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第17話 ドーラ③

 ラルフの前で座り込み、苦笑いを浮かべている男は紛れもなく探し人だ。以前と同じ薄茶のシャツと薄茶のハーフジャケットを身につけている。見たところ、やつれたような様子もない。そんな姿を見て、ドーラは安堵と驚きの入り混じった声を漏らした。


「サイナス!?」

「え、どうして……」


 丸い眼鏡にある茶色い瞳が大きく見開かれ、唾を飲み込んだように喉が動く。

“どうしてここにいるのですか?”

 と心の声が聞こえて来た気がして、ドーラは緩やかに微笑んだ。


「大丈夫、サイナス?」

「あ、ええ……」

「あなたを探しに来たの」


 尋ねられる前に答えてみると、サイナスは再び目を丸くして、「僕を!?」と驚き、腰を浮かせた。

 けれど驚きの声はすぐに呻きへと代わり、彼は臀部を押さえてうずくまった。先ほど尻餅をついた時にでも打ったのだろうか。

 ドーラは少し心配になって、サイナスの顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「大丈夫です、ええ、もちろん大丈夫ですとも」


 彼を助け起こそうと、ドーラは手を伸ばす。


「あ、いえ……」


 サイナスは赤くなって視線を逸らし、のそのそとした動きで立ち上がった。


「何かあったの?」


 ドーラがそう尋ねたのは、聞こえてくるあの轟音が未だに聞こえてくるからだ。それに、サイナスの波動の中に、僅かな不安があることも気づいていた。

 サイナスはドーラの問いに答えず、曖昧な面持ちでラルフへと視線を移していった。


「ええと、あなたは?」

「俺はラルフ・ヴィンター」

「こんばんは、ラルフさん。僕はサイナス・クロウと言ってここの調査を……」

「知っている。君のところまで彼女を連れて来るという依頼を、彼女から受けたからな」

「そうなんですか? いったいどうして僕を……」


 例の爆発音がサイナスを遮った。今度は確実に洞窟の奥からだった。

 三人とも口を閉ざし、しばらく奥を窺っていた。皆一様にあの音が凶兆だと考えているのは、その表情からも明らか。問題はそれがなんであるかということ。


「ねぇ、この奥は何があるの? あの音は?」


 沈黙を破って、ドーラはもう一度サイナスに尋ねた。彼の様子がどうにも解せない。酒場で会った時はもっと光り輝く波動をしていたのに、今はこれ以上ないぐらいに冴えない男となっていた。実は大きな問題でも抱えていて、それはあの音と関係しているのではないかとドーラは考えた。

 ドーラの質問に視線を移したものの、サイナスはなかなか返事をしなかった。


「サイナス?」


 もう一度問いかけると、彼は我に返ったようにハッとした。


「あ、すみません。ちょっと色々なことが一度にあったので、もしかしたら夢を見ているんじゃないかなって、そう思ってしまって……」

「まさか怖い目に遭ったの?」

「怖い目……? ああ、別にそんなことはないです。どちらかと言えば楽しかったぐらいで……。そうじゃなくて、僕はあなたがここにいることに驚いてしまって……」

「もしかして迷惑だった?」


 眼鏡の奥にある瞳を大きく見開いて、サイナスは首を横に振った。


「違います、違います! ただちょうど二日前に、あなたの歌がもう一度聴きたいなと思っていたので、それでビックリしたんですよ。その時はほんの少しだけ死を予感したから……。こういう喜びが時々あるから、生きているのっていいですよね。僕も死なずに済んで良かったです」


 今度はドーラが赤くなる番だった。死にそうな時に思い出したと聞いて、照れくさくなっていた。

 しばしふたりで見つめ合っていると、隣に立つラルフがわざとらしい咳払いをした。


「感動の再会を邪魔して悪いが、今もかなり切迫した状況だと思うのだが……?」


 ドーラは慌ててサイナスから目を逸らした。彼の言う通り、あの音は尋常ではない。


「ああ、すみません。えっと、なんでしたっけ? 奥に何があるかってことでしたよね? 実はこの奥には竜がいるんです」

「いる? 死骸ではなく?」

「長くなるからあとでご説明をしますけど、死んでいたのではなくて眠っていただけなんです。それでギラさんって人が ――竜だった人なんですけどね―― ずっと守っていて、それで僕が目覚めさせるお手伝いをしてるんですよ。さっきその手がかりらしきものを見つけたんですけど、ギラさんが戻ってきて闇魔法と判らない力が来るって言って、谷の方を守りに行ってるんです。僕はこっちを見張っていることになっているんですけど、でも本当は早く手がかりの方をなんとかしたいんです」


 嬉々として語るサイナスは楽しそうだなぁとドーラはつくづく思った。酒場で話した時も確かこんな感じだったけれど、今日は一段と突っ走っている。けれど今は状況が状況なので、可哀想だけれどもどこかで止めるべきだろう。ちらちらとラルフの顔色を窺いながら、ドーラはそのチャンスを探っていた。


「……とは言っても、どうしていいのかさっぱり。これ以上、ここから何かが見つかるとは思えないし、もしかしたら谷の方にあるかもしれないな。そうだ、竜の下も調べてなかった。ギラさんに動かしてって言ったら怒るかなぁ。その前に、この話をだれかにしても良かったんだっけ? ジッタにはだれにも話すなって言っていたはずだけど……」


 最初は捲し立てていたサイナスの言葉の、後半部分は完全に独白だ。少しうつむき加減で自分の世界に入ってしまった彼に、ドーラとラルフは当惑して顔を見合わせていた。

 その間にも例の音は、徐々にではあるが近づいてくる気配がある。

 とにかく早くサイナスに事の次第を語らせようと、ドーラはブツブツ言っている彼に優しく話しかけた。


「ねぇ、サイナス?」


 三度そうやって名前を呼ぶと、彼はようやく我に返って顔を上げた。


「あ、すみません、すみません。考えに没頭してしまうのは悪い癖ですね」

「竜の説明はあとで聞くから、何が起こっているのかだけ教えて?」


 ドーラの言葉に反応するように、再び爆発音が聞こえてきた。


「僕も判らないんです。闇魔法の件と関係があるのかもしれません」

「つまり、あの化け物がここに来ているってことか……」


 不機嫌そうにラルフが呟いた。


「化け物?」

「ここに来る途中に、闇使いに会った」

「そうだったんですか」


 心持ちサイナスの返事が上の空なのは、ラルフについて色々な疑問が頭に浮かんでいるのだろう。だがそれを諦めて、彼はラルフから目を離し、再びドーラの方に顔を向けた。


「もしかしたら、その闇使いが竜の死骸を狙っているのかも? あ、死んでないんですけど。闇魔法には“死者復活”という魔法があるそうです。それを応用すれば……」

「どうしてそんなことを?」

「帝国だからだよ」


 サイナスの代わりに答えたラルフの声が、洞窟の暗い闇に沈むように低く響いた。


「帝国? バーリング帝国のことですか?」

「帝国は闇魔法を復活させている。おそらくまた、侵略でもするつもりなんだろうな」


 侵略と聞いて、ドーラの背筋に寒いものが駆け上がってきた。サイナスもさすがに楽しくはなさそうで、珍しく笑顔を消し、やや強ばった表情を作っていた。


「奴らは大陸を飲み込むまで、繰り返すだろう」

「そういうことですか……」

「次は東のルーベンだな、たぶん」

「有り得ますね。ああ、だから死竜なのか……」

「どういう意味だ?」


 ラルフの方を向き、サイナスは眼鏡を指で押し上げる。そのレンズが、ラルフの放っている青い光をキラリと反射させた。


「ルーベン公国は魔法王国ですよね? かなり軍事力もありますし、帝国を警戒しているでしょう。だから帝国が死竜を使って侵略しようと、そう考えてもおかしくはないです」


 この大陸に黒い影のようなものが覆い始めている。そんな行く末が不安になり、ドーラはぽつりと呟いた。


「どうしたらいいのかしら……」


 だがサイナスはどうやら、竜のことを言っているのだと思ったらしい。


「眠っているだけと判れば、ますます竜を手に入れようと躍起になるかも……」

「その竜、起きないの?」

「起こす方法を今探しているんですが、なかなか思う通りにいかなくて。せめてあの石版が割れてなければ見えてくるかもしれないのに……」


 ふたたび思考の海に沈んでいきそうなサイナスを、ドーラは慌てて引き戻した。


「石版があるのね?」

「ええ、洞窟の入口に落ちてませんでしたか? ああ、でも割れているから他の石と見分けがつかないか。そこに古代文字が書いてあって、竜という単語も含まれています。僕の想像では竜を目覚めさせる方法が書いてあったのではと思ってるんですが、僕自身、古代文字の全てを覚えているわけではないので、ちょっと困ってるんです」

「古代文字……」


 ドーラは胸から下げているペンダントを見下ろし、ここに来た理由をふと思い出した。けれど今はそれを尋ねる場合ではなくなっている。ガッカリした気分で、ドーラはそっとペンダントを指で触れた。

 そんなドーラの動きを、サイナスは目ざとく見とがめたらしい。


「ドーラさん、そのペンダントって、凄く古いものみたいですね」

「あ、ええ。これは代々うちに伝わっているものよ」

「へぇ、ちょっと見せてもらえます?」


 最初に会った時、本人が“なんでも知りたくなる”と言っていた通り、サイナスは興味を持ったらしい。今はそんな場合ではないはずなのだが……。


「ええ、いいけど……」


 迷いながらペンダントを外し、サイナスに差し出す。彼は眼鏡を押し上げてからそれを受け取ると、ジッと見入り始めた。


「あれ? これって古代文字が掘ってありますね?」

「あ、うん、そうなの。実はその文字が何を表してるのか知りたくて、それでこんなところまで来ちゃったの」

「そんな理由かよ」


 隣でラルフが文句を言った。


「ええと、詩みたいですよ。解る単語だけ言うと、『眠る』『夢』『心』『明日』『深い』『起きる』『歌』『全て』、これらが組み合わさって詩になっている感じです」

「それ……」


 記憶という海から、淡いランプの光に縁取られた輪郭が浮かんでくる。髪を撫でる温かな手と、優しい歌声が幼いドーラを眠りに誘う。あれは懐かしい母の記憶だ。旋律がドーラの心へと蘇り、自然と口ずさんでいた。


 眠りなさい 永久とこしえの夢を見ながら

 あなたの心とあなたの未来 深く静かに来るでしょう

 起きなさい 儚き夢が流れ去り

 あなたの歌が届く時 全ての力が目覚めるでしょう


 歌い終わるとすぐに、サイナスが上擦った声でドーラに話しかけてきた。


「な、なんですか、その歌は!?」

「あ、ごめんなさい。昔、母が寝る前によく歌ってくれた子守歌なの。さっきの言葉を聞いて、急に思い出して……。話を切ってしまってごめんなさい」

「いえ、それはいいんですけど、でも、このペンダントにはまるでその歌が刻まれているみたいな感じがして……。あ……もしかして……」


 突然、口を開いたままサイナスが固まる。

 それから転がるように、洞窟の入口へと走り去ってしまった。


「サイナス、ちょっと待って!」


 ドーラが呼び止めても振り返りもしない。没頭すると周りが見えなくなると本人が言った通りの奇行ぶりだ。

 どうしようかとラルフをチラッと見ると、彼はしきりに奥の方を気にしている。サイナスの奇行などうでもいいらしい。

 やがて何かを片手に戻ってきたサイナスは、嬉しそうに笑っていた。


(この人、ホントに面白いな……)


 ずっとラルフの冷たい波動と、不安な状況に心が怯えていたせいか、ドーラは彼のそんな行動に穏やかな気分になった。


「見て下さい、これ。って言っても読めないか」


 さっき言っていた石版のことだろう。サイナスはふたりに見えるように、前にそれを差し出した。


「ここにね、『夏草』と『人間』って意味の文字が刻まれているんですよ。で、考えたんですけど、ドーラさんの名前って“カスタルド”ですよね? カスタルドって、この辺りに自生している植物のことですよね?」

「ええ、そうね」

「この夏草はあなたのご先祖のことなんですよ」

「その頃も夏草をカスタルドって発音したのかしら?」

「だと思いますよ。今の言葉にもホスピーナ語はいくつか含まれてますし。だからね、その子守歌は竜を起こす詩なんですよ」

「子守歌なのに?」


 ただ思ったことを口にしただけなのに、サイナスを困らせてしまったらしい。彼は髪の毛を掻きむしって、考え込んでしまっていた。ドーラは慌てて、そんな彼を慰める。


「あ、でも後半は“起きなさい”って歌詞よね。私も子守歌なのに“起きなさい”って言うのは変だなって、子供心に思っていたの」


 サイナスの顔が明るく輝き出した。


「ですよね! だったら後半が目覚めの詩なんですよ。だからこの詩を歌えば……」

「でも竜を眠らせた時って、古代語を使ってたんじゃないの?」


 今度は完全にサイナスを打ちのめしてしまったようだ。頭を抱えてしゃがみ込む彼に、ドーラはどうしたらいいか判らなくなってしまった。


「そうか……そうですよねぇ……、意味なら判るけど、発音になると……」


 するとラルフがとうとう堪りかねたのか、奥を見ながら憤然とした様子で警告をした。


「そんなことより、奥がヤバいんじゃないのか?」


 彼の言う通り、例の音は本当にすぐ近くで聞こえている。もう一刻の猶予もないに違いない。


「ええ、そうですね。だからこそ、できるなら竜を起こしたかったんです。さっきも言いましたが、帝国が竜を狙っている可能性は十分あると思います。だから彼らが何かする前に竜を覚醒させて、ここから逃がした方がいいかなって……」

「でも古代語を話せる人間がいないんじゃ?」

「そうだ! ギラさんだ!」


 そう言ってサイナスは勢いよく立ち上がった。


「ギラさん?」

「あの人、古代語が話せるんですよ。だからギラさんに来てもらって、子守歌を訳してもらい、それをドーラさんが覚えて歌えば、もしかしたら……」


 今度は奥へ歩き出そうとするサイナスの袖を、ドーラは咄嗟に捉まえていた。


「ちょっと待って。奥がどうなっているのか判らないのに危険だわ。それに真っ暗よ」

「大丈夫、ほら、ラルフさんがいるし」


 ラルフを包む光が辺りを明るくしている。そのおかげでランプを点さずとも、お互いの顔が見えているのだが……。


「俺は蛍か」


 苛ついた声でラルフがぼやいた。

 考えたら彼の仕事はもう終わっている。サイナスを見つけたのだから、彼がここにいる理由はない。彼が苛立っているのもそのせいだろう。

 ドーラは不本意ながらも彼に今後について提案をする気になった。サイナスとふたりでこんな危険な場所に取り残されるのは心許ないが、意地でも言う気にならず、わざと明るい顔でラルフを見る。


「ラルフ、あなたの仕事は終わったから、もし帰りたいなら帰っても責めはしないわよ? お金なら叔父に預けてあるの。店に行ってもらえれば受け取れるはずよ」

「そうか……」


 彼は立ち去るだろうとドーラは予想していた。彼は帝国とはあまり関わりたくないと、その表情からも、波動からもはっきりと感じ取れる。悩んでいるらしいが、助ける義理もないし、彼も望んではいないだろう。ドーラは、口を閉ざして考えているラルフの返事を待った。


「……そうだな、仕事は済んだ。それに俺は闇使いなんかともう関わりたくはない」

「ええ、そうね……」


 答えを迷っているラルフの波動は、本当に苦しさに満ちていて、ドーラの胸を締めつける。どこか重苦しい空気が流れ始める。ラルフの顔にも浮かない気持ちが明白に表れていた。だからきっと、彼は帰るに違いないと判っていた。

 ところが、そんなことには全く頓着していないらしいサイナスが、いきなりラルフに話しかけた。


「そうだ、ラルフさん。蛍で思い出したんですが、僕はこのあと、冬蛍を見に行こうと思ってるんですよ」


 彼らしいといえば全くその通りで、ドーラにはサイナスに悪意がないことは判っていた。だがラルフはそうは思わなかったようだ。


「それは彼女から聞いた」


 棘のある声色で、銀髪の男は返事をする。


「凄く綺麗なんですってね、冬蛍って。『冬の奇跡』っていう戯曲、ご存じですよね? あの話で冬蛍のことを知って、青い光の世界を一度は見てみたいと思っていたんですよ。ラルフさんも見たことがありますよね? 今はあなたが冬蛍みたいですけど」


 ドーラは眉をひそめ、内心ではヒヤヒヤとして、ふたりの様子を窺っていた。


「何が言いたい?」


 ぞくりとするほどの低い声。怒鳴ってはいないにもかかわらず、怒りの含んだラルフのそれは、鳴り響く爆発音にも負けぬほどの凄味があった。


「えっ?」

「俺に言いたいことがあるんだろ?」

「別に何もないですよ。もちろんあなたの光には興味ありますけど。話したくないというのなら無理にお伺いするつもりはないですし……」


 サイナスの視線はラルフの額に釘付けになっている。そこには、あの青く小さな石が張りついていた。


「嘘をつくな」

「別に嘘じゃないです。ただ冬蛍が見られたらいいなって、僕はそう思っただけです、すみません。僕は興味があることを考えると、いつも周りが見えなくなってしまって……。悪い癖なのは判っていますけど、どうしても止められない。それが他の人の迷惑になることも重々承知です。性格なのか、宿命なのかはわかりませんけど。でも自分を捨ててまで生きようとは思わないので諦めてます。だけどもしお気に障ったなら謝ります、ごめんなさい」


 真摯な態度で謝るサイナスに、本当に素敵な人だなとドーラは心を打たれていた。

 僅かな沈黙が流れる――。

 その間にラルフの暗鬱な波動が少し変わった気がして、ドーラは彼の顔を覗き見た。表情には変化は見られない。相変わらずの仏頂面で、端整な顔立ちが台無しだ。けれど、切れ長の双眸にかつてない強さを感じるのは、気のせいだろうか……。

 サイナスもラルフがどういう反論をするのか心配しているようだ。銀髪の男を見つめている臆した瞳がそれを物語っていた。

 そんなドーラたちの注目を浴びている中、ラルフは手にした剣をその場で一振りすると、黙って洞窟の奥へと歩き始めた。


「あの……どこに……」


 戸惑うサイナスの言葉に反応し、ラルフは振り返ることもなく、


「そのギラという奴を呼んでくればいいんだな?」

「え、ええ、行っていただけるんですか?」

「あんたらより、俺が行く方がマシだろ」


 その台詞とは裏腹に、どこか決意のようなものが含まれているとドーラは感じていた。

 全てを諦めていたような彼も、歩み始める気になったのだろうか?

 そうだったらいいなと思いつつ、ドーラはラルフの背中を見守っていた。


「あと、それから冬蛍の光は青じゃないぜ」

「じゃあ、何色ですか……」

「その目で確かめるんだな」


 吐き捨てると、ラルフは少し先で一度立ち止まり、上部を眺める。包んでいる青い光が強まって、同時に彼の体はゆっくりと上昇していった。

 その光を目で追って、隣に立っていたサイナスがぽつりと言った。


「本当にあったんだなぁ、“フィリアの恒星”って」

「“フィリアの恒星”?」

「伝説の石です」


 珍しくそれ以上語らず、サイナスはラルフの光をジッと見つめていた。


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