天使長のいないある日の騒動3 後編
「…」
「…」
うわぁ、気まずい。
同じように気まずさを感じ取ったのか、こそこそとルシファーが小声で話しかけてきた。
「(ふむ、日和とつつじは知り合いなのか?見つめ合って黙り込んだまま喋らんが)」
「(いや、僕も知らないけど…でも二人ともこの近所に住んでるから、小学校中学校は一緒だと思う)」
同い年だし、知り合い同士の可能性はとても高い。けれどこの気まずさはいったいなんだ。
「真白野さん」
沈黙を破ったのは天草先輩。けれど言葉は僕に向けられていた。
「俺そろそろ帰るね、用事があるんだ。師匠も、お邪魔しました」
明らかに嘘とわかる下手な言い訳で、天草先輩はさっと歩き出す。おねーちゃんとすれ違った時も、何もいわなかった。
ただ三歩距離を開けたところで立ち止まり、半端に振り返って、付け足すように言い落とす。
「アイス、持ってきたんだ。加藤さんも食べてくれるとありがたい」
「…う、ん。ありがと、天草君」
二人ともぎこちなく愛想笑いを浮かべて、そうして別れた。僕は気まずさをひしひしと感じていたけれどどうすることも出来ず、ただ天草先輩が逃げるように歩いていくのを見るだけだった。
「天草君はね、小学校と中学校の同級生なの」
おねーちゃんはそれだけしかいわなかった。何か話したくないことでもあるのか、それ以上は語ろうとしない。
「ワケありじゃのう」
「そこ、わくわくしない」
によによ笑う様は、近所のおせっかいおばちゃん染みてる。でもおねーちゃんがいいたくないことなら、僕は無理には聞き出したくなかった。
「しかしな、嫌いあっている様子ではなかったぞ?」
「そりゃまぁ…」
そんな会話をしている間、おねーちゃんはせっせと働き、僕らの夕飯と明日の朝御飯を作り終えるとさっさか帰っていった。元気がないようだったけれど、そんな状態でもご飯はおいしそうだった。
「意外にあっさり収束いたしましたね」
おねーちゃんが帰った直後、入れ違いでやってきたのはガブリエル。この天使毎回毎回タイミングとか空気とか読むけど、盗聴でもしてんのか。
「今回は私の出番はなかったようなので、時間をずらしてみました」
「あぁ…あの偽家族コントはもうみたくないな…」
「しかしそれならば、何をしにやってきたのじゃ?」
「ミカエルが真面目に仕事しているかを見張るのにも疲れ…いやいや、用事があってきたのですよ。ほら、この間あのチンピラを捕獲する際、椅子と机をぐちゃとやってしまったでしょう?直しに来ました」
まだ仕事、させられてるんだなミカエル…自業自得とはいえかわいそーに。
そんでもって椅子と机、ね。直るんならありがたいが…どうやって?
「天使って、そういう不思議な力でもあるのか?」
尋ねるとガブリエルは首をかしげた。
「あらルシファー、あなた巡に説明していなかったのですか?」
「説明?」
「天使の力と下界に対する干渉力について、です」
なんだか小難しそうな話だな。
ルシファーはガブリエルに視線を向けられて、「うむ」とうなずいた。
「以前ミカエルが窓を破壊した際、訊いてくるのかと思ったのじゃがな。一切気にしていなかったため、説明しそびれとった」
そういえば。
一番最初にここに来たミカエル、僕の部屋の窓を破壊してたっけ。ミカエルが帰ったあといつの間にか直ってたから、いままで気にしてなかったけど。
「天使の力で壊したものは、天使の姿を認識している人間にしか見えないのですよ。ミカエルが壊したあの窓も、わたくしたち天使とルシファー、そしてあなたにしか『壊れて』いるようには見えていなかったのです」
「それってつまり、『実は壊れてなかった』ってこと?」
「惜しいですが、微妙に違いますね」
「壊れたことは事実じゃが、ミカエルたちが天界に戻ったことで下界に対する干渉力が弱くなり、壊れた事実がなかったこととなったのじゃ」
いえさっぱりわからないです。
「ま、無理に納得する必要はないですよ。天使のことをまともに理解しようとするなら、人間という枠から逸脱せざるを得ません。面倒くさいと思います」
「あ、じゃ止めとくよ」
「巡は本当に、面倒くさがりじゃのー」
けれどあれ、いまの話の通りだったら、この間壊れた椅子と机も直ってていいんじゃないのか?
「あれはね、ちょっと念入りに罠張った結果として壊れてしまったので、世界もフォローしてくれなかったんです」
「世界のフォローにも限界があるということじゃな」
「結構いい加減なんだね」
「世の中結構、そんなもんじゃ」
「ところで」
ガブリエルが急に話を変えた。ぐるり、と辺りを見回して、いぶかしげに眉根を寄せる。
「…ラファエルの気配がしますが」
「ラファエル?」
あったことないけど、多分天使なんだろうな。確かルシファーがミカエルのことを話してくれたとき、ガブリエルやウリエルと並んで出てきた天使だったっけ。
「…来とらんぞ、おかしいのぅ」
「えぇ、おかしいですね、微かにとはいえ、気配は確かに感じるのですが」
まあいいですけど、とガブリエルは息を吐く。
「彼は大天使ならぬ大変態ですから、そんなことがあってもおかしくはないでしょう」
「大変態!?」
天使なのに!変態なのかよ!
「どんななの、ラファエルって…」
「会いたいのか?そうじゃのう、これだけフラグが立っておるのだから、近々会えると思うぞ」
「会いたくねーよ!」
っていうかフラグとかいうな、堕天使の癖に!