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目が覚めたケインが最初に見たものは、ローズの笑顔だった。
「良かった、目が覚めて。半日も眠ってて、心配したんだからね」
ケインは医療室のベッドの上だった。多くの返り血などを浴びていた服も着替えてあって、右目には眼帯が包帯で巻かれていた。
「ありがとう、ローズ」
フリシアはローズがケインと話をしているのが聞こえて顔を出した。
「お二人さん、ラブラブなのは分かったから、そこまでにしておいて、ケインに言っておきたいことがあるの。あと、聞きたいこともね」
フリシアはベッドの側にあった椅子に座った。
「まずは、私から言うわね。その右目の傷、瞼をこう切られてて」
フリシアはケインがどう切られていたか示した。
「血も入ってなかったみたいだし、すぐに傷口も塞がると思うの。でも、少しだけ右目の視力がおちてるの。多分、切られた衝撃とかのせいだと思うわ。体の異常もなかったしね。あと、妖怪たちのことなんだけど、ローズを襲った妖怪は死んでいたんだけど、残りの妖怪たちは死んでなかったわ。完全に殺される前に、死んだふりでもしてたんでしょうね。ちゃんと治療もしたし、詳しい事はあとで聞くそうよ。それで、あなたに聞くことがあるの」
「あの時、何があったのか、ですよね」
フリシアは頷いた。すると、ローズは立ち上がって言った。
「フリシア、ちょっとカルテ借りてっていい?」
「まあ言う事は言ったからいいけど、他の人には見せちゃだめよ」
「分かってるって」
「どうするの?この話、ローズも聞きたかったことじゃなかったの?」
「あとでね。いいこと思いついたの」
ローズは医療室から出ていった。
フリシアはケインの方に向き直した。
「覚えてる?」
「ちゃんと覚えてるよ」
ケインはゆっくり話し始めた。
「男の声が聞こえて、行ってみると、ローズが血だらけになってて、それを見たら……」
「スイッチが入った?」
「多分。それであいつを切って……」
「感情とかあった?」
「何も。ただあいつを殺さなきゃって思ってた。それからローズの腕から毒を吸い取って、まだ他のやつらがいる。だから…」
「殺しに行ったというわけね」
「まだあいつらは生きている。だから…殺しに行かなきゃって。それで、戦っている時に避けきるのが遅くて、右目を切られた。それでもやらなきゃいけないっていう気持ちがあって……」
少し息が上ってきたケインをフリシアは止めた。
「もういいわケイン。ごめんなさいね、無理に言わせて。あなたも闘ってるのよね。自分の心と」
「変わった自分も、今の自分の一部だって分かってし、受け止めたい。それに、ローズといると落ち着くんだ。いいやつなんだ。僕のことを分かろうとしてくれる。大切な人なんだ。だから守ろうとして……でも、こんな結果になってしまった」
「すべてがあなたのせいじゃないわ。自分を責めることはないわ。ケインだって少しずつ変わろうとしてるし、変わっている。それでいいと思うの」
「ありがとう。気が楽になったよ、フリシア」
「どういたしまして」
フリシアが立ち上がろうとした時に、ドアが開いた。そこにはローズがいて、手に持っていた物をケインに投げた。
小さな物だったが、ケインはそれを左手で受け取った。
手を開くとそれは片目の眼鏡だった。
「フリシア、カルテ、ありがとう」
ローズは、フリシアにお礼を言って、カルテを返した。
「フリシアがケインの右目の視力がおちたって言ってたでしょ。それで、早速眼鏡を作ってもらってきたの」
「それでカルテを持ち出したのね」
「借りたのよ」
二人は少しふざけ合っていた。ケインはその会話を聞いて、笑いを堪えていた。
(ローズとフリシアもいいパートナーになりそうだ)
それからというもののケインは、傷が治って、視力が戻っても、伊達の同じ眼鏡を今もかけている。
――いつまでもこの気持ちを忘れないために――
そして周りでは、ケインが勇敢に妖怪と戦ったというだけが知らされ、有名となった。
二人は現在、十九歳。ローズは、フリシアの助手として、ケインは、剣士としての力が認められて、ナルティノの姫であるティナ・ローレンスの教育係として城で活躍している。
――家族、友達、友人、信じ合える人、愛する人、そういう人たちがいるからこそ、僕は前を向いて歩いていける――