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8月3日 午前6時~

 風が良く抜けるからなのか、意外なほどテントの外は涼しい。Tシャツ1枚では肌寒いくらいだ。僕は昨日夕日を見ていた岩に座り、逆の方向を向いて朝日が昇るのを待っている。


 昨日の夜、男女4人が一つ屋根で寝るという奇跡のシチュエーションであったにも関わらず、何のイベントも起こらなかった、ということもある意味奇跡だろう。まぁ、昼間に山中を歩きまわった疲れでみんなあっという間に寝てしまった、というのが大きな要因ではあるけど。

 そんな平和な就寝であったにも関わらず、なぜ僕がテントの外で朝日を迎えているのか。


 それは午前5時のことである。

 ドイツのアウトバーンを猛烈な勢いで飛ばしている僕が、事故で盛大に吹き飛んだ。

最初は状況がつかめなかった。しかし、徐々に目が冴え、意識がはっきりしてくると、事故の全貌がわかってくる。

 中村の踵落としが、僕の顔面に直撃していた。


 中村の声の目覚まし時計があったら、僕は一日で粉々にしてしまうだろう。憎しみを込めて、何度も殴り続けるに違いない。しかしまぁ、そうとばかりも言ってはいられないので、こうやってテントを這い出て、朝日を迎えているというわけだ。なぜ同じ向きで寝ていたはずの中村の踵が僕の顔面にあったのかはよく分からないが、おかげで眠気は全くない。

「僕は意外と低速トルクあるのかもしれないな。」

 なぜまた車のエンジンに例えたのか自分でもわからないが、そんなことを呟く僕。

 昨日の日没とは逆に、山の端が徐々に白み始める。

「トルクってなに?」

 思わぬ声にビクッとする僕。周りから見てもビクッとなったのが分かったのでは、と心配したが、ここには僕と声の主以外誰もいないのだから心配する必要ないじゃん。

「ふふ、驚きすぎ。おはよう、浅井君。」

「お、おはよう、神埼…」

 どうせなら起きてすぐ目に入ったのが中村の踵ではなく神埼の顔なら良かったのに。

「あ、トルクっていうのは回転軸に対する力のモーメントで…」

「んーめんどくさそうだからいいや。」

 僕の説明をざっくりと切り捨てる神埼。じゃあ訊くなよ。

「ねぇ浅井君、昨日私たち晩御飯作るのサボっちゃったからさ、今日の朝御飯は、私たちで作ろうよ。」

 神埼は朝からにこやかな笑顔で言った。ちょっと寝ぐせでアホ毛が立ってるけど、それはそれで可愛い。

「僕は昨日洗いものを―」

「よし、じゃあ決まりね!」

 半ば強引に僕の手を引き、炊事場へと向かう神埼。

 僕の周りの女の子は、基本的に僕の話を聞いてくれないらしい。


 昨日は鍋を洗っていた場所で、今日は米を洗っている僕。基本的に洗い物は得意な僕であるが、米を洗うのは嫌いだ。だって綺麗にならないんだもの。むしろあんまり綺麗にする必要はないと言われたりする。許せない。僕のプライドがそんなことは許さない…。

「浅井君、お米まだ?」

 はいただいま、と返事をする僕にプライドなんて全くなかったと思う。笑うなら笑え。

僕がぐだぐだと米を洗っているうちに、神埼はあっさり味噌汁4人前の準備を済ませていた。手際いいね、と僕が誉めたら、それは浅井君の手際が悪いだけだよ、と返されてしまった。立場のない僕。

「ねぇ浅井君。」

「なんだね神埼。」

 米が炊けるのを待つ間、少し時間ができた。いつの間にか日が昇り、すっかり明るくなっている。

「田中君とは付き合ってるの?」

「付き合ってねぇよ!僕BLじゃないから!」

「あ、間違えた。田中君とは付き合い長いの?」

 てへっと舌を出す神埼。か、可愛いけど…!その間違え方はおかしい!

「まぁまぁ長いよ。小学校はずっと一緒だった。中学校は別になったけど、高校でまた一緒になってだらだら続いてる感じかな。」

 まぁまさか中学校の間に中村と付き合ってたとは知らなかったが。

「ふぅん、じゃあ田中君のことだったら結構わかる?」

 そう言われると微妙だ。知らないことも結構あるし、むしろ感情が読み取れないのは田中だけなのだから。

「まぁ…ある程度は。」

「そっか、じゃあ田中君が誰のこと好きかわかる?」

 わかるわけないだろ、と言えない現状が憎い。なんでこのタイミングでこの質問…!!

「さ、さぁ…?」

「はは、浅井君、嘘吐くの下手だね。」

 口に手をあてて、軽快に笑う神埼。案の定バレバレである。なんてこった。

「まぁ、別に秘密にされてもいいんだけどさ。実は宏美が田中君のこと好きらしくて。もし宏美のこと好きだったらいいなぁ、みたいな。」

 田中、今夏は桶屋が儲かりそうだな。

 続々と発覚する新事実。いかん、僕の処理能力が限界を迎えそうだ。

「そ、そうか、田中もやるなぁ、ははは」

「その分だと別の人が好きなんだね。残念だなぁ宏美…」

 情けない浅井啓司。穴があったら入りたい。そのまま埋められたい。あ、やっぱりそれは嫌かも。

「神埼は好きな人とかいるのかよ?」

 自分の情けなさを誤魔化すために、神埼に無茶ぶりする僕。より一層情けないぞ浅井啓司。

「私?私は浅井君のこと好きだよ?」

「……」

 そういう微妙な言い方されるとマジで困る。それって人として?恋愛対象として?嘘かどうかとか言葉の裏の感情とかは嫌でもわかるのに、またしても肝心なところで役に立たない僕の能力。

「ところで浅井君。」

「なんだい神埼。」

「お米っていつ炊けるの?」

「…!!」


 その日の朝食には8割お焦げの御飯が並びました。

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