(堕)天使と弟と僕 後編
「ミカエルではないか」
まずい、この二人(片方堕天使、片方大天使だけど)を会わせないようにしてたのに。だっていくらルシファーがアホの子だからって、ミカエルに罵倒されたら傷つくに決まってる!
だというのにアホの子ルシファー、気軽に片手を上げて「よっ」と挨拶。ああもうミカエルのほう見られない。なんか怖い。
「久しいな、千年ぶりじゃったかの。あれ一億年ぶりだったっけ?」
自分の数倍背丈のあるミカエルと目を合わせるため、ルシファーはよいしょと僕の机に腰掛けた。
「ルシ、ファー…?」
ミカエルは呆然と呟いた。
その名前はおそらくは永く禁忌だった。ミカエルに対する、絶対禁忌。ちらりと名前を出しただけでもブスくれるのに、その相手が目の前にいるとなれば一体どうなることやら。
けれどルシファー、固まっているミカエルなんて気にしちゃあいない。一方的にけらけら、笑いかけて話しかける。
「とにかく、大きくなったな。昔はわしの服の裾掴んで、よちよちついてきおったのに。今では天使長か。偉いのー」
空気を読まない堕天使様は、よっこらせとその小さな黒い羽を出すと、パタパタと羽ばたかせた。ふわりと浮かぶ、小さな身体。
「偉い子は褒めてやらんとの。頑張ったの」
小さな手は、その手触りのいい金の髪に優しく触れる。
「ミカエルは、いい子じゃ」
いいこいいこ。あのミカエルが。天界一の俺様天使長様(多分)が。ちびっ子堕天使ルシファーに。いいこいいこ。
「…っ」
そこまでされてようやく現実に認識が追いついてきたのか、どこかボーっとしていたミカエルの瞳が急に焦点を結ぶ。目の前をパタパタ飛ぶ、小さな子ども姿の兄と、しっかり視線を合わせてさらに笑いかけられて。
「あ、に…上様」
真っ赤になりながら、呼んだ。
…。
……。
………え、
(兄上様ぁ!?)
叫びそうになった僕の口を、咄嗟に押さえてくれたのはガブリエル。
グッジョブありがと思わず叫ぶとこでした。
(お静かに!今叫んだらミカエル、恥ずかしさのあまり終末のラッパ吹きますよ!世界終わりますよ!)
照れ隠しで世界終わらすなよ。いやその突っ込みはともかく。
「相変わらず綺麗な金よの。手触りも申し分ない」
「は、恥ずかしいです。お離しください」
「うん?そうか…そうじゃの、大きくなったのだからいいこいいこはなかったの。すまん、わしの配慮が足りなんだ」
「いえ!謝っていただくほどでは!」
「代わりに何か、して欲しいことはあるか?今のわしはこんななりをしておるが、お主の兄だからの。成長した弟を褒めたくて仕方がない」
「そのお言葉だけで十分です、兄上様」
はにかむように笑うミカエル。いつもの能天気な笑顔のルシファー。
あれなんだろ、ミカエルのバックに花が…お花が飛んでる。なんっかほわほわしてる。ミカエルなのに!
傍若無人で俺様で、隠し事をした部下を容赦なく締め上げる悪魔のような大天使はどこに行った!
(…むしろあれが、ミカエルの本質だ)
いつの間にか背後に来ていた、苦労人ウリエルがこっそりと呟く。
本質。アレが。ミカエルの。
つまりはブラコンってことですか。するってえとなんだ、今までの数々のルシファー批判は…照れの裏返し?ただのツンデレ?
「なんだそりゃ…」
呟いた言葉はそれなりの大きさだったものの、目の前のルシファーでいっぱいいっぱいのミカエルには全くもって届かない。
「元気そうじゃが、身体には気をつけておるか?変なものばかり食っとらんじゃろうな」
「大丈夫です、兄上様がいたころと変わらない食生活を心がけています」
「そうか。天使長は激務だからの。ミカエルならば心配はいらんと思うのだが、兄としては無用な気遣いばかりしてしまう。無理はせず、周囲の者の手を借りるのもまた仕事の内じゃぞ」
「ご助言ありがとうございます!参考にします!」
素直。超素直。さっきまでのチンピラっぷりなど、どこをどう探しても見つかりそうにない。窓の外の下級天使どもがドン引きしているが、それはもう仕方ないとして。
(あれ大丈夫なの。いきなり我に返ってさっきまでのミカエルに戻ったりしない?)
そしたらガブリエルとウリエル、ルシファー以外は全部天に召されるのではないだろうか。僕も一緒に。
こそこそささやいた僕に、ガブリエルがこそこそと返す。
(大丈夫です、あのテンパリ具合なら、ルシファーがいなくなってもしばらくほわほわしてます)
その言葉と、隣のウリエルが大きく頷いたのを見て、ひとまず安心した。
(…俺は下級天使を天界に避難させておく。この場は任せたぞ)
(任されました)
その言葉とともに苦労人気遣い天使、退場。
残されたのは僕とガブリエル、あとはルシファー・ミカエルの(堕)天使兄弟のみ。いやここ僕んちなんですけどね!
っていうか、一瞬でも身構えて損したよ!