同日 午後9時49分~
神埼と話をした後のことはよく覚えていないが、神埼に「早く行け!!」と蹴りだされたことだけは覚えている。とりあえずグローブとヘルメットを掴み、外に飛び出した。すぐにバイクに跨り、田中の家へと飛ばしていった。一体どれだけのスピードが出ていたのかも今となってはわからない。
田中の家は本当にぽつんと山中にある。小学校卒業以来となる田中の家は、すでに真っ暗で駐車場には車もない。とても人が住んでいるとは思えない様子だった。
とりあえず田中の家まで来てみたものの、まず田中が家にいるのかもわからないし、仮にいたとしてこの時間である。どうやって訪ねたものか。本当に自分の出来の悪い頭にがっかりする。
「とりあえずまだ死んでないよな…」
バイクから降りた僕は、そんなことを呟きながら玄関へと向かう。色々考えた挙句、結局馬鹿正直に正面から入ることにした。本当に使えない頭である。
いざ扉の前に立って、僕は固まった。インターホンもない古い扉。僕が小学生だったころから変わっていない。こういう扉ってノックでいいのだろうか?あの頃は馬鹿だったからノックもせずいきなり扉を開けていた。
「不審者注意だぞケーシィ。」
背後から声。
思わずビクッとなったのではないかと心配するが、声の主が主なのであまり気にする必要はない。
「田中…」
「こんな夜に何をしてるかは知らないけど、まぁ入れよ。」
あ、この扉鍵掛ってなかったんだ。
家に上がったはいいが、田中以外の人の気配はない。痕跡すらない。今通された応接間と廊下、田中が入って行った台所以外は真っ暗である。
「はいよ。まぁただのお茶だけど。」
田中がお茶と菓子を持ってきた。そして僕の正面に座る。
「田中、おじさんとおばさんは…?」
田中の両親には小さかった頃お世話になったものだが、今はほとんど会っていない。そもそも家はそんなに近くないから頻繁に来ていたわけではないのだが。
「今父親は中国じゃないかな、母親のほうは多分ドイツだ。」
な、何いってるんだこいつ…。
「すごい顔してるなケーシィ。今どき両親共働きなんて珍しくないだろ?」
いや、僕はそこに驚いてるわけじゃなくてだな…。
両親とも海外ってのは初めて聞いた。じゃあ田中は毎日、この暗い家に帰ってきているのか?どんな心境なのか、僕の想像では足らないだろう。
「それで、俺も海外に出ようかと思うんだ。」
「…は?」
田中の発言に、間抜けな顔を晒す僕。
な、何言ってるんだこいつ…。僕の思考は全く追いつかない。
「俺の視野は狭い!人間として小さい!もっと強い男になろうと思ってな!宇宙まで行けるような男に!本当は高校卒業と同時の予定だったんだが、近いうちには行動しようと思う。最近は準備のために徹夜でな。今日の朝なんか寝ないで始発まで起きてたよ。」
へへ、と田中は軽く笑う。
たかが高校生一人に何ができると言うのか。日本を出るのだって大変だと言うのに、どうするつもりなんだ。
「…なんで今…金だってかかるぞ?高校はどうするんだ。」
「そうだな。けど金は結構貯めたんだぜ?両親からの生活資金の仕送りも節約して貯金にして、アルバイトもやって、結構な額になってる。高校は…まぁ中退だな。」
「お前が部活に入ってないのって…?」
「あぁ、働いてたからな。時間がなかった。」
何食わぬ顔で、田中は言う。
田中の計画は知らないが、準備はかなり進んでいるらしい。
僕と田中は友達だった。だけど、僕の知らないところで、田中は僕よりもずっと大きくなっていたのだ。そして、その田中を今失おうとしている。とりあえず田中が死んでなくて良かったとは思うが、結局僕の前からいなくなってしまっては意味がない。
田中、と僕は呼びかける。
「お前が計画を早めるのって、やっぱり僕のせい…なのか?」
「んんー…まぁきっかけではあるかな。」
田中は少し考えて、視線を泳がせた。
僕はその場で土下座した。頭を床へと何度もたたきつける。
「すまない…僕は…!僕は…!」
「やめてくれよケーシィ。」
田中は悲しげな顔をした。
なぜ?自分を裏切った男が目の前にいると言うのに、こいつはなぜこんな顔が出来る?
「俺はもうケーシィのこと憎いなんて思ってないぜ?まぁ今日は疲れてたから少し感情的になったけど、それも俺のせいだからな。」
原因を自分に求める。田中らしい言葉だった。それに、と田中は続ける。
「こうやってケーシィが会いに来てくれたってことは、俺がケーシィを憎まないようにしたのは間違いじゃなかったってことだ。俺だってケーシィのことを憎んで、すまなかった。」
やめろ、やめてくれ田中。僕は、そんな人間じゃない。
僕は頭を上げられない。田中に優しくされればされるほど、合わせる顔がない。
「俺が今海外に行くってのは、今の俺の意志なんだ。誰のせいでもないよ。だからケーシィがそんなふうにする必要はない。まぁケーシィが謝りたいって言うなら好きにしてくれればいいけど…とにかく、俺は何とも思ってないから、これからは普通にしてくれよ?」
田中は僕の背中を軽くたたくと、そのまま台所へとお茶を下げにいった。
どれだけそうしていたかよくわからないが、田中がもう寝ると言うので、僕も帰ることになった。田中家から見る星空は予想以上に澄んでおり、思わず見入ってしまう。
あれがデネブ?アルタイル?ベガ?あれ?夏の大三角形って言うくらいだからもう見えないのか?
…自分の天体関係の知識の無さをここまで恨んだことはない。
上を見ながらバイクへと歩く僕。田中はバイクのところまで見送りに来てくれた。
「なぁケーシィ、なんでバイクに乗ってるんだ?」
唐突に田中が尋ねて来た。そう言えば、まだ話したことがなかったかもしれない。
「そうだなぁ…なんというか、僕は色々感じたいんだよ。車とか電車とか、そういうのって外の世界から隔離されちゃうだろ?それじゃつまんないからさ、そろそろ寒くなって来たなとか、空気が乾燥してきたなとか、そういうの感じながら生きていけたらいいなって思って。」
「そうか…」
田中は静かに頷いて、だからケーシィは色んなことを感じられるのかもな、と言った。
別にそんなことはないと思うのだが。
「じゃあ僕は帰るけど…田中。」
僕は最後に田中に呼びかける。
「急に僕の前からいなくなったりしないよな?」
「あぁ、もちろんだ。挨拶もなしに消えたりしないよ…あぁでも、」
そこで田中は寂しそうな表情を浮かべて言った。
「その時は宏美にごめんって…それだけ伝えといてくれよ。」
今になってみれば、立派にフラグを立ててしまっていたのだとわかるのだが。




