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二人は急いで国王が言っていたヘルムの森の中へと入って行った。急いで走ってきた二人だが、ゆっくりと息を元どおりに戻して、辺りを見回した。
枝と枝の間からは、太陽の光が差し込み、静けさに包まれていた。
小動物がいない。妖怪がいるのは間違いないようだ。
二人は視界が広くなった所で立ち止まった。
「いるわね、結構」
「そうですね。多いとも言えないし、少ないとも言えないほどに……」
「それはどれだけの人数なのかしら?ケイン君」
その言葉をきっかけに話は途切れ、二人は背を合わせた。
最初にローズが言葉を発した。
「隠れていないで出てきたらどう?相手ぐらいはしてあげてもいいけど?」
一瞬、周りがざわついた、と思うと、木々の枝に、十数人の妖怪らしき影が見えた。
そして、枝から飛び降りてきて、姿を現した。
「オレたちを呼んだかい?お嬢さん」
「多分そうでしょうね。あなたがこの中のボス的存在ってところかしら?」
ローズをお嬢さんと言ったのは、一見人間でも妖怪と分かった。耳が尖っていたからだ。 この男の周りにも同じような者がいた。
ローズが男の返事を待とうとしたが、その前に剣が飛んできた。
剣と剣が重なる音がする。
ローズは男の剣を自分の剣で防いだ。
「そういう感じかな。で、オレたちとやってくれるとは嬉しいねー。あんたは、オレが相手してやるぜ」
男は少し離れてから、また、ローズに牙を向いた。
ローズはそれを防ぎながらも後ろに流されていることに気がついた。
「ケイン、……大丈夫?」
だが、ケインからの返事は返ってこなかった。
「これはあなたたちの計画どおりってわけ?」
だんだん手が疲れてきた。一撃一撃、重くのしかかるようだった。
ローズが聞いたにもかかわらず、男は、オレには何も聞こえなかったぜと言うように、他の話をしてきた。
「その髪、けっこう伸ばしてるみたいだな。せっかくだからオレが切ってやってもいいぜ。邪魔だろう。剣士にとっちゃ」
「……勝手に決めないでくれる!」
ローズは男を剣で後ろに押し返したが、女の力で男の腕力に勝てるわけでもなく。
「その剣、……邪魔だな……」
男はローズの剣を軽々と払いのけた。
この一言で空気が一転した。
剣はローズの手から離れて、一メートルほどのところに突き刺さった。
「これで邪魔な物はないな。……ということで、死んでもらうよ!」
男の剣がローズを切った。斜めへと。
「……っっ!」
ローズは切られる前にどこが狙われているのかが分かっていたらしく、その場所を腕で守っていた。
腕からはドクドクと血が滴れて、顔や服にも血が飛び散っていた。
「堪えたんだな。相棒さんに気づかれないように。いい心がけだな。でも、よくあんたの首を切ろうとしていたのが分かったな」
ローズは腕を抱えながら、木を背にして、座った。
この男が自分の首を切るのが分かったのは、一番殺すのに手っ取り早いからだ。だが、流れる血が多すぎる。腕を切るだけではこんなに多くの血が流れる筈がない。
「まさか!!」
「そう、首を切るのは基本的だが、こういう時のために毒を塗ってあるのさ。微量でも鯨ぐらいは動けなくするんだが、…少しは慣れてるようだな」
ローズの体は少しずつだが、毒が効いてきたらしく、息が荒くなり、体が酸素を求めていた。それに早々立つことも無理だろう。
「そうだ。折角だから、さっき予告していた髪を切ってやるよ。記念にもなるからな」
男はローズの髪を無理やり掴んで切ろうとしたが、出来なかった。
男の顔の近くに剣があったからだ。
男は動けなかった。
後ろには、さっきまでいなかったケインが、見覚えのある剣を持って、立っていた。
「死ぬのは……、君だよ」
ケインの少し不気味な笑みが見えた。ケインはためらいもなく男の首を切った。
ローズは目をつぶるしかできなかった。
ケインはローズに近づいて、言った。
「ローズ、傷を見せて」
ケインは座って、ローズの腕を持って、顔を近づけた。唇を傷口につけて、毒を吸い取り、吐いた。ケインは数秒それを続けた。
ケインは自分の口のまわりに付いている血を袖で拭い、反対の袖を引きちぎって、ローズの腕の傷口を袖で固く結んだ。
「これで大丈夫だと思うよ。血も止まるだろうから…」
ケインは立ちながら言った。
「ちょっと行ってくるね、ローズ」
ケインは森の奥へと入っていった。
ローズは嫌な予感がした。行ってくると言ったケインの目は冷血で、本当のケインではなかったからだ。
「本当にヤバイ。ケインが冷血少年に変わっちゃたよ、……二年ぐらいはなかったんだけどな。さっきスイッチが入ったみたいだし、戻ってきたら、喝を入れてやらなきゃね」
元気そうに振舞っていても、ローズは眠気に襲われていた。でも、すぐに目が覚めた。声が聞こえたからだ。聞きたくない叫び声が。 しかし、そこにはケインの声は聞こえなかった。
ケインは何かのきっかけでスイッチが入って、こうなると言っていた。その時の記憶もあるらしい。だけど、自分にはどうすることもできない。ケインはそんな自分を受け止めていた。この姿も自分だと。だから、ケインは自分を嫌いにはなれなかった。 こんな気持ちがなかったら、今の自分はどうなっていただろうねと言っていたものだ。ローズはケインとパートナーとなってよかったと思っている。それに、ローズといるようになってから、少なくなっているとも言っていた。その言葉が嬉しかった。
何分か経って叫び声も聞こえなくなった。前を見ていると、ズルズルと剣を引きずって、ケインが戻ってきた。多くの血を浴びて。
ケインはローズに近づいて、言った。
「僕が君を殺そうとしたら、……君は……を殺すかい?」
ローズは黙ったまま、木を手で押して立ち上がった。突然、ローズは、ケインの左頬をおもいっきり叩いた。
ローズは一息ついてから、言った。
「その前に私を殺せるかしら?ケイン君」
ケインは少し間をあけて、言った。
「無理だろうね……」
ローズはケインの顔を見て、ため息混じりで息を吐いた。
「元に戻ったみたいね」
「おかげさまで」
「でも、頬痛かったでしょ。おもいっきり叩いちゃったし、ごめんね」
「それが効いたんだよ。――愛の力ってね」
「なっっ!何言って……」
二人は、恋人同士である。ローズは照れくさそうに聞いていたが、ケインは普通だった。
「ケイン…その右目の傷、どうしたの?一応叩く時、左にしておいたけど」
ローズが傷口の辺りを触ろうとしたら、声が聞こえた。
「ローズ、傷に触っちゃだめよ」
ローズは手を戻した。声の主は、城の医療室の医師であるフリシアだった。フリシア・ヒムは白衣を着ていて、ローズと同じような髪の長さで、太陽に照らすとキラキラと輝く金髪だった。
「フリシア、どうしてここに?」
「どうしてって、情報屋さんとかに、ローズたちが戦ってて、二人ともヤバイって聞いて、他の医師たちも連れてここに来たってわけ」
「情報屋って精霊?」
「そういうこと。さあローズ、あなたはこっちでちゃんとフリシア特製の毒消しの薬を飲んで、安静にしてなさい。私はケインの傷を診てくるから。ローズは心配しなくても大丈夫だからね」
フリシアは薬をローズに渡してから、ケインの傷を診に行った。フリシアの的確な指示によって、二人は城に帰った。
そして、妖怪たちも回収された。