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魔導ソルダリンガー~美女に魔獣をはんだ付け~  作者: 宮地拓海


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28話 暑い国に着いて

「暑い!」


 飛空艇が航空塔に着き、サロマ王国に降り立った瞬間、茹だるような暑さが俺たちに襲いかかってきた。


「不愉快だ……帰るか」

「チケット代、あるの?」

「マルクスのツケにしておけばいい。それだけの働きを、俺はした」


 空調の効いた艇内が懐かしい。


「ドモン……平気?」


 熱さを感じないあじさいだけが元気だ。

 く……まだ空港塔内だってのに、陽炎が見えるぜ。


「外に出たらもっと熱いのかしら? 〈雪鴛鴦の尾羽〉の逆バージョンみたいな部材はないの?」

「あるにはあるぞ。持ってはいないが」

「なんで用意しておかないのよ……こんな暑い国に来るって分かっているのに」


 おー、なるほどな。

 アオイの知能指数の低さがまたも露呈したなぁ、うん。


「サロマ王国に来る予定はあったが、マザーボードを引き連れてくる予定はなかったんだよ。それも二人も」

「あぁ……そういえば、そうだったわね。なんだか、あなたとはもう随分と長い間一緒にいるような気がしていたわ」

「やめろ。熟年夫婦じゃあるまいし」

「新婚夫婦でもないけれどね」

「……仮面夫婦?」

「…………」

「…………」

「……え? な、なに? 二人して、……あじさい、間違った?」

「あじさい……どこで覚えてきた?」

「え? ……あの…………メイアさんが……」


 あのマザーボードはガキになんの話をしてやがったんだ。

 あんな穏やかそうな顔してたのに、仮面夫婦だったのか、メイアは。……知りたくなかった情報を得てしまった。


「でね、ドモン……そもそも夫婦じゃないから」

「……律儀に突っ込まんでも、分かっとるわ」


 ただでさえ熱いんだ、いちいち突っかかってくるな。


 大陸南西部にある盆地は非常に蒸し暑く、そこの住民は「湿度さえなければ気温ほどは熱さを感じないんだけどねぇ」などと抜かしていやがったのだが……大ボラ吹きめ。

 湿度は全くないが、クッソ暑いじゃねぇか。

 オーブンの中に放り込まれている気分だ。肌が焼ける。


 タラップを降り、薄い壁一枚の通路を通り抜け、空港塔内部まで来て、ようやく人心地着いた。

 待合ロビーの椅子に腰かけ、売店で買った冷たい飲み物を口に含む。


「…………甘っ!」


 口の中に残るしつこいくらいの甘さに、胸が焼けてくる。

 アオイに一気飲みさせたら、焼ける温度で胸の脂肪が燃焼しつくさねぇかな。


「あぁ~、美味しいわね、これ☆」


 ……ダメだ。目がキラキラしてやがる。

 こんな甘ったるいもんを、よく美味そうに飲めるな。


「あじさいはどうだ?」

「うん……冷たい」

「それ、味じゃねぇよ……」


 まったく。

 こいつは味覚も鈍くなってんじゃな…………ん?


「冷たいのが分かるのか?」

「……うん。えっと…………キン、って、する……よ?」


 暑さは分からないのに?

 いや、こいつは豪雪地帯でも薄い布のワンピース一枚で平気な顔をしていた。寒さも感じないはずなんだ。

 だが、冷たい飲み物は分かるのか。


「口の中でのみ、温度が感知出来るのか?」


 あじさいの口をこじ開け、中を覗き込む。

 あじさいが「むぁ~」と、間の抜けた声を出しているが、気にしない。

 小さな桃色の舌が、口の中に侵入した異物にすり寄ってくる。つまり、俺の指を舐める。


「舐めんな」

「ぁう……」


 舌を摘まんでやると、「ぇう」と、変わった声を漏らした。

 触覚はあるんだよな。体も反応してるし。


 試しに指を喉の奥に突っ込むと――


「ぅええ……」


 ――軽く餌付いた。

 反応はしている。

 随分と限定的な損傷なんだな。把握するのに時間がかかりそうだ。


「幼女の口にイタズラするんじゃないわよ」


 後頭部にチョップが落とされる。

 人聞きの悪い。そこだけ聞くと、俺が変態みたいじゃねぇか。


「……あじさい、なんか変だった?」

「いや、冷たさが分かるなら、ちゃんと美味いものが食えそうだなと思ってな」


 料理は、味もさることながら、その温度も重要な要素の一つだ。

 温かいスープはほっとするし、冷たいビールは人生に活力を与えてくれる。


「で。お前は、思っているよりも普通なんじゃないかってな」

「あじさい、……普通?」

「思っていたよりかはな」

「………………ぇへへ」


 何が嬉しかったのか、あじさいは右手を頭にやり、髪の毛を何度も撫でていた。髪の毛で顔を隠そうとしているかのように。いや、ネコが顔を洗っているかのように――こっちの方がしっくりくるな。


「ドモンの指、……しょっぱかった」

「そうか。じゃあ今度はチョコレートでも塗っといてやるよ」

「うん。……へへ、楽しみ」

「いや、そう何度も女の子の口に指突っ込むんじゃないわよ」


 なんでだよ?

 今度は甘いんだぞ。

 甘いの好きだろうが。


「今度、お前にもやってやるよ」

「その瞬間、ブレスを吐いてあげるわ」


 俺、なくなるぞ。

 吹き飛ぶわ。


「女の子の口は、とってもデリケートなのよ」

「男の口もデリケートだっつの。俺が今まで、何回内頬を噛んで口内炎を作ってきたか……」

「不健康だから口の中が荒れるのよ。栄養採って、たっぷり寝なさいよ」


 それが出来る環境にいないから、口内炎に苦しんでるんだろうが。


「わたしなんか、唇が荒れないようにいつもリップでケアしているのよ」

「キスする相手もいないくせに」

「ふなっ!? い、いいじゃない、いなくたって! み……身だしなみよ」


 身だしなみを気にするなら、俺の隣で寝る時によだれを垂らさないように努力しろ。高確率で食い物の夢を見やがって。


「そ、それに…………そういうのって、いつ来るか分かんないし……ある日突然とか、よく聞くし……」

「当たり前だろうが。『じゃ、三日後キスしますんで』とか言うヤツいるわけないんだから」

「そういうことじゃなくて! …………別にいいわよ、理解しなくても。……ふん」


 なんか拗ねてしまった。

 こいつは、怒りのスイッチがどこにあるのか分かりにくいんだよな……


「アオイちゃんは、……ちゅー、したことあるの?」

「ふぇええ!? あ、ああ、あじ、あじさい!? ど、どこでそんな言葉を覚えて…………ド~モ~ン~?」

「俺じゃねぇよ!」


 大体、俺がキスのことをちゅーなんていうわけねぇだろうが。

 しかし、あじさいがキスを知っているとは……まさか、研究所でそんなことをされていたんじゃないだろうな?

 そういや、あのフリッツとかいう研究者、どことなくロリコン顔してたしなぁ、あのド変態ヤロウめ。

 これは、真相を究明しなければ!


「あじさい。どこで覚えてきたんだ?」

「ぇ…………ぁのぉ…………メイア、さん……」

「あじさいになんの話をしてやがったんだ、あの子持ち女!?」


 やっぱり、あいつも一緒にアセスに突き出してやればよかった。

 別の罪で罰を受ければよかったんだ、あいつは。


「ねぇ、あじさい。あじさいは、ない……わよね? その、ちゅ、ちゅー、したこと」

「うん。ない……よ?」

「よね! ……よかった」

「先を越されてたらどうしようとか思ったのか?」

「は、はぁ!? そ、そんなんじゃないわよ! ただ、あの研究者がちょっと幼女趣味のド変態顔に見えたなぁって思って……ほら、笑うとこの辺のシワがいかにもいやらしそうだったし」


 ぼっこぼこに言われてるな、フリッツ。

 そして、おそらくアオイはお前の名前すら覚えていない。


 まぁ、複数の幼女を裸で試験管に閉じ込めていたんだ。ロリコンという誹りは免れないだろう。


「……で、さりげにわたしを、その……キ、キス未経験だと決めつけないでくれるかしら?」

「未経験だろ」

「そうだけど! その通りなのだけれど! ……決めつけられると、なんだか屈辱だわ」


 何が屈辱なんだか。


「じゃあ……。お前、何百人とベロチューやりまくってそうだな」

「吐くわよ? ブレス」

「倒置法使ってんじゃねぇよ」


 どっちにしても怒るんじゃねぇか。


「ドモンはどうなの? あ……ある、の?」

「お前な……俺を誰だと思ってるんだ?」


 帝国一のイケメンで、生まれながらの美少年で、街を歩けばお姉様方が列を成して後を付けてきたことから、実写版RPGと呼ばれた男だぞ?


「だから大切に取ってある。俺の唇には価値があるからな」

「結局ないんじゃないのよ!?」

「おいそれと出来るか! 新品と中古だと価値が雲泥なんだよ!」

「……あなた、いつか売る気なの? 価値って……」

「誰が売るか! そんな大金が動けば、国が傾くっつの」


 俺のファーストキスだぞ?

 値段を付けるなら、国家予算でも足りねぇわ。


 んなことを話していると、ポーンと音がして、荷物の受け取りが可能になったと掲示板に文字が並んだ。

 ここサロマ王国は帝国領ではないのだが、飛空挺を迎え入れる空港塔には帝国の技術が注ぎ込まれてる。なので、掲示板も魔導機関によって稼働している。


「じゃあ、魔導三輪を取ってくるか」

「わたしたちも一緒に行った方がいいのかしら?」

「いや、混雑するだろうからあじさいを連れて表で待ってろ。あ、売店でマントを買っておいてくれ。直射日光はシャレにならんからな」

「分かったわ。行きましょう、あじさい」

「ぅん……」


 その時俺は、ほんの少しだけ自分を責めた。

 なぜその時まで気が付かなかったのか。

 もっと早くにその兆候を見つけることが出来なかったのか。


 あじさいは痛みや、熱さ、寒さを感じないのだから、苦しさも感じないのではないかという思考にたどり着けなかったものだろうか。


「あじさいっ!?」


 アオイの悲鳴を聞き、ゆっくりと傾いでいくあじさいの体を見つめて、俺は妙に冷静にそんなことを考えていた。


「あじさい……おいっ、あじさい!」


 声を出した途端、焦りが俺の体内から湧き上がってきた。


 小さな体が力なくロビーの床に横たわる。



 あじさいが、倒れた。






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