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魔導ソルダリンガー~美女に魔獣をはんだ付け~  作者: 宮地拓海


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27話 空の上

『うん。知ってたよ~』


 無線の向こうからアホ丸出しの声が聞こえてきて、思わず切りたい衝動に駆られる。

 アホのマルクスにクレームを入れがてら、飛空挺の中で起こったハイジャック未遂事件の詳細を伝達しているわけだが……まんまと乗せられた感がハンパないんだよな。


「知ってた上で俺たちを飛空挺に乗せたんだな?」

『な~に言ってんのさぁ。もともと飛空挺には乗るつもりだったんだろ?』

「アセスの名前で予約したチケットさえなきゃ、こんな面倒には巻き込まれなかったんだろうが!」

『でも、アセスの名前がなきゃ、アオイ君やネオ・マザーボード――あじさい君だっけ? 彼女たちは飛空挺には乗れなかったと思うよ?』


 微妙に恩を着せて厄介ごとを相殺しようとしてくるマルクス。

 やはり、こいつはただのアホではなく、始末に負えないくらい性根の腐ったアホなのだ。


「で?」

『「で?」とは?』

「あのアホ共をどうすりゃいいんだって聞いてんだよ、話の流れを考えれば分かるだろうが、アホか、アホなのか、アホの総大将か?」

『ドモンがアホアホ言うせいで、ハイジャックなんかを試みたアホに親近感湧いちゃうじゃない』

「じゃあ引き取ってやれよ。アセスに入りたいんだそうだぞ」

『あはは。モルモットなら間に合ってるんだよねぇ』

「……間に合ってんのかよ」

『冗談だよ~』


 どうだか。


「そういえば、『ネオ・マザーボード』ってのはなんだよ?」

『まったく新しい概念のマザーボードだからね。一緒くたには考えられないという結論に至ったんだよ』

「実験結果に差異が発生する可能性があるから、か?」

『ボクたちはマザーボードをモルモットにしてるわけじゃないんだよ? 心外だなぁ」


 それも、どうだかな。


「とりあえず、グルだった挺員含め、連中の仲間はふん縛って倉庫に押し込んであるから、向こうの空港で適当に身柄を拘束しとけよ」

『ドモンたちだけでよく手が足りたね』

「乗ってたマザーボードたちが手伝ってくれてな」

『……へぇ。マザーボードが。ドモンの言うことを聞いたんだ、初対面なのに』

「首輪の爆破スイッチを見せたら、全員奴隷のように従順になったぜ」

『あははは! ドモンがマザーボードを脅迫して、奴隷のように扱ったって? それは、今年一番のギャグだね』


 見もしていないのに、マルクスは絶対の自信を持って俺の言葉を否定する。

 そして、これまた確信を持っているかのように、迷いのない言葉を続ける。


『ドモンのことだから、どうせ――』



 マルクスの発した世迷い言に、俺は「抜かせ」とだけ返して無線を切った。

 ……悔しいかな、マルクスの言った言葉は、寸分の違いもない大正解だったわけだが。




「ドモン。連絡終わった?」

「あぁ。サブイボが限界を超えたんでさっさと切った」

「いや、気持ちは分かるけどさ……」


 気の毒そうな顔で無線室へと入ってきて、俺の二の腕をさすさすとこするアオイ。

 サブイボを治めようとしてくれてるようだ。


「随分と親切だな。アオイにしては珍しい」

「珍しいとはなによ……」


 眉をつり上げるが、ため息と共に不機嫌さを放り捨て、少し呆れたような柔らかい笑みを浮かべる。


「いい行いをした人には、いいことが巡ってくるのよ」

「なんだよ、いい行いって……」

「ふふ……素直じゃないのね」


 小憎たらしい笑みで、首輪を指に引っかけぶらぶらさせるアオイ。

 あの首輪は、メイアの着けていた物だろうか。


「飛空挺のアテンダントの中に、ハイジャック犯と通じているヤツがいるって告発して、『そんな連中に俺たちの命を人質に取る資格なんかねぇだろうが』って啖呵切って、マザーボードの首輪を外させた――って、結構称賛されることだと思うわよ?」

「俺のモノマネが悲惨なレベルで似てないな」

「え、なに? 照れてるの? うはっ、ガラにもない」


 くつくつと肩を揺らす。

 誰が照れてるか。


「『マザーボードどもは俺のために馬車馬以上に働け』って言おうとして噛んだんだよ」

「噛み過ぎでしょ……だとすれば」

「逆らうヤツを見せしめに爆破してやろうと奪い取った起爆スイッチも、『うっかり』落として壊しちまったしな」

「うっかりさんね、見かけ通り」

「見かけによらず、だろうが」


 何がおかしいのか、アオイはずっとにやにやと顔の筋肉を緩ませている。

 夜間に見たら痴女にしか見えねぇな。露出癖とかありそうな顔してるしな。


「けど、真面目な話。マザーボードを悪用しようっていう悪い連中が紛れ込んでたらどうするの?」

「ぶっ潰す」

「……単純ね、あなたの思考回路は」


 腹が減ったら飯を食う。

 それと同じように、それ以外に選択肢はないのだ。

 わざわざ考えるほどの疑問ではない。


 密室でアオイにニヤケ顔を見せ続けられるのは堪らない。

 俺はアオイを置いてさっさと外へ出た。


「ドモンさん」


 廊下で俺を待っていたのは、あじさいを人質に取ったマザーボード、メイアだった。

「あじさいちゃんの手当て、終わりましたよ」


 怪我をしたあじさい。その傷口はかなり深く、骨が見えるくらいにざっくりと切り裂かれていた。

 本来なら泣き叫びそうな深手なのだが、痛みを感じないあじさいは平然としている。

 だからこそ、余計に怖さを感じる。


 こいつは、体が発するSOSを感じ取ることが出来ないのだ。

 放っておけば、死ぬまで傷を放置し続ける。


 だから、痛覚ではない部分に痛みを教えてやらなければいけなかった。

 いい行いをしたと信じて疑わなかったあじさいを、俺は真剣に叱った。

 相当に冷たい目をして。


 あじさいの反応を見るに、あの説教は、あじさいの心の中になんらかの痕を残したはずだ。

 今後、あじさいが無茶をしようとした時に、今日のことが思い起こされれば、ほんの少しくらいは思いとどまる一助となるだろう。


「……ドモン。手当て、してもら……った」


 包帯が巻かれた腕をそっと持ち上げ、俺に見せてくるあじさい。

 メイアの陰に隠れて、おそるおそる俺の顔を伺っている。


 ……怖がっとる怖がっとる。


「あじさい」

「…………はぃ」


 呼べば、大人しくこちらへとやって来る。

 ヤダだの、ムリだの、そんなことは考えもしていないようだ。

 本当に、こいつは……


「早く治るといいな」


 頭にぽんっと、手を載せてやる。


 あじさいは悪いことをしたわけじゃない。ただ、やり方を間違っただけで。

 そこを理解させるのは難しいのだろうが……まぁ、乗りかかった船だ。俺が直々に教えてやるさ、いろいろとな。


「…………うん。……ありがと」


 俯き、むず痒そうに身をよじる。

 本当に、左腕はまったく痛くないようで、そわそわと手を遊ばせている。


 そんな様を見て、メイアが相好を崩す。


 命令されたとはいえ、メイアはあじさいをハイジャックのための人質に取った。

 そのあじさいに自分の娘を助けられ、メイアはどんな気持ちでいるのだろうか――の、答えがあの顔なのだろう。


 娘とまではいかないまでも、親戚のガキを見るような穏やかさと慈しむ心が顔からにじみ出している。


「やらんぞ?」

「え? ……ふふ。それは残念です」


 メイアがそんな冗談を言う。


「リリスが――娘が、あじさいちゃんをお姉ちゃんお姉ちゃんと慕っていまして」

「今はどうしてる?」

「緊張で疲れたんだと思います。座席でぐっすりと」


 アテンダントに見てもらっていると言ってはいるが、内心は一秒でも早くリリスのもとへ戻りたいのだろう。

 さっさと用件を済ませてやるか。


「空港に着いたら、アセスの人間に事情聴取されると思う」

「……はい。覚悟は、出来ています」


 無理矢理命令されたのだとしても、ハイジャックに荷担したメイア。

 たとえ娘を人質に取られたのだとしても、娘のために他人を犠牲にすることを選んだのはこいつだ。罪がないとは言い切れない。


「ですから、どうか……飛空挺が空港へ着くまでは、娘と一緒に…………」


 ヒザをつき、神に祈りを捧げるように手を組んで頭を下げる。

 空港に着いた後は、どうなっても構わないと、そう思っているのだろう。

 だから、せめてもう少しだけは娘と共に……そんな、母親の切なる願いを聞いて俺はきっぱりと言う。


「ダメだ」

「…………」


 唇を噛み、悲痛な息を漏らすも、メイアは何も言わなかった。

 自身の置かれた立場をよく理解しているのだろう。


「お前には、今ここで刑を言い渡す。俺はお前たち一味に狙われた被害者であり、アセスの関係者でもあるからな」

「ね、ねぇ、ドモン……」

「黙っていろ、アオイ」


 お前が何を言いたいのかなんて聞かなくても分かる。

 だから、聞きゃしない。黙っていろ。


「メイア。お前を……」


 メイアの肩が震える。

 アオイが泣きそうな顔で視線を逸らし、あじさいがじっと真っ直ぐ俺を見つめていた。


 ……辛気くさい空気だな、ったく。


「お前を、『知らぬ存ぜぬの刑』に処す」

「………………へ?」

「お前はただ、娘を連れて飛空挺に乗っていただけの、ただの被害者だ。ハイジャックに巻き込まれた乗客の一人。それだけだ」

「で、ですが、それでは……」


 納得が出来ないとでも言うのだろうか。

 きちんと罰せられないと、良心の呵責に苦しめられるとでも。


 なら、その呵責がお前への罰でいい。


「あじさい」

「……え?」

「こいつはお前に何をした?」


 メイアがあじさいにしたこと。

 それが罪に問われるようなことでないなら――


「……傷の手当てを、してくれた」


 ――罰する理由なんか、どこにもない。


「とっても、優しい人、だよ」

「……あじさい、ちゃん……っ」

「だ、そうだ」

「…………うぅっ」


 口を押さえ、その場にくずおれるメイア。

 床に手をつき、震える体を必死に支えている。


「ごめ……んね。……ごめんね、あじさいちゃん……怖い思いをさせて……怪我まで…………なのに………………ごめんね……っ」


 自分のために流される涙に、あじさいが戸惑いを顕わにする。

 俺とメイアを交互に見て、どうすればいいのか問うように何度も何度も視線を寄越してくる。

 なので、一度だけ大きく頷いてやる。

 お前の好きにしろ、と。


 少し考えた後、あじさいはメイアの前へと歩いていって、


「……よしよし」


 と、頭を撫でた。


「……ひぐっ!」


 ノドから音を漏らし、メイアはがあじさいに抱きつく。

 力いっぱいに。

 我が子を思う母のように。

 大切なものを扱うように。


「ありがと、あじさいちゃん…………あなたは、本当に……いい娘ね」


 その言葉に、あじさいは何も返事をしなかった。

 ただ、照れとは違う、複雑な表情を浮かべていた。その表情は、戸惑いによく似ていた。


 いい娘だと言われても、その自覚がないのだろう。

 自分がいい娘なのかどうか、分かっていない様子だ。


 受け取っとけよ、そんな言葉くらい。もらったって罰は当たらねぇよ。


「じゃあまぁ、残った時間は空の旅でも堪能するか」


 泣きながらあじさいに抱きつくメイアの横を通り抜け、俺は階下へと向かう。

 折角だ。三階フロアのデッキにでも出てみるか。安いフロアの甲板にひしめき合う貧乏人共を上から眺めるのはさぞ気持ちがいいだろう。


 ……いや。


「あじさい。雲を上から見に行こうぜ。この飛空挺の先端からよ」


 どうせ行くなら、一番広い一階の甲板だな。

 先頭まで行けるし。


「行くだろ?」

「……うん」


 ちらりとメイアを見た後、嬉しそうに頷いたあじさい。

 メイアの気持ちが落ち着いたら見に行きたい。そんな意思の表れなのだろう。

 だから、俺もそれくらいは待ってやるさ。

 首輪が外れて、思う存分、心置きなく飛空挺の旅を満喫している浮かれ過ぎのマザーボードたちでも眺めながらな。


「アオイは席で留守番な」

「ちょっと、なんでわたしは留守番なのかしら?」

「いや、だってお前……空を覗き込んだりして、大丈夫なのか?」

「ひぅ……っ!?」


 指摘された途端、ここが飛空挺の中であり、空の上だということを思い出しでもしたのだろう。

 アオイが物凄い勢いで俺にしがみついてきた。


「ド、ドド、ドモン……っ、か、甲板に行くのは、わたしもやぶさかではないのだけれど、……あじさいも楽しみにしているっぽいし……でも、けれど、も、もう少し後でもいいのではないかしら? たとえば、着陸した後とか」

「そういうアホをさらさないために留守番してろっつったんだが」

「さ、さらしてなんかいないわよ! ……いや、違うわ、アホじゃないわよ!」


 物凄いテンパりようだ。


「このビビリが」

「ひ、人聞きの悪いことを……そ、そういうんじゃないわよ」

「じゃあ、俺のことが好き過ぎて、堪らなくなって抱きついているのか、今のお前は?」

「ふぁっ!?」


 間の抜けた、甲高い声を上げて、「やっ、ちがっ、これは……っ!」と盛大に戸惑った後で、アオイが歯がみをする。

 そして、苦渋に満ちた表情でぼそりと呟いた。


「…………空が、怖いです」


 認めた後、一層俺に抱きつく腕に力が込められる。


「…………屈辱」


 そんな聞き慣れた言葉を耳に、抱きつかれて身動きが取れない俺とあじさいは顔を見合わせた。

 大変だな、お互い。


 階下からは、賑やかな声が聞こえてくる。


 いくら、問題を起こさなければ何もされないと分かっていても、首に爆弾をぶら下げているってのは、生きた心地がしないもんだ。


 せめて今日だけは、思う存分楽しめばいい。

 空の旅を。


 俺の横のマザーボードも楽しめればよかったのにな、空の旅。






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