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相当無茶ぶりな『青少年保護育成法』の全貌が明らかに?!

「おい、沢口。また出たらしいぞ」

 政治研究部のドアを開けると、部長の佐野(さの)マコトが待っていたかのように声をかけてきた。

「みたいだな。朝刊の端に小さく出てた。朝一で図書館に行ってきた。既にコピー済みだよ」

 そう言いながらコピー用紙をひらひらと振る。

「どうだ? 研究はまとまりそうか?」

 佐野の問いに俺は微妙な表情を浮かべて見せた。

「何とも言えないな」

 それを見た彼は「文化祭までにどうにかしろよ」と言って席に戻っていった。

 俺は小さく肩をすくめる。

 佐野はいつも研究成果ばかりを気にしている。今のようなやり取りはほぼ毎日繰り返されることだ。既に部室に入る際の儀式のようになっていた。

 他の連中にもいちいち声をかけているところには、感服する。だがどうやら彼はそれ以外のコミュニケーション方法を知らないんじゃないだろうか。他の話をしているところを見たことがない。

 文化祭のような発表の場があると更にそれが酷くなる。今日は朝から顔を合わせる度に、五回も同じことを聞かれた。

 決して広いとは言えない部室を五つに仕切ったうちの一つ。少しでも乱暴に扱えばすぐに外れてしまいそうなドアに『SK班』とプレートがかかっている。

 俺はそのドアをそっと開けた。

 狭い室内には、会議用の長机が一台とパイプ椅子が長机を挟むように六脚置かれている。そのうち四脚には既に班員が座っていた。

『SK班』は、『青少年保護育成法研究班』の略称だ。構成員は、班長の俺以外が全員女子になる。

 だが、ここには本来あるべき華やかさがない。すっかり当たり前の見慣れた光景だが、二十年前の高校生が見ればこの状況に違和感を感じるはずだ。

 俺を含め、ここにいる全員は黒い詰め襟の制服――つまり、学ランを着ている。もちろん下はスラックスだ。

 別に彼女たちに男装の趣味があるわけじゃない。これは法律で定められていることだ。

 改めてすっかり定着した法の恐ろしさに身震いした。

「お疲れさま。昨日どうじゃった?」

 ドアを閉め切る前に声をかけてきたのは渡辺(わたなべ)カナ。艶のあるアルトが耳に心地良いが、今はその話をする時じゃない。

 薄い壁一枚じゃ中の話はほとんど筒抜けだ。

 俺はわざとらしく咳払いをすると、少々乱暴にドアを閉めた。

 渡辺を一瞥すると、彼女は「ごめん」とでも言うように小さく舌を出している。

「池田は?」

 室内を見渡して言った。彼女だけが足りない。

「日直で遅れるそうです」

 答えたのは正木(まさき)アカネ。某有名企業の令嬢らしくきびきびとした受け答えだ。

「そうか。詳細は、文書にまとめた。後で」

 端的に言うと持っていたコピー用紙を長机の上に置いた。

 小さな記事を拡大コピーしたせいで、文字が粗い。

 見出しはこうだ。

『セーラー服の変質者、再び現れる』

「最近の変質者について、どう思う?」

「ぶふっ」

 間髪入れず、俺の言葉に岩倉(いわくら)トモミが吹き出した。某有名人と同じ名前とは思えないマイペースな性格に思わずため息が出る。

「岩倉。意見があるなら普通に発言しろ」

「いやぁ、だってぇ」などと言いながら続けざまに二、三度吹き出した。

 どうやら笑いのツボに入ったらしい。彼女の笑いの沸点は低すぎる。

 腹を抱えて大笑いを始めそうな岩倉を睨み付けて、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。

「わたしは愉快犯だと思うんだよねぇ」

 当たり障りのない、最もらしい答えだ。

「私もそう思います」

「うちもそうじゃ」

 岩倉の意見に、正木と渡辺が賛同した。

 ずっと黙ったままの宮本(みやもと)スミエもこくりとうなずいている。

 俺はわざとらしくため息を吐いた。

 いまいち使えない班員に「呆れている」という体だ。

「分かった。それじゃあ、渡辺はいつも通り情報収集を頼む。岩倉は渡辺の集めてきた情報を元に事件の解析を。正木はこの記事をスキャンしといてくれ。宮本は……、備品は今のところ不足はないから……、池田に今日の内容を伝えといてくれ」

 ガタン。パイプ椅子を鳴らして立ち上がる。

「以上、解散」

 言いながら指先で長机を叩いた。

 タン、タタン、タンタンタン。

『今夜、会合』の合図だ。

 俺の指先を凝視していた彼女たちは、にやりと笑みを漏らして小さくうなずいた。


『青少年保護育成法』

 それは、二十年前の政権交代によって突如成立した法律だ。

 当時は『青少年保護育成法案』が国会に提出された際に憲法で定められた『表現の自由』を著しく侵害すると、世論(特にメディアや出版社)から激しい批判を受けた。だが、時の総理大臣と組織票によって大量当選した国会議員らによって、法案は可決されてしまう。

 この時のことについては、今でも黒い噂が絶えない。

『青少年保護育成法』か制定されたのをきっかけに高等学校が義務教育化した。それに伴い女子の婚姻適齢が十六才から十八才に引き上げられる。

 問題の『青少年保護育成法』は、以前から地方自治体で公布されていた条例を元に作られている。内容はそれらとほぼ同じだ。

・対象は、十八才未満の日本国民及び日本滞在者(旅行者も含まれる)

・有害図書の指定

・有害玩具の指定

・理由のない青少年単独の深夜の外出禁止(二十三時~四時まで)

・遊技場(映画館、ボウリング場、カラオケ、インターネットカフェ、まんが喫茶等)の入場制限

・青少年に対する、淫行・わいせつ行為の禁止

・青少年を風俗店の店員、また、客として勧誘することを禁止

・インターネットカフェでの、インターネット上の有害情報のフィルタリングソフトの活用によるフィルタリング

 そして、新たに追加された項目。

 それは『青少年のスカート着用禁止』だ。

 これにより、学校制服からスカートが消失したのである。女子生徒たちは、アイデンティティとも呼べるアイテムを失ったのである。

 当然のように、パリ、ミラノ、ニューヨークに次ぐファッションの都東京は廃れていった。

『青少年のスカート着用禁止』は『非青少年』にまで及んだ。

 施行以前の映画・ドラマ・マンガ・アニメ・資料映像に至るまであらゆるもの全てに修正が施されるか、或いは有害図書としてR指定を受けた。

 施行直後は、政府は一本につき千円の奨励金を出し、回収・廃棄したのである。その予算額は数兆円とも言われている。

 政府は予算が底をついたところで、有害図書の保持者に対して一本につき五千円という罰金を科した。

 罰金の合計金額が増額するのに比例するように、裏社会ではスカートが単体として市場を構成する程までに膨れ上がった。

 この法律は国際社会からも批判されたが、日本国政府は国連が提唱する『男女同権』に沿うとして半ば強引に押し進めた。以降、国際社会から冷ややかな目で見られるのである。

 何故そんな法律が出来たのか?

 それは、あまりにも単純な理由だ。

 年々増加する青少年(特に女子)への盗撮や痴漢などのわいせつ行為・犯罪を減らす為だ。

 一時は犯罪件数が減るかと思われたが、それは大きな間違いだった。抑圧された犯罪者たちは、軽犯罪を犯す代わりに次々に重犯罪を起こしていったのである。

 このことに世論は政府を厳しく非難したが、時既に遅し。一度施行された法律はそう簡単に改正できるものじゃない。事ある毎に批判を受けながらも『青少年保護育成法』は確実に定着していった。


 その夜、俺は男子寮に隣接する女子寮に忍び込もうとしていた。

 通常、二つの寮を行き来することは出来ない。

 それが出来るのは寮監と権限のある生徒指導の教諭だけだ。

 当然、俺にその資格がある訳がない。

 二つの寮を仕切るようにそびえ立つ高いフェンスをすり抜ける。

 これは一部の生徒しか知らない秘密の通路だ。何年も前からフェンスの一部の留め金が外れて通り抜けられるようになっている。もちろん、それを学校側に報告する人間はいない。

 そんなことをしたら困る人間が少なからずいるからだ。

 とは言っても女子寮に入るのは容易ではない。

 死角になる窓は全てはめ殺し。裏口は、当然鍵がかかっている。寮の表側は、生徒の自室に面していて、部屋から零れる明かりで視界は良好だ。

 そんなところでうろついていれば、まず間違いなく女子生徒か寮監に見つかる。

 そうしたら秘密の通路は即座に閉ざされるに違いない。それどころか退学の可能性もある。

 この無謀なミッションを成功させるには、女子寮に協力者がいることが絶対条件だ。

 そうでなければ中に入ることはまず無理だろう。

 だが、俺にはいる。

 迷うことなく寮の表側に回る。植え込みの陰に隠れて見通せる範囲に寮監の姿がないか、確認。

 狭い庭にカーテンから明かりがこぼれて、幾つもの光の筋が刻まれているのをじっと見つめた。

 誰もいない。

 部屋の中から明るい笑い声がするだけだ。

 すかさず手前のベランダの縁に足をかけて、中に入る。

 腰を低くしてきっちりとカーテンを閉められた窓をノックした。

 待ちかまえていたかのように、しかめっ面の宮本がカーテンの向こうから顔を出す。別に怒っているわけじゃない。彼女はいつもこうなのだ。

 彼女は黙ったまま窓をそろりと開ける。俺は僅かに空いた透き間に体を滑り込ませた。

「助かる」

 礼を言うと、彼女は何も言わずに微かにうなずいた。

「遅いよ。沢口君」

 突然、カーテンの向こうから明るい声がした。

「悪い」

 そう言ってカーテンを払うと、部屋の中を覗いた。

 既に五人の女子が集まっている。傍らに立つ宮本以外、全員がラフな格好でくつろいでいる。

 部屋の主の渡辺に至っては、タンクトップとショートパンツという破廉恥極まりない格好でベットに寝そべっていた。

 普段学ランという鎧で身を固めているせいか、体の線が顕著に出る服装を見るとどうにも落ち着かない。

「昨日、危なかったんだって?」

 岩倉が巨大なぬいぐるみを抱きながらにやにやと聞いてくる。

「池田は?」

「夜食持って来るそうです」

「警察に追われた。詳細は、池田が文書にまとめてる」

「チトセさんが? 字が汚くて読みにくいから嫌なんですよね」

 正木が露骨に嫌そうな顔をする。

 確かに、池田は男子小学生のような字を書く。

「悪い、正木。明日パソコンに入力しといてくれ」

 俺は入り口のドアから死角になる壁に背中をつくと、ずるずると座り込んだ。

 女子寮に忍び込むのは随分慣れたが、それでも見つからないかという緊張感は相変わらずだ。まあ、昨夜のことを考えれば大したことはないのだろうが。

「足立。進捗はどうだ? 間に合いそうか?」

「うーん、どうかなぁ。もうちょっと器用な人たちが揃ってたら簡単なんだけどね」

 足立(あだち)サツキが手元の紺色の生地に視線を落としたまま言った。

 彼女はSK班のメンバーじゃない。だが、信頼できる協力者だ。洋裁部員である彼女がいなければ今時セーラー服など手に入らなかった。

「本当に足立には感謝してるよ。お前がいなかったらSK班の活動は成り立たなかった」

 その言葉に、彼女は気味悪そうに顔を上げた。

「そういうこと言うのは無しって言ったよね? お互い危ない橋渡ってるのは分かってるんだから。それに、わたしは早くこんな国から出てってやるんだ。やっぱりファッションを志すなら、パリでしょ!」

「これでサツキも立派な犯罪者じゃね」

 体を起こした渡辺がもそもそとパーカーを羽織りながら言う。

「あーあ。わたしも早くスカート穿きたいなぁ。沢口君とチトセばっかりずるいよ」

「トモミさんは早く犯罪者になりたくて仕方がないんですね」

「とか言って、アカネだって着たくて仕方ないんでしょぉ?」

「わ、私は別に。どうしてもと、みなさんが言うから……」

「またまた。興味がなければ、普通はせんよ?」

「どうでも良いけど、ちゃんと手伝ってよね。一人でこの量を縫い上げるのは徹夜したって無理なんだから」

 足立が文句を言いながら、縫いかけのセーラー服を投げつけてくる。部屋の隅では宮本が黙々と作業に打ち込んでいた。

「俺も、出来る限りのことはするよ」

「もちろん。アテにしてるから、よろしく」

 にんまりと笑みを浮かべるとまた作業に戻に戻っていった。

「はいはーい。文化祭で、『すかあと同盟』ぶちかますのが、楽しみだぁ。やっぱり、スカートって言ったら、セーラー服でしょぉ」

 うきうきした声を上げる岩倉は足立を手伝う気など無いようだ。彼女は基本、着ることにしか興味がない。

『すかあと同盟』とは、SK班の裏活動だ。

 SK班は政治研究部青少年保護育成法研究班の略称だが『SK』は青少年保護育成法研究の頭文字を取っている訳じゃない。『SK』の本当の意味は、『SKIRT』。つまりスカートだ。

 SK班の本当の活動目的はスカートの研究。とりわけ時代に消えた学校制服のスカートについて調べている。

 これだけなら犯罪にはならない。が、決して笑顔で受け入れられることでもない。

 これを知ったら大人たちは微妙な表情を浮かべて「やめろ」と言うだろう。

 もちろん言う気など毛頭無い。それにSK班の活動は、犯罪の域に到達しようとしている。

 いや。既に、している。

 青少年のスカートが着用禁止になってからというもの、日本のファッション界からスカートというものが消えつつあった。

 十八歳以上の着用は認められているものの、膝上丈のものは良しとしない風潮になっている。そのせいか、スカートそのものよりスカート風のパンツが市場に多く出回っていた。

 間違えて十八歳以下の青少年がスカートを購入しようものなら、当人は疎か製造販売した企業側にも罰則が与えられるからだ。

 企業はこれを避けるために、スカートを製造販売するというリスクを避けようとしていた。

 よく考えてみれば、服を買うのに身分証の提示を求められるのもおかしな話だ。

 そういうわけで『青少年保護育成法』に守られる俺たちがスカートを手に入れる手段は、自分で作る以外に無いという訳なのである。

 もちろん、これは違法だ。

 俺たちがスカートを作って保管していることも、それを穿いて外出することも、今の日本では認められていない。

 つまり、ここにいる全員が立派な犯罪者なのだ。

 それどころか学校を巻き込もうとしている俺たちは、エリートどころかとんだ落ちこぼれ集団だ。

「ちょっとそんなにお菓子を持って、どうする気なの?」

 突然、廊下で聞き慣れた声が上がった。寮監だ。その声に、その場にいた全員が身を固くした。

「へ? あ、いや。みんなで文化祭の準備しようって……」

 続いて池田の声が聞こえた。妙に声を張り上げているのは、俺たちに知らせようとしているんだろう。

「まずい! 隠せ! 隠せ!」

 小声で叫ぶと、作業途中のセーラー服を両手にかき集めてドアの陰に隠れた。

 ガチャリ。

 見計らったように部屋のドアが開く。

「こんなにたくさん集まって。何の準備なの?」

 寮監が戸口で部屋の中を見渡しているのがドアの隙間から見える。

(やぱい! やぱい!)

 思わず息を飲んだ。

 部屋にいた女子たちは、寮監と俺を交互に見比べて無理に笑顔を作っている。

「政治研究部の資料を、まとめているんです」

 冷静に受け答えたのは宮本だ。彼女は素早く立ち上がると、ドアの前に立ちふさがるようにして寮監と対峙した。

「そうなの?」

 宮本に遮られた寮監は、部屋の中に入ろうとはせず戸口に立ったまま言った。

「あんまり遅くまでやるんじゃないわよ」

「わかりました」

 それを聞いて寮監は部屋から離れて行った。

 遠ざかる足音を聞いて深く息を吐く。

 普段の宮本の生活態度が良いからだろう。おかげで寮監は彼女の言葉を素直に納得してくれた。

「ごめん、ごめん」

 突風が去った後の部屋に池田の能天気とも思える声が響いた。

「チトセ! あんたいつも間が悪い!」

 硬直していた足立が声を上げる。

「ご、ごめんー。ほんと、突然だったんだよ! まさか呼び止められるとは思わなかったんだよ!」

 池田は両手に抱えていた大量の菓子類をバサバサと床に放り出すと、その場に土下座した。

「お前、ばかじゃね」

「心臓が止まるかと思いました」

 口々に彼女に文句を言っている中、岩倉だけが池田の持ってきたポテトチップスを勝手に開けて食べ始めている。そのマイペースさが羨ましい。

「とにかく、これが出来上がらないと、話にならない」

「そうじゃね。出来るだけ手伝うようにするけー。今日も、後一時間くらいなら大丈夫じゃろー?」

「悪いけど、俺は部屋に戻るよ。後は頼んで良いか?」

「まかせといて! 頑張るから」と、何の自信があるのか池田が胸を張る。

「チトセが頑張ると、ボロが出るんだよねぇ」

「部長には何と言うつもりなんです?」

 正木が真剣な表情をしている。彼女にとって『すかあと同盟』は唯一の抵抗なのだ。

「偽の報告書は俺がパソコンで作っておいた。明日プリントアウトするから目を通しておいてくれ。特に池田! ボロ出すなよ」

 俺はベランダの窓を開けながら池田に釘を差した。


登場人物が多すぎて自分でも把握できていません……

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