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見てくださってありがとうございます。
(どうして、どうしてこんなことに)
馬車を取り巻く数人の盗賊の汚い罵声をどこか遠くに聞きながら、私はそれだけを考えていた。
父から継いだ商売をなんとか安定させ、おしとやかな愛しい妻と目に入れても痛くない可愛い我が娘を手に入れ、幸せだった。
商品を雑に扱った事はなかった。客に誠意をもって商売をしていた。
護衛をしてくれる冒険者達には正当な報酬を支払っていた。
護衛に金をケチった商人が盗賊や魔物に襲われた話を聞くたびに自分は大丈夫か、と再確認をしていた。
今回の護衛依頼も相場以上の金を支払っていた。途中で乗せた男に魔除けの加護もかけてもらっていた。
そして、商業の神トゥルネゴにお祈りも済ませていた。
いつも通り、いつも通りのはずだったのに、どうしてこんな、こんなことに。
「おいごらぁ!!聞いてんのかぁ!?」
「はっはいぃ!!」
刃こぼれした長剣を持った盗賊の声で現実に引き戻される。そうだ。考え事をしている場合じゃない。
「いいか?積み荷と身包み全部置いていけ。そしたら命だけは勘弁してやってもいいぜぇ?」
「わ…分かりました…どうか命だけはお助けください…」
震え声でそう言いながら盗賊に頭を下げる。ゲラゲラと盗賊達に嘲笑されるが構わない。必ず、妻と娘だけは守らないといけない。
「おい豚商人!馬車にあるのは商品だけか? …女はいねぇか?」
「い、いません!私一人です!」
「こいつ嘘ついてますぜ。妻と娘が馬車に乗ってまさぁ」
ああそうだ、雇った冒険者の中に盗賊達と繋がっている男がいたんだ。こいつのせいで護衛をしてくれていた冒険者達はやられてしまった。皆死んではいないがもう戦えないだろう。
「この糞野郎が!!冒険者としての誇りはどうした!!」
「けっ!おれぁ金さえ稼げりゃいいんだよ!」
そう言い争う内通者と冒険者を無視して私に、馬車に近づいてくる盗賊。その股間は膨らんでいて、何が目的かは一目で分かってしまった。
「やめてくれ!積み荷は全部やる!だから妻と娘だけぐぅっ!?」
頬を殴られ地面に転がる。そのまま腹を蹴られ、動けなくなる。
「げほっ…やめろ…やめてぐれ…」
「女…へへ…久しぶりの女だ…たっぷり楽しんでやる…」
涎を垂らし、どんどん馬車に近づく盗賊。私のせいでマリアとマリーは犯されるのだろう。
悔しくて涙がにじむ。くそ、くそ、ちくしょう。逃げてくれマリア、マリー。
盗賊が鼻息を荒げながら馬車の暖簾に手をかける。
すまない、すまない、不甲斐ない父親で。許してくれ。
「さぁーって俺といいことしようぜぇっぶ」
にじむ視界の先で暖簾が開いた瞬間、盗賊の首から鋭利な物と鮮血が飛び出てきた。
汚れた盗賊の服が真っ赤に染まっていく。打撃音が聞こえたと思ったら盗賊が後ろ向きに倒れた。
だんっと馬車から飛び降りた人影。それは途中で拾った魔除けの加護をかけてくれた男だった。
獣のような鋭い目つきと整った顔立ち。
髪を後ろでくくり、無精ひげを生やした長身。
普通の服の上から数本のベルトを体や腰に巻いていてそこにポーチや短剣が付けられていた。
暖簾を閉じ、長剣の血を拭ってから死体を蹴り飛ばした男がこちらに近づき目の前でしゃがみ込む。
「おい、立てるか?…よし大丈夫っぽいな、骨も折れてなさそうだ」
「あ…はい」
男は私を立たせ状態を確認すると腰のベルトに付けていた宝石が埋め込まれた短剣を渡してきた。
「持っときな。あんたを守ってくれる」
「えっと…た、助けてくれてありがとうございます!」
「待った」
にっと笑いながら広げた手を私に向ける男。
男の目線の先には残った盗賊達がいた。
「全部終わってから礼は聞かせてくれ」
ったくあの盗賊女性の誘い方がなってねぇ…なんてぶつぶつ言いながら盗賊達に近づく男。
盗賊の一人が顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「なんだてめぇ!?よくもザイルを!!」
その言葉にぴたりと足を止めた男が待ってましたと言わんばかりに長剣を横に振った。
「なんだてめぇだぁ?しょうがねぇなぁ教えてやるよ!その汚ねぇ耳かっぽじってよぉっく聞きやがれ!」
「俺はセブンスター・フルク教の神官戦士が一人!ディーク・コードだ!」
びしりという音が聞こえるような指差しを決めながらそう言った。
(決まった…)
久しぶりに名乗り口上が言えた。言ってやったのだ。
もう少し余韻に浸ろうとしたディークだったが倒れている冒険者のことを思い出し盗賊達に警告をする。
「さて、てめぇらに選ばせてやる。改心か、死ぬかだ」
盗賊が真っ赤だった顔をさらに赤く染め上げ獲物を構える。
「神官戦士だかセブンスターだか知らねぇがぶっ殺してやらぁ!!」
(あーらら、まぁそうくるよな。盗賊如きに負けやしねぇから構わんが)
そう思いながら半身を引き剣を構える。
「うらあぁ!」
掛け声とともにボロ長剣を盗賊が振り下ろす。
それを左に半歩動き、剣の根元の方から切っ先へと下に受け流す。
そのまま無防備な肩から腰にかけてを斬り抜く。
臓物を落としながら倒れる盗賊を見もせずに、剣の血を払う。
「おら次こいや」
冷静になったのか恐怖したのか、盗賊は二人でディークの両側に回り込む。
そのままじりじりと間合いを詰めてくるのを待つはずもなく、棍棒を持った左側の盗賊に駆け寄る。
驚いた盗賊のがむしゃらに振り回した棍棒を左腕で受け、右目から頭にかけてを貫く。
ずぶり、と眼球と脳を貫き棍棒を持った盗賊の生命活動を終わらせた。
仲間の死に動揺せず間合いを詰めて近づいていた大斧を持った盗賊に死体を押し付ける。
思ったよりも深く刺してしまった剣は抜けずそのままだ。
右腕で後腰に付けた少し大きめのダガーを逆手で引き抜く。
「おおぉ!」
風切り音を立てながら横に振った大斧を後方に跳ぶことで避ける。
着地した勢いで盗賊が大斧を持っていない右側を駆け抜ける。声を出しながらそのまま振り向かずにダガーを刺した。
「うらぁ!」
肩甲骨を砕き深部まで届いた感触を確かめ、ダガーを引き抜く。
「ぐぞったれが…」
ごぼりと赤黒い血を吐きながら盗賊が崩れ落ちる。
「…来世はこんなことすんなよ」
顔に付着した血を右手の甲で拭い、元冒険者に顔を向ける。
「さて、後はてめぇだけだ」
「そんな…頭やダイランさんが…」
怒りか恐怖か、唇をわなわなと震わせながらぶつぶつと呟く。
「どうすんだ?改心か?やるか?」
「ぐうぅ…!」
元冒険者ががりがりと毛が抜けるほど頭をかく。
冗談ではない。勝てる訳がない、そうだ。ならせめて、
「そうだ…てめぇがいるじゃねぇか」
クロスボウを構え正気を失った目で元冒険者が見つめる先には、
「豚商人!てめぇくれぇは殺してやらぁ!!」
誰が止める暇もなく、クロスボウの射出先から矢が放たれた。
空気を切り裂き進む矢は、商人の膨れた腹を貫いた。肉を、内臓をえぐり、骨を砕く。妻と娘の叫び声が響く。
ディークが怒り、元冒険者が切り裂かれる。しかし、どこか満足げに笑いながら死ぬのだ。
そうなる、はずだった。
短剣が光り、商人の前に現れた幾何学模様の魔法陣がなければ。
「えっあっえ?」
元冒険者が、いや、商人と冒険者の目も開かれる。
「なんっ…!ふざけんなぁ!なんでしんでねぇんだよぉ!??」
「短剣に込めておいたマジックシールドが発動したんだよ」
ダガーを腰に収め、淡々とディークが説明をする。
「術者の魔力と性質で姿を変える万能防御魔法【マジックシールド】…それくらい出来なくて神官戦士名乗れる訳ねぇだろ」
説明を続けながらへたり込んだ元冒険者の両腕を握り、関節とは逆方向に回すことで腕をへし折る。
「ぎっああぁあぁ!?腕がぁぁぁ!!??」
泣き叫ぶ元冒険者を捨て置いて、冒険者達に近づき状態を確認する。
(生存可能が二人…なんとかなるか)
まだ生きている二人の上に手を置き、一度息を吸い、吐く。
「…よっし、【キュア】」
瞬間、手のひらから溢れ出た暖かい緑色の光が損傷の激しい箇所にまとわりつく。
砕けた骨が、切れた血管が。潰れた内臓が修復されていく。
土気色に変わっていた顔が少しづつ健康的な色に戻っていき、呼吸が落ち着いてくる。
「回復魔法…あんた本当に神官なんだな…」
ディークがにやりと笑い、二人の手を引き立たせる。
「やばい部分は治せた。…あいつはお前らが好きにしたらいいさ」
くいっと顎を泣き叫んでいる元冒険者に向ける。
仲間の死骸を眺めた後、二人は自身の獲物を握って歩き出す。
数分後、ぐちゃりと肉の潰れる音と断末魔が響いた。
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