2 訳が分からない
俺と同じ結論に達した人が増えたのか、他の理由があるのかは知らないが、麗也がいるスーパーに着いた時には怪物の量はだいぶ減っていた。
「おお、龍!」
スーパーの駐車場で電話をかけようと手首の端末を触ったら、影から飛び出してきたのは麗也だった。びっくりして飛び跳ねたのがバレないように言った。
「麗也! 無事で良かった」
麗也ほどのゲーマーなら現実でも大丈夫だとは思っていたが、やはり心配なものは心配だ。
「おう! お前も無事で何よりだ。銃声も聞こえてたからな」
「ああ……」
俺は物陰に麗也を誘導しながら、先ほどあった事を話して聞かせた。
「まさか防具まで装備できるなんてな……一体何が起こってるんだ」
「俺にも分からねえよ」
俺は肩をすくめた。何が起こっているのかも分からないが、もう1つ明らかにおかしい事がある。
「……なあ龍、お前ここに来るまでに何人にあった?」
「……警察官1人だけだ」
ここは東京のど真ん中だ。人が少なすぎる。
物陰から辺りを伺うが、やはりいない。
と、
「生存者を発見しました!」
後ろから聞こえた声に俺達は振り返った。
フェンスを隔てて向こうにいたのは俺達よりも少し上と思われる、パンツスーツを着た女だった。
長い黒髪を下の方で一つにまとめていて、いかにもOLと言った感じだ。
「そこにいるのは君たちだけ?」
俺達は一瞬目を合わせてから頷いた。
「そう……あなた達を安全な場所へ連れていきます。付いてきてくれますか?」
彼女は少しだけ目を伏せ、でもそんな事はなかったかのように力強く俺達に言った。
「……断る理由もないですし、いいですよ」
返事をした麗也に同意し、彼女についていくことにした。
***
「ってかここ」
「だよな……」
どう見ても俺達が通っている高校だ。
私立西嵐学園。偏差値はそこそこ高いし敷地も広いものの、専門的なコースが多いから学生はそこまで多くないのが特徴だ。
俺や麗也は普通科だけど。
「もしかして君達の学校だった?」
「……はい」
「もしかして緊張してるの?」
この女は決まりなのか、道中一言も説明をしなかった。おかげで名前も知らねえ。
警戒が解けるわけがない。
「俺達、あんたの名前も知らないんっすけど……」
言外にそう言うと、
「え、あっ!自己紹介してなかったっけ!?」
……前言撤回。こいつは馬鹿なだけだ。
「私は佐野夢子。警察の人間よ」
まだ警察に入りたての新人なんだけどね、と笑うこいつはやはりまぬけ顔だ。隣を歩く麗也も似たような俺と同じ心境なのが伝わってくる。
校舎に入ると、靴は脱がなくて良いと言われた。なんでも、すぐに動けるようにだとか何とか。
俺達が連れていかれたのは教室だった。
年齢に関係なく人がいる教室は奇妙だ。
佐野夢子……佐野さんは仕事があるからとどこかへ行ってしまった。
適当に2つ並んでいる席についたところで、教室のテレビがついた。
写っていたのはいかにもお偉いさん、といったところか。
『皆さん、初めまして。警察庁の堤光太郎です。現在東京では突然現れた塔、そして怪物によって人々は混乱に陥れられています。よって我々は……』
警察は今後の方針を俺達に語った。さっき俺が会った警察は交番勤務で、この状況に対応できていなかっただけようだ。
中継が切れ、教室がざわめきを取り戻す。
「おい龍、さっきの話おかしくないか?」
俺達も例に漏れず話し出した。
「だよな……」
さっき堤とかいう警察官は『理由ははっきりしないが怪物が一時的に減った』と言った。ゲームでモンスターが減るのなんて、狩り過ぎたときだけだ。
「誰かがこっそりモンスターを狩ってるのか?」
「だとしても言わないなんて、動機が分かんねえだろ」
そしてもう1つは、
「警察ってなんなの。こぞってゲームやっちゃいけない規則でもあるわけ?」
フィーニスは人気ゲームだ。
俺達のクラスにもプレイしている奴はたくさんいた。
「それは俺も思ったが……俺はお前が1発であの塔がフィーニス・タワーだと気づいた方が驚いた」
「……は?」
麗也は何を言っている。そんなもの、あのゲームをやってる奴は皆分かる――
「ゲーム内のあのタワーは攻略した階だけ霧が晴れる仕様で、誰も全景なんか見てないじゃないか」
血の気が引くとはこのことだ。
そうだ、『フィーニス・タワー』はβテストの時からタワーの全貌を見せたことはない。
フィーニスは、タワーに住む魔物が世界を征服していて、抗うために戦う物語だ。
中立地点の街以外では魔物が闊歩し、タワーにはその階のボスの僕がいる。
タワーは階が進む度に強いボスがいて、そのフロアのボスを倒すとそこまでの霧が晴れる、といった仕様だ。
今フィーニスで倒されているのは15階まで。
そこまでしかタワーは見えないのだ。
どんなボスがいるのかも分からないし、何階まであるのかも分からない。
そんな状態で、塔を見ただけで『フィーニス・タワー』だと分かる俺の方が異常なのだ。
「いや、下の方に見覚えがあったからさ。上は分からなくても、な」
我ながら微妙な言い訳だとも思ったが、麗也は納得してくれた。コイツは友達の鑑だな。
俺はトイレに行ってくると言って席を立った。
急に立ち上がった俺に視線が集まるが無視だ。
そんなことよりも、確かめなければいけないことがある。
あのゲームが、『フィーニス・タワー』が作動するのかどうかを。