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5月25日 午後5時30分~

登場人物の名前、出来事は全て架空のものです。

実在する人物とは関係ありません。

 他人の心を読もうとする人は多い。

 顔色を窺う、という言葉はその典型だろう。相手の機嫌をとり、自分が優位に立とうとする。それは社会でも、友人関係でも、恋愛でも、かわらない駆け引きだ。そしてその能力に優れていることを、人は「鋭い」という。

これは人より少し鋭すぎた、そんな人のお話。


5月25日 午後5時30分~


「なぁーなぁー…。」

「……。」

「おい!ケーシィ!」

 肩をはたかれた。僕はヘッドホンをはずし、声の主に向き直る。

「あぁ…田中か…。」

 話しかけてきたのは田中である。ショートにまとめた頭に日焼けした顔。その顔に白い歯が映える。ほれぼれするほどの歯並びの良さに僕はいつも感心してしまう。芸能人は歯が命なら、こいつはきっと不老不死に違いない。

「今度駅前に行こうぜ!新しいゲーセンできんたんだってよ!」

 こいつは今中間テスト一週間前だとわかっているんだろうか。

「あぁ…気が向いたらな。」

「俺はお前の気が向いたのを今の今まで見たことがないぞ!」

 田中はつまらなそうな顔をして、じゃあまた明日、と教室を出ていった。今日は金曜なんだけど。僕はそこで話を切り、またヘッドホンで耳をふさぐ。


 耳を塞ぐと、人の意識はその異常に集中する。ヘッドホンは気を紛らわすために思いついた方法だ。別に耳である必要はないけれど、まぁ見た目的に一番問題がなさそうという理由でそうしている。


 ではなんで気を紛らわす必要があるかというと、僕は人の感情が分かりすぎるからだ。喜怒哀楽の感情は、人の顔や行動、口調、オーラに滲み出る。人間は口で嘘をつくことができても、全身で嘘をつくことはできない。色んな雑念が、僕には感じられる。そして大抵それはネガティブな感情。憎悪。悔恨。不満。面倒。嫉妬。絶望。落胆。立腹。憂鬱。殺意。四六時中誰かの愚痴を聞かされている気分になる。どんなに良いことを言っている教師も、友情を語る同級生も、可愛い声を出している女子も、本当はそうじゃない。その心は汚くて、つまらなくて、脆い。人の考えなど、できれば感じたくない。


 僕と田中は小学校からの付き合いであるが、そのような考えが伝わってきたことは一度もない。何を考えているかわからないのだ。しかし、本来人付き合いはそれが自然だろう。だからそれでいいんだと、僕は思っている。


 ちなみにケーシィというのはもちろんあだ名で、僕が以前から人の心を読んだような発言をすることから、超能力者=エドガー・ケイシーという発想で中学二年の時に名付けられた。誰が名付けたかは知らないが、きっとそいつはポケモンのやりすぎだ。そもそもケイシーは予言者だろ。


 今回はテストのことなど全く考えていなかった田中だが、僕との付き合いはもう4年になる。いつも成績は僕と同じ、いや、僕よりも良かったりする。いったいいつ勉強しているのか?大抵の人間の考えている大抵のことはわかってしまう僕だが、田中だけはよくわからない。もしかしたら田中の頭の中にはスイッチがあって、ON/OFFが自由自在なのかもしれない。


 地元の高校に入学してもう1年と2カ月が終わろうとしているが、僕と田中は共に帰宅部だ。人の集まりが苦痛だから、僕は部活には入らない。人間なんて集まれば誰かが誰かのことを好きになるし、誰かが誰かのことを嫌いになる。わざわざそんなものを感じにいくつもりはない。

 田中はなぜ部活に入らないのか、まだ理由を聞いたことがない。僕よりも運動はできるし、その明るい人間性のおかげで男女問わず人気がある。運動部だろうと文化部だろうとある程度やっていけるんじゃないだろうかと僕は思うわけだが、まぁ田中にも思うところはあるのだろう。


 既に今日も終盤、放課後である。日が沈みかけ、グラウンドは部活動の掛け声で活気に溢れているのだが、ほとんど人がいなくなった教室は静かなものである。もしかしたらこの教室だけ別の世界なんじゃなかろうか、そんな世界に僕一人だけなんじゃないか、そんな気分になって、寂しいもんだな人間なんて…なんてニヒルを気取っているのが僕である。笑うなら笑え。

 そんな僕の独壇場に、足音が近づいてきた。カツカツと足音のペースが早い。女子が来る、と僕は直感する。ただ急いでいる男子、とも思えるかもしれないが、間違いなく女子だと僕にはわかる。根拠などない。けれど、その直感が外れたことはもっとない。田中の場合を除く。

 その足音は僕のいる教室の前まで来て聞こえなくなった。この教室に用があるのだろうと僕はぼぉーっと考えていたが、その考えが晩飯のメニューの想像をするところまで待っても、教室には誰も入ってこなかった。ちなみに僕が晩飯のメニューを考える時とは、暇であることに暇を感じ始めたときである。…さっさと入ってこいよ。

 あまりに暇だった僕は、普通に足音の主を迎えることやめ、非常にくだらないことではあるが、驚かそうと考えるに至った。ちなみに僕が悪戯を考えるのは、暇であることが罪ではないかと心配になった時である。

 まぁ驚かすと言っても大したことはない。ただ扉の前に立っているだけである。ただ、超至近距離で。つまり相手は扉を開けた瞬間に超至近距離で僕と遭遇するわけだ。我ながら、素晴らしくくだらない悪戯だと自負している。

 というわけで扉に張り付いて立っていると、外からぶつぶつと声が聞こえてきた。…何と言っているかはよくわからないが、何かに期待している。放課後無人|(今回は僕がいたわけだが)の教室に入ることに何か期待するなんて、パンを咥えて曲がり角で誰かにぶつかるのに期待するのと同じレベルだろ。

 がらっと、僕の予測より早く扉が開いた。

「うわわっ!!」

 これだけ期待通りに驚かれると、何だか驚いてもらったような気がして逆に達成感を感じない…否、そんなことがどうでも良くなるほど僕が驚かされてしまった。

めちゃくちゃ可愛いじゃん。

 超至近距離の僕に驚いて座り込んでいる女の子(女子と呼ぶのは恐れ多い)は、美しい黒髪は肩口くらいの長さで、しっとりというよりはふわっとした感じ、色白の肌に、顔のパーツがきれいに収まっている。それはもう、そのまま美術館に置いとけば金がとれるんじゃないかってレベル。すっげー唇柔らかそう。眼はやや釣り目なのだろが、眉毛との関係か別に恐い印象は与えない。スタイルも健康的だし、身長はそこそこあるし、出るところは出ている。そこらへんの女子に細けりゃいいってもんじゃない、と僕は説教してやりたい。制服も似合っている。この学校に来て良かったと心から思いました。今。

「あの…君、女の子を驚かしといてそれを悠々と見下すなんて、なかなかのSっ気だね…」

「わざわざその姿勢を変えずにその発言をする君もなかなかのMっ気だね。」

「あ、わざと座ってるのバレてたんだ…」

 なんで初対面でお互いのSMの立ち位置について話をしているのかさっぱりわからないが、まぁこんな可愛い子と話ができているのだからいいとしよう。

「ふうん、私のこと可愛いと思ってくれてるんだ。」

「まだそんなことは一言もいってないが…」

「そう?黒髪がどうとか、美術館がどうとか、眉毛の角度とか、スタイルがどうとか、ブレザーのブラウスがエロいとか、私の唇を奪いたいとか言ってた気がしたんだけど」

 微妙に内容が歪められている。だいたい合ってるけど。

「奪いたいとは言ってないぞ。」

「舌は入れてあげないよ?」

「普通のキスはしてくれるのか?!」

「きゃーここにセクハラ男子がー」

「棒読みでさらっと酷いこと言ってんじゃねぇ!」

 何だこの子……なんだかずっと前から知り合いのような、懐かしい感じがする。

「ところでセクハラ君。」

「不愉快な呼び方するな!」

「そう?女子専用車両にはノーパンノーブラの痴女が必ずいるって信じてる人を上回る存在だと感じてたんだけど。」

「それはAVの発想だろ!実際いるとか思ってないから!それに僕そんなハイレベルじゃないから!もっと健全なレベルのAVしか知らないから!」

「あ、やっぱりAVみてるんだ?男子高校生だね。」

「……不覚!」

 なんなんだこの子…会話が常識の斜め上を言ってる。しかも蛇行してる。

「あぁーあ、放課後の教室で素敵な出会いとかないかなぁと思ってたのに、まさかセクハラ君がいるとはなぁー」

「お前は痛い子ちゃんだな。しかも重症な。」

「まぁ君がセクハラ君だろうとパワハラ君だろうとどっちでもいいんだけれど、」

「どっちでもねぇしどっちでもよくねぇよ!まずパワハラはどこから出てきた!」

「今日ここで私とこういう変な会話したっていうのは忘れてね。私はみんなの前じゃ普通の女の子で通ってるんだから。」

 唇に人差し指をあてて言う女の子。自分のことを変だと自覚しているらしい。

「じゃあ僕の前でも普通の子でいようぜ。」

「……」

 そこで女の子は少し悲しい顔をした―ようには見えなかったかもしれないが、僕にはそれがわかった。

「そうだよね。まぁ気にしないで。」

 顔は笑顔だが、実際はそうじゃない。なんて作り笑顔のうまい子なんだ。普通騙される。

「じゃあまた会いましょう。」

 そういって女の子はまわれ右をして歩き出した。

「あぁ、待てよ!」

 女の子は止まらずにずんずん歩いていく。なんだか逃げているように見える。

「お前と話してて楽しかったぞ!」

 聞こえたか聞こえなかったかはわからない。女の子は振り向かずに僕に手を振った。


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