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見てくださってありがとうございます。
この世界にはたくさんの神がいる。
狂人や詐欺師の妄想の産物などではなく、明確に力を授けてくれる、見えぬ優しき偉大な生きる者達の隣人。
そんなこの世界では宗教も数多くある。
神官は自身が敬う神を普及させるために様々な活動を行う。
炊き出し、葬式、治療などの街中での活動。
だが、他宗教に負けないように、町外の活動を行う者たちがいた。
街道や村の魔除けの加護、魔物を生み出す魔素だまりの駆除、魔物退治。
そんな危険を伴う活動を行うために鍛えられた神官。
それらを、神官戦士と呼んだ。
「そんなわけで俺はセブンスター・フルク教を広めるために働かさせられてるってことよ」
「はぁ…なるほど」
がたごとと荷物の揺れる音と二人分の足音を響かせながら街道を進むディーク一行。
盗賊の襲撃の夜が明け、目的地に行くために出発してから数時間。落ち着いた一行は話をしているのであった。
「あの場所は大丈夫でしょうか…」
「ん?ああ死体がアンデット化しないように祈りはしたし、森の奥に捨ててきたから魔物が食ってくれるだろ」
「そう!それだよ!」
御者席で話す商人とディークに冒険者が割り込む。
「普通神官っていったら盗賊でもちゃんと埋葬したりするもんじゃないのか?」
冒険者が言う通り、昨日の夜にディークが行ったのは盗賊討伐証明のための頭部回収と冒険者達の遺体への簡単なお祓い、その後死体を森の奥深くに捨てるという神官らしからぬ行動であった。
冒険者の言葉に眉をひそめてディークが答える。
「あのなぁ、本格的なお祓いをしようとしたら魔力も道具も必要なんだ。こっちを殺そうとしてきたやつらにそこまでやってらんねぇよ」
冒険者の遺体には簡単だけどお祓いしたけどなとディークが続ける。
「あの…思っていたんですけど、あまりディークさんって神官らしくないですよね?その…見た目とか」
「そうそう、神官っていったらもっとシンボルのついた装備とか聖水とかつけてるもんじゃないのか?」
その言葉にディークが後ろに流した髪をくしゃくしゃと触る。
彼の今の姿は、後ろに流した少し長い髪を紐でくくっていて、整った顔には無精ひげが生えている。
左腰に差した一本の量産品の薄い長剣と後腰に付けられた三十㎝程のダガー。
そして一般に着られる服の上から数本のベルトを固定させているという神官にも戦士にも見えない風貌であった。
「せめて革鎧くらいは着ていた方がいいんじゃないか?」
「いや…その…なんていうかな…」
言い淀むディークの姿を見て商人が驚いた表情で、
「もしかして装備が支給されないのですか!?」
「い…いや違う!聖水とかがないのは単純に仕事で使ったからだ!」
ほら!と赤い十字が書かれた黒い長方形の鞄を開けて二人に見せる。
その中の片側には八つの空間があり、一本だけ短剣が収まっていた。
もう片側には空になったいくつかの小瓶が転がっていた。
「村からの依頼二つと魔素だまりの破壊をいっしょに済ましたから手持ちがなかったんだよ…」
神官が野外での活動を行うときに持ち運ばれるその神具箱と呼ばれるは二人も見たことがあり、納得する。
道具がないのは分かった。だが、
「…じゃあなんで鎧着てないんだ?」
魔素だまりは魔物を生み出す。その破壊をしようとすれば戦闘は避けられない。
そのうえディークは剣で戦っていた。
「神官様は接近戦するんだろ?なんでなんだ?」
冒険者と商人がじっとディークを見る。観念したのか頬を掻きながらため息を吐く。
「…仕事終わって酒場で飲んでたら気分良くなってきて…その…奢ってやるって言ったら…なんていうか…」
言っているうちにどんどんと声が小さくなっていく。
「思ったよりも金がかかって…代金の代わりに…その…」
「鎧を売ったんですね…」
「なんつー神官様だ」
二人があきれた表情でを非難する。返す言葉もないディークは笑ってごまかす。
そんな話を続けるうちにもう一人の冒険者がぽつりとつぶやいた。
「パロが見えてきたぞ」
パロの街、昼夜問わず明かりが途絶えることはない賑やかな場所である。
来るもの拒まず、去る者逃がさずの精神で年々規模は広がり、今では街を囲む壁が中心にあるという王都に続く程の規模であった。
人が増えれば店がにぎわう、問題が増えればそれを解決する者が増える。
そんなパロで活動する宗教団体も数多くあった。
「身分を証明できるものをお願いします」
長い列に並んだ一行はひょろりとした門番の言葉に各々がギルドカードを出した。
ギルドとは国に認められた公務所で、様々な種類が存在する。
冒険者ギルド、迷宮ギルド、各商業ギルド、そして教会ギルド。
ギルドカードには自身のレベルや能力が記載されていて、これ一つあればなんとかなる便利な物であった。
「冒険者…商人…神官…はい、確認できました。何かほかに用事はございますか?」
「賊を討伐した。確認してくれ」
冒険者が赤黒く染まった袋を門番に渡す。
門番はにっこりと笑いながらそれを受け取った。
「分かりました。賊はギルドカードを剥奪されている可能性が高いため確認に時間がかかると思われます。確認でき次第連絡させていただきます」
「それではお通り下さい。お気をつけて!」
お辞儀をする門番に見送られ街の中に入る一行。少し移動してから各自の目的地に向かうために別れた。
「ディークさん、また改めてお礼をしたいと思います。時間が出来たらぜひ私の店に来てください」
「神官様、助けてくれてありがとよ。また今度礼させてくれ」
そう言って各自のギルドに行くためにディーク以外は歩き出した。
残されたディークは喧騒の中で一人空を見上げ、憂い顔でため息をついた。
(怒られるからギルド行きたくねぇなぁ)
ダメ人間であった。
教会ギルド
白を中心とした清潔感のある外装ですぐ隣にはどこの町や村でも見られる一般的な教会を大きくした大教会が存在する。
教会ギルドが作られた目的は宗教関連を一括して監視するためで、すべての宗教団体はこのギルドに所属することが義務付けられている。
大昔は他の神を認めない信者達が他宗教と殺しあう宗教戦争が数多く勃発したが、ある日、すべての神が信者達の前に降り立ちこう言った。
「みんななかよくしようぜ」
その一言で戦争は終結した。
信仰を変えることはできないが、他の神や宗教を認めることはできる。あわよくば自宗教に引きずり込む。そんな考えで自身とは違う神を信仰する者たち同士であっても手を取り合い、助け合うようになったのだ。
そして時代は流れ、魔物による被害が増え、教会に助けを求める人も増えた。
そんな依頼を円滑にこなす為に仲介所を作り、各宗教団体に依頼する。
戦えない者の代わりに戦える者が戦う。そんな助け合いの精神がここ、教会ギルドには存在する。
優しく、穏やかな心を持つ神官たち。このギルドはとても静かで、笑顔が絶えない素敵な場所なのだ。
「ディーク・コードォ!!!!」
怒声と打撃音が聞こえるのは気のせいなのである。このギルドはとても静かで、笑顔が絶えない素敵な場所なのだ。
赤いベレー帽を被り赤色のエプロンのような制服に身を包み、黒のソックスを履いた若い女性が息を荒らげ、鉄製のメイスを右腕に持っているのは気のせいであり、地面に崩れ落ち、頭部から赤い液体を流しているディークの姿が見えるのは幻覚なのである。いいね?
「あなっあなたは何を考えているのですか!酒で酔って鎧を売った挙句、魔素だまり破壊に防具一つ付けずに行くだなんて正気の沙汰ですか!いくらあなたが神官戦士としてベテランでも一歩間違えれば大怪我どころか死ぬことだってあるのですよ!?」
顔を赤くしながら早口でまくし立てる女性。興奮しているのかずれたベレー帽には気が付かず、ウェーブがかった髪の上から髪の色と同じ金色のうさ耳がぴょこりと見えていた。
「大体村からの依頼で半分以上消費しているのに道具の補充もせずに魔素だまり破壊に行こうって考える時点でおかしいんです!たしかにあなたの困っている人を放っておけないその精神は神官として相応しく、その姿に感銘を受けている人は少なくありませんし私もあなたのことは嫌いではありませんが…ってそうではなくて!!聞いてるんですか!?」
「エレーナよぉ、たぶんそろそろ死ぬんじゃねぇかなぁ」
他の神官と話をしていた男受付がぽつりと言った。
はっとした表情でうさ耳を立てたエレーナがメイスを放り投げしゃがみ込んで回復魔法をかけた。
「【キュア】…すみません、大丈夫です?」
「死んだ両親が俺の首に縄をかけてたところだ…」
ディークが頭をさすった後、首を鳴らしながらエレーナの手を借りて立ち上がる。
うさ耳をへにゃりと折り曲げてエレーナが落ち込む。
「すみません…やりすぎました…」
小さな身体を縮こませて下を向くエレーナにディークがにやりと笑った。
「なぁに、可愛いエレーナちゃんに手を取っていただけたんだ。もっと殴られてもいいくらいよ」
その言葉に顔を真っ赤にしたエレーナが目を右左に動かして慌てふためく。
「かっ可愛いだなんてからかうのはやっやめていただきたいのです、あっいえディークさんにそう言われて嬉しくないわけじゃないんですけどいやっちがっえっといえそのなんていうかえっと、しっ失礼しますです!」
わたわたと、しかし素早くエレーナが逃げ出した。その場で落としたベレー帽とメイスを拾ってディークが楽しそうに笑う。
「まさに脱兎のごとくってやつだな」
「あんまりいじめてやるんじゃねぇよ」
先ほどエレーナに声をかけた男受付があきれたようにディークにそう言う。
三つの羊皮紙に大きな判子を押すと、おらよとディークに差し出した。
「エレーナはまだ十五だ。十以上年取ってるお前がからかってどうする」
神様が泣くぞとため息をこぼした。
羊皮紙を受け取る代わりにベレー帽とメイスを男受付に渡すディーク。
「からかってなんかねぇさ。こちとら本心から言ってんだぜ」
「なおさらだ。彼女はマルジルメ教だぞ、お前と違って真面目なんだ」
「俺だって真面目さ」
「あほ抜かせ。依頼料に手を出さずに鎧売る真面目がどこにいるんだ」
ぽいっと投げつけた小さな袋は数枚の小銭の音がした。
「依頼料の確認完了、着服なし。お前んとこの司教様は教会にいたと思うぞ」
「はいよ」
小さな袋をポケットに詰め込み、神具箱と三枚の羊皮紙を持ってディークが出口に向かう。
「ディーク!ちゃんと装備と道具整えろよ!」
男受付の言葉にディークは答えず、振り返らず羊皮紙を持った手を振った。
まったく…と頭を掻き、隣の列に並んでいる神官に声をかけ男受付は仕事を再開し始めた。
コツコツと足音を立てながら大教会の中を進む。
住民が祈りをささげる集会所を抜けると、各宗教に与えられた部屋が存在する場所がある。
大手の宗教には集会所に近い大きな部屋が割り振られるなど、宗教ごとによって違いが存在し、変わったところでは大量の筋トレグッズが置かれている部屋もあった。
廊下を進み、中庭を抜けた先の孤児院が存在する側の廊下の奥の小さな一室。
そこがディークの所属するセブンスター・フルク教に与えられた部屋であった。
ノックをし、装飾のなされていない木の扉を開けると見慣れた景色が目に飛び込んでくる。
本棚と食器棚が一つづつ、簡易的な台所と洗面所。小さなベットが二つと古びたランプ。
そして部屋の中央に四つの椅子とささやかな花が飾られた机があった。
狭いわけではないが広くもないこの質素な部屋に一つだけ目を引くものが存在する。
壁に低めに取り付けられた神棚の上に置かれたセブンスター・フルクをモチーフに作られた七人の像。それらはどれも優しい笑顔で温かみを感じさせた。
荷物を机に置き神棚の前にディークがしゃがみ、目を閉じて真剣な表情で祈りを捧げる。その様子にふざけた雰囲気は感じられなかった。
数分間それを続けたディークの肩を誰かが優しく叩く。ディークが振り向くと、一人の老人がいた。
髪は真っ白に染まり、顔には数えきれないしわがあるが口角は上がっており、優しい雰囲気を感じさせる。
白色のローブを着たその頭には司教の証である修道帽が被られていた。
セブンスター・フルク教の司教でディークの上司、オジイン・チャクである
「オジイン司教!」
「おかえりコード神官。怪我はないかい?」
驚くディークを見てオジインが言葉を続ける。
「少し孤児院の方に呼ばれていてね。戻ってきたら君が帰ってきていたんだ」
「そうでしたか…オジイン司教はお変わりございませんか?」
「なに、いつも通り腰が痛いくらいさ」
そんなことより、とオジインが再度ディークの肩を叩く。
「ディーク。報告書は確認しておくからお風呂に入って来なさい。今ならまだ大浴場も空いているだろうから」
「あー…そうしてくるよじいさん」
話し方と雰囲気を変えたオジインに言われてディークは自身の身体が汚れていることを思い出し、素直に大浴場へと向かったのであった。
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