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同日 午後7時~

 朝食のあと、激怒する中村に僕と神崎は土下座。爆笑する田中。またしても洗いものは僕がしました。

 その後はテントの片づけなどをして、山の頂上まで登ってみることになった。そこそこ高い山であるから登るのも結構大変で、頂上にたどり着いた時には既に昼を過ぎてしまっていた。しかし非常に残念なことに、頂上は木が生い茂りすぎて周りが全く見えない、という最悪の事態であった。しかしまぁ、女の子2人は自然の中を歩きまわれたことで十分満足したようで、割とテンションを保ったまま降りてくることができた。


 そして、紆余曲折あったこのキャンプも終わりだ。

 結局ぐだぐだとやっていたせいで日は傾き、夕闇が訪れつつある時間である。行きと同じく電車に乗り我が家を目指すわけだが、田中はさらに電車で帰らなければならいないし、僕はバイクで帰らなければならない。まぁこればっかりは家の場所に文句を言っても仕方がないので、頑張って帰るしかない。中村は駅から近いので問題ないようだが、神埼はどうするのだろう。

「なぁケーシィ。」

「どうした田中。」

 田中の呼びかけに元気がない。このキャンプで疲れているのだろう。考えてみれば、計画も準備も田中がしてくれたわけだし、感謝しなきゃいけないな。

「楽しかったか?」

「もちろんだ。ありがとう田中。」

 嘘でもお世辞でもない。ずっと寝てたい、いい夢を見せてくれるのか、なんて言ってた僕だが、実際いい夢でも見てたんじゃないか、と思えるくらい楽しんだ。中村、神埼と関わりを持てたことも大きい。僕一人じゃあ、人間関係を広げようなんて思わないだろうし。

「そうか。それは良かった。」

 今回は来る時と違って電車の中は結構人が多く、ボックス席に4人で座っている。僕と田中が向かい合って座り、田中の隣に中村、僕の隣に神埼がそれぞれ座っている。女の子2人は行きと同じく爆睡中であるが。

「田中、寝てていいぞ。僕が起きてるから。どこで降りればいいか僕でもわかるし。」

「そうか。悪いな。ケーシィも疲れてるのに。」

「田中ほどじゃない。心配しないで寝てろ。」

 程なくして、田中も夢の世界へと旅立った。僕は窓枠に頬杖をついて、窓の外へと目をやる。日は沈み、夕闇が辺りを完全に包んでいた。街明かりがぼんやりと浮かび、街灯が流れていく。夕日もそうだが、乗り物から見る夜景も妙に切ない。

「ん?神崎…?」

 神埼が僕を突ついた…気がしたが、そうではなく、神埼が僕のほうに寄り掛かってきたようだ。神埼の頭と僕の肩の位置はちょうど良いようで、神埼の頭は妙に安定している。

「…まぁいいか…」

 再び窓の外に目をやる。後1時間ほど、幸せな時間が過ごせそうである。


 目的の駅が近づいてきたところで、ちょうど良く神埼が目覚めた。

「うわ、浅井君、私を襲ったな?」

 寝起きでも絶好調である。

「襲わないから。仮に襲うならこんな中途半端なところでやめないから。」

「浅井君、そんな願望があるだなんて…」

「…不覚。」

 エクスクラメーションマークと三点リーダを一つつけていないが、決して機嫌が悪いわけではない。まだ田中と中村が寝ているから静かにしているだけだ。どうせ起こさなければいけないわけだが。

「おい、たな…。」

 田中を起こそうとしてふと思いとどまる。確か田中は神埼のことが好きだったと言っていた。ということは起こす前にやっておかなければいけないことがある。

「神埼。」

「ん?なに?」

「僕の肩から離れろ。」

 神崎にとって、僕の肩は相当具合がいいらしい。


 田中と中村を起こし、僕たちは駅のホームへと降り立った。この辺りは割と街中であるものの、あくまで地方都市。夜になれば辺りは予想以上に暗くなる。

「それじゃあ、みんな集まってくれてありがとな。」

 田中が代表して一言。できた男である。それぞれ田中への感謝を述べ、解散ということになった。また夏休み明けに、と手を振る。

 田中は自分の電車に乗る前に、中村を送って行くらしい。中村は一度断わったが、結局同意した。田中…罪な男。

 そして僕は駐輪場に止めておいたバイクに来た時と同じように荷物を縛り付ける。以前一人旅をした時からつけっぱなしのサイドバッグも一応あるのだが、それに積み替えるのはさすがにめんどくさい。最近のバイクの積載性のなさはどうにかならないのか…。

「ねぇ浅井君。」

 今度はもう驚かないぞ。三度目の神埼である。神崎が駐輪場に来るとは、まさか自転車で来たのだろうか。

「神埼は自転車?てっきり迎えが来るのかと思ってたけど…。」

「ううん、来る時は歩いてきたし、迎えも来ないよ。」

 神埼の家はここから近いのだろうか。男と違って女の子の泊まりの荷物となれば、そこそこ量はあるはずである。

「神崎の家はここから近いの?」

「ううん、陸橋の近く。」

 この町で陸橋があるところは一か所しかない。

 めちゃくちゃ遠いじゃん。来る時歩いてきたの?朝何時起きだよ。今から歩いて帰るの?物騒ってレベルじゃねぇぞ。

「そ、それはやめたほうが良くない?疲れてるだろうしさ、暗くて危ないし…」

「うーん、だけどタクシーに乗るお金はないしなぁ。」

 僕のことを見つめる神埼。こいつ、眼力すごいな…。恋に落ちるぞ。

「な、なにかご用ですか…?」

 またしても下手にでてしまった。何やってんだ僕は。

「いや、後ろに乗せてくれないかな、と思って。」

 そういえば8月で免許取って1年になるなぁ。


 神埼にはそのまま待ってもらい、深夜まで開いている大型量販店(幸い近場)まで行ってヘルメットを買ってきた。なんで僕は人のヘルメットのために有り金はたいてるんだか…。その後僕の荷物と神埼の荷物をサイドバッグに振り分けて、いざ出発である。

「神埼は運がいいな。もし僕がサイドバッグ外してたら、タンデムできなかったぞ?」

「サイドバッグ?タンデム?良く分からないけど、私が運がいいってことは分かった!」

 もうお前が幸せそうでなによりだよ。全く。

「じゃあここのステップに足を乗せて、落ちないようにシートについてる紐をちゃんと…」

 わざわざこっちが乗り方を説明しているというのに、それを聞き終わるより先に神埼は自分の体を固定していた…僕の背中に。

「あれ違う?なんかこんなイメージなんだけど。」

 僕の腰に手をまわし、すっかり落ち着いている神埼。あの、胸あたってます。ベタな展開。

「いや、しっかりつかまれよ。」

 キリッ。僕はイグニッションをONにし、セルスターターを押す。もちろんエンジンがかかるんだけど、この感じがいちいち好きだ。…妙な目で見るんじゃねぇよ。

「あ、エンジンかかった!へぇ結構静かなんだね。」

 世間のバイクへのイメージは爆音マフラーのせいかやかましいのが普通のようだ。早く取り締まりで捕まっちまえ。

「マフラーが純正だし、まだアイドリングだから。回転数上げればそこそこ音は出るよ。」

「マフラー?アイドリング?良く分からないけど、これから凄くなるのは分かった!」

 うん、良く分かってるよ神埼。僕はバイクの説明を諦めて走り出す。

 後ろで神埼がはしゃいでいるのがわかる。アクセルを開き、さらに加速する。


 約15分ほど走って、神埼の家までたどり着いた。大体60km/hで走ったとすれば、駅から15kmは離れていることになる。実際はもう少しゆっくり走ったからもう少し短い距離なのだろうが、だからと言って10kmほどの道のりを神埼は歩いて来たという事実に変わりはない。しかも早朝に。

「ありがとー助かったよ~、また歩いて帰るのかなぁって思ってたから。」

 思うなよ。さらっと言うなよ。

「役に立てたなら良かったけど…家の人迎えに来てくれたりとかはしてくれないの?」

 神埼の家はお世辞でも何でもなく、立派な家だった。電気も点いているし、留守なわけでも、既に寝てしまっているわけでもないように見える。駐車場には普通車が2台駐車されている。その横にひっそりと置かれている自転車(おそらく神埼が使っているものだろう)だけが妙に家の雰囲気にそぐわない気がした。

「あぁー、なんていうか、放任主義なの、うちは。お父さんもお母さんも何もしてくれない代わりに、私は好きなことさせてもらってるの。だから気にしないで。」

 神埼は僕に笑顔を見せる。普通ならば、何の問題もない、両者が納得している家庭なんだと判断するかもしれない。でも僕には、その裏の寂しさがはっきりと感じとれる。

「…ご両親と何かあったのか?」

「…別に…何でそんなこと訊くの?」

 明らかに渋い顔をする神埼。

 踏み込んではいけない領域だとわかっていたのに、わざわざ踏み込んでしまった。結局僕も、僕の心に踏み込んでくるやつらと大した違いはないのだと、自己嫌悪になる。

「いや、何となく…」

「何となくでそんなこと訊かないでよ…!!」

 僕のことを睨みつける神埼。僕にはそれを見返すことしかできない。神埼の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「…浅井君は鋭いね…私、結構上手く笑顔作ってたと思うよ?でもそうやって見透かしちゃって…分かってたんでしょ…?なのにかける言葉はそれ…?」

「……」

 返す言葉がない。

 神埼の笑顔の裏まで深読みして、神崎にとって辛い話題であろうとことはわかっていたのだ。にも関わらず、無神経にその話題に食いついた。自分の愚かさに吐き気がする。

「ごめん…僕が勝手に踏み込んでいい話題じゃなかった…ごめん。」

 謝ることしかできない僕。結局、僕は無力で、どうしようもない、役立たずでしかない。

「…そうじゃなくて…!!」

 神崎が苛立ちのこもった声をあげる。…そうじゃない?僕はよくわからなくなる。

 はぁ、と息を整えながら、神埼は言う。

「…浅井君は肝心なところで鈍いね。私が何言いたいかわからない?」

「……」

 神埼は僕の顔を両手でつかむと無理やり自分の顔へと向かせた。神埼の顔がぐっと近づく。

「『何となく』でそんなこと訊かないでって言ってるの…!!」

 嫌でも僕と神埼の目があう。神埼の瞳から涙が零れる。

 その時、神埼の目からふっと怒りの色が消えていくのが分かった。

「ごめん、浅井君、私やりすぎだね…。」

 僕の頭を掴んだまま、神埼は続ける。

「浅井君、私は浅井君から何を訊かれてもいいと思ってるよ。家族のことだって、全然平気。それくらい浅井君のこと信じてる。だけど、『何となく』なんかで私の心に踏み込んでくるのは許せない…これだけはわかって。」

 この2日間で、僕と神埼は急激に距離を縮めたと思う。だがそれは同時にお互いの信頼を深めるということでもあった。仲が良いからこそ、相手に対して真剣に向き合う必要がある。親しき仲にも礼儀ありとは、古人もなかなかいいことを言う。

 にも関わらず、僕は神埼の信頼に応えなかった。「何となく」で神埼の心に踏み込んだ。神埼とちゃんと向き合っていなかったのだ。

「…わかっ…」

「それなら。」

 僕の言葉を遮って、神埼は言う。

「私の言うこと一つ聞いてよ。」

「……」

 神埼の手はしっかりと僕の顔を掴んだままだ。お世辞にも格好いいとは言えない。

「私とキスしなさい。」

 神埼を傷つけ、泣かせ、キス…いやおかしくない?その流れはおかしくない?そもそも僕と神埼は付き合ってたっけ?

「…えぇ…」

 ぽかーんと間抜けな顔を晒している僕。

 神埼がじっと僕の目を見つめている。この眼力はヤバい。恋に落ちました。

「もう、浅井君チキンだね!」

 ぐいっと顔を無理やり引き寄せられる。そこから先は何も言うまい。


 いったいどれくらいの時間だったのかよくわからないが、神埼はようやく僕の頭を解放してくれた。2秒だったのかもしれないし、2時間だったのかもしれない。…2時間はないか。

「神埼。」

「なんだね浅井君。」

 微妙に僕の真似をする神埼。だから似てるって。

「神埼は好きでもない相手とキスする人じゃないよな?」

 無粋とはお前のことだ。答えの分かりきった質問をする、無様な男の姿がそこにはあった。

「…?私ちゃんと浅井君のこと好きって言いましたけど。」

 やばい、好きってはっきり言われるとめちゃくちゃ照れる。

 しかし、そんなこといつ言われただろうか。今日は電車で帰ってきて、その前に山に登り、その前に朝御飯を作り、その前に米を焦がし…あぁ。

「た、確かに言ってますね…」

「もしかして覚えてなかったの?それちょっとひどくない?」

 ひどいですひどいと思います。もう救いようのない愚かさだと思います。

「まぁいいけど~。ところで浅井君、それに対して浅井君の返事は?」

「へ、返事…?」

 わかってますわかっていますよ。普通返事をするもんですよね。

「まさか舌まで入れといて変な答え言ったりしないよね。」

「はっきり言うなよ!誰も聞いてなくても恥ずかしいわ!」

 神埼は僕と違って確信犯なので、周りに人がいないのは間違いないのだが、なんだろう、この恥ずかしさ…。今まで告白したこともされたこともないしな…。でも、神埼とより深い仲になれるなら、これくらいのこと何でもないような気もしてくる。


「神埼、一つ約束をしよう。」

「ん?なに?」

「お互いに、ありのままで接しよう。誤魔化したり、隠したりするのはなしで。」

「…はは、浅井君らしいね。分かった。約束します。」

 神埼が笑顔になった。この笑顔が、これからどれだけ僕を幸せにするのだろう。僕の前途は意外と明るいかもしれない。


「それじゃあ、また用があったら呼んでくれ。」

 僕は再びバイクに跨りながら神崎に向けて言う。

「…ほえ?」

「お前の送り迎えは僕がする。他のやつには譲らない。」

 イグニッションON。セルスターターを押す。

「…あ、浅井君、アッシー君だね。」

 お前はまだバブル時代なのか。自分の彼氏をアッシー君だねって。どうも神埼が相手だと締まらないなぁ。まぁそれでもいいか。

「あ、浅井君!」

 神埼の声に無言で手を振り、走り出す僕。

「まだメルアド交換してなくない?」

 ぷすん、とエンストする僕の愛車。

 お互いの連絡先も知らないまま付き合い始めた男女の姿が、そこにはあった。


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