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(堕)天使と“僕”  作者: 水住うゆに
(堕)天使と天使と“僕”の話
2/19

(堕)天使と天使

あの雨の日から、あっという間に3日経った。その間の生活は特に変化なく、僕にとっちゃ会話の相手が増えただけ、という感じだ。

けれどそんな穏やかに行くわけもなかったと、僕はようやく実感したのだった。

「見つけたぞ!天使の名を汚した堕天使め!」

わー天使だー、背中に羽が生えた、いかにもな天使だー。しかも3人(3天使?)もいる。

っていうか何僕んちにずかずか入って来てんの。

「堕天使ルシファー、我らが天使長ミカエル様の兄でありながら、神にそむき堕天した愚かな悪魔」

「ミカエル様は必死に貴様を探しているようだが…まさかこんなところに潜んでいたとはな」

こんなとこってどこ。僕んちか、僕んちの書庫のことか。

「再び人間に取り憑いたか…相変わらずやり方の古い、卑怯なやつだ!」

口々に天使たちは叫ぶ。傍から見ていると、金髪きらきらの外人が3人がかりで、小さなちびっ子をいじめているようにしか見えない。

ルシファーは訊いているのかいないのか、僕がおやつにと渡したヨーグルトを食べて眉間にしわを寄せている。

「ふむ、このヨーグルトとやらも中々じゃの…」

訂正。天使の話しなど訊いちゃいなかった。

その小馬鹿にした態度が天使たちの怒りに触れたのだろう(当たり前だ)、天使の一人がやたらと綺麗な剣を抜いた。って、待て待て。

「室内で刃物振り回すなよー!」

「ルシファー、覚悟!」

ああこっちも僕の話訊いちゃいねぇ。人外ってこれだから困る。

剣は鋭い軌道を描き、まっすぐにルシファーの首を狙う。対するルシファーはその剣を見ることもなかった。

キンッ!

尖った音がして、剣を持っていた天使の腕が止まる。

「くっ!」

「…困ったものじゃのう、この程度の腕でわしが滅ぼせるとでも、本気で思っておるのか」

天使の質も落ちたものじゃ、コロコロと笑うルシファー。剣はルシファーに届く寸前、まるでソコに見えない壁でもあるかのようにぴたりと止まって動かないようだった。

「見たところ、生まれて100年もたたぬひよっこのようじゃの。おとなしく天界に戻って、上司にでも泣きつくといい」

「このっ…!」

天使達は何か言おうとしていたが、その前にその姿が輪郭を失う。

笑い続けるルシファー。その表情には、悪意など一切ない。

「ほれ、サービスじゃ。天界まで送ってやろう。わしを滅ぼしたいのなら、最低でもミカエルを連れてくることじゃな」

その言葉と共に、天使たちの姿は掻き消えていた。

……。

「ルシファーって、意外に強い?」

「元天使長だからの。それよりヨーグルト、意外においしかったぞ。次はゼリー、じゃな」

堕天使は子どもの表情のまま、満足そうに笑った。



天使たちを追い返してさらに3日後。

梅雨もそろそろ終わりかけ、時折さす日差しが段々と勢いを強めてきた頃、『ピンポーン』と時代錯誤な音がした。

この洋館はチャイムが間抜けだと思うんだ、天国のおばーちゃん。

「はーい、いま出ますよー」

聞こえるはずもないのに返事をしてしまうのは僕だけか。誰だろう、おねーちゃんはしばらくこれないって言ってたし、宅配便かな…判子どこだろ。

「開けぬ方がよいと思うがのう」

ルシファーがあくびをしながら呟く、が、僕の耳にはほとんど届いていなかった。

ガチャリ。

「こんにちは」

立っていたのは綺麗な金髪ロングの、見目麗しいお姉さん…お姉、さん?

訂正、性別不明の美人さん、だった。

だって背中に羽があるし!この間の天使たちよりも数倍立派だし!絶対この人も人外だよ!

「…間に合ってます」

なるたけ自然な風を装って扉を閉めようとした僕だが、美人さんはさっと扉を開くと僕をスルーしてルシファーのいる食堂(半私室化している)へまっしぐら。この傍若無人さ、まさに天使。

「ルシファー」

「む、ガブリエルか。久しいの」

「あなたこそ、よくもまあ小さくなって」

「いろいろあったのじゃ。あぁゼリーうまうま」

のんきだな、ルシファー。っていうかそのゼリー、食べる許可出してないんだけど。

「この間のひよっこどもは、お前に泣きついたのじゃな」

「ええ。正直助かりました。ミカエルに直接告げられていたらとおもうと、ぞっとします」

ミカエル。天使長。ルシファーの弟。それっくらいしか知らないが、重要な立ち位置にいるみたいだな。

ガブリエルと呼ばれた天使は、優しげな微笑をたたえたまま、ルシファーから僕のほうへと視線を流す。

「この方が、あなたを召還したものですね」

「そういうことになるな」

「へ?」

疑問を抱く間もなく、ガブリエルと呼ばれた天使から、強い光が放たれた。

「うわぁ!」

思わず頭をかばう。だが光は僕まで届かない。薄い黒色の影が僕の前に現れ、光を遮っていた。あれだ、半透明の黒の下敷きで太陽を見たときのような感じ。

といいますか、優しそうな外見に似合わず力づくだなこの天使!

「むう」

ルシファーがゼリーを置いて唸った。

「思ったよりも、短絡的じゃのう。召還者をどうにかしようとは」

「元天使長を相手にするよりはマシでしょう?」

「道理じゃな」

「待て待てソコ!もっと話し合いとか平和を愛して物事に当たろうよ!暴力じゃ何も解決しないって!」

この光に直接さらされたらどうなるんだ、僕。一応ルシファーが守ってくれているけど…。

ガブリエルはこちらを全く見ていない。視線はまっすぐにルシファーに向けられたままだ。もっと僕に興味持ってくれ。

「…あなたがいるとわたくしが…いえ、ミカエルが困るのです」

「それは本音ではないのう。会わぬ千年のうちに、言い訳がましくなったようじゃの」

「黙りなさい…っ!」

光が強さを増す。ひぃ、ルシファー挑発しないで!

ルシファーの影に少しずつ、ひびが入っていくのが見えた。う、このままじゃ僕どうなるの、天使に殺されるとか冗談じゃないんだけど!

「止めろガブリエル!」

救いの天使(文字通り)は、空中を裂いて現れた。

長身の美人さん。この人は多分、男だろう。茶に近い色の長髪をなびかせて、ふわりとガブリエルの傍らに降り立つ。同時に、光の勢いが弱まり、すぐに消え去った。

「短絡的に事に当たるな」

「なんじゃ、同窓会でも開く気か?まさかお前まで現れるとはな…ウリエル」

ウリエルと呼ばれた天使は、ルシファーに向けて鋭い一瞥。

「本当は、会いたくなかった。…堕天したあなたなど」

「中身のほうは、以前と大して変わらぬがの」

「だからこそ!」

ガブリエルが叫ぶ。まっすぐにルシファーを睨み付け。

「わたくしは、わたくし達は…あなたを許さないのです」

…なんだか複雑な事情がありそうだ。僕には計り知れないのだけれど。

そんなシリアスな雰囲気をぶち壊し、ルシファーはゼリーをまた一口。こいつ本当に空気読めねーな。

「許さない、というが…ではどうするつもりじゃ?」

「っ!」

「待て!挑発だ。考え無しに突っ込んでいこうとするな」

「考えたところでどうにもならないでしょう…!」

「それもまた道理、じゃがの…」

けらけらと笑うルシファーの、瞳の奥底に、言い知れない光が宿る。その光はどんどん強さを増し、天使二人を押しつぶすようだった。

「勢いだけでどうこうできるとは、まさか思ってはおるまい。…そろそろわしらは夕餉の時間なのでな、お前らももう帰れ」

物騒な表情で間の抜けたことをいうルシファーに、天使二人は声もなく従わざるをえなかった。

あぁ、こいつ、悪魔なんだな。

僕はようやくそれを垣間見た。


にしても、人様の夕食を邪魔しないために帰る(帰らされる)天使ってのもな…。

なんか間抜け、と僕は思ってしまったのだった。


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