天使長のいないある日の騒動3 前編
夏休みも残すところあと10日ほどとなったある日。
「最近ミカエル来ないよな」
「ガブリエルも来ないぞ」
僕達は暇だった。そろっそろ溶けるぞ。
「ええぃ、うら若き乙女が室内で溶けていてどうする気じゃ」
「だって暑いんだよ外…」
あーでもかき氷とか食べたい、買いに行こうかなーでも暑いしなー。
そんなこんなでダレ続けていると、ピンポーンと間抜けな音。
…この音の後って、たいてい面倒くさい展開にしかならないんだけどなー。
けれど出ないわけにも行かない。宅配便だったらどうする気だ僕。
「はーい」
「こんにちはー」
「うわやっぱり」
面倒くさいほうだった。開けなきゃ良かったよ。
「真白野さんこんにちは。師匠、遊びに来ましたー」
天草先輩だった。この暑い中黒髪のもじゃもじゃ具合は加減を知らない。前髪で目が完全に隠れきってしまって暑くるしい。切ればいいのに。
天草先輩の声に気づいたルシファー、てこてこ玄関まで現れる。
「よくきたのぅ、つつじ」
「や、呼ぶなよ」
一応家主は僕だぞ。
「固いこというでないぞ、巡。つつじも、いつまでも玄関で立ち尽くしていては暑いじゃろう。中に入るといい」
「…はぁ。ま、確かにここじゃなー。どうぞ先輩、麦茶くらいしか出さないけどどうぞー」
「いや、今日はこれ渡しに来ただけだから」
天草先輩は小さめのクーラーボックスを掲げてみせた。中にはコロコロ、カップアイスが10個ほど。
「わ、どうしたんですかコレ」
「バイト先のコンビニがさ、いきなり冷凍庫壊れちゃって。このままじゃアイスもったいないから、みんな2、30個もって帰っていいぞーって店長が」
でも2、30個って結構量あるんだよね、天草先輩が苦笑する。
「そんなわけで貰ったはいいけど、俺も食べきれないし。せっかくだから友達に配って周ってたんだ。真白野さんたちがよければ、貰って欲しいんだけど」
「…なんっか、わざわざありがとうございます」
クーラーボックスにまで入れてもらっちゃって、本当気遣いの人だよなこの人。これでオカルトマニアじゃなければ彼女の一人や二人、絶対にいるだろうに。
「アイスか、つつじは本当に気がきくのぅ」
ルシファーニコニコ。本当に甘いものが好きだなこの堕天使。
「じゃ、俺帰るから」
「え?いや、お茶くらいどうぞ」
面倒くさいとかいってごめんなさい、アイスありがとうございます、このまま帰すってなんか良心が痛むからお茶くらいだしますよ!麦茶しかないけど、代わりにクーラーつけるから!涼んでってください!
さらりとさわやかに帰ろうとした天草先輩を引き止めた。「別に貰いものだから、そんなに気にしなくても…」気にしますって!
玄関口でそんなやり取りをしているものだから僕の体温、上がる上がる。先輩は先輩で、妙に強情張るものだから双方引っ込みがつかなくて、さてどうしたものかと思案する。
と。
「めぐちゃん、玄関で何を騒いで…」
お久しぶり、日和ねーちゃんの登場。…また厄介なタイミングだ。
けれどおねーちゃんはそれどころではないようで。僕の隣、天草先輩に視線を固定し、どこか呆然として呟く。
「天草、君?」
「加藤さん…」
…会いたくなかったなぁ。
天草先輩が小さく小さく呟くのを、僕は聞いてしまっていた。
「あ、いっけね」
俺がせっせと似合わない書類仕事をしているその横で、ガブリエルはわざとらしく声を上げる。
「この間ミカエルを捕獲した時にぐちゃっとした椅子や机、直すのを忘れていました」
「そんなん、今度でいーだろ」
っていうかそんなに暇そうにしてんなら手伝え!叫びそうなのをぐっとこらえる。
大分機嫌が回復しているようだがこの天使、こう見えてまだねちっこく怒ってる。いま下手につつくと仕事が倍以上に増やされるのは自明だった。
「いえ、善は急げといいますし。ってことでわたくし、直しに行ってきますね」
「…」
俺がここに縛られてる(比喩じゃなくて実際に両足を拘束されてる)ってのに、お前は兄上様+αに会いに行く気か。叫びたい、叫びたいがしかし、いってもどうにもならないんだから耐えろ俺。
けれどガブリエルはそんな俺の努力をあざ笑うかのように、羽を広げながら独り言を落とす。
「あっちはなんだか面白そう…いえ、大変そうなことになっていますねぇ。あら、三角関係でしょうか?」
「はぁ!?」
三角、三角って何だ、誰と誰と誰だ、って言うかお前、いったいどんな光景を見てやがる!
「ふふ、巡も中々人気者ですね…では、行ってきます」
「おいちょっと待」
俺の言葉なんぞ一切きかないガブリエル、バサッと羽をはばたかせる(ちなみに天使ははばたかなくても当然飛べる。揚力浮力推進力など関係ない。つまり羽をばさばさするのは気分だ)。そのまま俺の執務室の窓から飛び去ったガブリエルの背に、俺は力いっぱい叫んだ。
「テメー!ちったぁ人の話ききやがれってんだ!」
あとはばたいたのって絶対嫌がらせだろ書類ぐちゃぐちゃだぞ!俺が立ち上がれねーのわかっててやってんだろ!