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(堕)天使と“僕”  作者: 水住うゆに
(堕)天使と天使と“僕”の話
1/19

(堕)天使と梅雨の日

しとしとしと。雨の音は止まない。

「あー、梅雨ってやだやだ」

買い物に行くのも億劫だし、遊びに行くにはお金がない。一人暮らしを始めたばかりの高校生には耐え難い状況だった。

祖母の遺した洋館で、一人暮らしを始めて2ヶ月。それなりに広いこの建物内には、食堂やら書斎やら、今の僕にとっちゃ不必要なものであふれている。本だけはやたらあるんだけどな、ここ…。

(そーだ)

確か1階の端っこに、書庫が合ったはず。一度覗いた時は埃まみれの本まみれで、早々に退散したけれど。

なんか面白そうなものがあるかもしれないし、たまには教養ある人間ぶって、頭のいい振りでもしてみようか。

なんて頭悪いことを考えつつ、気軽にソコへと足を踏み入れたのだった。

まさかあんな事になるなんて、欠片も考えずに──。



書庫は当然ながら暗く、掃除をサボっていたせいでとっても埃くさかった。

ただ部屋の端っこで除湿機が動いているせいか、梅雨特有のジメッとした空気が軽減されている。今の僕にはそれだけでもありがたかった。

しかし…。

「そもそも日本語じゃないのか」

書庫にあった本たちは、どれもこれも横文字だった。筆記体なんて読めないよ、僕。

英語かどうかすらわからない。なんでこんなもの集めたのさおばーちゃん。

当然本を手にとってみる気も失せ、なんとなく棚と棚の間をぶらぶらしてみるだけ。学校の教室の半分くらいの広さの書庫を、適当に歩く。

「…戻ろ」

これなら雨の中買い物にでも出たほうがましかもしれない。そういや冷蔵庫の中身、プリンとゼリーとヨーグルトしかないや。健康的な生活、戻って来い。

そう思いながら扉へと向かう。と。

「あ…」

一冊の本が、落ちていた。

古びた装丁、変色しきった表紙。

デザインはシンプルで、タイトルのみしか入っていない。

けれど当然それは横文字で、僕には読めるはずがない。

(なんでこれだけ落ちてんだろ)

さしたる興味もなく、拾い上げて適当な隙間に突っ込んでおく。

そしたらその本のことなんてあっという間に意識から消え去って、僕は夕食のことを考えながら自室のほうへと向かうのだった。


──『呼び出したのは、おぬしか』



「あー何作ろう」

昨日はオムレツだった。一昨日は炒飯だった。その前は確か手抜きをして、カップラーメン食べたっけ…。

僕が作るのは主に夕飯だけだ。朝ごはんは前日の夕飯の残り物、昼は学校で学食を食べる。たまに従姉のおねーちゃんがつくりに来てくれているが、基本は自炊している。

別に料理が好きなわけじゃないが、お金がないのだから仕方がない。一人暮らしをする条件として、母さんに仕込まれたのだった。

「もープリンでいっかな」

よくない、よくないのだがしかし、書庫を出てまた雨の音を聞いていると、外に出る気力ががりがり削られていくのだ。さっきより強くなってないかこれ。

正直あんまりお腹空いてないし、お金もあんまりないし、プリンとカップラーメン食べて寝ようかなぁ…。

「む、プリンとやらはそんなにおいしい食べ物なのか?」

「僕は好きだよ、コンビニのやっすいやつ。高いのは凝ってる分食べにくくて好きじゃないけど」

「そうか」

「そーそー」

……あー。

おかしいな私、いや僕、いやいや我輩?

なんで一人暮らしなのに会話してるんだろう。

っていうかなんで声がするんだろう!ちっちゃい子の声だったよ今の!

慌てて後ろを振り返る。視界の下のほうに、頭。

視線を下ろすと案の定というかなんと言うか、尊大な空気をまとったやたらと見目の麗しいちびっ子と目が合った。

にやっと笑うちびっ子。

「堕天使のルシファーじゃ。ま、気軽に悪魔王サタンと呼んでくれてもよいぞ」

そうのたまった。



「千年近く眠っとったようじゃの。世の移り変わりがわからぬ」

やたらと古風というか、持って回った言い回しをするその子どもは、僕の数々の疑問を封じ込めて我が物顔で食堂の椅子に座る。

「や、そんな設定とかいいから、どこの子かを教えてくれるとありがたいんだけど…」

「どこの子といわれてものう。元は神に創られたが、傲慢が過ぎて堕とされた身じゃから、いま現在どこの子かといわれると地獄の子としかいいようがない」

というかおぬし、全く信じとらんじゃろう。半眼でうめくように言われて、思わず「ソンナコトナイヨ」といいそうになったが待て待て、そんなことあるよ。

「だって信じないでしょ、普通」

「そうじゃな、人間はいつの時代も変わらんわ」

遠くを見つめるちびっ子。

「本当、アダムとイブの時代から変わらんわ…」

あの時も大変だった、と思い出に浸るちびっ子。

もう僕どうしたらいいのさ。

ひとしきり回想が終わると、ちびっ子はこちらに目を向けた。

「ようするにおぬしは、わしが悪魔だと信じられんのじゃろう?」

「そりゃまぁね」

「では信じさせてやろう。ってことでイケニエを持って来い」

…イケニエ?

イケニエ、ってアレか、仔羊の内臓とか人間とか、アレか。

「や、無理っしょー、それ無理っしょー」

「無理ではない。それにイケニエが無いとわしの力は出せんぞ」

「なら別にいいよ、力出さなくて。内臓とか人間とか、そういうの用意できないから」

「もっとお手軽なものでもよいぞ、例えば」

ちびっ子はつい、と手を上げた。指は食堂の隅、古いが大きさだけはある冷蔵庫を指差す。

「あの中からなにやらイケニエになりそうなものの気配がする」

…あー、じゃ、プリンでいいかな。



結局ルシファーと名乗るちびっ子は、プリンを食べた。食べて感動していた。

「人間の進歩は恐ろしいの…まさかこのようなものを生み出しているとは」

「コンビニの百円プリンだけどなー…」

「ではこのおいしさに見合った望みを叶えてやろう」

「それどれくらい?ま、いまの望みは雨どーにかしてーってくらいかな」

あとこのちびっ子もどーにかしてー。正直精神的にぐっと疲れたよ。

「雨が止めばいいのじゃな?それ」

ルシファーは窓の外に視線を向けた。光ったりとか煙が出たりとかはしない。音もない。

けれど徐々に雨の音が弱くなり、10秒後には完全に消え去った。

「信じたかの?」

「…なんか地味だな」

「ならば派手な願い事をせい」

僕の失礼な感想に対し、けらけらと寛大に笑うルシファー。

正直信じているわけじゃないし、このちびっ子疲れるーとは思っているわけだけど。

(…家でこんなに会話したの、久しぶりかも知んない)

なんだか酷く心地がよくて、その感情に戸惑う。たわいもない、くだらない、ぐだぐだなだけの話を重ねることが、気持ちいい。

そしたらもう悪魔だの天使だの堕天使だのちびっ子だのがどうでもよくなってきた。

「なあ」

「なんじゃ」

「ルシファーってさ、僕の願いを叶えたら帰るんだろう?」

「そうじゃな」

「じゃもう帰るんだね」

「…ふふっ」

ルシファーは含み笑いを一つ。同時に僕の背筋にぞわっと、得体の知れない悪寒が走る。居心地の良さにだれきっていた僕の脳みそが、一気に覚醒した。

え、なにその含み笑い。

「さっきっから試しとるんじゃが。おっかしいのぅ、帰れん」

笑いながら言うことじゃねー!

「しばらくよろしく頼むとしようか」

「頼むな!」


こうして僕と、よくわからないちびっ子堕天使ルシファーとのグダグダな日々が幕を開けることとなった…。


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