このまま、女をここに放置すれば、物の数分でこの女は死ぬ。
マザーボードとは、そういうものなのだ。
「二つ、質問に答えろ。俺の気に入るような回答を言えれば、無償でバッテリーを交換してやろう」
「……そ、そうやって、恩着せがましいことを…………この、鬼畜」
なんとでも言え。
イケメンは何をしても許されると、世界が決めたのだ。
「………………勘違いイケメン」
イラッ……
女が埋まっている人型の穴に、そっと雪をかけてみる。
「冷たっ!? ちょっ、冗談じゃ済まないわよ!? やめ、やめなさい!」
誰にも見つからないように埋めてやろうかとしたのだが、女がちょっと涙目になっていたのでやめてやった。
末代まで語り継いで感謝しやがれ。
うつ伏せだった女を仰向けにし、雪の上へと寝かせる。
「まず一つ。なぜ三発目を躊躇いなく使った? 死ぬかもしれないとは考えなかったのか?」
「え…………あぁ、そうね。その可能性もあったのね」
俺に指摘されて初めて、女はその可能性に意識が向いたようだった。
「だって、あなたが取り付けてくれたバッテリーだもの。なんとなく、大丈夫な気がしたのよ。なんていうか、こう――『あなたなら、わたしが死ぬような設定にはしないだろう』って……」
そんなことを言った後、余計な一言を付け加える。
「……なんであなたみたいないい加減な人を信用したのかは、自分でも分からないわ」
唇が震え、口元から白い息が吐き出される。
微かに、笑っている。
実に単純で、実にバカだ。
頭の中は、『町を救う』ということでいっぱいだったのだろう。
その後のことなど考えてもいなかった。
やはり、俺が睨んだ通り、この女は後先を考えないバカなのだ。
だが、その行動の根底には時代錯誤なお人好しがいつだって根を張っている。
そして、きっちりとやりきってみせるあたり…………気に入った。
いいだろう。合格だ。
「もう一つ」
こちらを向いている赤い鼻先に人差し指を近付け、そのまま人差し指をゆっくりと下げていく。
小さな唇、細いアゴ、白い首筋と通り――余分な肉の付いた胸元へ。
駄肉と駄肉の中央。
女のピアレスランドの位置――バッテリーを指差す。
「この胸は、誰のモノだ?」
俺はボランティア精神溢れる慈善家ではない。
そう何度も無償で他人を助けてやるようなつもりはない。
だが、自分の持ち物のメンテナンスなら進んで行おう。金に糸目もつけない。
いつだって、最良の状態を保っておく。必要な時に、必要以上の力を発揮させるために。
「…………セクハラドS」
「駄肉に興味はねぇ。セクハラしてほしけりゃ、もっと女を磨くんだな」
「誰が、あなたなんかに………………けど……」
細いアゴが揺れ、唇がゆっくりと開かれる。
「あなたのことは、信用出来そうな気がするわ……悔しいけれど」
バッテリー残量がもうほとんどないのだろう。
女は弱々しい笑みを浮かべて、言った。
「……自分の『モノ』なら、大切に扱いなさいよ」
「いいだろう。合格だ」
これまで、旅の供にしてもいいと思えるマザーボードに出会ったことはなかった。
だが、こいつは面白い。
適度にバカで、どこまでも真っ直ぐで――俺によく似たお人好し。
だが、慣れ合うつもりはない。
どちらが主で、どちらが僕かは、はっきりとさせておく必要がある。
「『中途半端に育ってごめんなさい』と言ったら、バッテリーを交換してやる」
「…………さようなら。くだらない人生だったけれど、多少は楽しいこともあったわ」
「頑なか」
「そんなセリフを吐くくらいなら、ブレスを吐いてあなたを道連れに死んでやる…………ぅ、本気で、ヤバ……い…………」
「そうか。そこまで決意が固いのでは仕方ない。好きにするといい」
「………………………………ドS」
さて、それはどちらの意味で、なのかな? ん?
「………………覚えてなさいよ」
小さく呟いて、とても小さな小さな声で、女は早口に呟いた。
「ちゅ、『中途半端に育ってごめんなさい』……っ」
「よろしい」
俺は満面の笑みで女の髪を撫でてやる。
ちゃんと出来たら褒めてやる。生き物に芸を教えるにはこうするのがいい。
MSIとソルダースライムの入った小瓶を取り出し、<大獅子の喉笛>を取り出す。
雪の中だろうが、俺にかかればバッテリー交換など数秒で終わる。
女の服の中に手を突っ込んで速やかにバッテリーを交換してやる。
残量のなくなったバッテリーを取り外したところで、残り少ないエネルギーを消費して、女はこんなセリフを一言呟いた。
「…………屈辱」
この日以降、俺はこいつのこのセリフを何度となく聞くこととなる。
《宮地班長のはんだ付け講座》
【部材】
はんだ付け作業において、基板に取り付ける細かい部品のことを【部材】と呼びます。
コンデンサーとか抵抗とかLEDとかです。
本作で扱う【部材】は、魔力を内包した『魔獣の一部』ということになります。
すでに登場している部材でいえば、
<白龍の鱗>(ブレスが使えるようになる)
<火吹き竜の鉤爪>(炎属性付与)
<大獅子の喉笛>(バッテリー:中)
<雪精霊の結晶>(氷属性付与:消費魔力・高い)
などです。
今後、よくある冒険モノのように、魔獣を狩って部材集めたりするんだぁ~♪
ちなみに、【部材】は、ソルダリングに使用しない場合も【部材】と呼称することとします。
【部材】から魔力を抽出したりもします。お金に換えたりもします。
この世界において貴重な収入源となるのが、この【部材】なのです。