12月18日 午前11時~
~エピローグ~
冷戦時代に熾烈な競争を繰り広げ、人を地球から解放した宇宙開発であるけれど、現代となっては一つのビジネスでしかない。今から8年前だったか、確か東欧。民間企業が独自開発した人工衛星の打ち上げに成功したのだ。莫大な資金と人材が必要だった宇宙開発が、国の手を離れた瞬間だった。当時は世界中に緊張が走ったと思う。打ち上げロケットの開発と、弾道ミサイルの開発との間に、大きな違いはないからだ。しかし、しぶとく世界はまだ生きている。きっと僕たちの知らないところで極秘裏に何かがあったのだろう。そろそろそれをテーマに適当なストーリーの映画でも公開されるんじゃないだろうか。
しかし技術の進歩ってのは止まることを知らないようで、国家、民間双方が宇宙探検に乗り出し、次々と惑星への着陸を成功させている。そういえば先日ニュースで見たのだが、そろそろある探査隊が地球から連絡ができる限界の距離に達するらしい。今でも相当な時差のある連絡になっていたはずだが、遂に連絡ができなくなるのか。宇宙飛行士たちはどんな思いで宇宙を旅しているのだろう。もし僕だったら、割とマジで発狂する。
「あれ、珍しくテレビ見てるんだね。」
寝室から出て来た優希は目を擦りながら僕に声をかける。寝ぐせが激しく自己主張しているが、そんなことは全く気にならないらしい。日頃もどこか抜けている優希だが、休日となるとその抜け具合は凄まじく、太陽が高くなってから起きてくることも珍しくない。
そして僕はと言えば規則正しい生活が災いして、きっちり朝6時30分に目が覚めてしまった。もちろん隣で優希は爆睡中で、溺愛している猫さえ相手にしてくれない。しかも外は雨。走りに行くこともできない。僕は朝御飯を食べ、家中の掃除をして、クラシックのCDを聴き、起きて来た猫に御飯を与えてひとしきり愛で、遂にやることがなくなってテレビを見始めたのだった。僕も優希も基本的にテレビよりネットで情報収集するタイプな上、暇があればツーリングに出かけるので、あまりテレビを見ない。そんな僕がテレビを見ているということから、僕がどれだけ暇だったのかを察してほしい。
「優希が相手してくれないから暇だったんだ。」
「はは、啓司寂しかったんだ?ごめんね~」
ノロケである。
テレビは先述の宇宙飛行士の映像を映し出している。まぁこれが最速の放送であっても、映像が撮られたのは結構前のことになるのだが。男女4人ずつで編成された探検隊は、誰もがエリート中のエリートであり、まさしく人類未踏の地…まぁ地ではないが、そこに踏み入るのにふさわしいと言えるだろう。
宇宙飛行士一人一人から一言ずつコメントが述べられる。地球に残してきた家族に向けてとか、大変な名誉であり誇らしく思うとか、そんな感じのコメントだ。
「ねぇ啓司、この人、田中っていうんだね。」
優希がテレビの一番端に映る日本人宇宙飛行士を指して言う。
「あぁ本当だ。」
返事をしながらその宇宙飛行士を見る。色黒の顔、凛々しい顔つき、口元から覗く白い歯。その目は活気に満ち満ちている。
…………!?
「田中!」
僕は思わず叫んでいた。日本人にはさほど珍しくない名字を叫んでいる三十路の男の姿は、かなり滑稽であるに違いない。
「どうしたの啓司?」
「田中だよ!田中和平!」
「…え?…本当に…?」
僕と優希は茫然と画面を見つめた。その画面の中央に、田中の姿が映る。
「どうも、田中です。このように優れた人材に囲まれて、人類にとって初めての試みに臨むことができることを心から嬉しく思います。地球を恋しいと思う気持ちはありますが、私のこの試みを成功させたいという思いは揺るぎないものです。地球の皆さんとは少しの間お別れとなりますが、我々は必ず帰ってきます。帰って、みなさんに我々の見たものをお話します。きっと皆さんの世界は大きく広がると思います。人類はもっと大きくなれるでしょう。世界は思った以上にわくわくすることで溢れています。今日が良い日だった人も、そうでなかった人も、大丈夫です。明日はきっと良いことがありますよ。それではみなさん、またお会いしましょう。」
はい、映像はここまでとなります。我々日本人の中からこうやって―
ニュースキャスターがコメンテーターと話し始めた。
僕と優希はまだ画面を見つめている。
「あいつ大きすぎるだろ…」
「…もしかしたら太陽系…銀河系でも狭いんじゃない?」
そうかもしれない。
僕と優希は、顔を見合わせて笑った。
「そうだ!」
今度は優希が叫ぶ。優希の思いつきは大抵無茶苦茶だが、今回はいいことを思いついたようだ。
「天体観測しようよ!高校の頃行ったキャンプ場行ってさ!」
高校の頃、キャンプ場…。
田中の祖父が経営していたキャンプ場。今も田中の祖父が経営しているのかはわからないが、確かに天体観測にはうってつけだった気がする。
「あぁ、そうだな。行こう!」
いつの間にか雨も止み、日が差し始めていた。なんという好都合な展開。
「もしかしたら田中が見えるかもな。」
「ふふ、そうだね。田中君大きいし。」
優希とまた顔を合わせて笑う。
「中村も誘う?」
僕は優希に尋ねる。中村は国営放送のアナウンサーになっていて、かなり多忙らしい。
「うーん…宏美を誘うのは…」
優希は少し考えたようだが、首を横に振った。
「田中君が帰ってきてからね。」
そうだな、と僕が優希の言葉に従うと、それじゃあ、と優希は早速準備を始めようとする。
いや、その前に。
僕はわざとらしく下手に出て優希に言った。
「ランチに致しませんか?」
いつの間にかテレビは天気予報に変わっている。
今日から明日にかけて、全国的に晴れるらしい。
これでこのお話はおしまいです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。




