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2話 ドS――ドリフト・ソルダリンガー

《あらすじ》


 黒髪の美少女に、出会って五分で最低なセクハラを受けた俺。いやん、まいっちんぐ。





「最低の下ネタだな」

「なっ!? そ、そっちじゃないわよ! そっちじゃない方の細長い棒状の……何を言わせるの!?」


 見境のない痴女が真っ赤な顔で吠える。

 俺は何も言わせていない。お前が勝手にセクハラ発言を吐きまくっているだけだ。


「後ろ! 腰の後ろにぶら下がってる細長いヤツよ!」


 女が鬼の形相で俺の腰付近を指差す。

 俺の腰の、右側の、腰骨よりもちょい後ろに取り付けてあるホルダーを。


 あぁ、こいつか。


「見たって面白いもんじゃねぇぞ」


 女が指定した物をホルダーから抜いて見せてやる。


「……やっぱり」


 女の眉が持ち上がり、一層険しい表情を見せる。

 後ろ手で、ルミナの体を抱き寄せる。


「それは、【MSI】ね」


 女の言う通り、こいつは俺専用に作成された特殊仕様の【MSI】――魔導・ソルダリング・アイロン――だ。

 昔風な呼び方をするならば、魔力を伝導するための【はんだゴテ】だ。


「【MSI】を持っているのは、帝国に選ばれた者たちだけ……なぜなら、それを使用出来るのはある特定の人間だけだから――」


 女の瞳がきらりと光る。

 黒かと思っていた女の瞳は、濃いブルーだった。


「――あなた、【ソルダリンガー】ね!?」


【ソルダリンガー】

 ――【マザーボード】に【ソルダリング】を施す、専門職。


【マザーボード】に力を付与出来る【ソルダリンガー】は野放しに出来ない危険な力を有している。

 それ故に、現在帝国において【ソルダリンガー】になるためには、厳しい試験をクリアし、帝国の認可を受ける必要がある。

 その後も公認の【ソルダリンガー】として登録の義務を負わされ、生涯、その動向を帝国に監視されることとなる。


 つまり、女はこう言いたいわけだ。

「【ソルダリンガー】にしか使えない【MSI】を所持しているということは、お前は【ソルダリンガー】であり、だとするならば――お前は帝国の犬だ」と。


「今すぐこの町から出て行きなさい。あなたも帝国の人間なら知っているでしょう、わたしの体になんの【部材】が【ソルダリング】されているのか……」


 女は、自分の唇を指で押さえ、軽く開かせる。


「……ブレスを、吐くわよ?」


【マザーボード】に、魔獣の魔力が凝縮された部位――【部材】を【ソルダリング】することで、【マザーボード】は魔獣と同等以上の【魔法】を使えるようになる。

 ――ただし、【バッテリー】が切れると、死ぬ。


 魔法はバッテリーを著しく消費する。

 町の外にあった巨大なクレーターがこいつの仕業だとするなら……こいつが今、この状況においても立ち上がらず、ルミナを連れて逃げるという選択を放棄しているのは、十中八九バッテリーが残り少ないからだ。

 もはや、立つことすら困難なのだろう。


「やめとけ。死ぬぞ」

「舐めないでちょうだい。わたしがこうして大人しくしているのは、あとブレス一発分のバッテリーを温存しておくためよ。バッテリーなら、まだ余裕があるわ」


 ブラフだな。

 こいつみたいなタイプは、頭で考えるよりも体が先に動くに違いない。

 迂闊な発言が多いヤツが、先を見越した策など労することが出来るはずがない。まして、ゴールの見えない持久戦において、『待つ』なんて忍耐のいることならなおさらだ。


 そうでないなら、町のそばで魔法など使うはずがない。

 そんなことをすれば、帝国に嗅ぎつけられるのは火を見るより明らかだ。


 結論。

 この女はバカで、バッテリーはもう残り少ない。

 おそらく、あと一回魔法を使えばバッテリーは底を突き、この女は死ぬ。


 バカが死ぬのは構わない。

 自分の取った行動が、周りにどのような影響を与えるのかすら考えられないヤツは、いなくなった方が世間のためだ。


 この女は、この町を救ったつもりでいるのだろうが――今は、この女のせいでこの町は帝国に目をつけられているのだ。

【マザーボード】を町ぐるみで匿っていたと知れれば、この町は地図から消えることになる。


 そのことに考えが及んでいるとは、とても思えない。

 浅はかな女だ。


「ブレス、と言ったな?」

「えぇ、そうよ。知ってるのでしょう、わたしの体にソルダリングされた部材を」

「知らん」

「嘘ね」

「嘘を吐くメリットがあるかどうかを考えろ、バカが」

「バッ…………バカって言う方がバカなんですぅ!」


 うん。バカだ、こいつ。

 非常にバカだ。


「断言してやる。あと一発魔法を使えばお前は死ぬ」

「…………」


 図星だ。


「それでも、やるか?」

「…………やるわ」


 女が真剣な眼差しで俺を睨みつける。

 ルミナの手をぐっと握りしめたままで。


「この町を守るためなら、わたしは惜しみなくこの力を使ってやるわ」


 声が震えている。

 怖くないわけではないのだろう。

 ただ、どこまでも向こう見ずなだけで。


 どうしようもなくバカだ……だが。


 自分を犠牲にしてでも、弱い者を守ろうとするその姿勢はたいしたものだ。

 こうして話している間も、ずっとルミナを守り続けている。


 俺はこういう時、絶対評価を放棄し、相対評価で物事を考えるようにしている。

 そうすれば、大抵の問題は悩むことなく解答が導き出される。


 今回の場合なら、この女と、さっきのアホな帝国兵。どっちに味方をしてやるべきか――考えるまでもないだろう。


「女」

「な、なによっ!? やるっていうの!? わたしは本気よ、本当にブレスを――」

「服を脱げ」



 んゴンッ!



 硬い湯飲みが、俺の眉間に激突した。


「――っ痛ぇ!」

「バッ、バカじゃないのかしら!?」

「お前、ブレスなくてもそこそこ強いじゃねぇか……っ」


 俺を涙目にしたヤツは久しぶりだ。

 お前、俺の強敵リストに名前を書いておいてやるぜ…………覚えてろ。


「下心から言ってるんじゃねぇ。時と場合を考えりゃ分かんだろうが」

「ど、どうかしらね!? あなたたち帝国の人間は、どいつもこいつも下卑た神経してるから」

「俺は帝国の人間じゃねぇってのに……おい、ルミナ。さっき教えてやったことを、その女にも教えてやれ」


 イケメンは、総じて正義の味方だ。

 ルミナには先ほどその事実を教えてやった。この揺るぎない真実は、もっと世界に広まればいいと思う。


「あのね、お姉ちゃん」


 そうそう。

 そうやって布教していくんだぞ、未来を担うちびっ子。


「あのお兄ちゃん、ド貧乳が好きなんだって」




 んドゴスッ!



 俺の眉間に、瀬戸物の大皿がめり込んだ。

 ……何に使ったんだよ、こんな大皿……こんな場所で宴会でも開いたのか、お前は?


「……誰が貧乳なのかしら?」


 なんだか、見当違いな怒りを俺にぶつけてくる女。

 その怒りはルミナに向けるべきだろうが。というかルミナ、それじゃねぇよ布教するヤツ。


「こう見えて、わたしだってそこそこはあるのよ。舐めないでもらいたいわね」


 なんの話をしているんだ、この女は。


「えっ、でもお姉ちゃん。ウチのお父さんはルミナが寝た後でたまにお母さんのおっぱいを舐め……」

「ルミナ!? あなた、純真無垢な瞳で何を言い出すの!? 忘れなさい! それはきっと悪い夢よ!」


 ……ルミナの家の教育方針は、まぁ、この際置いておくとして。


「女。お前のバッテリーを交換してやるから、服を脱いで横になれ」

「……え?」

「幸い、バッテリーとして使える部材をいくつか持っている。間に合わせくらいにはなるだろう」


 豆鉄砲を食らった鳩を投げつけられたような顔をして、女が俺を見つめている。


「どうした? 早くしろ」

「なにを……言っているの?」


 どうも、俺の言うことが理解出来ないらしい。


「オマエノ、ばってりー、オレ、コウカン、シテヤル」

「言葉は通じているわよ! 訳が分からないと言っているの!」

「えっとな、バッテリーっていうのがあってだな、それを交換――つまり、付け替えるってことなんだが……」

「意味も分かっているわよ! なぜあなたがそんなことをするのかが分からないと言っているの!」


 なぜ、と聞かれても……


「まぁ、気まぐれだ」


 俺がそうしたいと思ったからそうする。それは、この国の法律なんかよりも遥かに優先される行動原理だ。

 皇帝であろうと、俺の邪魔はさせない。


「そんなこと言って、わたしを無力化させる気なのでしょう?」

「そうする理由がねぇし、お前は現在無力化されてるも同然だろうが」


 マザーボードは、自分の意思では魔法の威力を調節出来ない。

 魔法の力を調節するには、調節のための部材をソルダリングする必要がある。すなわちそれは、ソルダリンガーの領分だ。

 

「大体、設備も何もないこんな場所でソルダリングが出来るわけがないじゃない。油断させようという魂胆でしょうけれど、嘘ならもう少しまともな……」

「俺は【ドS】だ」

「え……っ」


 女が言葉を詰まらせる。

 折角静かになったので、その隙にさくさくっと説明をしておいてやる。


「俺は少々特殊な人間でな。設備がなくてもソルダリングが出来るんだよ。だから、つべこべ言わずに俺を信用しろ」

「そんな話を……急に信用しろと言われても……」


 明らかな動揺が見て取れる。

 微かだった希望が、誤差程度には大きくなった。そんなところだろう。


「お姉ちゃん。お兄ちゃんを信じてあげて」

「ルミナ……」


 ルミナが、女の手を握り真剣な眼差しで訴えかける。

 そうだ、ルミナ。イケメンは正義の味方だってことをしっかりと布教……


「お兄ちゃんがドSでよかったね。お姉ちゃんドMっぽいし、相性抜群だよ、きっと!」

「ルミナ、そうじゃないの! ドSってそういうことじゃなくて……って、わたしはドMじゃないから!」

「いや、その前に。年齢一桁の女がする話じゃねぇだろ……」


 あの食堂のマスター、一回全力で殴ってやらなきゃいかんかもしれんな。

 ガキの前でどんな会話をしてやがるのか、透けて見えるようだ。

 それでよく、人のことを不審者を見るような目で見てくれやがったな……


「【ドS】ってのは、【ドリフト・ソルダリンガー】のことだ」


 知識がとある一方向に著しく偏ってしまっているお子様に、正しい認識を与えておいてやる。


「帝国の言いなりにならない、正義のソルダリンガーのことだ」

「え……? ドSというのは、帝国から資格をもらえなくて勝手にソルダリンガーを名乗ってる『モグリ』な連中のことでしょう?」

「そういうヤツもいるにはいるが――つか、そういうヤツがほとんどではあるが――俺は違う。帝国が泣きながら土下座して『どうか帝国のためにその力を活かしてください』と懇願してきたのを蹴って、自由とおのれの信念のために束縛の鎖から抜け出してきたのが、この俺だ」

「なるほど、分かったわ。虚言癖があるのね、あなた」

「真顔で寝惚けたこと抜かすな、ぶっ飛ばすぞ」


 なにが「なるほど」だ。

 冷めた目で見やがって。


「とにかく――」


 バッグから部材を取り出し、女へと放り投げる。

 バッテリーとして使用出来る<大獅子の喉笛>だ。バッテリーの容量もそこそこといったレベルだ。間に合わせとしては文句のない部材だろう。


「そいつはくれてやる。信用する気になったら言え」


 売ればそれなりの額になる部材だが、構わずくれてやる。あれは、どこかで死にかけのマザーボードを見かけた際に付けてやろうと持ち歩いていたものだ。

 まさに、こういう場面に相応しい。


「……あなた、本当に何者なの? どうして、こんなことをするの」

「俺は通りすがりのドSで、人助けの理由なんざ考えたことはねぇ。古来より、イケメンは正義の味方だって決まってるんでな」

「…………つまり、あなたは悪者ってことでいいのかしら?」

「ほほぅ……それは俺がイケメンではないと言いたいと、そういうことか? ん?」


 とりあえず、撃つ気はないけれど魔銃を抜いて銃口を女に向けてみたりする。

 撃つ気は全然ないけどな。……女の態度如何によっては気が変わらないとも言い切れない。


「魔銃を持っているのね。……けれど、タンクは?」

「持ってないが?」

「なら、使えないじゃない」


 魔銃はタンクに接続し、そこからマソリンを供給して使用する。

 それが一般的だ。

 だからこの女は、俺がこの魔銃を使えないと判断した。


 だがな。

 テメェの認識しているものだけが世界のすべてだと勘違いしていると、痛い目に遭うぞ。

 たとえば……


「ほっほ~ぅ! こ~んなところに匿ってやがったのか」


 許可もなく、ずかずかと乗り込んできた帝国兵四人組――


「へへっ、悪いがつけさせてもらったぜ。テメェに舐められたまんまじゃ腹の虫が治まらねぇからな」

「だが、まさかマザーボードの場所へ案内してくれるとはな……へっへっへっ」

「ツイてるぜ、オレたち」

「あぁ。これで昇進間違いなしだ」


 ――こういう世間知らずがこの後味わうような、苦痛と恐怖に満ちた痛い目にな。


「お姉ちゃんっ」

「ルミナ、離れないで。こんなヤツら、わたしが吹き飛ばしてやるから」


 女にしがみつくルミナ。

 立ち上がれもしないくせに、その体でルミナを守ろうと威勢よく吠える女。


 そんな二人に、薄ら笑いを浮かべて魔銃を向ける帝国兵。

 魔銃のひとつは、俺に向けられている。

 俺の魔銃のような拳銃型ではなく、ライフル型の魔銃だ。魔力の消費は多いが、その分威力も強い。

 デメリットは、マソリンタンクがどうしてもデカくなってしまうってことか。


 背中に巨大なタンクを抱え、ライフル型の魔銃を俺たちに向ける帝国兵。

 そこらのガキに「悪者を描いてみろ」といえば、十人中七人くらいがこういう人間を描くだろう。


「さっきはよくも舐めたマネしてくれたな? その頭をぶち抜いてやろうか?」


 俺が胸倉を締め上げた帝国兵その1が茹でたタコみたいな顔でこちらを睨んでくる。

 ……笑わせようとしてるのか?


「即処刑にしてやろうかとも思ったんだが、マザーボードの居場所を教えてくれたからな、土下座して謝罪するなら半殺し程度で許してやってもいいぞ? ん? どうする?」


 と、確実に許すつもりがない顔で持ちかけてくる。


「土下座……? ちょっと聞いたことがないな。試しにやって見せてくれ」

「土下座も知らねぇのかよ、ったく、学のねぇ……いいか、土下座ってのはこうやって膝を突いて……って、やらせんじゃねぇよ!」


 うん。

 やっぱり笑わせようとしてるんだな、こいつらは。


「……あなた、やっぱり帝国の人間なんじゃないの? すごく仲がよさそうに見えるわよ」


 女がジトッとした目で俺を見ている。


「甚だしく心外だな。おい帝国兵。お前のせいで俺の名誉が傷付けられた。土下座して謝れ」

「撃ち殺すぞ、コノヤロウ!?」


 額に青筋を浮かべた帝国兵が魔銃の銃口を俺の顔に近付けてくる。

 この距離で撃たれたら避けられないだろう。

 撃たれたら、な。


「なぜ撃たない?」

「う、うるせぇ! テメェに土下座させるためだよ!」

「そうか、お前。人を殺したことがないんだな」

「テッ、テメェの知ったことじゃねぇだろ!」


 粋がることは大好きでも、人を殺すのはためらうか。

 なら、まぁ。少々痛い目を見せるだけで許してやるか。


 俺は腕を持ち上げ、魔銃を構える。

 狙いは、女とルミナを狙っている魔銃だ。


「へ、……へへっ、なんのマネだ? タンクにもつながっていない魔銃を構えて、脅しのつもりか?」


 強がってはいるものの、その顔は引き攣っている。

 このビビりたちは、『魔銃を向けられても平然としている人間』に畏怖を感じているようだ。

 バカだな。魔銃なんか、撃たない限り怖くもなんともないのによ。


「魔力もこもってねぇそんなオモチャで抵抗が出来るってんなら、やってみやがれ!」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 ドンッ、ドンッ、ドンッと、三発続けて発砲する。

 魔銃から打ち出された魔力の塊は、硬質な弾丸となって帝国兵たちの魔銃を銃身の真ん中から破砕した。

 あぁ、ちなみに。俺の魔銃は拳銃型だが、特別製なのでライフル型よりも威力は遙かに高い。


「バ……バカな……なんで、タンクもなしに魔銃が…………っ!?」


 俺に魔銃を向けていた帝国兵がふらつく足で後退していく。

 俺の顔面を捉えていた魔銃の銃口は、すっかり明後日の方向へと向いてしまっていた。


「お前ら、兵隊向いてないわ。転職を勧めるぜ」


 銃口の逸れた最後の魔銃を的確に破壊する。

 これで、帝国兵は丸腰になった。


 魔銃を構えて突撃してきてもこの体たらくじゃ、笑い話にもならないな。


「な、なんで、なんでなんでなんで!? なんでタンクなしで魔銃が撃てんだよ!? テメェはどっから魔力を供給してやが………………」


 そこまで言って、帝国兵は言葉を失った。

 同時に、顔から血の気が引いていく。




 この世界には、普通の人間とは異なる二種類の人間がいる。


 一つは【マザーボード】。生まれながらに体内に回路を持った、兵器となり得る潜在能力を秘めた者たち。


 そしてもう一つは――【神の依り代】と呼ばれる、神の力を与えられた一族。

 神の依り代は、神代戦争の最中、魔神に対抗するために精霊母神が生み出した神の代行者だ。

 精霊母神の加護を受けた神の依り代と呼ばれるその一族は、おのれの体内で魔力を生み出せる。




 そんな、お伽噺のような存在のことを、この帝国兵は思い出したのだろう。

 神代戦争終結と共に表舞台から姿を消し、とうの昔に滅亡したと思われた一族の末裔。

 そんなヤツがもし目の前にいたとしたら、この帝国兵みたいな青ざめた顔をするのかもしれない。今まさに敵対しているような状況ならなおのこと。


「あなた……まさか」


 女も、帝国兵に負けず劣らず素っ頓狂な顔をして俺を見ている。

 敵対していない分、幾分余裕はありそうだが。


「俺は、ほんのちょっと特殊なドSだ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」


【ドS】と聞いて、帝国兵たちの視線が俺の腰付近へと集注する。

 今日はやたらと股間を見られる日だ。


「【MSI】っ!?」

「マズいぞ! あのマザーボードは<白龍の鱗>と<火吹き竜の鉤爪>を実装されているんだ! これで、このドSがバッテリーを付け替えていたら…………あぁぁあっ!? <大獅子の喉笛>ぇぇええっ!?」


 帝国兵が勝手にてんやわんやし始める。


「お、おぉぉおおお、おいぃい! マ、ママ、マザーボードはもう魔法を使えないって聞いてたから、オレはこの捕獲作戦に名乗りを上げたんだぞ!?」

「バッテリーを付け替えられたとなりゃあ………………オレたち死ぬぞ!?」

「うわぁああ! やだぁあ! 死にたくない!」


 帝国兵がタンクを放り投げて我先にと逃げ出していく。


 が、当然逃がすわけがない。

 逃げ出した帝国兵の足を狙って魔銃を連射する。


「がっ!」

「ぐっ!」

「ぎゃん!」

「うゎあああ! いてぇぇえ!」


 くるぶしのそばを魔銃の弾が掠め、帝国兵たちがそろって地面へ転がる。

 ……掠っただけなのに。大袈裟な。


「ヒッ、ヒィィイイ! 殺されるぅぅうう!」


 頭を抱えて体を丸める者、泣きそうな顔で地面を這いずる者、四人が四人とも無様な姿をさらしている。


「このおじちゃんたち、ずっと威張ってたのに……」


 ルミナがどん引きしたような目でのたうち回りぷるぷる震える帝国兵たちを見下ろしている。 お子様にまで馬鹿にされてるぞお前ら。


「ねぇ、どうするつもりなの、そいつら?」


 女が険しい表情をしている。

「生かして帰すつもり?」と聞きたいのかと思ったのだが……ありゃ、「まさか、殺すつもりじゃないわよね?」って顔だな。

 お前を探し出して連れ去ろうとしていた連中だぞ? 生かしておくと、お前はこの先ずっと狙われ続けることになるんだそ?

 ……分かってんのかね、こいつは。


 ま、俺はイケメンだから? 女子供の前で凄惨な場面を繰り広げるとか、キャラ的に? ちょっとどうかなぁ~、みたいな?

 …………やれやれ。


「俺の命令を的確に実行するなら、生かして帰してやってもいいぞ」

「ほ、本当か!?」

「ありがてぇ!」

「聞く! いや、聞きます!」

「私はあなた様の忠実な下僕です!」


 ……あっさりと寝返りやがった。

 質の悪い人材は組織の癌だぞ、帝国さんよ。


「『この町のマザーボードは全員(・・)、行きずりのドSが連れ去っていった』と、帝国に報告しろ。『町の人間はそのドSに脅されていた』ともな」


 これで、この町への嫌疑は晴れるだろう。

 少なくとも、この下っ端帝国兵が引き返す理由にはなる。

 再び兵を派遣するにも時間は掛かり、それだけ時間があけばこの町も元通りになっている。今のように「匿わなきゃ」という変な緊張感も薄れ、ただの田舎町の空気が戻ってきているはずだ。

 帝国の人間も、その空気を察すれば変化にくらい気付くだろう。


「し、司令部に虚偽の報告をしたら、オ、オレたち、殺されちまうよ!」

「じゃあ、今死ぬか?」

「バレないように頑張ろうぜ、班長!」

「口から出任せは得意じゃねぇか、班長!」

「最悪、みんなを代表して責任取ってくれ、班長!」

「やかましいぞ、テメェら!」


 無能な部下に追い立てられ、班長らしい帝国兵その1が髪を掻き毟る。

 どっちにせよ、命を懸けなきゃいけないのだ。こういう世界に足を踏み入れたのならな。


「け、けど、嘘を吐くにしてもよ……司令部が納得するような理由がないと……」


 うだうだと言い逃れを続ける帝国兵その1の声を遮ったのは、突然響き渡った獣の声だった。

 絹を裂いたような爆音が、氷室の奥のこの部屋にまで轟いてくる。


「――来たっ!」


 その声を聞き、女が険しい表情を浮かべる。

 これまでにない、鬼気迫る雰囲気で。


「心当たりがあるようだな?」


 声の響き具合から、相当巨大な魔獣がこの町の上空にいるようだ。

 時折、羽ばたきの音も聞こえてくる。

 とんでもない魔獣に目をつけられているらしいな、この町は。


 おそらく、その原因をこの女は知っている。


「帝国兵が差し向けられてもなお、わたしがこの町に滞在していたのはヤツを始末するためよ」


 女がふらつく足で立ち上がる。

 胸を――魔力の流れから見て、おそらくはバッテリーがある部分を掴んで。


「ヤツを始末しないと、この町は滅ぼされる……怒れる、雪鴛鴦に」


 雪鴛鴦【ゆきおしどり】――

 生涯、たった一羽の伴侶と添い遂げるといわれる夫婦つがい仲のいい魔獣で、どちらかを退治すれば、片割れに必ず復讐されるってのが定説になっている。

 厄介なのは、雪鴛鴦のメスは人口数百人規模の集落のそばに卵を産み、そこで雛を孵化させるという点だ。

 生まれたばかりの雪鴛鴦の雛は、栄養価の高い数百人の人間をエサに急激に成長する。

 雛が巣立った後、そこに存在していた集落から人間は消滅している。


「町外れのあのクレーター。あれは、雪鴛鴦のメスを退治した時のものなんだな」

「そうよ。あの場所に卵を産もうとしていたから、巣ごと焼却したの……この町の人は、流れ者のわたしに温かいスープをくれたから」


 時系列としては、なんらかの理由で帝国から逃げ出したこの女を町の人間が迎え入れてやり、そんな時に雪鴛鴦が巣を作りにやって来た――ってところだろう。


「メスを殺せば、必ずオスがやって来る。オスは、メスなんか目じゃないほどに凶暴で、体も一回り大きい。……絶対仕留めなきゃ、この町は」


 まったく。

 帝国兵だのつがいを殺された雪鴛鴦だの、いろんなもんを呼び寄せる女だな。


「で、どこに行くつもりだ?」

「だから、雪鴛鴦を退治しに行くのよ! ……きっと、町のみんながパニックに陥っているわ。早く行かないと」

「バッテリーも交換せずにか?」

「得体の知れないドSに借りを作るわけにはいかないわ……戦争に利用されるのは御免なのよ、わたしは」


 <白龍の鱗>と<火吹き竜の鉤爪>。どちらも相当強力な部材だ。

 そんなもんをソルダリングされているこの女は、どこかの国へ送り込まれるところだったのだろう。――大量殺戮兵器として。


「さっき言ったことは、全部が全部ブラフってわけではないの。バッテリーの消費を抑えて、あと一発ブレスを吐くだけのエネルギーは残してあるわ」


 ふらつく足取りで、ゆっくりと俺の目の前を通過していく女。

 通り過ぎる間際、こちらへ視線を向けて、初めて微かに笑った。


「まぁ、その一発を撃てばわたしは死ぬってあなたの読みも、当たっているけれどね」


 雪鴛鴦を刺し違えるつもりだと、この女の笑みは明確に語っていた。

 マザーボードとして生まれてしまった自身の呪われた人生を終わらせるために。


「もし、仕損じたら……あとは任せるわ。あなた、そんなに悪いヤツじゃなさそうだし……それに、イケメンは正義の味方なんでしょ? よろしくね、イケメンさん」


 透き通るように白い、女の指が俺の肩に触れる。

 こんな場面になって初めて、こいつは女の子らしい表情を垣間見せやがった。

 ほんの少しイタズラっぽいその笑みは、まぁ、なかなか悪くはなかった。


 なので俺は――



 通り過ぎようとする女の右乳を、全力で鷲づかみにした。







《宮地班長のはんだ付け講座》



【ソルダー】【ソルダリング】【ソルダリンガー】


ようやく、メインテーマとも言えるソルダリングの説明です。

【ソルダー】とは、「はんだ」のことです。

【ソルダリング】は、「はんだしちゃう」つまり、「はんだ付け」することです。


はんだ付けはすずといわれる金属をメインとした合金を熱で溶かして別の部材を溶着する技術のことですね。共晶はんだと呼ばれるはんだがとても使いやすかったのですが、共晶はんだに含まれるなまりが環境や人体によろしくないんじゃね? というRoHS指令により、最近では鉛フリーのはんだが使用されることが多くなりました。


はんだの特徴は、溶解点が他の金属より低いということと、すぐに固まるということです。

すぐ溶けてすぐくっつく。なので、他の金属や部材に余計な熱を加えることなく溶接することが出来ちゃうのです。(共晶性とか184℃とか覚えさせられた学生さん、多いですよね)


そんなソルダリングですが、本作では、

『錫などの合金ではなく、ちょっと変わった【ソルダー】』を使用してソルダリングを行います。

そして、ソルダリングを行う人を【ソルダリンガー】と名付けました。

ソルダリンガーは完全な造語です。

なので、はんだ付け作業員に向かって【ソルダリンガー】と言ってもきょとんとされますのでご注意を。


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