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3話 触らぬ乳に祟りなし

 ――ふにゃん。


 俺の指先に、柔らかい感触が走る。


「きゃあ!」などと悲鳴を上げ、自分の胸を抱きかかえるようにして、女はその場にうずくまる。


「なっ、なにするのよっ!」


 白かった頬をこれでもかと赤く染め、涙目で俺を睨み上げてくる。

 牙を剥いて吠える仔獅子のような形相には、本気の怒りが見え隠れしていた。


 だが……


「……ふにゃん…………だと?」


 確かに、この指に、神経が最も集中していると言われる指先に、柔らかいものを感じた。

 ふにゃんとした…………


「おい、帝国兵その1……」

「そ、その1って……オ、オレ、か?」


 さほど痛くもないであろう赤黒く腫れ上がった足首を押さえて地面に転がっている帝国兵その1の胸倉を掴み、強引に立ち上がらせる。


「いたたった、痛い! 痛いって!」

「テメェ、確か……この町にいるマザーボードは『想像を絶するようなド貧乳』とか、言ってたよな?」

「なっ!? だ、誰の貧乳が『想像を絶している』のかしら? いや、それよりも誰が『貧乳』なのかしら!? それよりもそれよりも『ド』ってなにかしら!?」


 一人でわちゃわちゃ騒ぐ女は無視して、俺は重罪を犯した帝国兵その1を締め上げる。


「おっぱいがあったじゃねぇか!」

「そりゃあるだろう!?」

「ふにゃんってしたわ!」

「いや、だから、多少はするだろうって!」

「柔らかかったんだぞ!?」

「何が言いたいんだ、お前は!? 自慢か!?」


 あり得ない!

 まったくもってあり得ない!


「こいつのどこが貧乳だ!」

「どっから見ても貧乳だろうが!」

「貧乳ってのはぺったんこのことだぞ!?」

「ぺったんこだろ、その女!」

「よく見ろ!」

「よく見た結果、貧乳だろうが!」

「どう見ても貧乳じゃねぇだろ!?」

「誰が見ても貧乳だよ!」

「全っ然貧乳じゃねぇから!」

「思いっきり貧乳じゃねぇか!」

「むしろ巨乳だ!」

「どこが巨乳だ!?」

「……いい加減にしてくれるかしら、そこのバカ男二匹…………最後のブレス、ここで吐くわよ?」


 無理解のバカ帝国兵を地面へと叩きつけ、うずくまる女の腕を引いて立ち上がらせる。


「えっ、ちょっ!?」


 そして、右手で背後から女の肩を掴んで、左手で腰を押さえる。

 右手を引いて左手を軽く押し出し、女の胸をピンと張らせる。

 ――と、女の胸に確かに、確実に、うっすらとした膨らみが確認出来た。


「ちょぉぉおおっと!? 何をしているのかしら、あなたは!?」

「よく見ろ! 膨らんでる!」

「よく見せてんじゃないわよ! そして見ないでくれるかしら、帝国兵ども!」


 女の胸には、10センチにも及ぶ余分な肉――駄肉がこびりついていた。


「どう見ても10.2センチあるだろう!」

「なんで見ただけでそこまで正確な数字を言い当てられるのかしら、あなたは!?」

「俺の指先は、神の領域レベルで繊細なんだよ」

「そういえば思いっきり触ってくれたのよね、覚えてなさいよ!」


 10センチだぞ、10センチ……10センチオーバーだ。

 10センチと言えば、Aカップだ!


「テメェら、もし自分のベッドの上にイクラが10センチ積もってたらどう思う!? 気持ち悪いだろう!? Aカップってのは、それと同じなんだよ!」

「謝れぇ! わたしとイクラに謝れ!」


 俺の腕を振り払い、女が恨みがましい顔で吠える。

 ふん、謝ってほしいのはこっちの方だ!


「いいか! お前らにはっきりと言っておいてやる!」


 世間の人間が間違って覚えている忌まわしい認識を、俺が正しく是正してやる。



「Aカップは、巨乳だ!」



 貧乳とは、真に真っ平らな慎ましい婦女子のみが使用することを許される神聖なる称号だ。

 駄肉を携えた者が軽々しく名乗っていいものではない!


「…………くっ。ツッコミどころ満載なのに、なぜか否定したくない……っ! なんだか、屈辱だわ」


 俺の前で女がぷるぷる震えている。

 屈辱にその表情を歪ませて。


「すごい……おっぱい一揉みでここまで盛り上がれるなんて……お兄ちゃん、本当に貧乳好きのド変態だったんだね」


 ルミナが純真無垢な瞳で俺を見つめている。

 その瞳に映る輝きは、羨望とはほど遠いものだった。……そんな目で見るな。

 そもそも、こんな腐れ巨乳を尊きド貧乳様などと謀った帝国兵どもが悪いのだ。


 ……と。

 それどころではなかったな。


 巨鳥の羽音に混じって、逃げ惑う町人たちの声が聞こえてくる。

 上空の魔獣は、自身の脅威になる者がいるかどうかを確認していやがるのだ。

 うかうか罠にはまるような知能の低いヤツじゃない。


 なんの罠もないと判断すれば、たちどころに町へ降り立ち殺戮を始めるだろう。

 捕食という名の復讐を。


「おい、爆乳女」

「それはさすがに言い過ぎだと思うわ! 言われているわたしが、なんだか恥ずかしいもの!」


 別に俺は、ただ性的好奇心に翻弄されてこの女の似非貧乳を鷲づかみにしたわけではない。

 ……まぁ、もし本当に真の貧乳だったらラッキー☆くらいの下心があったことは否定しないけれど。

 それでも、俺は目的があってこの女の似非貧乳を鷲づかみにしたのだ。


「10.2センチ」

「サイズをいちいち口外しないでくれるかしら!?」


 俺の睨んだ通り、この女のバッテリーは左右の胸の中央に取り付けられていた。

 部材を取り付けることが出来る魔力の伝導回路の集合体【ランド】。

 ランドに部材をソルダリングすることで、部材の持つ魔力がマザーボードの体内へと循環されていく。


 そのランドの中で、唯一バッテリーを取り付けることが可能なのが【ピアレスランド】だ。

 ピアレスランドは一人のマザーボードに一つしか存在しない。

 つまり、バッテリーを取り付けられる場所はその一ヶ所しかないということだ。

 ピアレスランドが破壊されれば、そのマザーボードはバッテリーを交換出来なくなり――死ぬ。

 他のランドで代替することは出来ない。


 ランドの位置は生まれながらに決まっていて、あとから変更することは不可能。

 この女のように、体の前面の、しかもこんなに分かりやすい位置にピアレスランドがあるのは、急所をさらしているようなもので非常に危険だと言える……が、尻の割れ目にあるなんて状況よりソルダリングしやすいとも言えるか。


「お前のランドの位置は把握させてもらった。お前がなんと言おうが、強制的にバッテリーを交換させてもらう」

「なっ!? なにを勝手なことを……」

「勝手に事後処理を押しつけようとしてたヤツが、なに抜かしやがる。そんな面倒は御免だ」


 特に、この女と仲がいいらしいルミナを慰めるのは、相当骨が折れるだろうし、最悪、不可能かもしれない。


「お前は雪鴛鴦をきっちりと始末し、そして――生き残れ」

「…………」


 女の顔がこちらを向く。

 何かを読み取ろうとでも言うのか、俺の瞳をじっと覗き込んでくる。

 微かな驚きを含み、ほんの少しだけ泣きそうな顔で。


「……あなた、変なヤツね」


 そして、ほのかに笑う。


「まぁいいわ。わたしの胸を無断で触ったんだから、バッテリー交換くらいは無償でさせるべきよね。これで貸し借りなし。……それでいいわね?」


 ある種の決意を込めた顔で女が言う。

 だが――


「不愉快な駄肉を触らされた俺への慰謝料は?」

「勝手に触ってきたのはあなたでしょう!? って、不愉快ってなによ!? ちょっとは喜びなさいよ!」 


 喜んだら喜んだで怒り出しそうなんだが……


「わーい、びじんのおっぱい、わーいわい」

「心がこもってないのよ!」


 そこか、問題は?


「そこの帝国兵たちを外に放り出して、……その…………早く、して、ね」


 この後の展開を想像したのか、赤く染まった顔を俯かせて、女は部屋の奥――ベッドへと向かう。


「お姉ちゃん」


 ベッドの脇にいたルミナが、女に駆け寄る。


「ルミナ、空気を読んで何も知らないていでお父さんたちのところへ戻るね! 頑張って!」


 そう言い残して、ルミナは全速力でこの隠し部屋から飛び出していった。


「待って、ルミナ! あなたは確実に何かを勘違いしているようだけれど、そうじゃないの! そういうことじゃないから! ルミナァ!」


 満面の笑みで駆け去っていったルミナの背中に声を投げかけるが、ルミナが戻ってくることはなかった。

 女がガクリと肩を落とす。


 さて、残るは帝国兵どもだが……


「魔獣退治が終わるまで大人しくしていろよ」

「あ、あぁ。もちろんだ……へへ」


 この隙に逃げ出す気満々の顔をしている。

 面倒だが、氷室の棚にでも縛りつけておかなければ逃げ出してしまうだろう。



 ……だが、やっぱり面倒なので『別の方法で』逃げられないように措置を施しておいた。



「よし。帝国兵を外に出しといたぞ」

「……なんだか、物凄い悲鳴が聞こえたのだけれど…………死んでない?」


 大丈夫だ。

 ほんのちょっと生傷が増えただけで。

 俺、手加減とかちゃんと出来るタイプだから。


「さて……」

「……ぅ」


 ゆっくりベッドへ近付くと、女が肩をすくめ身を固くする。


「や……やっぱり、脱がなきゃ、ダメ?」


 ランドは肌の下に存在している。

 ランドは、痣のように見えたりするわけではなく、特殊な装置を使って体内にある回路を読み取り、その上で場所を特定するのだ。

 ――が。俺は特殊な人間なので、肉眼で魔力の流れが読み取れる。


 ランドの場所も手に取るように分かる。


「別に脱がなくていいぞ。服に手を突っ込んでソルダリングしてやる」

「そっ……それはそれで……なんだか卑猥、よね……」


 どうしろってんだ。


「雪鴛鴦は頭のいい魔獣だ。そろそろ降下してくるぞ」

「そ、そうね。照れてる場合じゃ、ない……わよね」


 ゴクッと唾を飲み込み、決心を固める女。

 ゆっくりとベッドに入り、仰向けに寝転がる。

 だが、不安はぬぐいきれないようで右腕を曲げて、胸元に添えるようにそっと置いている。


「あんまり、熱く……しないで、ね?」


 潤んだ目でそんなことを言ってきた。

 ……くそ。ちょっとだけ可愛いと思っちまったじゃねぇか。


「俺を誰だと思ってる。そこらの三流ソルダリンガーと一緒にするな」


 視線を外しそう吐き捨てると、女は不意に笑いをこぼした。

 くすりと、静かな笑いを。


「誰だと思えばいいのよ、初対面のあなたを」


 こんな辺境の地までは、俺の名も轟いてはいないらしい。それもそうか。

 中央に行けば、顔を指されるくらいには有名人なんだがな。


「多少荒くてもいいから、急いでね。この町を、家の一軒たりとも壊させたくないから」


 氷室の外から魔獣の羽音が響いてくる。

 町人たちを追いやるように威嚇の声を上げる雪鴛鴦。

 逃げ惑う人々の喧噪が心をかき乱す。

 焦燥感を誘う。


「それじゃ、いくぞ」


 MSIを右手で握り、体内に渦巻く魔力を流し込む。

 鈍い鉛色をしていた先端が、眩いシルバーの輝きを放ち始める。


 十分に行き渡った魔力がMSIの先端から細い湯気となって立ち上っていく。

 正確には、MSIの先端で凝縮された魔力が外気に触れて、そこに含まれる水分を蒸発させているのだ。

 だが、熱くはない。

 肌に触れても火傷はしない。


 ただし、体内へ魔力が流れ込むと「熱い」と感じることはある。

 また、技術がないヤツがソルダリングを行うと肌に『魔力焼け』といわれる焦げたような痣が出来ることはあるのだが。


「痕になったら、承知しないからね……」


 不安を誤魔化すように呟いて、女はまぶたを閉じた。


 だから、俺を誰だと思ってんだって。

 超S級のドSだぞ?


「綺麗に【濡れ】させてやるよ」

「――っ! …………変態」


 そういう意味じゃねぇっての。


「まずは、今あるバッテリーを取り外す。バッテリーを消費しないように、余計な動作はするなよ。出来れば、声も出すな」

「……分かってるわよ」


 バッテリーを取り外しても、体内に行き渡った魔力がすぐになくなることはない。

 ただ、もたもたしているとこいつの生命活動が停止してしまうことになるが。


 古いバッテリーを固定している余分な【ソルダー】を吸い取るために、【ウィッキングワイヤー】を使用する。


「それ……熱いから、嫌い」

「黙ってろ。死ぬぞ」


 ウィッキングワイヤーの取り扱いは難しい。

 下手くそがやれば、ランドを焦がしたり、マザーボードに不要な負荷を与えたりしてしまいがちだ。

 だが、俺はそんなド下手じゃない。


「ひっ!」


 俺が服に手を突っ込むと、女が甲高い声を漏らした。

 そんな声を漏らしたことが恥ずかしかったのか、女の顔がみるみる赤く染まっていく。

 口元を押さえて顔を隠そうとしているようだが、耳まで真っ赤でまったく隠せていない。


 勝手にもだえている女を放っておいて、バッテリーが付いているピアレスランドへウィッキングワイヤーを宛がう。

 そして、MSIの先端を押し当てウィッキングワイヤー越しに古いソルダーに魔力を送る。

 魔力伝導率の高い金属を細かい編み目状にまとめ上げたウィッキングワイヤーに魔力を流すことで、毛細管現象により古い【ソルダー】が吸い上げられていく。


 熱なんか感じさせず、古いバッテリーを取り外した。

 我ながら、惚れ惚れする手際のよさだ。


 女は言いつけを守り、一言も声を発さず静かにまぶたを閉じている。

 すべての準備が整ったところで、バッグから小瓶を取り出す。

 中には、生け捕りにした【ソルダースライム】が入っている。


 知能が低く、『食べる』『逃げる』『攻撃する』『繁殖する』程度のことしか出来ない下等生物ではあるが、他の魔獣にはない特異な性質を有している。


 ソルダースライムは全身が【ソルダー】と呼ばれる『魔力伝導率の極めて高い物質』で構成されている。

【ソルダー】は、魔力が流れている間は液状化し、魔力供給が途切れた瞬間凝固する。

 その際、触れている部材を融解し強固に溶着する。



 その性質を利用して、マザーボードに部材を取り付ける行為を【ソルダリング】と呼ぶ。



 小瓶に入ったソルダースライムは、自身の『核』から全身へ魔力を循環させ生命活動を続けている。

 小瓶の蓋を左に回転させると、蓋が一段押し込まれて、蓋の裏に仕込まれたニードルがソルダースライムの核を破壊する。

 核を破壊されたソルダースライムは生命活動を停止させ、循環していた魔力が止まり、魔力が抜け始めたところから順に凝固していく。

 生命活動停止後のソルダースライムは徐々に固化し、純粋なソルダーのみが小瓶の中に残る。


 蓋は右に回せば開く。

 固化したソルダーをひと摘まみ取り出し、女の服の中滑り込ませる。


「ひゃぅ!」


 ひんやりとした感触に、女が声を漏らす。

 ……慣れとけよ、だから。マザーボードなんだから、何度も経験してんだろうが。


「熱くするなとは言われたが、冷たくするなとは言われてないからな」

「ぅ……うるさいわね。さっさと済ませなさいよ」


 服の中に手を入れられているのが恥ずかしいのか、女はこちらを見ようともしない。

 小鼻がぷっくりと膨らんでいる。


「これから、お前のランドに【予備ソルダー】をする」


 ランドへMSIを当てて魔力を流し、薄くソルダーを塗布する。

 この予備ソルダーは、部材を固定する役割と同時に、呼び水となってソルダリング時の【濡れ】をよくする役目も担っている。


「……ちっ。邪魔だな」


 MSIを扱う右手を固定したいのだが、小指に女の余分な肉が触れる。

 腹いせに小指でその駄肉を弾いてやると、女の体がびくんと震えた。


「よ、余計なことをしないでくれるかしら!?」

「無駄口叩くな。死ぬぞ」

「……次触ったら、ブレス吹くからね」


 真っ赤な顔で俺を睨み、女は再びまぶたを閉じた。

 今度は乱暴に。「ふん!」と、わざわざそんな声を漏らして。


 見当違いな怒りを俺にぶつける女。

 文句を言いたいのはこっちだ。この駄肉。


 そんな駄肉と駄肉の間。胸の中央にバッテリー<大獅子の喉笛>を取り付け――ようとしたのだが……


「おい」

「…………なに?」

「全然【濡れ】ないんだが?」


 ソルダーが液状化し広がっていくさまを【濡れ】ると表現する。

 いい【濡れ】は、ソルダーに段差もなく融解も均一で、何よりソルダーに光沢が生まれる。

 一方、ソルダーがデコボコしていたり、光沢が一切なかったり、気泡が出来ている状態は【濡れ】が悪いという。


 そして、ランドが【酸化】すると、ソルダーの【濡れ】は著しく悪くなるのだ。


「テメェ、なに酸化してんだよ?」

「…………知らないわよ」

「乳触られたくらいで怒んじゃねぇよ!」

「乳を触られたら誰でも怒るわよ!」


 く……なんて心の狭い……乳には無駄な肉を付けているくせに!


 ランドは、マザーボードの機嫌が悪くなるとすぐに【酸化】してしまう。怒りの他に、悲しみや倦怠感、その他、負の感情によってすぐに【酸化】してしまう。

 このように、心の狭いマザーボードだったりするとその現象は顕著に表れる。実に厄介だ。


 ……ちっ。しょうがねぇな。


「おい、女」

「…………なに? 無駄口叩いてバッテリーを消費したくないのだけれど」

「感謝しろよ」

「……なっ!?」


 女に覆いかぶさるようにして、俺もベッドへと侵入する。

 腕を突き、体とベッドで女の逃げ場を奪い、真正面から顔を覗き込む。


 さっきまで閉じられていたまぶたが見開かれ、眼球が細かく震えている。


 目を見つめたまま、そっと、女の髪に触れる。俺から見て右。女の左耳の上辺りから指を入れ、後頭部にかけて静かに髪を梳く。


「……ひ、ぅ」


 指が頭を這うように撫でると、女は再び目をつむり押し殺したような声を漏らす。


「いい娘だから、俺に手間を取らせるな」

「い、いぃ……娘って……ちょ、顔…………近……っ」


 震える女の耳に唇を近付けて、囁くように言ってやる。


「素直な方が可愛げがあっていいぞ、お前」

「ひゅ……むっ」


 頬が燃えるような色に染まりじんわりと熱くなっている。

 これくらい温まってりゃ問題ないだろう。


 俺は、再度予備ソルダーを施したピアレスランドに<大獅子の喉笛>を押し当てる。

 部材を仮止めし、その後ランドにMSIの先端をあて、ソルダーを供給する。


 魔力が流れ込みソルダーが液状化して、ランドと部材を同時に覆う。

 液状化したソルダーは魔力を帯びて部材とランドを熔解しながら――やがて溶着する。


「よぉし、いい【濡れ】だ。」

「…………バカ」


 そんな恨みがましい声を発した直後、女の体に変化が起こる。



「――っ!」



 女の体がビクンッと跳ね、長い黒髪がふわりと広がった。

 黒い髪が淡く発光し、鮮やかな青い輝きを放つ。


「もう動いていいぞ」


 俺の言葉に、女はゆっくりと起き上がり、自身の体を確かめるように指先や腕を動かす。


「感想は?」

「言いたいことはいろいろあるけれど……」


 そこで言葉を切り、そして、納得がいったように口角を持ち上げた。


「あなた、上手いじゃない」


 そんな世辞を聞き流し、俺は女に言う。




「さぁ、準備は整った――外の魔獣をぶっ飛ばしてこい!」







《宮地班長のはんだ付け講座》


【ランド】【ピアレスランド】


【ランド】

はんだ付けを行う場所が【ランド】です。

基板を見たことがある方は思い浮かべてくみてださい。なんとなく緑っぽいあの板の、緑っぽくない部分です。

金属(銅が使用されていることが多いです)部分がむき出しで、そこにはんだ付けをするのです。

丸い形をしているので『ラウンド』→『ラーンド』→『ランド』と呼ばれるようになりました。

で、丸くない他のパッドも、なぜかランドと呼ばれることに……なぜでしょう? そこはよく分かりませんが、四角かろうが丸かろうが三角だろうがランドと呼ばれています。


この【ランド】、銅なので熱伝導率がよく、また融解(はんだと化学反応起こして溶け出していく現象)しやすいので、乱暴に扱うとす~ぐに壊れます。剥がれます。なくなります。

また後日述べますが、【ランド食われ】という恐ろしい現象が起こるのです。(銅を融解させ過ぎて完全になくなっちゃう不具合です)

ランド剥離(ランドが回路ごと「ぺろ~ん」ってめくれる不具合)を起こすと、その基板はもう使えません。一発アウトです。

ですので、ランドに熱を加える際には十二分に注意が必要だったりします。



【ピアレスランド】

こちらも【ソルダリンガー】同様、本作用に創作した造語です。

本来、基板において『最も重要なランド』というものは存在しません。(すべてのランドが同等に重要なので)

ですが、本作の基板(マザーボード)は人間ですので、命を象徴する『重要なランド』というものを設けました。

『唯一無二のランド』という意味で『ユニーク』を使用しようとしたのですが――

【ユニークランド】………………遊園地かっ!?

というわけで、『ふたつとない』という意味の『ピアレス(Peerless)』を使用しました。

設定の上では、【ピアレスランド】は一人にひとつしかなく、どこに存在するかは人それぞれということになっています。

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