天使長と里帰り2
「巡は危なっかしいからの。ミカエルは優しい子じゃから、放っておけなかったのじゃろう」
「その意見には賛同しかねます。ですが…そうですね、大きな変化だと、私は思いますよ」
「違うぞガブリエル。変化ではない、成長と呼ぶのじゃ」
「はいはいブラコンブラコン」
「…ぬしは本当にわしのことが嫌いじゃな…」
「そんなの一万年と二千年前からずっとじゃないですか」
「何の話しじゃ…」
無機質なコール音は嫌いだ。不安になるから。
1回、2回、3回…ぴ。
『はい、真白野です』
「あ、母さん?」
『…巡』
「うん」
あと少ししたら帰るね。
それだけいって、電話を切った。
…。
……。
いまから洋館戻っちゃ、駄目かなぁ…駄目か。
っていうか、戻らないために電話かけたのに。どうしよう、電話かけてもなお実家帰りたくない。
あーもう絶対、今情けない顔してる。泣きそうな顔してる。
こんなとこ絶対に知り合いには見せられないよな……。
ん?
「気の、所為か?」
いま特徴的な金髪が見えた気がした、んだけど。
やーでもミカエルはいま、大好きな兄上様と一緒だし、こんなところにいるわけが…あ。
「…」
駄目だ。隠れ切れてない。隠れ切れてねーよ、ミカエル。その髪の毛やっぱり目立つわーっていうか、何してるのあの人。
普通の人の目には見えないとはいえさ、民家の屋根の上でこそこそしてたらわかるから。視線は向けないけどな!
たぶん、僕が気がつかなかっただけで、ずっと着いてきてたんだろうな…コンビニで30分近く悩んでたのも、見てたんだろーなぁああ恥ずかしい!
もういい、早く帰ろう、いまさら洋館戻れないし不審者怖いし、何よりもう少ししたら帰るっていっちゃったし、とにかく帰ろう。
一度足を動かすと、あとは惰性で進み始めた。背後の天使が羽を広げる音が聞こえたが、当然シカトだ。
「ただいまー…」
「おかえりー」
帰った僕を出迎えたのは4つ下の弟だった。
「お土産はー?」
「隣町に住んでるのにあるわけないでしょ」
…ほっとしている自分が、心底嫌になる。
廊下を抜けて、リビングへ。新聞を広げている父さんの姿を見て、わずかにからだに力が入るのがわかった、が。
……父さんの向こう、窓の外に、自己主張の激しい金髪が見える。
「巡、帰ったのか」
「え、あぁ、うん…ただいま」
「おかえりなさい」
直前まで頭の中を駆け巡っていたあれこれは、その金の光に押し流されてどっかへ行ってしまっていた。
…気がついてる。アレは絶対、気がついてる!っていうかこっち見てやがる!呆れ顔が『なにやってんだ』って語ってる!
俺、いまなら羞恥で終末のラッパ吹き鳴らせる自信あるわ。しねーけどな。
覗き見る光景は、よくある一家の団欒へと変わっていた。
いままでのもだもだが嘘みたいに、少女は家の中で笑って見せている。父親らしき人間と母親らしき人間と、弟らしき人間。
…その三人を相手にいつも通りを振舞おうと、必死に笑って見せていた。
なんだってんだ。
どうして家族相手に、そんな無理をする。
どうしてそんなお前に、誰も違和感を抱けない。
いや、違和感を抱いていても、どうにもならないのか?
光景だけ見れば幸せな団欒なのに、流れる空気はどこかしらぎこちなく、軋みを上げていた。
結局少女は食べるのもそこそこ、会話を切り上げてさっさと一人寝るようだった。自室の寝台で「うえー」とうめく少女に、俺は近づいた。
「…おい」
「んー、なに」
いまはもう、さっきまでの無理な様子は見られない。あの洋館で過ごす時と同じ、失礼な少女に戻ってる。
「何でお前、家族の前であんな緊張してんだ」
「…緊張、かぁ…ミカエルにもそう見えてたんなら、父さん達も勘付いてんだろうなぁ…」
駄目だな、僕。
自嘲気味にはき捨てる少女は薄く笑っていた。
そしてこらえていたものを吐き出すかのように、全部全部口に出した。
「…僕さ、この家から逃げ出したんだよ。見たならわかると思うけど、僕の見た目、父さんにも母さんにも、それどころか親戚の誰にも似てないんだよ。…中学校入る前くらいかな、一度それが原因で夫婦喧嘩に発展しちゃって…それ以来、なんとなく居づらい」
でも、それは。
「お前が誰にも似てねぇのは、神の欠片が入った人間だからだろ」
「うん…うん、でもさー」
軽い言葉を装って。仕方のないことだと諦めて。
けれどその言葉の裏に隠された悲しみを、俺は結局見つけてしまった。
「そんな理由じゃ、父さん達は一生納得できないよ…」
いっそ、泣いてしまえばいい。そう思ったくせにどうしてだか口には出せなくて、俺は少女が眠るまで、その枕元に存在していただけだった。
あぁ、俺は無力だったのか。