3 首切りアリス
結果的に言うとフィーニスは立ち上がらなかった。既に立ち上がっていたからだ。
トイレの個室に篭り、端末からフィーニスを立ちあげようとしたら《ログインしています》と表示された。キャラ名はご丁寧に本名になっていたし。
やはりフィーニスが現実に流れてきている、という俺の仮説は間違っていなかったらしい。
次に俺がやったのは今まで集めたアイテムの確認だ。我ながら強い武器は結構持っていたので、それがあったらかなり嬉しいのだが……
「やっぱりダメか」
全てなくなっている。初期のアイテムしかない。
「さて、どうしたものか……」
フィーニスは俺の人生の全てだ。
それを顔も知らない、話した事もない他人に盗られてたまるものか。
「絶対に取り返してやる……」
フィーニスを。
俺だけの世界を。
***
秘かに決意をした後教室に戻ろうと廊下に出る。麗也にアイテムの事を伝えなくてはいけないからだ。
ふと窓の外を見る。ここからは正門がちょうど見えるのだが、
「おい、やばくないか……」
正門、っていうか塀を軽々飛び越えてこちらに来るのは小さなドラゴン――名前はコドラ――の群れだ。
群れと言っても10匹程度だが、1匹で来るスパイダーよりもかなり厄介だ。数が多いのはそれだけで驚異に成りうる。
と、
『緊急事態。怪物が校内に侵入しました。すぐに指定の教室に戻ってください……』
放送が入り、正門から校舎の間で包囲網を警察は敷き出した。でも、持っているのはただの銃。あれでは攻撃は通らない。
「待ってろ、今俺が……」
慌てて武器を装備して窓から飛ぼうとするが(ここは2階だ)、俺の出番はなかった。
「キャハハハハハハハ! やっと出てきたあたしの獲物なのですよ!!」
巨大な斧を持った女子が飛び出してきたからだ。腰まである紅い髪を振り乱し、斧でコドラの首を一閃。あの斧は紛れもなくフィーニスの初期装備の1つ、『冒険者の斧』だ。
フィーニスは最初に自分の職業を決められ、後3つまで増やすことが出来る。職業の選択次第で自分の個性を最大まで活かすことが出来るのがフィーニスの特徴だ。
職業は全部で7個あり、『剣士』『槍士』『弓士』『狂乱士』『魔術師』『医術士』『錬金術師』だ。
どれも最初から選ぶことはできるものの、操作が難しいものも中にはあるので、見栄を張って始めても、もう一度やり直す人も実際にいる。
俺の冒険者の剣は『剣士』、冒険者の斧は『狂乱士』の初期装備となる。
剣士が攻防バランスの良い職業なのに対して、狂乱士は攻撃力特化の最悪なバランスの職業だ。
一番はじめに取る職業としては完全に悪手だが……
――強い。
彼女は強い。
狂乱士の使う武器は全てが大きくて重い。なのでスピードが出ない分、技術で補わなくてはいけないのだが、それも申し分のない強さだ。
そして俺はあの動き、姿を見たことがある。
“首切りアリス”、紛れもないフィーニスで知り合いが呼ばれていた異名。
取得している職業は狂乱士ただ一つで、どんな敵でも首を一閃するだけで倒す無双の姿から、いつの間にか呼ばれていた二つ名。
フィーニスで知らぬ者はいないほどのハイランカーの1人だ。
「そうか、アリスが……」
おそらくこの街の怪物が一時的に減ったのは、彼女が一掃したからだろう。
彼女は怪物を見ると、どんなに低いレベルでも倒さないと気が済まないタチなのだ。
アリスがいるならあそこは大丈夫だろう。
後で挨拶をしに行こう、と決めて俺は一先ず教室に戻ることにした。
***
「龍、あれアリスだよな!? どうしてこんなとこにいるんだよ!」
「俺に聞かれたって知らねえよ」
教室に戻るとそこにいた人たちが皆窓の外を覗いていて、麗也は俺が戻るのを見るなり、血相変えて最前列から抜け出して来た。
視線が一瞬こちらに集中するが、すぐに窓の外に向いた。
コイツもアリスのことはもちろん知っている。
「あの制服、西嵐学園のだよな?」
「ああ、俺も驚いたよ。まさかあのアリスが西嵐の人間だなんてな」
そう、アリスは西嵐の制服のまま正門付近で無双を発揮していた。
だが、髪型は正にフィーニスでの俺たちの知り合いそのもの。
「装備できるのは分かったけど、まさかキャラメイクまでできるなんて……」
「……後で俺たちも作るか」
さっきトイレに行ったときについでに全部確かめればよかったと後悔する。いくら俺みたいな天才でも失敗する時くらいある。
と、俺たちが駄弁っている間にアリスの方が片付いたらしく、この教室を始め校舎中から歓声が聞こえてきた。
気になったので人を押しのけて外を見ると、そこにはやはりゲーム内と同じく脱力しているアリスがいた。
『狂乱士』はスイッチが入っているときは無双を誇るものの、一度気を抜いてしまうと暫く動くことができない。これは致命的な事になりかねないので、大抵は『狂乱士』はパーティを組んだ時しかモンスター退治にはいかないのだ。
「助けに行ってやるか」
「だな」
俺の上から声を掛けてきた麗也に頷き、二人で教室の陰でこそこそキャラメイクをする。
髪型、髪色はフィーニスの通りに。
じゃないとアリスを怖がらせてしまうから。
『狂乱士』みたいな強烈な職業をとっていても、モンスターを軽々倒していても、あいつはとても憶病なんだ。