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木々がざわめく秋の森。

葉が色づいて少し過ぎたこの森で、一つの戦闘が起きようとしていた。


男が秋風に吹かれて落ちた葉の上を音を立てながら踏みしめ、腰に付けた長剣を引き抜き、その勢いのまま前方を振り抜いた。


風切り音を響かせながら刃は異形の者に迫り、上顎と下顎を切り離す。


何が起こったのか分からないまま死んだ異形の者の飛んだ頭部を見やることなく、横にいた別の異形の者を上から叩き切る。


頭蓋骨を通り抜け粗末な布切れごと真っ二つにした後、後方から奇声をあげながら木の棒を振ってきた異形の者の攻撃を数歩右に動くことで避け、そのまま無防備な顔面に肘を叩き込んだ。


曲がった鼻を砕かれ仰向けに倒れ込み痛がる異形の者の胸部を右足で思いっきり踏みつけて骨と内臓を潰した。ごぼりと赤黒い血を吐きながら死んだ異形の者を確認しながら後方に向かってベルトから引き抜いた短剣を投擲した。


指二本分程度の刃を持った短剣が風を切りながら最後の異形の者の頚部、首に刺さる。

ばたばたと両手で短剣を掴み、引き抜こうとしながら倒れ込んでそのまま動かなくなった。




十数秒ほど周辺を警戒し、新手がいないことを確認した男が軽く息を吐いた。


「終わったぞー」


男が長剣を振るい血を飛ばした後鞘に納めて首を左右に振る。その後がさがさと音を立てながら一人の獣人が草木の間から出てきた。


ウェーブがかかった金色の髪、同じ色のうさ耳。赤いベレー帽と白い神官衣を着ながらリュックを背負った受付嬢のエレーナだ。


「お、お疲れ様で…うぇ」


二つに裂けた異形の者から溢れ出た臓物を見て顔を青くするエレーナ。


「そろそろゴブリンの死体には慣れてきたか?」


異形の者、ゴブリンの血で汚れたブーツを葉で拭いながら男が言う。

そんな男にエレーナが近づき、汚れていない場所にリュックを下した。


「ディークさんといっしょにしないでほしいです…」


ため息を吐きながらリュックから四角い容器を取り出す。その中にはいくつものゴブリンの耳が入っていた。

その様子を確認しながらディークが死んだゴブリンの耳を切り取っていく。投げた短剣も回収してベルトに収めた。

切り取った耳をエレーナが四角い容器に詰めている間にディークはゴブリンの死骸を一か所にまとめた。


「ほれエレーナちゃん。頼むぜ」


容器をリュックに詰めたエレーナが死骸の前に立ち目を瞑って両手を合わせる。ぼそぼそと何かを呟くと、ゴブリンの死骸が淡く光り、その光が拡散して消えた。


「…どうですか?」


「上出来」


ちらりと見てきたエレーナに唇を上げて答える。



エレーナが行ったのは「魔祓い」と呼ばれるもので、死んだ魔物に残った魔素を拡散させることでその死体を食べた動物が魔物化しないように、あるいは死体を食べにくる魔物を寄せ付けないために行う神官の大切な仕事の一つである。


「よし。それじゃあ戻りましょう」


魔祓いを終えたエレーナがリュックを担ぎなおし、草木の中に入る。ディークもそれに続く。

すぐに人が通りやすいように整備された森の道に出て、そのまま話しながら二人は歩き出す。


「それにしてもゴブリンの数が多いな」


「そうですね。ディークさんだけでもう二十五匹です」


「繁殖期は過ぎたはずなんだよな?」


「そのはずなんですけど…」


頭をかしげるエレーナの横でディークが無精ひげを触り、一つ息を吐きまた話を続ける。


「まぁいいか。それよりどうだエレーナちゃん?野外活動は慣れてきたか?」


「あ、はい少しは。…まだ死体はちょっとあれですけど」


「はは…ま、少しづつ慣れていけばいいさ」


ぽんと軽く肩を叩きエレーナの足に合わせて歩く。少し顔を赤くしたエレーナと話しながら歩き続けると開けた空間が見えた。


旅人や冒険者が野営をするために開けられた空間に一人の男が立っていた。その男の足元にはいくつかの袋と神具箱が置かれている。


男は教団のシンボルが描かれた板金鎧に身を包んだその背には身の丈ほどの分厚いクレイモアを担いでいた。

二人が男に近づくと男は片手をあげて答えた。


「おう、早かったな」


「四匹しかいなかったんです」


「なるほど」


低い声でかけられた言葉にエレーナが答える。そんな男をディークが悩み顔で見る。


「どうしたんだディーク」


「いや…やっぱりなんか声と容姿があってないなぁと」


「ああ。自分でもそう思うよ」


男が笑う。その笑いはやけに渋い。


男の顔は毛でおおわれていて上には耳が生えているが片耳は大きく欠けており、男が幾度となく戦いをしてきたと分かる。

片目に大きく切り傷が走り、その目は閉じられているがもう片方の目はつぶらな瞳が輝いている。

 

男の名前はチル。マルジルメ教の神官戦士である亜人であり、彼の容姿を一言でいうとチワワである。


「俺の家族にすら言われるから。ま、慣れてほしい」


「…頑張ってみるけどよ」


チルに近づき、足元の紐でくくられた袋と神具箱を拾い上げる。それに合わせてチルが残った袋を持ち、三人は森の道を歩き出した。


「なあチル、おかしくねぇか?」


「ゴブリンの事か」


「ああ、俺たちは今まで普通の道だけを通ってきた。魔除けの加護が働いている道をだ。なのに視認できる距離にゴブリン共がやたらいる」


「数匹ならまだしももう大体五十位倒したかな」


「…偶然にしちゃあおかしすぎる。深追いもしてないんだぞ?」


ふむ、とチルが眉を寄せる。


「まだパロの街から二日しか歩いてないのにな」


「…なぁんか嫌な予感がする」


「奇遇だな。俺もだよ」


ため息をつくディークにチルが笑う。がしゃがしゃと金属が当たる音と三人分の足音が森に響く。



数刻程歩いただろうか。チルとディークが立ち止まってエレーナを見た。


「エレーナ。魔除けの加護」


チルが道端に立てられた棒の箱の中に置かれた石をエレーナに投げ渡す。

一般的に魔石と呼ばれるそれは淡く輝いており、何らかの魔法がかけられていることが分かった。


魔石を両手で受け取ったエレーナが息を吸って目を瞑る。

ぼそぼそと何事かを呟くと両手が光り、その光が魔石の中へと入っていった。


箱の中に戻された魔石は輝きを増しており、魔法が成功したことが分かる。


「やるなぁエレーナちゃん」


「ディーク、エレーナを甘やかすな」


「あー?この年でこれだけできたら十分だろうよ」


「いえ、まだまだです」


ディークの褒め言葉にエレーナが暗い顔で答える。

だが、すぐに顔を上げてこぶしを握った。


「ディークさんみたいに触れるだけでできるようにならないとです!」


「そうだ、その意気だ」


「頑張りますですチルさん!」


「…その年でそんなことされたら俺の努力はなんだったんだってなんだけど」


少し顔をひきつらせたディークの言葉はマルジルメ教の二人には届かない。

師弟である二人が気合を入れあっているのを見ながら、なぜこんなことになったのかをディークは思い出した。







ディークがパロの街に帰ってきて数日後。教会ギルドにある依頼が来た。

依頼の内容は道と村に魔除けの加護を張ってほしいというもので、依頼内容としてはよくあるものだった。

問題はそんな内容の依頼がその周辺の村からも来たという事であり、なにかおかしいと感じた教会ギルドはすぐに動ける神官戦士を探した。


元々の神官戦士の数が少ないというのと繁殖期対策のために遠出している神官戦士も多く、パロの街にいる神官戦士は少なかった。

そこで教会ギルドが考えたのが普通の神官と魔法が使えない神官戦士を組ませることでの代用で、将来有望な若いエレーナと魔法の使えない亜人である神官戦士チルが組んだのであった。これには神官に野外での経験を積ませるという考えもあった。


二人ともマルジルメ教で師弟関係ということあって相性は悪くないが、エレーナは野外での活動を行ったことはなく、チルは魔法が使えない。そんな二人と共に組むことになったのがディークだった。


単身でも依頼を遂行できるディークだが、特に一人が好きなわけでもない彼は二つ返事で組むことを了承し、「穴熊の倉庫」で購入した装備を身に着けてその日のうちにパロの街を出たのだった。





(…それにしてもいやにゴブリンが多い)


歩きながら手を広げたり握ったり、身体のいたるところに装着した短剣に手を伸ばしたりして身体の調子を確かめる。

二人と会話をしたり、疲れが見えてきたエレーナのリュックを持ったりなどして歩を進めていると、ふいにチルが立ち止まり荷物を置いた。


「チルさん?どうしました?」


鼻をひくつかせ、背に担いだクレイモアに手を伸ばしてエレーナの言葉にチルが答える。


「ゴブリンだ。数が多い」


「俺も行くか?」


道から外れ森の中に入ろうとするチルにディークが声をかけると、思案顔になってから頷く。


「お願いするよ」


「あいよっと」


手慣れた手つきで神具箱から聖魔の短剣を取り出してベルトに付ける。

ディークも荷物を置いてエレーナに一声かけた後チルと共に森の中へと入っていった。



無言で進むチルの後に続くディーク。

極力音を立てないように枝や葉を避けたりしながら進むこと少し、木々のない開けた空間にゴブリンがいた。数は十を超えている。




大きな耳に猿に残忍さと無邪気さを与えたような醜悪な顔をした緑色の皮膚を持つゴブリン。

その身体は子供程度の背丈しかなく、ギャアギャアと喚き鳴くその姿に知性は感じられない。

普通の大人なら簡単に追い払えるし、武器を持っていれば若い新人冒険者でも倒せる。そんな弱い魔物であるゴブリン。


だが、ゴブリンに限らずそうだが大多数の魔物は、人を殺すという本能が存在する。

人間が食欲を持つのと同様に人を殺したくなり、生活のために道具を作るのと同様に女性を犯し、仲間を増やす。



人よりも弱いとしても、明確な殺意を持って襲い掛かってくる魔物というのは恐ろしく、その討伐のために冒険者などの荒事が得意な者たちに依頼をするのがこの世界の常識なのである。



「…これまた多いなぁおい」


「あそこにいるのが全部のようだ」


木の陰に隠れ小さな声で話をする。鼻をひくつかせたチルの言葉を信用し、意識を見えているゴブリン達に集中させる。


「どうする?」


「ナイフ投げて突っ込む」


「よし、じゃあそれに続くとしよう。タイミングは任せる」


「了解」


すぐに作戦を決めた二人は少しづつ距離を詰める。

両手で一本づつ投擲用の短剣を持ったディークがチルを見て頷くと、身を乗り出して短剣を投げた。

一本は二人から一番遠く離れたゴブリンの顔面に。もう一本は錆びた剣を持ったゴブリンの腹部に突き刺さった。


「ギャア!?」


突然叫び声をあげた仲間に怪訝そうに顔を向けるゴブリン達。意識がそちらに向いた瞬間にディークが森の中から飛び出す。


無防備な背中を向けているゴブリンの首を斬り飛ばし、返す刀で近くのゴブリンを袈裟斬りにする。

瞬時に二匹を仕留めたディークがチルに目をやる。ちょうどその時にチルが森の中から飛び出た。


チル自身の身長にもなる分厚いクレイモアを引き抜き、その勢いのままゴブリンを叩き斬る。

刀剣が出したとは思えない鈍い音を立てながらゴブリンを仕留めると、身体を回転させてクレイモアを横に薙いだ。

骨のへし折れる音を響かせながら一匹を切断。もう一匹を吹き飛ばした。


「豪快なもんだっ!」


人間がいることに気が付いたゴブリン達が叫びながら二人に襲い掛かってきた。

ベルトから抜いた短剣を適当な一匹に投げて違うゴブリンに上から振りかぶるふりをする。それを防ごうと獲物を上げたゴブリンの両腕を斬り飛ばした。


血走った目で襲い掛かってきた腹部に短剣が刺さったゴブリンの錆びた剣を長剣で受け止め、刺さっている短剣を蹴った。泡を吐きながら倒れるそのゴブリンを斬り捨てて背後からの攻撃を前転して避ける。


前転しながら左手で死んだゴブリンの獲物の棍棒を拾い、近寄ってきたゴブリンを力任せに殴りつけた。

骨の折れる音を確認し、先ほど腕を斬り飛ばしたゴブリンを突き殺す。


長剣から手を放し裏拳で背後のゴブリンを怯ませると、頭部を掴み膝蹴りを食らわせた。その勢いで倒れるゴブリンに後腰に付けたダガーを突き刺す。


それと同時に後方で鈍い音が響くと、場が静寂に包まれた。


ダガーを後腰に戻しながらディークが振り向くと、地面に刺したクレイモアの横で手を払うチルがいた。


「これで全部か?」


「…ああ、この辺のやつは片付いた」


顔や体についた血を手で拭いながらチルに問いかける。そのディークの問いに鼻をひくつかせながらチルが答えた。


「それにしてもさすがだなディーク。一人でも殲滅できただろう?」


「お前こそ余裕だったろ」


ゴブリンの耳を切り落としながら苦笑交じりでチルの賞賛の声に答えるディーク。


ディークと同じように返り血で汚れてはいるものの、その姿に負傷した様子は見えず、両手武器のクレイモアを使いこなすチルの腕前が推測できた。


手慣れた手つきで素材の回収を進める二人。曲がった短剣を見て舌打ちをしながら放り投げたり、木の枝に引っかかったゴブリンを落とすのに四苦八苦したりしながらも使えるものを回収し終え、死骸を一か所に集めた。


ディークがベルトの位置を調整したり、短剣を確認したりしながら二本立てた指をゴブリンの死骸に向ける。そしてゴブリンの死骸が光ると同時に指を上に向けると光はすぐに拡散して消えた。


「魔祓い終わった。戻ろうぜチル」


「もういいのか?早いものだな」


「そりゃあ、慣れてるからな」


がさがさと木々をかき分けながら森の中を突き進む。行きの半分以下の時間でエレーナがいる場所に戻ってきた二人が素材を収めると、荷物を持ってすぐに出発した。


「あの、お二人とも怪我はありませんですか?」


「安心しろエレーナ。どちらも傷一つない」


「それよりエレーナちゃんは大丈夫か?結構疲れてると思うが」


「だっ大丈夫で…あの、えっと…ちょっと疲れたかもです…」


強がろうとしたエレーナだったが二人の視線に耐え切れずに本当のことを言う。そんなエレーナの赤いベレー帽に手を置きディークが笑う。


「なぁに、よく頑張ってるよエレーナちゃんは」


「あと数刻も歩けば村がある。そこまで頑張れるな?」


「はい!…すみません。ありがとうございますです」


チルとディークがにやりと笑う。ディークがエレーナの背中を軽く叩くと、また静かに歩き出した。

そうして森を抜けるまで数刻程三人は歩き続けるのだった。







日が沈み、少し暗くなってきた頃にチルが異変に気付いた。


「どうしました?チルさん」


「なんだ?この何かが焼けるような臭い…」


「焼ける臭い?そりゃ料理とかじゃねぇのか?」


「…いや、違う。こいつはまるで…」


家が燃えるような、とチルが続ける。その言葉にディークの目じりが上がり、目つきが鋭くなる。


「…この森を出てすぐが村なんですよね?」


顔を少し青くしたエレーナが恐る恐る聞く。

その言葉に答えることなく、ディークが走り出した。


二人を置き去りにして森の出口付近にたどり着き、視界を遮っていた木々がなくなったディークには村から上がる炎と煙の姿が見えた。


その夕焼けのような炎は暗く染まっていく風景に、やけに似合っていた。


ありがとうございました。よければ評価や批評お願いします。

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