天使長のいないある日の騒動2
遅刻した僕は罰掃除を言いつけられ、手伝ってあげるという女子達の申し出を断って一人教室の掃除をした。
どうせ午前中で終わるんだからいいんだけどさ…。
登校した僕は相変わらず、一部女子から奇妙な熱視線を受けていた。こんな成りしてるけどごめんなさい、一応中身は女の子なんだよこれでもさ…。別に男の子にモテたいわけでもないが、それでもやっぱり女の子にモテるの嫌です…。
せっせと床を磨きながら、ふとルシファーのことを考える。お昼はきちんと食べただろうか。いや堕天使だから食べなくてもいいんだけど。むしろ僕がきちんと食べてないんだけど。
ミカエルはすぐに帰っちゃうだろうし、いまルシファー一人なんだよな…あのでかい洋館で。空き部屋ばかりのあのうちで。
「よし、早く終わらせて帰ろ」
「手伝ったげようか?」
声は廊下側から響いた。
癖っ毛の黒髪で目を覆い隠した、1個上の先輩。日和ねーちゃんと同い年の、天草つつじ先輩。
入学直後から、僕はこの先輩に目をつけられていた。
「いいです。先輩はあっち行っといてください」
「ひっどー。せっかく手伝ってあげようとしてるのに」
「先輩は下心があるからいいです」
「いいじゃん、お家くらい見させてくれたって」
天草先輩、見た目も割りと胡散臭いが、中身はもっと胡散臭い。一言で簡単に説明すると、オカルトマニアだ。
でもって僕がいま住んでる洋館は、ご近所から幽霊が出ると噂されている幽霊屋敷(幽霊は見たことないが堕天使はいたし、あながち間違いでもない)。
とってもお近づきになりたくないのだ。なりたくないけど、先輩だからあまりきっぱりと拒絶も出来ない。
「真白野さんのお家、絶対になんか出るのになー」
出ましたよ、幽霊じゃなくて堕天使ですけどね!
もう本当、僕の周りにゃろくなやつがいないな。神の欠片なんていうものを持って生まれてたって、こんなに運がないんじゃ意味ないよ。
…容姿が中性的になるって、意味わかんないし。
沈んだ僕に気がついたのか、オカルトマニアの癖に空気が読める天草先輩がわざとらしく明るい声を上げた。
「じゃ、お家云々は置いといて、手伝いだけはしたげるよ。俺も暇だしねー」
雑巾を手に取り、僕より数倍丁寧な手つきで床掃除を始める天草先輩。
…変人の癖に、いい人だから拒絶しきれないってのもあるよな、絶対…。
「巡」
校門を出たところで、声をかけられた。
「ルシファー?」
何で居るの。
「ミカエルが帰ってしまって、暇しとったからの。ついでに迎えに来てみた」
「そっか」
「……ルシファー?」
あー、そうだった、居たんだよね天草先輩。まだ諦めてなかったんだよね、うちに来るの。
「うむ、わしのことじゃ」
もうなんだか今日は疲れていて、ずずっと天草先輩の前に出るルシファーを止める元気がない。
「元は天使長、けれど神に逆らい傲慢の罪により堕天したといわれるあのルシファー?」
「うむ、わしのことじゃ」
「アダムとイブをそそのかして、楽園追放の原因を作ったあのルシファー?」
「うむ、わしのことじゃ」
「地獄においては王のごとく振る舞い、数々の悪魔を従えているという、あのルシファー?」
「もちろんソレもわしのことじゃ。時折サタン様とも呼ばれとるぞ」
「…師匠!」
「うむ、ついて参れ我が弟子よ」
「…いやいやいや、待てって!」
流石に声を張り上げた。
どうしてそうなったし。
本当に、本気で、よくわからないのだが…こうして(どうして?)天草先輩はルシファーの弟子の座を手に入れ、僕はその日のうちに先輩をお昼ご飯に招待することとなった。
天草先輩とルシファーの奇妙な師弟関係に、僕は何度かミカエルの名前を呼びそうになる。ああ、ぶっ飛んだ展開の時にはどうしてあのブラコン天使は居ないのか…。いやもういっそウリエルでもいいよ、でもガブリエルはノッて来そうだから駄目だよ、突っ込み要因を導入してください神様…。