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読んでくださってありがとうございます。
このパロの街が静寂に包まれる日はない。
道を歩けば屋台が食欲を誘う匂いを放ち、八百屋が大声で商品を紹介する。
新聞を売りつける新聞記者に花を売る少女。
吟遊詩人が爽やかな曲を弾き語り、異国の旅芸人がショーの準備をする
石畳の道は毎日掃除され、一定間隔で兵士が立つ。
そんな女性でも安全に歩けるのがここ、中等区だった。
朝の人混みをゆっくりとディークが歩く。周りの人よりも背が高い彼は遠くの情報をラヴィニアに伝える。
「もうちょっと進んだらパン屋があるぞ。あそこの菓子パン美味いんだ…お、今日はドリンク屋やってるっぽいぜ」
羊の焼き串をかじりながらラヴィニアを人混みから庇う様に歩く。その後ろでホットドックを両手で支えながらラヴィニアが付いていく。
「じゃあドリンクでも買おうか?さっき出してもらったし次は僕が出すよ?」
あぐあぐと小さい口でホットドックを頬張る。シャキシャキとしたキャベツと熱々のソーセージがいい音を立てながら咀嚼され飲み込まれる。
「…毎度思うけど君が買うのって大きいよね」
「お前さんの口が小さいんだよ」
ケチャップがこぼれないように悪戦苦闘するラヴィニアをディークが笑いながら食べ終えた串を紙袋に入れた。
雑多な果物が用意されているドリンク屋の前で二人が注文をする。
「はいお待たせ!桃と梨のミックスとイチゴミルク!合わせて銅貨八枚!」
ラヴィニアが行動を起こすよりも先にディークが子供のように背の低い女性が差し出した二つのドリンクをしゃがんで器用に片手で受け取りながらもう片方の手で代金を払う。
「さっすが彼氏さん!いい男だね!」
「残念ながらそんな仲じゃねぇよ…そういや最近店やってなかったけどどうしたんだ?」
「いやーそれがさ、あたしらホビット族の村の近くにゴブリンがいっぱい沸いてさ。商売どころじゃなかったんだよ」
まだ安定しなそう、と疲れたようにホビット族の店員が言う。その後仲間に呼ばれて去っていった。
立ち上がってミックスジュースをラヴィニアに差し出す。
「ゴブリンだってよ…秋だからか?…ラヴィー?どうした?」
ふふ、と笑いながらドリンクを受け取る。
「僕とそんな仲じゃないのが残念なんだなって思ったのさ」
にこにこと嬉しそうに言うラヴィニアから少し恥ずかしそうに目線を外し、数秒後、意地悪そうな顔をして口を開いた。
「俺はどんな女性でも優しくするからな、どんな女性でも!」
「なぁ!?しっ、失礼な!」
顔を赤くしたラヴィニアが足を何発か蹴る。それをディークが大袈裟な反応を取りながら歩き始めた。
立場も宗教も違う二人であったが、そこには笑顔の二人がいた。
「待ってくれ、割とマジで痛くなってきた、やめろ!強化魔法はやめろ!うぐぅぁ!!!」
笑顔の二人がいたのだ。
「で?何を買う気なんだい?」
「ちょっと待ってくれねぇか…足が…」
少し汗をかいたラヴィニアがジト目でディークを見やる。
しゃがんで足をさするディーク達はある一軒の店の前に立っていた。
中等区を通り抜け、下等区に入ってすぐのまだ巡回する兵士の目が届く位置に存在するその店はほの暗く、怪しい雰囲気を醸し出していた。
黒塗りの扉が開くと中から一人の男が出てきた。
剃り込まれた髪、筋肉質な身体にみあった凶悪そうな顔。
男が自分の手に握られた大きなメイスをじっと見ると、泣きそうに、そして嬉しそうに笑った。
「うっうぅ…俺の相棒…よかった誰かが回収してくれて…うおぉん!!」
凶悪な顔を崩しながらメイスに頬擦りしながら男は中等区の方に向かって歩いて行った。
すぐに兵士に呼び止められた。当然である。
「…なにあれ」
「冒険者だろ。依頼の途中で落としちまったんじゃねぇか?見つかってよかったなぁ」
「いや、そうじゃなくて…」
「…あ?ああ、ラヴィーはここのこと知らなかったのか」
膝を叩いてディークが立ち上がる。
「冒険者や商人が町の外とかで持ち物を落とす、置いていくことってのが結構あったりするんだよ。魔物から逃げるためだったりな。で、その放置された装備品を回収して売られているのがここ、「穴熊の倉庫」ってわけだ」
「補足するとうちは装備品専門。売られてから一か月は元の持ち主が来るのを待つよ。取り置き可ー」
ディークの言葉に続いたのは穴熊の倉庫から出てきた二足歩行するハリネズミを大きくしたような一人の亜人だった。
紺色のエプロンを身に着け、手にはモップが握られている。
「いらっしゃいませお客様方。あなたがなくした思い出の品。憎いあいつが持ってたすごい武器。そんなのがあるかもしれないしないかもしれない穴熊の倉庫にようこそー」
ぺこりと頭を下げた後、彼は掃除を始めた。
二人が店内に入ると、大量の武器、防具が山ほど存在した。
ほのかに光るきらびやかな装飾がなされた見事な剣がショーケースに、王都の騎士の鎧がマネキンに着せられ、見るからに禍々しい骸骨や何かの羽で作られた杖が飾られていた。
かと思えば量産品の剣が木のタルに差し込まれていたり、明らかにガラクタな物が棚に置かれたりしていた。
「…すごいところだね」
なにこれ、と棚の上の人形を持ち上げながらラヴィニアが言う。
「で?君は何を探しに来たの?」
「んーっと…あったあった。これだよ」
ガシャガシャと音を立てながらディークが持ってきた木箱の中には大量の短剣が入っていた。
形も大きさもバラバラな短剣の中から一つの短剣を探し出し、ラヴィニアに差し出す。
鍔の中央に小さな宝石が埋め込まれていて銀が混ぜられたそれは、教会が制作している物であった。
「これって君達が神具箱に入れてる聖魔の短剣?なんでこんなものがこんなところに…」
「結界はったり魔素だまり破壊したりするときに置いてかれたやつだろ。まぁ村の奴らが少しでも懐の足しにしようって感じだろうな」
「そんな…持ってきてくれたらいいのに…」
「協会が買い取りやってるの知らない人多いからなぁっと、またみっけ」
話しながら聖魔の短剣を何本か見つけ出し、さらにいくつかの短剣を見繕う。
「…これも駄目だな、芯が曲がってる」
「じゃあこれは?」
「んー…ああ、これいいな」
細めの投擲用、多目的用など何本か選んだディークは防具が多く置かれる場所に向かう。
丁寧に飾られた鎧を無視して箱に積まれた防具のホコリを掃いながら見ていく。
魔物の爪で大きくえぐられた革鎧や千切れかけの鎖帷子を壊さないように丁寧にどかしながらよさげな鎧を探すが、半壊していたり血まみれだったりと大したものが見つからない。
「まいったな…中等区で買うしかねぇか?」
大きく破れたローブを放り投げため息をつく。そんなディークの肩を叩きラヴィニアが一つの鎧を指さした。その瞳は赤く輝いており、ディークと目が合うとにこりと笑った。
「ディーク。あれ」
「【鑑定眼】か。すまん助かる」
窓からの光も魔道具の光も届きにくい影になった場所におかれたその鎧は言われないと気づかない位置にあった。
魔物の革で作られた革鎧には目立った傷跡がなく、金属で胸部を補強してあった。
手際よくその鎧を身に着け、身体を動かし状態を確認する。
「…うん、悪くない。これでいいか」
「僕も役に立つでしょ?」
軽くドヤ顔をしながら近づくラヴィニアに対して少しだけディークが笑う。
「ありがとよ」
「そういえば聖魔の短剣はどうするんだい?教会に提出して打ち直し?」
「いや、このまま使う。打ち直したら普通に買うのと変らねぇからな」
「…ケチだね」
「節約家って言え。いいか?わざわざ下等区まできた理由が安いからだぞ?」
呆れた顔でため息をつくラヴィニアを横目にディークが店員を呼ぶ。
とてとてとゆっくり歩きながら近づいてきた店員に買う物を伝えた。
「短剣が十二本、堅革鎧と革手甲で…うーん、大銀貨一枚と銀貨三枚くらい」
首辺りを掻きながら言った店員の言葉に無言でディークが財布の中身を見る。
いちにー…と小声で所持金を確かめると真顔になって店員の肩を掴んだ。
「高くないか?」
「ディ…ディーク…」
憐れみと同情を含んだ目でラヴィニアが見る。こいつそんなにお金ないのという目だ。
まず、この世界において装備はそこまで高いわけではない。生活必需品、とまでは言わないが仕事道具として使われているからだ。
命の危険のない仕事を一日やって大銅貨八枚程。人を襲うゴブリンを一匹殺して大銅貨二枚。
大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で大銀貨一枚。
中等区で新品の革鎧を買おうとしたら少なくても銀貨六枚は必要で、魔物の皮で作られたとなれば大銀貨一枚以上かかるのが普通である。
短剣だって馬鹿にならない。数本ならともかく十を超えたら銀貨四枚はかかる。教会製の聖魔の短剣があれば尚更だ。
それに手甲もつけたら大銀貨二枚かかるのが普通であり、店員がいった金額は異様なほど安かった。
「俺の懐事情は知ってるだろ?俺を素寒貧にする気か?」
「ばかやろー、それはレッサーワイバーンの皮だよ。それに鋼鉄の胸当てまでついてるんだ、お買い得にもほどがあるんだぞー」
「で、でもよ…これだけまとめて買ってんだからサービスしてくれよ…」
「身体だけじゃなく脳みそまでケガしたのかー?」
数分の攻防は店員に軍配が上がり、肩を落としながら財布の中身をあらかた出した。
「大銀貨一枚と銀貨三枚、これで丁度だ…後で教会持ってきてくれ…」
「調整と梱包と宅配で大銅貨一枚でいいよー」
店員の言葉に驚愕の表情を見せた後、軽くなった財布から大銅貨を握り締めて店員に渡したディークは二人を置いて棚の方にふらふらと歩いていった。
残された店員は短剣を一本ずつ布で包み始めた。そんな店員の様子を眺めながらラヴィニアが話しかける。
「ねぇ、店員さん」
「どうしましたー」
作業の手を止めずに店員が返す。
「ディークは結構このお店に来てるの?」
「そうですねー…もう十年くらい?」
ぱたぱたと鍔や柄の埃を叩きながら眼を細める。
「神官さんにしては珍しくダメな人でー、いっしょに下等区でお酒飲んだりしてますね」
同職の駄目な部分をさらりと言われラヴィニアが額を抑える。
「なにやってるんだ彼…」
「でもいい人ですよー。普通の人と変わらず接してくれるし、何度も助けてもらいましたー。」
ちょっと言えない内容もあるんですけどもーと少し楽しそうに言うと、包んだ短剣を置き、店員がラヴィニアに向き合う。
「ダメな人ですけどー。他の誰よりも芯は聖職者ですよー。それは間違いないです」
だから、と続ける。
「同じ神官様として、彼を支えてやってください。彼は危険ですからー」
声のトーンを落とし、じっと瞳を合わせる。ラヴィニアが口を開こうとした瞬間に店員がディークを呼んだ。
「おらー鎧と手甲調整してやるから来いー」
エプロンの中からハンマーやメジャーを取り出しながらディークに近づき、調整を始めた。
お互いに軽口を言いあう、人間と亜人。
その様子を、黙ってラヴィニアは見続けていた。
「またのおこしをー」
店員に見送られ二人は店を出た。下等区を通り、中等区へと戻る。
下を向いて歩いていたラヴィニアにディークが頬を掻きながら話しかける。
「すまんな付き合わせて」
半刻位かかっちまった、と頭を下げた。
そんなディークにラヴィニアが身体の前で両手を振って否定する。
「いや、全然構わないよ。楽しかったし」
「そうか?…ありがとうよ」
ディークが申し訳無さそうに笑い、ラヴィニアが優しく微笑む。とりとめのない話をしながら綺麗に清掃された石畳の道を歩く二人。
不意にラヴィニアが立ち止まり、ディークに向き合う。
「あのさディーク。聞きたいことがあるんだけど」
顔を上げ、目を合わせてラヴィニアが真剣な表情を見せる。そして口を開いた。
「君はどうしてそんなに」
だが、その話は突然叫ばれた言葉によって遮られる。
「ラティーナ様!」
息を切らしながら髪を全部剃った中年の神官が二人の前に近づいてくる。
自身の背中に隠れたラヴィニアを庇うようにディークが片腕を広げた。
「探しましたぞコード殿!ラティーナ様をこちらへ!」
「ツァルンデーレ教の神官が何の用だ。悪いんだが今日は俺と付き合ってもらってんだけど」
神官の言葉に半身を引き、よりラヴィニアを庇う体制になる。
「交遊の合間に申し訳ありませんが重要な用があるのです!」
「…たしか予定はないって言ってたが?」
少し眉をひそめたディークの言葉に驚愕し、両手で顔を抑え首を振った後、今度は泣きそうな顔で叫んだ。
「今日は幹部様方が集まって会議をすると言っていたではありませんか!」
数秒の静寂。ディークがゆっくりと首を動かし背後にいるラヴィニアの顔を見る。
あっ、と声を出した後、気まずそうに目をそらすラヴィニア。
ディークがため息を吐きながらラヴィニアに向き合い、彼女の肩に手を置くとそのまま回転して自身の前にラヴィニアを連れてくる。
そしてその背中を優しく押し、ツァルンデーレ教の神官に引き渡す。
「すまん、申し訳ない」
「こちらこそご迷惑を」
「…ごめんね、忘れてた」
「いえラティーナ様。コード殿との交遊をお邪魔して申し訳ございません」
そう言うと神官は一歩下がって止まる。
「…ごめんねディーク。せっかく君がデートに誘ってくれたのに」
ディークに振り返り、少し落ち込みながらラヴィニアが言葉を続ける。
「ありがとう。久しぶりに一息つけたよ」
それじゃ、と神官とともに歩き出すラヴィニアの小さな背中が離れた。
「ラヴィー!」
大きな声でラヴィニアを呼び止める。びくりと肩を震わせて彼女がディークの方を見る。
緑の瞳をしっかりと見返し、口角を上げて笑った。
「またよかったらデート誘わせてくれよ!」
ラヴィニアがその言葉に目を見開き驚く。しかしすぐに両手を胸に当て、嬉しそうに笑った。
「…楽しみにしてる!」
足取りが軽くなったラヴィニアを追いかける前にツァルンデーレ教の神官がディークに向き直り、深々と頭を下げた。
そんな二人を見送ったディークは大きな背伸びを一つし、人混みの中に混ざっていった。
「あ、お帰りなさいディーク先輩」
「ただいま。菓子パン買ってきたから食べな」
「わぁ!いっぱい買ってきましたね!」
「買いすぎて財布の中すっからかんだよ…孤児院のやつらに差し入れするか」
「いいですね!そうと決まれば行きましょう!」
「はいはい」
「はいは一回ですよ!」
「はいよー」
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