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第16話 サイナス⑧

 星明りが届かない洞窟の奥は、本当に真っ暗だった。サイナスはその暗がりに身を潜め、ギラの指示通り崖の方向を見張っていた。


「闇魔法って……」


 そう言いかけて慌てて口を両手で塞ぐ。

 独り言は癖だけれど、ギラがあれほど緊迫していたのだから、今は静かにしておこう。

 背負ったクロスボウが急に重くなった気がした。こういう切羽詰まった状況はあまり好きではないから、サイナスは気を紛らわすために、別のことを考えることにした。


(闇魔法か……)


 今から三千年ほど前、この大陸には二つの大国が存在していた。片方は竜の国ホスピーナ、そしてもう片方は武の国と呼ばれたガイアだ。

 長らく良好な関係を保っていた両国だったが、いつの頃からかこの大陸の唯一の覇者になることを強く望み始め、やがて互いを滅ぼす戦争が始まった。

 ガイアは魔法使いやエルフを多く有し、魔法戦を得意としていた。一方ホスピーナは竜と竜騎士を使い、空中からの攻撃でガイアの魔導士らを攻め立てた。どちらの戦力にも一長一短があり、決着がつかないまま数十年ほど戦いは続いていたという。

 その長い戦いの最後の数年は、歴史学的には暗黒期と呼ばれている。ガイアが闇魔法なるものを使い、ホスピーナとの戦いに終止符を打とうとしたことが所以だ。ホスピーナもそれに対抗すべく、国中の竜と竜騎士を掻き集め、ガイアとの最終決戦に臨んだらしい――竜だったギラもそれに参戦していたかもしれないとサイナスはふと思った。


 だが闇魔法の絶大な力により、形勢は完全にガイアへと傾いた。ホスピーナの竜を次々と地上へと墜とし、ガイア軍は南へと侵攻を進めていった。ホスピーナは国としての存亡も危ぶまれ、その時に多くの街が廃墟と化した話は、いくつかの逸話や歌として今でも残っている。

 ところが、ガイアが全てを支配するだろうと思われたある時、ある魔法使いがガイアを裏切った。闇魔法に恐れをなした彼は自分の力を全て使い、その命と引き替えに闇魔法を封印した。闇魔法を失ったガイア軍は混乱し、それに乗ずるようにこの大地にいる全ての竜による、ガイアへの総攻撃が始まった。

 その結果、大陸を分ける大戦争は一夜にして終焉を迎えたという。ガイアは滅び去り、ホスピーナも崩壊の憂き目に遭い、二つ大国による大陸の支配が終わりを告げた。


 これが暗黒期の顛末だと伝わっているが、サイナスは正直、全てが真実だとは考えてはいなかった。現実には伝説とは真実を基にした作り話のことの方が多い。むしろそれだからこそ、伝説だと言えるのかもしれない。特に闇魔法に関しては、あまり信憑性がないと考えていた。

 ところが先ほど、ギラがその闇魔法のことを口にした。つまり伝説の魔法は伝説ではなかったのだ。その信じられない事実に、サイナスは口元のほころびを抑えきれずにいた。


 それからしばらく、サイナスは竜のことや闇魔法のことを考えて、闇に潜んでいた。

 けれどあまりにも長い間待たされたせいで、もしかしたらギラに担がれたのでは疑い始めた。あの破片から引き離されたことが苦痛だったからかもしれない。


(あの人、真顔で冗談を言ってたなぁ、そういえば。それもあんまり洒落にならない話)


 そう考えれば、これもギラ特有のユーモアのセンスかもと考えられなくもない。


「たぶん僕を怖がらせるつもりだったんだな」


 サイナスは声に出してそう言うと、石版のある方へと歩き出した。

 ところが数歩も行かないうちに、背後から爆発音のようなものが聞こえたような気がして、ふと立ち止まる。

 気のせいかと耳を澄ませていると、続けざまに二つ響いた。


(やっぱりギラさんの言っていたことって、本当なのかな?)


 どうしようかと、崖の方へと目を転ずる。仄かな星光が中へと差し込んでいた。

 この場に留まって見張っているべきか、それともギラの様子を見に行くべきか。


「それに竜も心配だし」


 呟いてから、ふたたび慌てて口を塞ぎ、それから喉の奥でクククと笑った。

 いつの間にか真っ先に心配する対象が、竜からギラへと変わっている。そんな心の変化に気がつき、自分でも奇妙だと思ったからだ。


(殺されるかもしれないのに、やっぱり変だよなぁ)


 あの竜人には興味が尽きない。


(ギラさんは竜を人へ変化させる魔法、だれに頼んだんだろう?)


 いつかギラにはぜひとも聞いてみたい。

 それ以外にも聞きたいことは沢山ある。暗黒期のことはもちろんだし、闇魔法についても何か知ってそうだとサイナスは感じていた。


(戻ったら、古文書を読み直そう。確か暗黒期について書かれたものがあったっけ)


 屋敷の二階にある自分の部屋を脳裏に浮かべ、それがどこにあったのかサイナスは思い出していた。

 あの部屋には、代々クロウ家の人間が集めた古文書、歴史書、標本などがごまんとある。うずたかく積まれたそれらを見て、兄にはよく小言を言われた。

“サイナス、そのうちにお前の死体を発掘することになりそうだ”

 眉間に皺を寄せて非難する兄に、サイナスは次男で良かったとつくづく思ったものだ。本当は兄も学問は嫌いではないはずなのに、当主という責務がのしかかっている。


(兄さんはもう少し肩の力を抜けば良いのに。って、こんなことを考えている場合じゃないか。ああ、あの音、やっぱり気になるなぁ。何かを破壊している感じだけど、まさか竜じゃないよね?)


 響きのように聞こえる音が、洞窟の壁を僅かに振動させていた。


(あれって闇魔法の使い手がしているのかな? それともギラさんが戦っているのかな。そういえば、判らない力も感じるって、ギラさん言ってたよな)


 後方の闇と入口の月光を交互に見ながら、サイナスは思いつくままに頭の中で喋り続けていた。

 今はかなり緊迫した状況なのかもしれない。なのに、なぜこんなに暢気なのかと不思議に思う。不測の事態が起こりそうな、そんな不安もあるけれど、謎が押し寄せてくるこの感じが堪らないと、サイナスは口元を再びほころばせた。

 しかし音が近づいてくるような気配で、さすがに意識を散らばらせている場合ではないと感じ始めた。洞窟内はギラに任せるとして、自分は谷の方からの侵入者を見張ろうと、渋々と注意を崖の方へと集中させる。とは言っても、クロスボウの腕前を考慮すれば、侵入者が来たら逃げるか隠れるしか手立てはないが。

 その時――。

 何か青白いものが崖の入口に現れた。意識を集中させた途端にこれだと、サイナスは小さな舌打ちをして、壁に張りつくように身を隠す。ポソポソと聞こえてくる話し声は、確かに人間のものだ。

 もしや闇魔法の使い手だろうかと思うと興味が湧いてきて、サイナスは少しだけ身を乗り出した。


「もう……力を抜…………落と……」

「だ……空…………ない…………よ」


 二つの声色が混ざり合っているようだ。つまり敵はふたりと言うことだろうか。しかも片方は女性の声にも聞こえる。

 首を傾げサイナスは、ますます身を乗り出した。


「腰の…………やらしいわ」

「そ……は意識し……だ。……はそんな…………ない」


 聞き取れない声にイライラさせられ、身を隠すことをすっかり忘れ、サイナスは見通しの良いところまでフラフラと出てきてしまっていた。

 つんざくような女の叫び声。

 同時に体中を発光させたモノが駆け寄ってきた。銀色に輝く髪が、後ろへとなびいている。その速度は尋常ならざるもので、およそ人間とは思えない。片手には細身の剣が握られていて、勢いのままに突き立てられそうだ。

 反射的にサイナスの体が動く。その瞬間、かかとが引っかかり、足元をすくわれていた。尾てい骨をしこたま打ちつける。その痛みが脳天まで到達して、目眩がする。

 激痛に耐えかねて尻を押さえて目を瞑り、そのまま尻ぺたを何度か擦ると、徐々に痛みが取れてきてくれた。

 自分の間抜け具合に呆れ、サイナスは顔を上げた。途端、訝しげに見下ろしていた人物とがっちりと目が合った。

 銀の髪をした青く光る男だ。人間外ではないと思うが、整いすぎた顔立ちがまるで作り物のように感じさせる。その上、彼の額には……。

 とりあえず突き刺されなくて良かったと、サイナスはそう思うことにした。愛想笑いを浮かべ、その気持ちを素直に口にしてみる。


「あの、ありがとうございます」

「ありがとう……?」


 困惑されるのは当たり前だ。その眉間にはやや皺が寄っている。サイナスはそんな彼がだれなのかと知りたくて、それを尋ねようとしたその矢先、男の背後から女の声が聞こえてきた。


「サイナス!?」


 駆け寄ってきた髪の長い女性には見覚えがある。

 青い光に照らされた彼女は、間違いなく数日前に会った歌姫だった。



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