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2012年頃に書いた過去作です。

色々突っ込みどころ満載です。

 カツカツカツ。ヒールが地面を叩く音が耳に障る。

 目の前をスーツを着たOLが通り過ぎた。

 彼女は暗がりに身を潜める俺の存在に気付きもせずに歩き去った。

 仕事帰りの会社員。ほろ酔いのサラリーマン。何やら騒いでいる学生の一団。何をするでもなく、ぶらぶら歩く若者。それから店先で愛想笑いを浮かべる店主。

 商店街の表通りはそんな人たちが往来していて賑やかだ。

 時刻は二十一時を僅かに過ぎたばかり。

「準備はいいか?」

 人一人が通れるほどの細い路地裏で声を潜める。

 身を屈めながら振り返ると、池田(いけだ)チトセがセーラー服のスカートの気にして裾を何度も払っていた。

 妙に白い池田の鍛えられた足が表通りから入り込んできた青いネオンに濡れている。

 その艶めかしさとこれから起こることに対する高揚感が入り交じって、妙に胸が高鳴った。

「準備はいいか?」

 俺はもう一度池田に問いかけると、彼女はようやく気が付いたようでにやりと得意げに笑みを浮かべた。

「いつでも」

 囁くような小声にも関わらずそこには自信と覚悟が感じられる。

 それとは裏腹に相変わらず手はスカートの裾を気にしていた。

(仕方ないか)

 池田の挙動を見て小さくため息をつく。

 だが、ここまで来たらもう覚悟を決める以外他にはない。

「ルートは覚えてるか?」

「OK。A、B、C、ルートは全部シュミレート済み」

「もう一度確認する。一つ、絶対に振り返らないこと。二つ、絶対に捕まらないこと。三つ、とにかく走り続けろ。いいな」

 俺の言葉に池田は緊張したのか、僅かに笑みを引きつらせた。

「大丈夫だよな?」

 確認する。

「もちろん」

 虚勢を張るように顔を上げて軽く睨み付けてくる。

「見くびるな」とでも言いたげだ。

「それじゃあ、ミッションスタート」


 人混みの中に躍り出て商店街を走り抜ける。

 道行く人が急に現れた俺たちに驚いたのかどよめきの声が上がったが、それもすぐに納まり好奇の目が向けられた。

「何あれ、高校生?」

「大丈夫なのかよ、アレ」

「懐かしいもん着てるなぁ」

「警察に通報した方がいいの?」

 飛び交う言葉を蹴散らしてひたすら突き進む。大股で地面を蹴るたびにスカートの裾が盛大に翻った。風になびく長い髪が顔にまとわりついてくる。

 斜め後ろには池田の足音。

(大丈夫だ。ちゃんと付いてきてる)

 などと、安心したのもつかの間。

「待て! お前らー!!」

 地を鳴らすような怒声が商店街を突き抜けた。それと同時にざわめきが大きくなる。

(見つかった!)

 途端に跳ね上がる鼓動を押さえつけて必死に平静を保とうとする。

「絶対に振り返るなよ!」

 焦る心をなだめるように後を走る池田に向かって、前を見据えたまま言い放った。

 彼女は不安に駆られて振り返ったりしないだろうか。今更、路地裏での挙動が気になってくる。

 だが、それは俺の余計な心配だった。

「待てって言われて、大人しく待つかよ」

 弾む息に交ざって嬉々とした声が聞こえてくる。心底楽しんでいるかのように弾んでいた。

 全く、いざという時物怖じしないのは流石O型と言ったところだ。いや、それよりも彼女の性格のせいか。

 走るスピードを上げる。大きいとは言えない商店街の端はもう目の前だ。

 ここからあいつらを撒いて撤収するのが一番難しい。回を重ねるごとにあいつらに出くわす確立が高くなっている。

 きっとあいつらは巡回を強化しているに違いない。

「まずい!」

 商店街の端に立つあいつらを見つけて俺は声を上げた。

「警察がいる! ルートBに変更!」

 そう言い放つと迷わず手前の角を左に曲がる。車がギリギリ一大通れるくらいの細い道の向こうは、見通しの良い大通りに出る。

 そこまで行ったらアウトだ。

「待て!」

 追っ手が迫ってくる。

 振り返りたい衝動を堪えて必死に地面を蹴り続ける。

 大通りに出る前で再び路地裏に入った。両脇にそそり立つ壁が今にも迫ってきそうだ。

 後でガシャンと自転車を乗り捨てる音が聞こえた。

 思わず、にやりと口元が上がる。

(計算通りだ)

 入り組んだ路地裏を壁に体を擦り付けながら抜けていくと、突然視界が開けた。

 商店街の裏に位置する倉庫街に出た。向こう側と違ってここに人気はない。

「こっちだ」

 息を吐こうとする池田の腕を取って、いくつかの角を立て続けに曲がった。

「立入禁止」の札がかかった倉庫の塀を勢いを付けて飛び越える。

 そのまま塀の内側に寄りかかるように身を潜めた。

 隣では池田が息を殺しながら呼吸を整えようと、大きく肩を上下させている。

 塀の向こうでいくつかの靴音が近づいてくる。

(やり過ごせるか?)

「巡査長。こっちにはいないようです」

 心配をよそに、若い声の警察官が息を荒くして言った。

 その言葉に太い声の警察官が荒く鼻を鳴らす。

「あいつらぁ、どこ行きやがった。毎度毎度、逃げ足だけは速いな」

 塀の向こうの会話に聞き耳を立てる。

 倉庫の壁に懐中電灯の明かりが揺れているのが映っている。

 少しでも物音を立てようものなら、すぐにそのサーチライトに捕らえられるに違いない。

「あいつらが行ったらすぐに着替えるぞ。そしたら自転車までダッシュだ」

 池田の耳に触れそうなほど顔を近づけて、小さく囁く。

 うんざりしたように彼女は苦笑した。

「また走るのかよ」

「元陸上部エースでも辛いか?」

「普通に走るのとは訳が違うだろ?」

 警察官の足音が遠ざかったのを見計らって素早く着替える。

 汗に濡れたウィッグを乱暴に取り払ってセーラー服と一緒に鞄の中に突っ込んだ。


 自転車に乗って寮までの道のりを急ぐ。

 ペダルを乱暴に漕ぐ度にかごの中の鞄がガタガタと音を立てた。

「以外と大丈夫だったな」

 さっきまでの逃走劇など何でも無かったとでも言うように、池田はケロリとしている。

 車通りの少ない車道を併走しながら彼女は得意げに笑った。

「何だよ。お前、結構ビビってただろ? スタートポイントじゃ明らかに挙動不審だったぞ」

「そりゃ……」

 言い淀む。

「不審なのは挙動以前の問題じゃん? そりゃ誰だってビビるよ」

「まあ何はともあれ、今日も無事に終われたのは何よりだ」

 そう言って笑おうと顔を上げた。

「あ、やば」

 だがそれは池田の声に遮られた。何事かと振り返るのと同時に、「止まりなさい」と厳しい声がかけられる。

 街灯の下で紺色の制服が視界に入った。警官だ。

 素直にブレーキを握る。

 キキッと耳障りな音を立てて自転車が止まった。

 その音に警官が嫌そうな表情を浮かべた。

 サドルに跨ったまま偉そうなその人物を見上げる。

(さっきの奴らとは別のか)

「君たち高校生だね? こんな時間に何しているんだ? 身分証は?」

「あ、はい。何かあったんですか? 最近、警察官が多いような気がしますけど。交通安全週間ですか?」

 にこやかに受け答えする俺を、池田が小突いた。鞄の中から紺色の生地がはみ出している。

(まずい!)

 学生証を出す振りをして慌ててそれを鞄の中に押し込めた。

 奪い取るように学生証を受け取った警官は訝しげな表情で小さなカードに見入った。

沢口(さわぐち)ヤスヒト。松上学園の生徒か。こんな時間に何してる? 全寮制だろ?」

「予備校に行ってたんです。学校からの許可はもらってあります」

 それを聞いて彼はあからさまに舌打ちをした。

「ちっ。エリートか。許可証は?」

「あります」

 警官は許可証に不備がないか穴が開くほど見つめてから、不機嫌そうに言った。

「もう行っていいぞ」

 ひらひらと手を振る。その追い払うような仕草に苛立ちながら、にこやかな笑みを浮かべた。

「失礼します」

 軽く頭を下げてペダルに体重を乗せる。

「くくっ。エリートだって。あたしもエリートに見える?」

 しばらくしてから池田がにやにやと聞いてきた。

「黙ってればな」

 そう。全寮制の名門私立高校『松上学園』に通う俺たちは俗に言うエリートだ。

 ただ、その中にも善し悪しというものがある。


 自転車通行が禁止されている学校の表門を突っ切る。幸いここには守衛なんて立派なものはいない。

 慌ただしく駐輪場に自転車を止める。スタンドに立てる音がガチャガチャとうるさいのは心の隅にある罪悪感のせいかもしれない。

「まずい、門限ギリギリだ」

 池田が腕時計を見て声を上げた。静かな夜の中に彼女の声が響く。

「報告は明日にしろ。文書にまとめとけよ」

「え。まじで? やんなきゃダメ?」

「駄目だ。ちゃんとやれよ」

 生け垣を飛び越えて学校の中庭を進む。本来なら土足厳禁だ。

 だが今は仕方がない。緊急事態だ。

 不良生徒おきまりのショートカットコース。

 わざわざ校舎を迂回していたら寮の玄関が閉まってしまう。

「じゃあな」

 女子寮の前で池田が軽く手を挙げた。

 ショートカットの髪を揺らしながら煌々と明かりの点く玄関の中に消えるのを確かに見守ってから、俺も男子寮へと急いだ。

 鞄の中にはまだ例のものが入っている。

 これは部屋に帰ったら、速攻でベットの下のブックケースに厳重保管だ。



この頃は必死にライトノベルを書こうとしていました……。

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