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同日 午後7時~

 神の試練に耐え抜いた僕が満身創痍で予定の場所までたどり着くと、田中と中村がテントを取ってきたところだった。中村が説明してくれたが、何とここは田中の祖父の経営するキャンプ場なのだそうだ。道具は大方借りることが出来るため、ほとんど準備はいらなかったらしい。恐るべし田中家。…そんなことより僕を労え。


 その後は中村曰く「探検」に出かけ、野山を延々と歩き続ける羽目になった。僕たちが通う高校はそこそこ街中にあるから、自然と触れ合う機会は意外と少ない。中村は蛇を今回初めて見たらしく、シマヘビを見つけた時は絶叫していた。神埼も一緒になって恐がっていたが、どうやら本当は興味津々だったようだ。普通の女の子なら恐がるだろうと判断したのだと思う。

 僕と田中の家は高校からは遠く、田中は電車通学、僕はバイク(原付ではなく250cc。16歳になった直後に免許を取り、親と大ゲンカした末に手に入れた)通学だ。僕と田中が通っていた小学校はかなり山中にあり児童数も少なかった(全校で15人とか)。僕と田中の遊び相手は自然だったと言っていい。山の中にあった滝に打たれて修行ごっこなんてしていたのはアホらしい思い出である。だから今回の「探検」でもあまり驚くようなことはなかったが、田中と昔話で盛り上がり、中々楽しい時間を過ごすことができた。


 そして今、僕は草原にあった岩に腰かけ、沈みゆく太陽を眺めながらたそがれている。雲がゆっくりと流れ、空は写真でしか見たことがないような綺麗な夕焼けである。色の名前に「スカイブルー」はあるのに、「夕日レッド」がないのはなぜだろう。この空の色をうまく表現できない自分がもどかしい。


「ねぇ。浅井君。」

「神埼さん…」

 いつの間にか神埼が隣に座っていた。膝を抱えるようにして小さくなっている。歩き回って汚れたからと、Tシャツにジャージというラフな格好に着替えているが、これはこれで可愛い。

「さん付けとかしなくてもいいよ?私と浅井君は変人仲間なんだから。ところで、今浅井君が何考えてるかあててあげる。」

 にやり、と神埼が笑みを浮かべる。変人仲間という表現は何か引っかかるが、まぁ仲が良いってことだと思っておこう。

「『誰かから足を踏まれるのって、実は幸運なことじゃないか?』」

「それじゃ僕ドMじゃないか!足踏まれたら普通に痛いから!」

「『この痛みが堪らないのだー!』」

「だからMじゃないから!縛られるより縛るほうが好きだから!」

「浅井君…私そういう趣味はちょっと…」

「……不覚!」

 僕の真似をしながらとんでもないことを言う神埼。微妙に似てるから困る。

「はは、冗談。私は浅井君が並みの変態じゃないって分かってるよ?」

「ほぉー僕は足を踏まれて喜ぶようなレベルではないと…」

 僕ってそんなにレベル高かったんだ、すげー。

「まぁそんなことはどうでもいいんだけど、本当は何考えてたの?」

 やっと普通に聞いてくれる神埼。ちょっと物足りない気なんてしてない!してないよ!

「あぁ、いや…昼間、山の中歩きまわっただろ?そしたら小学校の頃のこと思い出して。山の中走り回って、毎日楽しくて…いい思い出なんだ。だけど、去年廃校になっちゃってさ。ちょっと切なくなってたんだよ。」

「ふぅん…小学校かぁ…」

「あの頃は楽しかったなぁ…」


 小学校は、僕がみんなと一緒にいることができた唯一の期間。

 中学校に入学した時、僕には人の考えが分かる―そのことに、気づいてしまった。


憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎い。


 その感情がどこからともなく感じられたのだ。

 それは、僕の心を世界から引き剥がすのに十分だった。

 それからの僕は、常にみんなから少し離れた存在になった。みんなの心に干渉することが、みんなの心を知ることが、みんなの一挙一動が、とにかく恐かった。僕は、小説の登場人物を辞め、読者であることに徹したのだ。ストーリーに関与しない、ただ、見ているだけの傍観者に。


「浅井君?」

 神埼の声ではっと我に帰る。

「…大丈夫?」

 そんなに長い時間無言だったわけではないと思うけれど、気付けば僕は汗をかき、眉間に皺をよせ、歯を食いしばっていた。そんな僕の姿が、神埼を心配させてしまったらしい。

「あ、ごめん…大丈夫だよ。」

「……まぁいいけど。」

 どうしたの、と言わないのか。

 神埼がどこまで考えているのかはわからないが、訊かないでいてくれるのは僕にはありがたかった。ただ黙って、僕を受け入れてくれる、そんな安心感があった。


 僕はまだこの問題について考えがまとまっていない。どうすればいいのかわからないし、人にどのように話せばいいのかもわからない。そもそも何に困っているわけでもないのだ。むしろ僕のようになりたいと思う人だっているかもしれない。極端な話、ただ気が滅入るだけ。結局、これは僕だけの問題なのだ。他人に話す必要はないし、話したくもない。

 それをわかってくれる人は少ない。逆に話さないことに怒りだす人間さえいる。何を隠しているんだ、話してみろ。親切なふりをして、土足で僕の心に踏み込んでこようとする。少なくとも僕の周りにはそういう人間ばかりだった。

 だからこそ、訊かないでいてくれる神埼に安心するのかもしれない。


 山の端に残る僅かな夕日が、山のシルエットをくっきりと映し出す。


 空に残された赤が消えていくのを、僕と神埼はいつまでも見ていた。

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