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魔導ソルダリンガー~美女に魔獣をはんだ付け~  作者: 宮地拓海


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33話 マンティコア

 その森は鬱蒼とし、人間の立ち入りを拒むかのような禍々しい雰囲気に包まれていた。

 こんな深い森の中で、たった一匹の魔獣を探し出すなんて骨が折れそうだ――なんてことを考える暇もなく。



『ゴァァアアッ!』



 俺たちは、森に入って物の十分足らずでマンティコアに遭遇し、襲われていた。


「ちょっと、聞いてないわよっ、こんなにっ、速いなんて!?」

「説明したろ!」

「想像以上っ、過ぎるわよ!」

「そりゃっ、お前の想像力のっ、欠如だ!」


 獰猛な顔で牙を剥き、生き物とは思えないような速度で襲いかかってくるマンティコアをギリギリかわしながら文句を言い合う。

 不規則に生え茂る草木に足を取られ、ろくに走ることも出来ない。


 マンティコアは体長が2メートルを超える巨体だってのに、梢に引っかかることもなくビュンビュン飛んできやがる。どうなってやがんだ。こっちの方が小さいってのに、障害物に行動を邪魔されまくりだ。


「~~っもう! <火吹き竜の鉤爪>があったら、こんな森、全部燃やしてやるのに!」


 なんか恐ろしいことを言い出したぞ、あの環境破壊マシーン。


 マンティコアは獲物に突進する際、瞬間的に時速180キロほどの速度を叩き出す。

 俺やアオイでなければかわすことさえ難しい速度だ。


 だが、相手は体長2メートル超。

 その巨体をかわしきるのは難しく、軽微なダメージが蓄積されていく。

 爪や牙、そして、尻尾の毒針を一度でも喰らえば終わりだ。


 帝都の中央図書館の資料によれば、マンティコアの尻尾はサソリのような毒針になっているとされていたのだが、実物はまるで別物だ。

 長い尾の先端に人間の頭くらいのコブがついており、そのコブからは無数の毒針が突き出している。スパイクのような形状になっていた。

 あの一本一本が全部猛毒を持った毒針だ。……とんでもない魔獣だな。


『ゴァァアアアッ!』


 猿のような、怒り狂ったオッサンにも見える醜い顔を歪ませてマンティコアが吠える。

 仕留めきれない獲物に対し、ストレスを感じているのかもしれない。

 こっちの方がストレス感じてるっつの。


「どうしてっ、こんなに木の多い森の中でっ、あんな大きな魔獣が動き回れるのっ、かしら!?」


 器用に逃げ回りつつ、半ば八つ当たりのように吐き出されるアオイの問い。

 魔銃で威嚇射撃を繰り返しながら、その問いに答えてやる。


「あの小汚い操縦室でっ、サツキはっ、夜に電気も点けずにっ、何も踏まず、どこにもぶつからずに、トイレに行けるらしいぞっ!」

「……わたし、二度も小指をぶつけたわよ、あの部屋で」

「そういうことだ!」


 要するに、慣れだな。

 マンティコアもサツキも、障害物を障害物と思わないくらいにその場所に馴染んでやがるんだ。


 狙いを定めたはずの魔銃の弾丸が木の枝をへし折り空へと昇っていく。

 くっそ、当たらねぇ!


「障害物がない方がっ、有利になりそうね!」

「だな! 奥へ走るぞ!」

「はぁ!? 森を出るのが定石でしょう!?」

「森の外にはサツキの飛行船が停まってる!」


 ここからはまだいくらか距離があるが、この巨体との戦闘だ、どれほどの範囲に被害が及ぶか想像も出来ない。


「……壊しでもしたら、二年間ぶぶ漬けオンリーだぞ」

「奥へ行きましょう! なるべく深く! 森の奥へ!」


 美しいフォームで森の中を駆け抜けていくアオイ。

 陸上競技の選手に見習わせたいくらいだな。


 一目散に逃げるアオイは走ることに意識を向け過ぎ、背後から迫るマンティコアの尻尾への警戒を怠った。

 毒針のスパイクがアオイの背中に襲いかかる。


「アホがっ!」


 魔銃の威力を『そこそこ強め』に調節してアオイを撃つ。


「きゃぅっ!?」


 地面を蹴って後方へ振り上げられた足を弾き、反対の足へと引っかけさせる。本来次に前へ出るはずだった足がふくらはぎに引っかかることで体はバランスを崩し、突然の変化にパニックを起こす脳は正常な対応が出来ずに世の物理法則に従って体を地面へと傾倒させる。


「ふにゃっ!」


 見事に顔面から地面に倒れ込んだアオイ。

 その頭上を猛毒のスパイクが通過していく。

 ついでとばかりに続けて四発、マンティコアに魔銃をぶっ放すが、それらはすべてよけられた。


「くそっ、アオイにしか当たらねぇ」

「わたしに当ててどうするのよ!?」

「助けてやったんだろうが」

「それは分かってるからどうもありがとう! けど、言い方とかやり方とか!」


 土と枯れ葉まみれの顔で喚き散らすアオイだが、状況はしっかり理解しているようで、さっさと気持ちを切り替えて立ち上がり、再び森の奥へと走り始めた。

 俺も、マンティコアを射撃しながら後に続く。


 雪鶺鴒との戦闘の際、戦いに適した場所をきちんと見極められていたアオイだ。見当違いな場所には行かないだろう。

 戦場探しはアオイに任せて、俺はマンティコアに集中する。


「あぁっ、くそ! 当たらねぇ!」


 最初の一撃は、ヒットしたのだ。

 こちらが魔銃を使ったことに面食らったような表情をしやがった。

 だが、それから一発も当たっていない。


 ヤツは理解していたんだ。

 魔銃がマソリンタンクなしでは使用出来ないということを。だから虚を突かれた。

 だが、俺は例外だと学習してからは、俺の魔銃をよく見てやがる。

 回避する距離も徐々に狭まり、今ではほぼ紙一重でかわされている。


 なら、奥の手はここぞって時までしまっておいた方が、より効果を発揮するだろう。

 アオイのブレスも、その時までは使わせない。


「アオイのブレスは、三発――無駄撃ちは出来ないな」


 大容量の<氷塊蜥蜴の頤>をもってしても三発。

 少し考えないといけないかもしれないな、アオイに実装する部材を。


「ドモン! 泉があるわ!」


 アオイの声に誘われ、俺は森の奥の泉へと向かう。


 そこには、対岸が薄ぼんやりとしか見えないくらいに広く大きい。

 泉の周りには木が生えておらず、森の中にぽっかりと拓けた空間が広がっていた。

 ここなら、木に邪魔されることもなく戦えそうだ。


 泉を背にし、マンティコアが潜む森へと視線を向ける。

 その格好のまま、アオイに忠告しておく。


「アオイ、三発だ。無駄撃ちはするな。撃ち時は俺が指示するから、準備だけし続けておけ」

「分かったわ」

「…………」

「…………何かしら、そのまるで信用していないような目は」

「……指示を無視したら乳に黒烏龍茶をぶっかける」

「あの、脂肪を分解するとかいう噂のある!? 迷信だと思うけれど、念のためにやめてくれるかしら!? ……指示通りにするわよ」


 そう信じたい。

 だが、こいつはこれまで、咄嗟の判断で幾度となくブレスを吐いてきた。

 だが、<雪精霊の結晶>はこれまでの部材とは消費する魔力量が異なる。桁違いだ。

 あれは魔力を根こそぎ奪い取っていく。

 無茶して撃てば、慌ててバッテリーを交換しても間に合わない……なんて状況にもなり得る。


 勝手は許さん。

 お前は、俺のモノなんだからな。


「……出て、来ないわね」

「警戒してやがんのさ。可愛くねぇ魔獣だ」

「ふふ、可愛ければ飼いたかった?」

「ふざけんな」


 こんな場面で冗談なんぞを言いやがって。


「あんな乳の腫れたメスはお断りだ」

「…………あなた、魔獣相手でもそんなところを見ているのね。正直、どん引きだわ」


 こっちは真面目な話だっつの。

 それに乳くらい見るだろうが。


 乳が腫れているってことは……


「ちりパーは『大量の水を湛えた洞窟』と言っていた」


 背後に広がる泉は大量の水を湛えているが、ここは洞窟ではない。

 マンティコアの巣は別にある。

 ……だから、ヤツは俺たちが森に入った途端に襲いかかってきやがったんだ。


 このことを、アオイに伝えるか…………いや、アオイなら、躊躇いが生まれるだろう。

 悪人は俺一人で十分だ。


「引きずり出してやる」


 森に向けて魔銃を乱射する。

 闇雲に撃っているわけではない。

 俺の目は特別製だ。魔力が見える。


 身を潜めても、どこに隠れているか丸見えだぜ。


『ゴァァアアアッ!』


 突如、マンティコアが森から飛び出し、俺へと一直線に向かってくる。

 弾丸が掠ったのか、マンティコアの頬に血が滲んでいる。


「アオイ、準備しておけ」

「うん」


 アオイが口を開くのを視界の端に捉えつつ、俺は魔銃に魔力を送り込む。

 限界まで――


 マンティコアが一直線に向かってくる。

 ギリギリまで引きつけて………………撃つっ!


『ゴァァァアアアッ!』


 銃口との距離が5メートルとない状況で、マンティコアは体を右へスライドさせた。この距離でよけるのか!?


 だが。


『ガァアアウッ!』


 俺が撃ったのは、サツキ開発の新システム。

 面射出の弾丸だ。


 さっきまで散々弾丸を撃って、弾丸の軌道と大きさを覚え込ませた甲斐があり、マンティコアは通常弾がギリギリかわせるだけの距離を移動した。

 だが、今度の弾は威力は低くとも範囲は十倍超。そんなギリギリではかわしきれない広範囲攻撃弾だ。


 真っ直ぐこちらに向かってきていたマンティコアは、顔面の半分に魔力の弾を喰らう結果となった。


『ガァァアアアアッ!』


 予想外の痛みに、マンティコアは体の制御を失い、肩から地面へと落下する。


「アオイ!」

「――ッカ!」


 激しい耳鳴りと共に、辺りの空気が一気に温度を下げる。

 白銀のブレスがマンティコアを急襲する。――が。


「うそっ!?」


 アオイが思わず声を上げたのも仕方がない。

 倒れていたマンティコアの背中の毛が盛り上がったかと思ったら、バサリと大きな音を立てて羽ばたいた。

 背中を覆う体毛だと思っていたそれは、巨大な赤茶けた色の翼だったのだ。


 こいつ、空まで飛べるのか!?


 アオイのブレスが激突する間際、マンティコアは空へと舞い上がった。

 あの巨体を持ち上げるだけのエネルギーを生み出すための羽ばたきだ。それが生み出す突風はとんでもないもので、アオイのブレスによって冷やされた空気が刃のような鋭さをもって俺たちへと吹きつけてきた。


「痛っ……!」


 腕や頬の何ヶ所かの皮膚が裂けて血が滲む。

 ……のやろうっ。


「ドモンッ!」


 ほんの一瞬、痛む頬に気を取られてしまった。その隙を突かれた。

 マンティコアが大きく口を開いて――炎のブレスを吐き出した。


「――カッ!」


 丸太のような野太い炎の渦と、白銀のブレスが正面からぶつかる。

 突風が吹き荒れ、森の木々が荒々しく騒ぎ立て踊り狂い、辺り一帯の空気が一瞬の内に消滅する。息が詰まる。

 火の粉と氷の粒が降り注ぎ、灼熱と極寒が同時に襲いくる。


「……くぅっ!」


 ろくに照準も定まらないまま、我武者羅に魔銃を乱射する。

 上空に向けて、空になった肺が限界を告げるまで、無心でトリガーを引き続ける。


 ドゥッ! ドゥッ! ――と、魔銃のうなりが空に響く。

 腹に響いてくる銃声も、どこか遠くに感じる。

 やばい……酸素が…………


「…………くはっ!」


 ギリギリのところで、肺の中に酸素が流れ込んでくる。


「ごほっ! ごほっ!」


 急激な肺の伸縮にむせる。

 隣でアオイも咳を繰り返している。


 マンティコアは!?


『ゴァァアアアアアッ!』


 やっぱり無事か、コンチキショウ。


「ドモンっ……こほっ…………撹乱を、わたしが仕留める……からっ」

「やかましい。俺の指示に従っていろ」


 お前には仕留めさせない。

 俺が狙っているのは最初から一つだけだ。


 お前のブレスは、俺のお膳立てのためだけにしか使わせねぇ。


 だが、大分警戒されちまったな。

 こりゃ、奇策でも練らなきゃ無理か…………なら。


「アオイ。お前は森に入ってブレスの準備」

「森へ?」

「泉の水面すれすれにブレスを吐けるように準備しておけ。合図は俺が出す」

「へ? 泉を狙うの? マンティコアは?」

「俺の指示に従え。余計なことは考えるな」

「けど」

「黒烏龍茶!」

「分かったわよ!」


 踵を返し、アオイが森へと駆けていく。


 それをさせまいとマンティコアがアオイ目掛けて突進するが、それを、俺がさせない。

 面射出で魔銃を放つ。

 それに気付いてマンティコアが突進をやめ、上空へ舞い戻る。


『グルルルゥ……』


 牙を剥き出して俺を威嚇するマンティコア。

 そうだ。お前は俺を見ていろ。


 マンティコアの魔力を見る。

 翼を顕わにし空へ逃げてから、魔力の減少は速くなった。空を飛ぶのは相当力を消耗するようだ。

 そして、先程のブレスでヤツの魔力は半分近くにまで落ち込んでいる。

 ブレスはやはり諸刃の剣、奥の手のような存在だ。

 それで仕留めきれなかったことで、ヤツも焦っていることだろう。


 ブレスはもうない。

 突進だけでケリを付ける以外にヤツには手がない。


 だから、ほら、来いよ。

 決着を付けようぜ。


 俺はマンティコアに背を向けて走り出す。泉の外周をぐるりと周り、マンティコアから逃げるように。


『ゴァァアア!』


 そして、マンティコアが動きそうになる度に面射出で威嚇射撃を繰り返す。

 数発、マンティコアに魔弾が掠り、ヤツの体に傷を付ける。


 これくらい喰らえばお前は学習するはずだ。

『面射出の威力は大したことがない』と。


 そして俺は泉を挟んでマンティコアと対峙する。

 空に浮かぶマンティコアと俺の間に大きな泉が広がる。

 さぁ、舞台は整えた。


 お前は何がなんでも俺を仕留めなければいけないはずだ。

 かかってこいよ、マンティコア!


『ゴァァアアアアアアアアアアアッ!』


 一際大きな咆哮を上げ、マンティコアが俺に向かって突進してくる。

 面射出で魔銃を発砲する。

 だが――


『ゴァァアア!』


 マンティコアはそれを真正面から受け止め、魔弾を弾き飛ばし、速度を落とさず突進してくる。

 ヤツは学習したのだ。『この弾は回避する必要もない』と。

 血を流して尚、血走った目で牙を剥き向かってくるその表情からは、『多少の傷を負っても、あいつは殺す』と、そんな気迫がびりびり伝わってくる。


 でも、悪いな。

 お前は勝てねぇよ。



『俺たち』には。



「アオイ!」


 合図を出し、俺はもう一発、面射出で魔銃を発砲する。――泉に向かって。


 広範囲に放たれた魔銃の弾丸に、泉の水面が水柱を上げる。

 大量の水が、広範囲にわたって上空へと舞い上がる。

 その水が、容赦なくマンティコアの体を上から下から濡らしていく。


 そこへ、白銀のブレスが襲いかかる。


 危険を察知したマンティコアは巨大な翼を羽ばたかせ空へと逃げようとする。

 だが、もう遅い。


『ゴァアアッ!?』


 世界のすべてを急激に冷やす白銀のブレスが、泉の水を一瞬で凍りつかせる。

 先程の二発のブレスですでに相当冷やされていた水は、ほんの一瞬で真っ白に染まり凍りついた。


 翼の羽ばたきで波打った水面は尖ったままの姿で。

 そして、マンティコアの体に付着した水は、まるで拘束する鎖のように、強固な氷へと姿を変える。


 俺の体にも結構な量の水がかかっていて、そいつもばっちり凍っちまっているが……問題ない。

 こうなるだろうと、俺はずっと魔銃を構えていたからな。


 テメェの眉間をぶち抜くために狙いを定めたままでな!


「よく頑張ったが、ここまでだ」

『ゴァァァアアアアアッ!』


 懸命に、必死の抵抗を見せるが、氷が分厚いだけでなく急激な温度低下により体力も低下、筋肉も麻痺している状況ではそれも無駄な努力と化す。


 まぁ、お前の気持ちは分からんではないが……


「あばよ」


 魔力をフルチャージして、特大の魔弾をマンティコアの眉間へ発砲する。

 鈍い音がして、マンティコアの頭蓋骨が砕け散る。


 とりあえず、これで片が付いた……が。


 あぁ……寒い。

 俺、あと何分くらいこの格好してなきゃいけないんだろうなぁ……






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