天使長と休日 発端編
ようやっと仕事が終わり、ガブリエルからも許しが出たため(俺のほうが上司なのに)、久々に下界に降りた。当然のようにまっすぐと、兄上様+αのいる洋館へと向かう。
「兄上様」
勝手知ったる他人の家、窓から直接兄上様の部屋となっている食堂へと侵入する。
「ミカエルか。しばらく姿を見なかった気がするが、元気そうで何よりじゃ」
「ガブリエルに拘束されて仕事していました」
「あやつは千年たってもブレんのう…」
それはそうとして、と兄上様が真面目な顔をする。
左右を伺うように視線を走らせ、誰もいないことを確認してからちょいちょいと手招きをした。内緒の話らしい。
「実はの、最近巡に元気がないのじゃ」
「アイツにですか」
この間の里帰りの件を、まだ引きずっているのか。それともガブリエルが楽しそうに漏らしていた三角関係の話か。はてまた、俺がいない間に一騒動起こったのか。
「時々空を見てため息をついたりしとる。あとは日に何度も玄関口に水をまいたり、チャイムの音に過剰反応しては慌てふためいておる」
まるで誰かを待っているかのようじゃ。
…誰かって、誰をだ。
「そこでミカエル。おぬしの出番じゃ」
「ハイ、正直あの娘のことなどさっぱりわかりませんが、誰を待っているのかなんて気にもなりませんが、兄上様の命ならばどんなものだろうと全力を尽くします」
「そんなに気を張らずともよいが、そうか、やってくれるか。」
語るに落ちたその発言といい、ミカエルは素直なよい子じゃの。けらけら笑う兄上様、楽しそうなのは結構だが、若干馬鹿にされた気がするのは何故だろう。
「ではお願いするとしようかの、デートを」
そんでもって、全力笑顔の兄上様が落とした単語は、完全に予想外のものだった。
「……デート?」
「うむ」
「いったい誰と誰のデ「巡とミカエルの、じゃ」
「…」
「…」
「何故?」
「それはの、あのくらいの年頃の娘は、見目麗しい異性とデートすると元気が出るらしいからじゃ」
「いったいそれは誰知恵ですか」
「ラファエルじゃ」
あのマッドドクターぁぁ!兄上様に余計なことを、っていうかいつ会ったんだ!
「…それは本当のホントに、大丈夫な知識なんですか」
「大丈夫じゃ。あやつは大変態だが大天使じゃからな。人間やってたこともあるし、わしよりも下界の事情を知っておる」
「たとえそれが事実だとしても、相手俺でいいんですか」
「見目の面ではミカエル以上のものはおらんじゃろう」
「でも俺、デートなんてものわかりません」
何するんだ、いったい。若い男女が一緒にどこかに行く、ってそんな知識しかないんだぞ。俺が。あの少女と。二人きりで。…どこへ行くって?
「ラファエルが言うには、『ミカエル君でしょー?とりあえず映画館とゲーセンいっときゃそれっポイんじゃナイ?』らしいぞ」
どこそれ。映画、はかろうじてわかるが…ゲーセン?何をする場所だ。
はてなマークを飛ばす俺に気がついたのだろう、兄上様が申し訳なさそうにむぅ、っとうなった。
「…確かに、下界でデートというのは難しいかの…無理を言ってすまん、ミカエル」
「いえ、兄上様が謝る事柄ではありません」
「そうじゃのう、今回はつつじにでも頼んでみるかのう…。っとと、ミカエルは会ったことなかったか。つつじというのはな、巡の先輩で中々の好青年なのじゃが、成り行きでわしの弟子をしておるものじゃ」
「…そいつが、三角のうちの一人ですか…」
「ん?三角とな?」
何のことだかわからない、兄上様はそんな顔で俺を見返すが、俺は自分でもよくわからない感覚に頭の端っこのほうをもやもやとやられていてそれどころではなかった。
なんだろうこの感覚、覚えがないくせにやたらとねちっこい、そんな気がする。どうやって晴らしたらいいのかわからない、が…つつじ、という名前の青年に、兄上様じきじきのお願いを任せられるわけがない、その役目は俺が果たすべきもんだ、何故だかそんな感情がこみ上げてきているのはわかった。
「兄上様、俺がやります」
「ミカエル?突然きりりとしてどうしたのじゃ。無理はせんでもよいのじゃぞ」
「いえ、俺がやります」
「…様子がおかしい気がす」
「やらせてください。兄上様の頼みごとを、俺が引き受けなかったことがありますか」
「…ふむ、そうじゃな、そこまでいうのであれば、やはりミカエルにお願いするとしようか」
「はい!見ていてください兄上様、完璧にこなして見せます」
さてそうと決まれば、早速あの少女を外へと連れ出そう。元はといえばアイツが沈んでいるのが悪いんだ。映画やゲーセンなんて知らないが、ようは元気になればそれでいいだろう。
思い立ったが即実行とばかりに、早速食堂を出て階段上がって、何度か足を運んだ部屋へと向かう。
「なにやってんだお前、よくわかねんねーけど落ち込みやがって」
「え、なに、ミカエル?」
部屋の扉をバーンと開けると、窓際でぼーっとしていた少女が慌てるようにこちらを見た。
「空気淀んでんぞ。外に出ろ!」
「わ、ちょっと…ミカエル!」
腕を掴んで立たせて、でも掴んだ瞬間微かにうめいたから、力を抜いて。
そうしたら、腕じゃなくて手を握ればいいのか、と気がついて、二回りは小さいその手を、包むようにして握りこんだ。
「っ!」
少女は何か言いかけていたけれど、何故だかそれらを全部飲み込んでしまったかのような顔をして、俺を見上げて、もごもごして。その間にも俺はどんどん進んでいって、すれ違った兄上様が『デート日和じゃ、行ってくるといい』と声をかけてくださって、それにもまた少女が何かいおうとしてもごもごして。
玄関から外に出るときになってようやく、俺はちょっとだけ立ち止まった。
「おい、嫌なら嫌っていえばいーだろ、いったとしても連れ出すけどな!」
「なんだよ、それっ」
ミカエルらしいな、そういって小さく笑う様は落ち込んでるようには到底見えなかったが、笑ってるならいいことなんだし深く考えることもないだろうと、俺は再度歩き出した。
「さてさて、元気がないようには見えませんでしたが?」
「ガブリエル、盗み聞きとは感心せんの」
「細かいことはいいっこなしですよ」
「細かくはないが…まぁ、よい。お前はミカエルに手を引かれた、巡の顔を見たか?」
「見ましたよ。こちらが照れてしまうような、はにかむような笑顔でしたね」
「そりゃそうじゃ…ずっとミカエルを待っておったのだから」
「えー」
「えー、とはなんじゃ」
「何でミカエル」
「こら、わしの自慢の弟じゃぞ。貶すな」
「何でチンピラ」
「馬鹿にするなというに」
「どうしてコレの弟を」
「なんだ理由をつけてわしの悪口言いたいだけか…」
「冗談です、最後以外は」
「言われんでも知っとるわ」
「…ですが、巡も厄介な相手を…いえ、この場合、ミカエルの方に問題がありそうですね。わたくしも動きましょうか」
「どうする気じゃ?」
「決まっているでしょう、レッツストーキングです」
「それを真顔で言い放ってしまえるおぬしのことが、わしは本気で大好きじゃ」