(堕)天使はドコ?
「…」
「…」
「……」
「……」
ああっもう、面倒くさ!
人がせっかくやりたくもない宿題をしているというのに、何だこの視線、何だこの天使長!さっさと天界帰れ!
…いってやりたいのにいえないのは、僕がただの一般人であるからです。
結局ルシファーに会って壊れたミカエル(壊れたとしか表しようがない)は、ガブリエルとウリエルが帰った後もしばらくそこにいた。何故か僕の部屋に、ずっと。
帰る間際の、ガブリエルの言葉が頭の中で再生される。
『多分ミカエル、恥ずかしさのあまり脳内でのた打ち回っているのでしょう。アレだけ思い切り壊れといて、いっちょまえに羞恥心だけはあるのですよ』
楽しそうに含み笑うガブリエル。どうやらルシファーとミカエルをあわせないようにした理由は、ミカエルをこの状態にしたくなかったかららしい。
『天使長の壊れた姿など見たら、下級天使たちから馬鹿にされてしまうでしょう?』
あの人はあの人で、割とまともな『あわせたくない理由』があったようだった。変な人だと思ってごめんなさい。変だけどね。しかも後半思い切り楽しんでたけどね。
そんなガブリエルは、ウリエルと共に壊れたミカエルを見てしまった下級天使たちの『対処』にあたるのだと言う。あの天使たちの明日はどっちだ、強く生きろよ。
周りがそんな気遣いをしてくれているとは全く思ってもいないミカエルは、依然魂を飛ばしたまま黙り込んでいた。
っていうか。
ルシファーどこ行ったぁぁ!
気まずいだろ!弟だろ!放置しないで!僕の自室においてかないで!
沈黙が痛くて宿題なんか始めちゃったけど、本当はゴロゴロしたいんだよ!でも初対面の天使の前でゴロゴロとか、ミカエルを自室に置いて他の部屋で休むってのもおかしいだろ状況的に。
ルシファーがいなくなってから、不自然なくらい喋らないしこいつ!何度か話しかけたけど、黙り込んだままだし!
もう本当どうにかなんないかな、心の中でぐちぐち言っていると。
「…おい」
「へ?」
ようやく復活したのか、あちらから話しかけてきた。
「お前、今日のことは忘れろ」
今日のこと──今日の、こと。
「って、ミカエルが超絶ブラコンでルシファーにメロメロ、ってことを?」
「っ!お前!」
ミカエルの顔がまた赤くなった。うん、僕、今の発言はちょっとねーわ。空気読めてねーわ。いっちゃったモンは仕方ないけどさ。
「いいから!わ、す、れ、ろっ!」
「って、てて、ちょ、こめかみ痛い、それは痛い、ぐりぐり超いったい!」
離せってばもう!
叫べば顔を真っ赤にしたミカエルと視線が合う。すっとその瞳が細められ、うめくような声音でいう。
「殴れば記憶飛ぶか…?」
「ぼ、暴力反対!」
不思議パワーとか剣よりはマシだけど、拳骨が痛くないわけがない!
「何お馬鹿なこといっているのだ」
ため息と共に、ミカエルの手がはずされた。はずしてくれたのは、一度帰ったはずのウリエル。
「あちらでの、下級天使たちに対する処置は終わったぞ。ガブリエルが念入りに口止めしていた。お前も早く帰って来い」
ガブリエルがいい笑顔で仕事を降らせる準備をしていたぞ、ウリエルが付け加える。仕事を滝のように降らせるところは千年前から変わっていないらしかった。
「…俺はもうちょい下界に」
「駄目だ。お前を連れて帰らないと、私がガブリエルに三枚に下ろされる」
…ガブリエル、実は一番強いんじゃないか?
「うっせー、俺に指図すんじゃねー」
先ほどまではチンピラにしか見えなかったミカエルだが、あの壊れブラコンっぷりを見てからだと、ちっちゃい子が生意気言っているようにしか見えない。
外見がちびっ子な兄と、中身がちびっ子な弟。そんな二人は今と昔の、天使たちの長。
大丈夫か天使。大丈夫か天界。
「戻ってやればいいのに」
口出すことではないとはいえ、いわずにはいられない。独り言のようなその声を、ミカエルは律儀に拾い上げた。
「何も知らねぇ癖に」
俺がどれだけ会いたかったのか。
一度ばれたためかブラコンを自重する気がないようで、ミカエルは吐き捨てる。
ふーん、会いたかった、な。
「じゃ、今日は帰ってから、また会いに来ればいいだろ」
「…」
「ルシファーだって楽しそうだったし。お前が帰らなかったら仕事の面で、他の天使たちが困るんだろ?ルシファー、お前が天使長やってるのが本当に誇らしいって、そういってたからさ」
必要としてくれる人がいるくせに。
多分僕の口調は尖っていたと思う。わかってる、これは八つ当たりだ。僻みだ。ミカエルにぶつけたって、どうにもならない。
「仕事して、責任果たして、それから会いに来ればいいだろ」
堂々と、胸を張って。そのほうがルシファーだって喜ぶんだから。
僕の言葉に納得したわけではないだろうが、苦い表情のまま、ミカエルは立ち上がった。そのままぶわぁさ、っと、でかいでかい羽を広げる。
ちょ、ここ、室内。
「いくぞ、ウリエル」
「…わかった」
そうしてミカエルは自分が壊した窓から颯爽と飛び立っていった。あの分なら明日か、そうじゃなくても近い内に、絶対来るだろうなぁ…ま、賑やかでいいんだけどさ。
「あれ、ミカエルは帰ってしまったのか?」
「ドコいってたの、ルシファー。今帰ったとこだよ…」
見ればコンビニの袋を手にしたルシファーが、部屋の入り口に立っていた。遅いよ。
「プリンをな、ミカエルにも是非教えてやりたかったじゃが…手に入れるのにいささか時間がかかってな」
「…どうやって手に入れたの、それ」
ルシファーが日本円を持っているわけがない。まさか。
そんな考えとは裏腹に、ルシファーはあっさりと笑った。
「旧知の者に連絡入れて、買ってきてもらったのじゃ」
…いや、僕に言えよ…。
2日後、ミカエルはやってきた。
ドコで聞きつけて手に入れたのかは知らないが、コンビニのプリンを大量に持って。
「流石はミカエルじゃ」
「喜んでもらえてよかったです」
「買い込みすぎだろ…」
呆れる僕の目の前で、ルシファーは首を捻った。
「巡も好きじゃろう、コレ」
「好きだけどさー」
「メグリ?」
ミカエル、兄の真似(自覚的にか無意識にか)をして首を捻る。僕、ハイっと手を上げる。
「僕の名前ですー」
「なんじゃ、名乗っとらんかったのか」
「そんな隙はなかったよ」
っていうかミカエルのほうには、僕に対する興味なんてこれっぽっちもないだろうし。
「駄目じゃなー、ミカエル。可愛らしいおなごにあったら名前を訊くのは礼儀じゃぞ」
「それおじさんか、ちゃらい軟派男みたいな発言だけどわかってる?」
「………おなご?」
ハイ。僕はもう一度手を上げた。