天使長と夏休み
「あ、ミカエル」
「おう」
暑い暑いとうめきながら庭先に水をまいていると、金の髪が輝きまくって眩しい天使が歩いてくる。
七月も終わりかけ、夏休み到来な今日この頃、例のブラコン天使はすっかり我が家の常連さんとなっていた。
二度目の訪問以降ルシファーのために持ってきている、加減を知らない贈り物の数々は、こっそりと僕のとこにも横流しされている。当然、ミカエルにはナイショだ。…それに伴い朝ごはんがプリン1個って日があるのは、従姉のおねーちゃんにはナイショだ。
初訪問時窓をぶち破ってくれたこのチンピラ天使も、ルシファーに何かいわれたらしく、今ではきちんと玄関からやってくるようになった。っていうか、基本は礼儀正しいんだろうなこの人。態度がチンピラなだけで。
「なに、天使長って暇なの」
「アホ、サボりに決まってんだろ」
決まってるのか天使長。チンピラっていうかもう、不良だなぁ。
「ってもなー、最近ちょっとサボりすぎたからな。今日はすぐに戻らねぇと」
「あ、やっぱり怒られるんだ」
「ガブリエルのやつにな。両手両足拘束されて、仕事終わるまで動けなくなる」
「…その状態で仕事、できるんだ」
天使のお仕事って謎。
それはそれとして、ミカエル君に残念なお知らせが一つ。
「せっかく来たとこ悪いんだけどさ、ルシファーさっきお昼寝するって」
起こす?どこにいるかわからないけど、呼べば多分聞こえると思うんだ。
提案するとミカエル、勢いよく首を横に振った。ぶんぶんぶん、髪がうねって風を切る。
「アホか!兄上様の午睡の邪魔をしてみろ、堕天するぞ!俺が!」
お前がかよ。
けれど本人はいたって真面目な表情だったので、まぁそんなこともあるんだろうなと納得することにした。
今日のお土産はロールケーキだった。どこかのデパートのものらしく、コンビニスイーツを大量に買い込んでくるこの天使にしては、珍しく常識の範囲内のサイズだ。ルシファーといいミカエルといい、日本円など持ってないはずのこの兄弟、果てさてどうやってこれらのものを入手してんだか。…考えたら負けだと思うんだ、うん。
忙しいはずの天使長は、目当ての兄上様が寝ているというのに何故か家の中に入ってきた。さっさと帰って仕事しろよ。口には出さないけど。
「…」
「…」
っていうか、だから話題がないんだって!ルシファーが絡まないと話題が、全く、ぜんぜん、これっっぽっちも、ないんだって!
同じくらい気まずさを感じていてもいいはずのミカエルは、じっとこちらを見て黙っている。言いたいことがあるならいってくださいお願いだから!
あーやっぱりこいつ苦手だ。まだガブリエルとかウリエルとか、あの下っ端天使たちのほうが話しかけやすい。
起きてくれよルシファー、今の願いはそれだけだよ、悪魔の癖に平和に寝こけやがって畜生うらやましいな。
ロールケーキを冷蔵庫にしまいながら、あれこれ切り分けて出したほうがいいのか?いやこれはルシファーにって持ってきたものだし、ならせめてお茶くらいは出すべきか、でも困った麦茶しかねーよ、様々に意識を飛ばしていると。
「…おい」
「ふぇ?」
不意打ち気味に一声。見ると何かを決意したような表情で、ミカエルが僕を見おろしていた。…近くに立たれると身長差すごいな…。
そうして険しい顔して切り出したのは、予想範囲内といえば、範囲内の話題で。
「兄上様の話しを、しろ」
さすがブラコン脅威のブラコン、けれどこのときの僕はそれ以上に、沈黙のほうが嫌だった。
結果としてこの日は、ルシファーについて一方的に延々と語る僕と静かに聴き続けるミカエルという、謎の構図が発生して終了した。
さて、時は飛んで八月。
ミカエルという天使に対し、ここ二週間ほどでわかったことが一つある。
なんというか、ものっすごく、間が悪い。
結構頻繁に家に来るのに、三回に二回はルシファーお昼寝中。ルシファーのお昼寝時間は固定されていないにもかかわらず、なんて確率。(そしてルシファーは寝すぎだと思う)
必然、ルシファーを語る会(僕命名。基本は僕が話し手だが、時々ミカエルがルシファーについて語って超暴走する)は頻繁に行われることになる。
慣れとは恐ろしいもので、苦手意識は大分軽減された。話題がないのは相変わらずだが、結局は沈黙のほうに慣れた。
「へー、ルシファーって偉いんだね」
「当たり前だ。天界だろうと地獄界だろうと、兄上様は偉いに決まってんだろ」
ミカエルはよく笑った。尊敬するルシファーのことを話している間だけは、表情をくるくる変えて声を上げて笑った。…それ以外の話題、例えば自分のことを話すときなんかは、ほぼ無表情なのだと気がついたのはここ数日だ。
…それに気づいたからってなに?って感じではあるが…。
「…兄上様がいなくなってから、天使長の位を与えられて」
ミカエルはどこか遠くをみている。コレはきっと、独り言だ。
「兄上様がいた場所で、代わりの役目を押し付けられて、戸惑ったり迷ったりしたのに、いつの間にか違和感を忘れてたんだ」
「…ふうん」
時々ミカエルはこんな風になる。人間で言うストレスを、この天使も感じているのだろう、吐き出す場所を求めているのだろう。きっと。
僕が聞くことで軽減されるのかどうかはわからないが、いいたいのなら言わせてやろうという気になっていた。プリンとかロールケーキの恩もあったし。
「天使長って立場に、意味なんてなかった。仕事に意味なんてなかった。でも」
兄上様が、偉いと褒めてくれたから。
「…もうちょっと、天使長やってみるぜ。堕天せずに」
「おー。ルシファーもそっちのが喜ぶと思う…って、お前」
この間の、午睡を邪魔したら俺が堕天するって話し、もしかして超本気だったのか?
…いや、流石にこのタイミングでこの発言はないよなー。いかんいかん、どうもミカエルに大しては空気読めない発言失言が多い気がするぞ僕。
「…ま、頑張るといいさ。無理のない範囲で」
そうして無難な言葉を選び、無難に会話をし、だらだらと交友を深めた気分になっていくのだった。