天使長と里帰り3
窓の外からスズメの鳴き声が聞こえる…あぁ、今日は実家なんだっけ…。
って。
段々頭が動いてきて、昨日の夜中に喋ったことを思い出して、僕はベッドの上でめちゃくちゃ恥ずかしくていたたまれない感情に苛まれ始めた。
「ミカエル相手に…、ブラコン相手に、真面目に語っちまった…」
「ンだとこら」
独り言に返事があって、え、まさかと思い顔を上げる。
…朝から太陽より眩しいってどういうことなの天使長。きらきら自重してくれ。
といいますかですね、この人まさか一晩中ここにいたんじゃあるまいな。一晩中、僕の寝顔とか寝癖の生成過程とか寝相の悪さとか見てたんじゃあるまいな!
「誰がんなことするかよ。あ、寝言は『君に決めた!』だったぜ。…なにに決めたんだ?」
「ゼニガメです!」
あぁだって初代しか知らないから。昨日弟と話しててそれで決めちゃったのか僕。そして寝言ばっちり聞かれてたぁ!
いやもう本当、なんなの。何で着いてきた挙句に一晩枕元に立ってんの。大好きな兄上様のところにいたって、いつも数時間で仕事に戻る癖に!ぶっ飛んだ展開の時にはいつもいない癖に!
どうして人が一年に一度あるかないかのシリアスモードに入っているときに立ち会うかな!
「も、ミカエル、本当信じらんない…」
「おーおー、信じなくてもいいからとっとと動けや。今日はあっちに帰るんだろ?遅くなると兄上様が心配なさるぞ」
「はいはいブラコンブラコン…」
まぁでも。
なんだか心が軽くなった気がするから、良しとすっか。
告解ってきっとこんな感じなんだろーか、なんか違う気もするけど。そんなことを考えていたら、朝御飯は昨日よりはマシな空気が流れていて、僕は気まずさを全く感じずに母親の手製のご飯をおいしくいただいたのだった。
…健康的な食生活、目覚めてみようかなぁ…。
差しさわりのない挨拶を交わし、引き止められることもなく居座ることもなく、あっさりと実家を後にした僕。僕の斜め後ろには、常人には見えない天使長がふわふわと羽を広げてついてくる。
「お前さ、あれでいいのかよ」
「は?なにが」
「家族。いつまでたってもぎこちないまんまで」
「あ、それね…いーよ、別に」
僕がいなくなって、あの家は普通を取り戻したのだ。
答えると、僕の言葉に偽りがないことを感じ取ったのか、ミカエルが眉間にしわを寄せた。
「お前、損してるな」
「そーかな…そーかもな、でも」
でも、いいんだ。今の僕には、ルシファーたちがいるから。家族じゃないけど、家族みたいな存在がいるから。
「ルシファーがいて、ミカエルがいて、ガブリエルにウリエル、天使だけでもたくさんいるし、日和おねーちゃんとか天草先輩とか、気にかけてくれる人はいるから」
損した分も取り返してる。
「そーだ、ミカエル」
「なんだよ」
「今回は、ありがとな」
「!」
最初は何だこいつと思った。今でも正直思っちゃいるが。
「お前が見てるかと思うとそっちばっか気になって、あんまり父さんと母さんを意識しなくてすんだよ」
窓の外に、視界の端に、きらきらが見えると呆れた。呆れながらも、その存在を思い出せた。
「…おう」
ミカエルは黙り込む。僕も黙り込む。
ミカエルとの沈黙は、もう嫌いじゃない。
あの洋館に帰ったら、ミカエルと一緒にただいまっていうんだ。
そしたらきっとルシファーが、お帰りっていってくれるから。