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同日 午後11時~


 それからだらだらとバイクを走らせてうちに帰ってきた。携帯も腕時計も持たずに出て来たので、どれだけ時間が経ったのかはよくわからない。

「ただいま…」

「あ、おかえり啓司。女の子連れて来たって?やるな~お前も。」

 いつの間にか父が帰ってきている。母と2人並んで居間のテレビで映画鑑賞中だ。

「あ、啓司、女の子置いてどっか行ったらダメでしょう?」

「そうだ、誰かに襲われたらどうするんだ。」

 家の中にいるんだから襲うとしたら浅井家の人間しかいないだろ。

「あぁ、気をつけるよ…」

 相手をする元気はない。話もそこそこにして自分の部屋に戻る。

「あ、おかえり啓司。」

「あ、おかえり浅井君。」

 僕の部屋の真ん中にチョコレートやらポテトチップスやらを並べて、2人仲良く座り込んでいる姉と神埼。

「何やってんだよ…」

「何って、啓司と優希ちゃんがどこまでの関係なのか聞いてるだけだけど?」

「聞くなよ…神埼だって困るだろ。」

「キスして舌まで入れましたって言っただけだけど?」

「言うなよ!!」

 これ以上話されても困る。というわけで姉にはご退場頂いた。


「お姉さん面白い人だね。びっくりしちゃった。」

「僕は神埼のおしゃべり具合にびっくりだよ…」

 なんで自分の姉にどこまでやったかを彼女から暴露されているかは良く分からないが、今までも分かったためしがないし気にしないことにする。

「それで…田中君は?」

 神埼は恐る恐る僕に尋ねる。

「死んでなかったよ。だけど…」

 僕は迷ったが、神崎だって田中の友達なのだから、話しておくべきだと判断した。

「近いうちに、田中は僕たちの前からいなくなるかもしれない。」

 それから、僕は田中と話したことを神崎に伝えた。田中が海外に行くと言っても、神埼は思ったより驚かなかった。むしろ、納得という顔だ。この子はどこまでわかっているのだろう。

「そうか…いなくなっちゃうのか。けど、田中君のことだからそんな気もしてた。彼にはこの町も、この国も狭すぎるもん。」

 田中君はさ、と神埼は言う。

「大きすぎるよね。人として。」

「大きすぎる…」

「イメージだけどね。そんな感じ。」

 大きすぎる、田中にとってはそれが一番ぴったりな気がした。そんな田中がもっと大きくなる?地球では足りなくなるんじゃないか。

「田中、宇宙とか行きそうだよな。」

「うん、そうだね。行ってそう。」

 神埼は僕を見て笑い、僕も神埼を見て笑った。


 その後、時間が時間であるから、神埼を帰らせるかどうかが問題になった。僕の家から神埼の家までは大体20分ほどかかるから、神埼の家に着く頃にはかなり遅い時間になってしまう。

「ねぇ優希ちゃん、今日うちに泊まったら?着替えとか私の貸してあげるから!」

 僕たちが悩んでいる気配を察知したのか、部屋へとダイナミック入室してきた姉。扉は足じゃなくて手で開けやがれ。

「えぇ!いいんですか?凄く助かります!」

 しかしこの神埼、ノリノリである。

「おい神埼…無断外泊とか大丈夫なのか?普通はまずいんじゃ…」

 浅井君、と神埼は僕の言葉を制す。

「私は普通じゃないよ?」

 寂しさも少し感じられるものの、ほとんどウキウキな心境の神埼。僕はあなたが楽しそうで何よりです。

「じゃあきまりだね!父さんと母さんには私が話しとくから!」

 ドタドタと階段を駆け下りていく姉。扉ぐらい閉めやがれ。

「ふふ、お姉さん、妹が欲しかったんだって。だから年下の私と一緒にいられるのが嬉しいらしいよ。」

 聞いてもいないのに神崎が解説してくれる。悪かったな弟で。

「でも浅井君のことも大好きみたいだね、あの様子だと。」

「当事者同士じゃよくわからないよ…ところで神埼、明日の準備とかどうするんだ?」

 僕は明日のことを心配して、神埼に尋ねる。僕たちに小説のようなイベントが起ころうと、学校は無関係なのだ。都合良く休みになってくれるわけではないし、普通に授業が行われる。僕はともかく、人前では優等生な神埼はさぼるというわけにもいかないだろう。

 しかし、神埼は僕の言葉が理解できなかったようで、あっけにとられた顔をしている。あれ、そんなに変なこと言ったかな…。

「浅井君、明日は土曜だけど、何か準備するものある?」

 曜日感覚が狂うって、意外と恐ろしいことだったんだね。


 と、いうわけで何の間違いか神埼はうちにお泊まりである。僕の両親は咎めるどころかノリノリである。年頃の息子が女の子うちに泊めるっつってんだからもっと咎めろよ。

 そしてさらにノリノリなのが姉である。もう勘弁してくれ。

「優希ちゃん、私の部屋で寝るでしょ?啓司は危ないよ?」

「人を痴漢みたいに言ってんじゃねぇよ。まぁ神埼がそっちで寝ることに反対はしないけどさ。」

 さすがにいきなり一つの部屋に2人きりというのは気が引けるし、神埼もそっちのほうがいいだろう、と僕は思っていた。が、甘かった。

「ありがとうございますお姉さん。でも…私…啓司君の部屋で寝ます。」

 顔赤らめて何衝撃的なこと言ってんだこいつ。

「あ、そうだよね、私ったらなんて野暮なことを…!じゃあ後は若い2人で楽しんでね!」

 逃げるように自分の部屋へと突入する姉。しかし数秒でまた出て来たかと思うと、啓司、と僕を呼んだ。

「避妊はしなさいよ。」

 唖然とする僕。僕こいつと血繋がってるのか。嘘だろ。

 じゃあ頑張って♪、と扉を閉める姉。二度と出てくるな。

「はは、浅井君の家には面白い人ばっかりだね…羨ましい。」

 姉の部屋の扉を見ながら、呟くように言う神埼。そして元気よく続ける。

「さぁ、浅井君!」

「は、はい何でしょう?!」

 神埼の声にまたしても下手に出てしまう僕。何やってんだ僕は…。

「今夜は寝かせないよ?」

 秋の夜長と言うには少し早い気がするのだが、どうやら今夜は長くなりそうだ。


 色々あって僕と神埼は一つの部屋に2人きりである。まぁ、あとは寝るだけだから特に何もないわけだが。

「じゃあ神埼ベッド使いなよ。僕は床で寝るからさ。」

「それはダメだよ。浅井君がベッド。そうしないと私寝ないから。」

 そう言って神埼は僕の部屋の真ん中に座る。言いだすと聞かないからなぁ神埼は…。

「あぁーそこまで言うならそれでいいよ…じゃあ電気消すよ?」

 カチカチっと電気を消しながら、あ、たまに真っ暗だと寝れない人いるよな、と思い立つ。神埼は大丈夫だろうか。

「神埼、僕はいつも部屋真っ暗にして寝るんだけどさ、それでいい?」

「浅井君が襲ってくるわけじゃないよね?なら真っ暗でいいよ。」

 なんでそんな発想になるのかは分からないが、姉と神崎の仲が良い理由はわかる気がした。

「それじゃ消すよ。」

 カチっという音と共に部屋は真っ暗に。僕はいつもやっているように手探りでベッドへ向かう。でも今日は神埼を踏まないように気をつけなければ。

「痛っ!」

「あ、ごめん!!」

 注意しようと思った瞬間にこれだから、人間ってダメだな…。

「ごめん…大丈夫か?」

「うん、大丈夫…やっぱり踏まれたら痛いね。」

 そこで僕はあることに気付く。僕はまだ電気を消して一歩しか踏み出していないことに。

神埼、と僕は呼びかける。

「ん、何?」

「踏まれに来たな?」

「あ、ばれた?」

 部屋の中央にいたはずの神埼、音もなく僕の足元まで忍び寄っていたようだ。そんないらねぇスキル身につけてんじゃねぇよ。

「浅井君が『この痛みが堪らない!』って言ってたから…」

「そんなこと言ってねぇよ!僕Mじゃねぇし!」

 今度こそ神埼を踏まないようにして、ベッドへと戻った。


 部屋を暗くしたものの、僕はすぐには寝つけずにいた。今日は色々と考えさせられることが多かった。頭の中はぐるぐると回りに回る。疲れているはずなのに、僕の頭は考えることをやめない。

「浅井君。」

 神崎もまだ寝付けないようで、僕へと声をかけてきた。ベッドに横たわっている状態からでは床で寝ている神埼は見えない。

「少しお話しましょう。」

「そうだな。じゃあ何を話そうか。」

「それは浅井君が決めてよ。」

 丸投げかよ。びっくりだわ。

「じゃあ質問…神埼の家族について教えてください。」

「…真面目な話すぎる…もっと楽しい話題にしてよ。」

 なんだよそれ…いくら僕だって困るぞ。

「…ごめん、浅井君。さすがにちょっとイラッとさせちゃったかな。私のこと色々話さないといけないのかなって思うと、ちょっと逃げたくなっちゃって…でも大丈夫、ちゃんと答えるよ!」

 そんなに無理して答えてもらおうと思っているわけではないのだが…神埼の決意は固まったようだ。こうなると神崎は引かない。

 それじゃあ、と言って神埼は語りだした。


 神埼の家は、両親と5歳離れた姉、神埼の4人で住んでいる。両親は大手の会社に勤めており、神埼が小学校に入学した頃にはほとんど家に帰って来なかったそうだ。神埼の両親はかなり優秀な人物だったようで、2人とも学歴こそ高くはなかったが、神崎が小学2年生の頃、会社の重役にまで出世した。しかし、神埼曰く、その頃すでに両親はおかしくなっていた。行動の初めから終わりまで、全てにおいて緊張していた。言葉の選び方まで、まるで演説のようだったそうだ。

「多分、人の視線に囚われちゃったんだろうね。あそこまでになっちゃうと四六時中誰かに見られてるように感じてたみたい。でも、悪い人とか思わないでね。お父さんもお母さんも、実家のほうはお金なくて大変だったらしいから。」

 神崎の姉は、順調に両親の後を追った。周囲からの評判も良く、優秀な子どもに育った。私立中学を卒業し、有名私立高校に入学し、偏差値ランキングの一番上にある大学に合格した。姉の周囲には、同じように優等生が集まった。しかし、姉は徐々に行動に不自然さが目立つようになり、笑顔はまるで仮面のようだったと神埼は言う。対して神埼は、家族の中で異質だった。姉を「優等生」と形容するならば、神埼は「変わり者」だった。小学校では教師に誉められるよりも叱られる回数のほうが多かったらしい。お姉ちゃんはクラスの中で成績でトップだったけど、私はやんちゃさでトップだったよ、と神埼は誇らしげである。そこまで違う姉妹であるが、決して仲は悪くなかったそうだ。

 小学校最後の年、神埼は中学受験を強要された。もともと勉強はでき、合格する実力もあったらしいが、あまり気が進まなかったらしい。そのせいかはわからないが、中学受験は失敗した。神埼はそれでも良かったそうだ。しかし、両親はそのことを認めなかった。受験結果を聞いて激怒し、家族の汚点として、徹底的に神崎を叩いた。家から閉め出されもしたらしい。

「私の小学校生活はこれでおしまい。最高のバッドエンドでしょ。」

 神埼は公立中学校に進んだ。その入学式に、両親は来なかった。ただその日の朝、父親に一言だけ言われたそうだ。―お前は社会の役に立てないんだから、せめて邪魔にならないように普通でいろ―それ以来、神埼は優等生であることに徹したらしい。せめて普通でいようと、自分を偽ってきたらしい。その甲斐あってか、中学校での評判は極めて良く、完璧な優等生を演じきれたという。

 だが中学時代の間で、姉との関係は変わってしまった。神崎が中学2年の時、姉は大学受験に臨んでいた。神埼は家でまで優等生でいようとしてはいなかった。両親は仕事で家を空けているのがほとんどだったし、姉と2人きりのことが多かったからだ。しかし、その姉からきっぱりと言われたらしい。―私はあなたみたいな出来損ないとは違うんだから、邪魔をしないで欲しい―。

「まさかお姉ちゃんからあんなこと言われるとは思わなかったなぁ…自分が優等生をやってるのに、ふらふらしてる私が許せなかったのかもね。」

 姉は大学に合格し、上京してしまった。一言の会話もないままだったそうだ。

 神埼は四六時中優等生を演じ続けた。うちも外もなかった。朝から晩まで、一人でいる時以外はずっと優等生であり続けた。そうすることが神崎が家にいられる唯一方法だった。

 神埼の高校受験の時、中学受験の時とは違い両親は特に何も言ってこなかったという。神崎が両親に恐る恐る聞いたところ、前に言ったとおりだ、とだけ言われたらしい。そして神埼は僕と同じ高校へと進学してきた。


「これが私、神埼優希の家族です。お世辞にも聞いてて楽しい家族じゃないね。」

 はは、と軽く笑う神埼。無理して笑っているのがはっきりとわかる。

「でもさ、別に私気にしてないよ。生きてれば嫌なことなんていくらでも起こるんだもん。感情だってめまぐるしく変わるし。私は今浅井君と一緒にいることを大切にしたいし。」

 僕はかける言葉が見つからない。感情は変わる。そんな当然のことに今さら気付いた。

「あぁ切なくなっちゃった。浅井君、どうにかしてよ。」

 神埼はぶっきらぼうに言う。無茶振りすぎるだろ。僕にどうしろと。

「…えぇ…」

 僕が無様に無能ぶりを晒していると、隣で神埼が立ちあがる気配がした。さらに僕のベッドに乗ってきて、もぞもぞと何かしている。

 これは…まさか…?

「ちょっと浅井君、腕。」

 間違いなく、あれだ。僕は確信する。神埼が僕の腕の上に頭を預けてくる…。

 腕枕じゃん!真っ暗な部屋で腕枕って!ヤバいって。

「…女の子が切ないって言ってるんだから抱き寄せてくれてもいいんじゃない?」

「え、あぁ、うん…」

 僕は神崎に言われた通り、神埼の体を抱き寄せる。神埼の存在を感じる。偽りのない、確かな、神埼優希。神崎が出来損ない?どこがだよ。優等生じゃなくたって、人と違ったって、ここでちゃんと生きてるじゃないか…!


「浅井君…苦しい。」

 ふと我に帰る。いつの間にか腕に力が入っていた。ごめん、と言いかけて神埼に遮られる。

「けど、ちょっと嬉しい。浅井君意外と抱き心地いいし。」

 いやあなたには負けます神崎さん。あなたの抱き心地の良さは抱き枕にして売ればビル・ゲイツもびっくりの売り上げを記録するのではないかと思うほどです。

「放課後って、いい時間だよね。」

 唐突に神崎は言った。真っ暗な部屋に、神埼の声が心地よく響く。

「誰もいない、隔離された空間。この世界に私だけ、なんて感傷に浸っちゃったり。」

 僕の返事を待たずに、神埼は続ける。放課後。僕と神埼が初めて会った場所。お互い顔も名前も知らなかった。けれど、何カ月も前から知り合っていたような、懐かしい、不思議な一体感があった。

「だけど私、やっぱり寂しかったんだね。何かに期待してた。王子様なんて来るはずもないのに。その代わり…浅井君はいたわけだけど。」

 僕の腕の中で微かに動く神埼。王子様の代わりが僕…ちょっと役不足かなーうん。

「私の家族はみんな私から離れていっちゃったけど…浅井君の家族が私の家族になるなら、それも受け入れられるかな…」

「……?それどういう…」

 言いかけて、神崎がスースーと寝息を立てていることに気づく。いつの間にか暗順応した僕は、神埼の安らかな寝顔を眺めることができた。これは反則だろ。可愛すぎるだろ。


 そう言えば神埼の寝顔に惑わされて言いそびれてしまったから、ここで言っておこう。


 僕の話を聞け。

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