同日 午後9時~
周囲が真っ暗になった頃、田中と中村の元へ戻ると、晩御飯からテントに至るまで準備万端で2人が待ち構えていた。遅かったね、楽しそうで何より…そういう中村の顔に笑顔はなく。僕と神埼はひたすら土下座。爆笑する田中。こんなところ何やってんだか。
結局、後片付けは全て僕がすることになった。神埼は何故か無罪放免。女尊男卑撤廃求む。ただ晩飯はうまかったので、まぁしょうがない、という気もする。
キャンプ場の炊事場を借りて、しゃかしゃかと鍋を洗う僕。まぁ正直なところ僕は掃除が得意(高校の掃除時間は最も汚い場所に担任が派遣しているほど)なので、特に苦でもないのだけど。
規則的な僕の動きに合わせて、規則的な音を立てる鍋とスポンジ。
しゃかしゃか
しゃかしゃか
…ん?なんだか楽しくなってきたぞ?
「よ、ケーシィ」
ぬっ、と現れる田中。神出鬼没とはお前のことだ。
「俺も洗うぜー飯盒とか洗うの大変だろ?」
田中のこだわりにより、米は何故か飯盒炊飯になった。めんどくさいのに。焦げたら大変なのに。案の定焦しちゃってるし。
「断る。僕は請け負った仕事は完遂する。お前の手は借りぬ。」
僕は田中の手の届かぬところに飯盒を移動させる。ここは譲らねぇ。
「それを断る。俺は言い出したら引かぬ。」
体ごと飯盒まで手を伸ばす田中。田中も譲らない。
しばらくの間、この上なくくだらない洗い物の争奪戦が行われた。こんなことしてないで鍋を洗えば良かったのだろうが、如何せん2人とも頑固なのである。
約10分ほど戦ったところで、飯盒を1つだけ田中が洗うということで一応の決着をみた。再びしゃかしゃかと規則的な音が辺りを包む。
「なぁケーシィ」
「なんだね田中」
いつもの会話。なんだかんだ言って、僕と田中の仲なのだ。
「神埼さんってさぁ、俺のこと好きだと思う?」
ぶっと噴き出す僕。何言ってんだこいつ…思春期か?
「…さぁ?」
「そうか、さすがのケーシィでもわからないか。」
いや、わかるけどな。神埼は今現在、誰のことも好きじゃないはずだ。少なくとも僕たち2人のことは好きじゃない。誰かのことを好きになった時は、目に見えてわかる。
「恥ずかしい話なんだけど、俺多分神埼さんのこと好きだ。」
「ベタな展開だな、田中よ」
まぁわかってたけど。中村から神埼が一緒に来るのは田中のリクエストだ、と聞いた時からそんなことだろうとは思っていた。そもそも別のクラスの女子を誘うなんて、それ相応の理由があるに決まっている。
しかしまぁ、そんなことを言うのは野暮なので、僕は気付かなかった振りをするのだ。役者浅井啓司。
「…気づいてた?」
「いや、僕はてっきり中村のこと好きなのかと思ってた。下の名前で呼び合ってたし。」
これはまんざら嘘でもない。中村から先に話を聞いていなかったら、本当に付き合えよ、と思っていただろう。
「宏美とは中学からの縁なんだ…実際ちょっと付き合ってたし。」
がしゃん。おっと僕としたことが手を滑らせてしまったよ。
「ケーシィは別の中学だったから知らないか…中2の時に少しだけ付き合ってた。だけど俺にとっては彼女って言うより友達だったんだろうな。宏美には悪いけど、すぐ別れちゃったよ。その後しばらく何もなかったんだけど、今年同じクラスになって、また遊んだりしてる。」
「お、おう…そうか…」
役者浅井啓司降板。動揺ばればれである。
「それで、今俺は神埼さんのこと好きなんだよ。」
「ぼ、僕にそれを言ってどうする…」
「いや、一応な。俺とケーシィの仲だし!」
にかっと白い歯を見せる田中。茫然とする僕。
このままだと田中は遠からず神埼に告白するだろう。深読みすれば、これは僕への牽制とも読める。このキャンプに来て、僕と神埼は急速に会話が増えている。それに焦った田中は僕に意味深な言葉をかけ、僕がまごついているうちに神埼に告白してしまう、と。よくできた三角関係じゃないか。小説にできるぞ。
「ケーシィ、今日洗い物のペース遅くないか?俺終わったぞ。」
「あ、ああ、入念にやってるんだよ…」
僕は嘘を吐くのが下手だと、今日わかった。
「じゃあ俺戻るぜ。あとはよろしく!」
さっそうと去っていく田中。
あの田中が、僕を牽制?僕はちょっと発想が汚くないか?田中と僕の仲だからこそ、田中は自分の気持ちを正直に伝えてきただけだろう。そもそも僕が神崎に告白する予定はないのだ。あ、全然問題ないじゃん。
「はぁ…」
肝心なところで人の気持ちがわからない。全く、僕の能力は役立たずである。
ようやく鍋を洗い終わった僕は、田中が置いて行った飯盒に手を伸ばす。
「…はぁ…」
田中、これは洗ったとは言わない。
焦げ付いた米がしっかり残った飯盒が、そこにはあった。




