プロローグ 【S】と【M】のとある日常
左手でアクセルを振り絞る。フルスロットル。全開だ。
高温を発するバカデカいエンジンがうなりを上げる。
現在走ってる場所が砂漠だってのと、側車に『荷物』を載せているせいで思ったようにスピードが上がらない。
「ちょっと、ドモン! 追いつかれてしまうわよ!」
側車の『荷物』が、後方から迫る魔獣を振り返りデカい声を張り上げる。
「お前が重いからスピードが出ねぇんだよ」
「なっ!? わたっ、わたしのどこが重いというのかしら!?」
「乳に無駄な肉を蓄えてるからだ、この駄肉! 無駄巨乳!」
「きょ…………にゅう……は、否定、したくない……っ!」
なぜか悔しそうに唇を噛み締める側車の『荷物』。
トップとアンダーの差が10.5センチもある、無駄に膨らんだ胸を押し潰すように腕で隠している。そのまま潰れてしまえばいいのに。
「アオイ。俺の膝の上に来い」
「なっ!? で、出来るわけないでしょう、そんなこと!」
高速で走る魔導三輪の上で立ち上がるのは確かに恐怖心を煽るだろうが……
首を傾け、後方へ視線を向ける。
砂を載せた風が髪をかき乱す。
後方からは、まるで砂漠を泳ぐように巨大な【砂大蛇】が追いかけてきている。
全長4メートルの細長い化け物は、顔の七割が口で構成されている。
見つけた獲物を片っ端から食い散らかす行儀の悪い魔獣だ。
「怖がってる暇はねぇぞ。砂大蛇は砂漠を抜けるまで、どこまでも追いかけてきやがるからな」
「こ、怖がってるわけではなくて……あなたの膝の上とか…………き、危険、だわ」
こいつは何を言ってるんだ?
「【ソルダリング】をしてやるから、あいつをぶっ飛ばせ」
「こ、ここで【ソルダリング】をするというの!? 走ってる魔導三輪の上で!?」
「止まったら食われる。やるしかないだろう」
たとえ止まらなくても、あと十分程度で追いつかれて食われちまう。
やるしかないのだ。
「……く、くれぐれも、へ、変な気は、起こさないでね」
「あ?」
風の音に消されそうな声で、アオイが呟く。
よく聞こえなかったので聞き返すと、あからさまな不機嫌顔で俺を睨みつけ、側車のシートから尻を浮かせて俺の耳元でこれまで以上のバカデカい声を張り上げやがった。
「必要以上に触ったり、邪な気を起こすなと言っているのよ!」
……くっ。鼓膜がキンと鳴る。
アホが。
「起こすわけないだろう。微塵も起こさない。ミミズのメスを見つけた時以上に起こさねぇよ」
「なっ!? ちょ、ちょっとくらいは起こすべきではないかしら!? 男子として!」
「どっちだ」
「う…………っ、お、起こしそうになるのを必死に我慢しなさいっ!」
……メンドクセェ女。
「それから」
そっぽを向いたかと思えば、風に弄ばれて乱れた髪を片手で押さえ少々紅潮した顔で俺を睨む。
「ミミズのメスって、どこで見分けるのかしら?」
そんな質問を、大真面目な顔で寄越してきやがる。
適度にバカで、適度に真面目で、度し難い正義感と被害妄想を持ち合わせたやかましいじゃじゃ馬。それが、俺がこいつに持っている率直な印象だ。
正直なところ――割と、嫌いではない。
「大人しく言うことを聞けば、あとで教えてやる」
「ひゃうんっ!?」
砂大蛇がすぐそこまで迫っている。
もう時間がない。
いったんハンドルを右手で持ち、左手でアオイを抱え上げる。
脇に手を通して、俺の膝の上へと座らせる。
「ちょっ、どこ触って……っ!?」
「文句は、後ろの魔獣を見てから口にするかどうかを決めてくれ」
「…………」
大量の砂煙を上げて、砂大蛇が猛追してくる。
ちょっとでも気を抜けば、あのデカい口で一飲みだ。
「…………可及的速やかに、必要最小限の接触でお願いするわ」
「頑張って難しい言葉使ったな。えらいえらい」
「なっ!? ば、バカにしないでくれるかしら! これくらいの言葉…………あぁああっ、頭を撫でないでちょうだい!」
「こうすりゃ、お前はよく【濡れ】るからな」
「ぅにぃっ!? へ、変なこと言わないでよ!」
「変なことじゃねぇだろうが」
「な、なんだか卑猥なのよ、あなたが言うと!」
「そういうこと考える方がエロいんだろうが。名前もエロイだし」
「アオイよ、アオイ! 全然間違ってるから、その記憶を正しく上書きしておきなさい!」
ぎゃーぴー騒ぐアオイだが、……なんだかんだ言って、体はいい感じに仕上がってきてるじゃねぇか。
「時間がないから素手で行くぞ」
「すっ、素手!? ……って、素手でわたしの体に触るつもりなの!?」
自身の腕で自身の体を守るように抱きしめるアオイ。
一丁前に照れてやがる。思春期か?
「大丈夫だ、ミミズ以下」
「それはそれで腹立たしいのよ!」
「大丈夫だ。触ったとしても駄肉の部分だけだ」
「あぁ、駄肉………………ってぇ! それ胸じゃない!」
「胸っつぅか、胸にこびりついた余分な肉?」
「余分じゃないわよ! 物凄く貴重! そして、これからもっと育つ予定!」
「おまっ!? これ以上肥大化させる気なのか!? この奇乳!」
「いい機会だから覚えておきなさい! この世界でわたしを『巨乳』と呼ぶのはあなただけだから!」
「Aカップは巨乳だろうが!」
「カップ数を大声で言うなっ!」
アオイが拳を振り上げる。
が、俺がハンドルを切ったためにその拳は振り下ろされることはなかった。
「ぅきゃあ!」
ハンドルを切り、右へ大きくカーブする。
砂大蛇の頭が二秒前まで俺たちがいた場所を横切っていく。
「射程に入った、時間はねぇぞ!」
砂大蛇の射程に入れば、今のような高速の突進が矢継ぎ早に繰り出されるのだ。
互いの速度を考えれば振り切ることは不可能。
蛇行しながら攻撃をかわして、アオイの一撃に賭けるしかない。
「うぅ……どうしていつもこんな目に……」
「お前が【マザーボード】だからだろ」
「あなたが【ドS】だからでしょ!?」
「じゃあ、間を取って、帝国が悪い」
「そうしましょう」
お互いの中で納得がいった。
そうだ。全部帝国が悪い。
被害者たる俺たちには、帝国をぶっ潰す権利がある。
「じゃあ、行くぞ」
「ちょっと待って! 当然服の上かひゃぁぁあああっ!?」
裾から、アオイの服の中へと手を入れる。
「も、もうちょっと、躊躇いとか恥じらいを持てないのかしら!?」
「なんだよ? 服の中をまさぐりながらはぁはぁすればいいのか?」
「魔導三輪から突き落とすわよ!?」
そうしたら、もれなくお前も落ちるけどな。
照れ隠しが見え見えの大騒ぎを繰り返すアオイを軽く受け流し、【ソルダリング】に必要な道具を腰のバッグから取り出す。
魔力を集中させ、そして――
アオイの身体へ魔獣の体の一部をソルダリングする。
「――っ!」
アオイの体が微かに跳ね、全身から青い光が発せられる。
遠目には黒髪に見える濃い青色をした髪がふわりと持ち上がり、同じ色をした青い瞳がきらりと輝く。
アオイの全身に魔力が行き渡る。
「来るぞ! あと一回かわすのが精一杯だ! ヤロウが次に鎌首をもたげた時に全力でぶっ放してやれ!」
俺の言葉に、アオイは明確に頷いた。
そこへ、砂大蛇が大口を開けて突っ込んでくる。
砂漠の暑さでべろべろになったタイヤで無理矢理その突進を回避する。
予想通り、紙一重で砂大蛇の突進をかわした魔導三輪は派手にスリップをして、砂粒を好き放題巻き込んでいたエンジンが不機嫌そうな音を漏らしてストップした。
「くっ!」
勢いよく横転した魔導三輪から投げ出される。
どん臭いアオイを抱きかかえて、頭を打たないように庇ってやる。
こいつに気絶でもされちゃ、一巻の終わりだ。
もうもうと立ち上る砂煙。
立ち止まってみれば、なんて出鱈目なデカさだ。
俺の魔銃じゃ、とても歯が立たない。
ジャシャァァアアアアアアアアアアアッ!
不気味な声を上げて、砂大蛇が鎌首をもたげる。
巨大な塔かと見紛うほどの巨体が、逃げ場のない砂漠に立ち尽くす俺たちを見下ろしている。
まるで、嘲るかのような余裕さで。
「アオイ、ヤツの頭を狙え!」
「分かったわ!」
大口を開けて、凄まじい速度で砂大蛇が襲いかかってくる。
飛行船ですら丸のみにしてしまいそうな巨大な口に向かい、アオイも限界まで口を開く。
そして――
「――カッ!」
白銀色に輝くブレスを吐き出した。
周りの温度が一気に十度近く下がり、激しい耳鳴りに襲われる。
鼻の奥がツンとして、世界の音が一瞬でかき消えたような錯覚にとらわれる。
そんな凍てつく静寂の時間がゆっくりと十数秒過ぎていった。
「はぁ……はぁ…………」
アオイの口から、白い息が漏れる。
砂大蛇は頭を吹き飛ばされて、すでに絶命していた。
ゆっくりと、凍った砂の上にその巨体が倒れていく。
地面を揺らし、地響きを上げて、騒々しく戦いは終わった。
「……ドモン」
シャーベットのようにしっとりとまとまった氷の上に、アオイは両膝を突く。
寒いのか、自身の肩を抱きぷるぷると震えている。
「…………バ、【バッテリー】、切れそう…………」
「へいへい」
さすがに、エネルギーを使い過ぎたか。
「……が、頑張ったんだから、もうちょっと、優しい言葉とか、かけても、罰は当たらないと思うけのだけれど?」
アオイの体が前掲し、ついには倒れ伏す。砂に埋まる顔を懸命にこちらに向け、俺を見上げてくる。鼻が真っ赤に染まっていた。
鼻水がきらきら輝いている。
「アホ面の割に頑張ったな」
「ぷくぅっ! もう二度と助けてやらないわ! えぇ二度と!」
身動きが取れないのだろう、首だけをぐりんと向こうへ向ける。体勢は変わらずだ。
そんな意地っ張りに回す体力があるなら、もっとまともな格好で横になれよ。
胸を抱いたまま前のめりに倒れたから、ケツだけが持ち上がってイモムシのようだ。
こんな滑稽な格好で何言われても、耳には入ってこねぇっての。
「……ったく」
横転した魔導三輪を起こし、バッグの中から新しい【ソルダリング】の道具を引っ張り出してくる。
俺もアオイも、所謂普通の人間ではない。
もっとも、俺たちみたいな連中は世界中にいて、そんで『普通じゃない力』を帝国に利用されている。
そんなバカげた現実をぶち壊すために、俺とこいつは旅をしている。
たとえ相手がどんなにデカくとも、気に入らねぇヤツはぶっ飛ばす。
法律なんぞ知らん。
俺が気に入るかどうか、それがすべてだ。
文句あるか? 悪いな、俺は【ドS】なんでな。
「ほれ。【バッテリー】交換してやるから、乳を放り出せ」
「他に言いようはないのかしらっ!?」
言いようも何も、そこにしかバッテリーが付けられないんだからしょうがねぇだろうが。
イモムシのアオイを仰向けに寝かせ、鼻の下でキラキラ輝いていた鼻水を拭きとってやり、胸をはだけさせる。
「……屈辱」
そんな怨嗟の言葉を呟きつつ、アオイはまぶたを閉じた。
相当疲れたんだろう。ぐっすり寝て、起きた頃にはまた元気なじゃじゃ馬に戻っているはずだ。
「そうやって大人しくしてりゃ、……まぁ、そこそこ見れなくもない顔してんのにな」
そんな俺の呟きも、寝息を立て始めたアオイには、きっと聞こえなかっただろう。
俺は世界を変える。こいつと一緒に。
そのために俺は――
美女に魔獣をはんだ付けするのだ。
《宮地班長のはんだ付け講座》
今回登場した【】で括られた言葉は、今後順次説明していきます。
が、
とりあえず、これだけは早急に説明をしておきます。
【濡れ】
はんだが溶けて、綺麗に広がることを『はんだが【濡れ】る』といいます。
濡れの悪いはんだは、脆かったり、十分にくっついていなかったり、
はたまた電流をうまく通さなかったりと、
様々な不良を起こす原因となります。
ですので、はんだは【濡れ】ることがとても大事なのです!
決して、エッチな意味では、ないのですよ。決して。
※ミミズは雌雄同体ですので、メスとかありません。