天使長と神の欠片
どーにかこーにか日和おねーちゃんをごまかした次の日、ミカエルは何も知らないのんきな顔でやってきた。
「…裏切り者」
「は?なんだよいきなり」
一人のほほんとしやがって!僕の昨日の心労を、最後の茶番劇に対する感想を、そのままこいつにぶつけてやりたい。
そんな八つ当たりの視線を投げかける僕に関わっても時間の無駄と判断したのか、ミカエルは出迎えた僕を放ってさっさと家の中に入っていった。
っとと、僕もそんな無駄なことに時間を費やしてられないんだった。
「ルシファー、ミカエルー。僕もう出るからねー」
お昼ごはんは適当に済ませてー。
「うむ、承知した」
「何だお前、どっか行くのか」
「この格好見ればわかるだろ?」
スカートがひらり。ブラウスふわふわ。どこからどう見ても、平々凡々高校生(女子)の夏服である。
「登校日なの」
「トウコウビ?」
「ミカエルは下界の事情に疎いの」
「申し訳ありません、兄上様」
生真面目にルシファーに対し謝罪するミカエル。よいよい、これから学べばよいのじゃなどと、いい兄っぷりを発揮するルシファー。この兄弟の奇妙なやり取りにも、大分慣れたな。
ミカエルが視線を、頭のてっぺんからつま先までさっと走らせる。でもって一言。
「似合わねーな」
失礼な、けど僕も同感だよ。
「自覚はあるっての。でもさー、これじゃないといろいろ問題なんだよな…」
自分が中性的な容姿であることは自覚している。っていうか男の子に見えることは知ってる。じゃなきゃわざわざ一人称に“僕”を使うもんか。
本当はズボンのほうが似合うし、最近では女子だってズボンをはくことが許されてる、許されてるんだけどさ…。
「ズボンはいてると、女の子から告白されるんだ…」
バレンタインのチョコの数とか、ほんっとすごいんだぞ。男子から羨望と嫉妬の眼差しが飛んで来るんだぞ。女の子なのに一応!
ルシファーは僕の言葉にけらけらと笑う。
「そりゃ、巡の中にある神の欠片のせいじゃな」
「神の欠片?」
なにそれ初耳。
「神の欠片はの、人間やら動物やら、ありとあらゆるものに宿りまくっとるものじゃ。その欠片を持つ命はありとあらゆる不幸から守られるという。わしを呼び出せたのも、その欠片のおかげじゃろう」
「…そんな気配、全く感じ取れませんが」
「力としてはほんのちびっとじゃからの。大体百年に一人の割合で、欠片は与えられとるはずじゃ」
多いんだか少ないんだか。
「巡の容姿が美少年なのも、それのせいじゃろうな。おなごならばおのこのように、おのこならばおなごのように、神の欠片を持つ人間は成長していくという。体が中性を保つのじゃ」
へー。…へぇ。
そうか、僕の容姿には、そんな理由があったのか…。
「…天使は無性だしな、お前が男だろうと女だろうとあんま関係ねー」
「ミカエルはあからさまに男性って言うか、チンピラだけど」
「うるせーよ。ほら、出かけるんだろうがさっさと行け」
「…おー」
行ってきまーす、声をかけると、行ってらっしゃいと声がする。律儀な兄弟め。
時計はすでにギリギリの時刻を指している。けれど何故だか走る気にはなれず、僕はこの日遅刻した。
「…兄上様」
「なんじゃ」
「アイツ、途中からおかしかったですね」
「そうじゃな。ミカエル、気になるのか?」
「気に…なるって言うか、なんていったらいいのか」
「ソコは素直に気になる、でいいのじゃ」
「はい兄上様」
「…しかし、理由はわからんの」
「わかりませんね」
「せっかくミカエルが気遣って、『男だろうが女だろうが関係ない』とフォローしたのに、チンピラ扱いで返されたの」
「…本当に、失礼なやつですね」
「ふふ…その失礼なやつを、存外気に入っとるのはどこの誰かの」
「さー、どこぞの誰だか知りませんが、酔狂なやつもいたものですね。…兄上様、俺そろそろお暇させていただきます。天界でガブリエルが仕事を降らせようと待ち構えているので」
「うむ、ファイトじゃ」
「では、行って参ります」