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07 お菓子でできた、気の良い友人

 ――レイジュさんのお菓子大作戦は、早々に大成功を収めた。


 同僚の一人にそっとお菓子を差し出せば、そこからは面白いように人が釣れた。あの子と話すと美味しいお菓子がもらえるという噂はあっという間に広まり、それまでまったく交流のなかった他部署にまで、知人ができはじめた。


 複数人に一度にお菓子を差し出せば、大体はそのまま休憩に突入し、そこから世間話がはじまる。外出制限のある女官たちの「世間」は当然皇城内のことで、些細な噂話でさえ私には貴重な情報源だったし、しっかり相槌を打っていれば、人はだんだんと気を許してくれるようになる。「愛妾候補っていうから警戒してたけど、あなた意外と喋れるじゃない」と、それなりに親しいと呼べる同僚や先輩たちも出てきて、私の女官生活はようやく滑らかに回り出していた。


 一番親しくなったのは、同じ部署の灯華(トーカ)という明るい茶色の髪の女官だった。同い年ということもあってか、以前から何かと話しかけてきてくれていたのだが、お菓子をあげたら一気にぐいぐい来るようになった。

 本当は最初から仲良くしたかったらしいのだが、部署の長に止められていたらしい。でも私の方から近づいてきたのだからもういいよね、と遠慮をやめた彼女は、兄に似てとても明るく、竹を割ったようにからっとした性格をしていて、私も素直に好感を持った。


 もちろん彼女にも秘密はひた隠しにしているけれど、一日に一回は宮に遊びに来てくれる彼女のことを、損得抜きで楽しみにしていることは確かだった。

 「そういえば、」と、今日も今日とて私の宮でのんびりおやつとお茶を楽しんでいたトーカが急に顔色を変え、私を軽く睨んだ。


「うかうかしてる場合じゃないよ、アンジュ。――実はもうすぐ、お妃候補の貴族令嬢たちがお城にやってくるらしいの」

「――へぇ」


 初耳だった。兄は何も言っていなかったし、月柏怜(ゲツハクレイ)でさえ、私に何も語らなかった。

 だがその明るい性格で、部署、あるいは階級を問わず友人・知人の多いトーカの、「自称ただの噂話」は、かなり正確だ。

 兄に関わる重要な噂話を聞き逃すわけにはいかなかったが、この話をしたくてたまらないらしいトーカは私が促すまでもなく、進んで話の先を喋ってくれた。


婚部(こんぶ)の発案らしいんだけど、もう城に貴族令嬢たちが呼ばれることは確定してるんだって。今は城に呼ぶ令嬢たちの選定をしてるみたい。だけどほら、皇都に住んでる年頃の令嬢(ひと)って、すでに一度陛下に引き合わされてるじゃない。だから今回はまだ陛下にお目にかかったことのない、十代から二十代の地方貴族の娘さんが呼ばれるみたいよ」


 ――十代から二十代の、地方貴族の娘。

 身体が自然と、恐怖で震えた。


『――ねぇアンジュ。おまえのような身分の者が、わたしに逆らえると思っているの?』


 記憶の奥底に閉じ込めていたはずの嫌な思い出が蘇ってきて、私は咄嗟に手のひらに爪が食い込むほど強く、両の手を握り込んだ。

 トーカに気づかれないよう必死に深呼吸を繰り返すと、今度は兄の声が力強く耳に響いた。かつて何度も繰り返しかけてくれた、温かな声。


『大丈夫だ、アンジュ。今度はもう、誰にもおまえを傷つけさせない。必ず俺が守るから、過去の亡霊のことなど忘れてしまえ。あれはおまえには必要のないものだから』


 兄の声に励まされた私はなんとか自然な口調で「そうなんですね、全然知りませんでした」とありきたりな相槌を打つことができた。

 けれどトーカは私の返事が気に食わなかったらしい。子どもっぽく「むー!」と頬を膨らませ、怒ったように言う。


「そんな呑気なこと言ってる場合かー! これがどういうことかわかる⁉ あんたがもっと頑張らないと、陛下が他の女に奪われちゃうってことなんだよ⁉」

「……そう言われても、何度も言っていますが、私と陛下はただの古馴染みで、そういう間柄ではないので……」


 トーカは、いい人だ。いい人だが、私と兄が話している現場に遭遇し、一欠片も愛だの恋だのいう甘酸っぱい雰囲気が流れていないことを知ってなお、私と兄をくっつけようとし続けるその姿勢だけは理解できなかった。なんなら月柏怜よりも勢いがある。

 何故そんなに熱心なのだ……と呆れるを通り越してたじろぐ私に、「馬っ鹿もん!」とトーカは言う。


「最初から妃狙いの女なんて、性悪に決まってる! 性悪貴族令嬢が妃になって、その女にああしろこうしろって無茶苦茶な注文をつけられて必死に仕事しなきゃいけないより、着るものに無頓着なあんたに『ああ、着られればなんでもいいので、みなさんの好きに仕立てて下さい』って言われる方が一〇〇倍楽しいに決まってるでしょう!」

「……いやそれ陛下はまったく関係ないですよね?」


 どこをどう聞いても、トーカの個人的な希望でしかない。

 言うと、トーカはまた「馬鹿!」と叫んだ。


「性悪貴族令嬢と結婚しちゃったら、一番大変なのは陛下なんだよ⁉ それに優しくはあるけど、たとえ女官でも女の人にはあからさまに距離を取ってる陛下が、唯一アンジュには明らかに気を許してるんだもの。たとえ恋愛感情がなくたって、性悪女と結婚するよりずっといいって!」


 そう言われても、私たちは死んでも結婚できないんです。何故かと言うと、血の繋がった兄妹だから。この世でたった二人の兄妹だから。

 けれどそれを、トーカに告げるわけにはいかない。私は頬を引き攣らせながら、曖昧に微笑んだ。

 トーカはそんな私にずずいと迫り、左の人差し指をピンと立てて真剣な顔で発言した。


「地方の貴族令嬢がやってくるって聞いて、私以外の女官や文官たちにも貴族令嬢とアンジュのどちらが妃にふさわしいか聞き取り調査をしてみましたが、アンジュと一回でも言葉を交わしたことのある人間は、みんなアンジュの方が良いって言ってたよ。その数なんと五十四名」


 多いな。というか、よくそんなに聞いてまわったものだと、私は内心拍手を送りたくなってしまった。何がトーカをそこまで突き動かすのだろうと改めて甚だ疑問に思ったが、トーカのあまりの真剣さに押されて、口に出すことはできなかった。


「だってアンジュ、いい人だもん。愛妾候補って夢みたいな立場になったのに、浮ついてないし、立場を笠に着るようなこともないし、しなくていいって言われてる仕事もちゃんとこなしてるし、仕事ぶりも丁寧だし、お菓子もくれるし」

「絶対最後が本音でしょう」


 私は小さく笑ったが、トーカは真剣な表情を崩さなかった。


「――アンジュは真面目に取り合おうとしないけど、アンジュと陛下って、本当に相性良いと思うのよね。自分じゃ気づいてないかもしれないけど、雰囲気とか振る舞いとかが、なんとなく陛下に似てるもの」

「――――…………」


 私は内心舌を巻いた。

 トーカの観察眼は侮れない。

 皇城に来て、私と陛下()が似ていることを指摘したのは、あなたがはじめてですよ、トーカさん。

 もうこれだけ長く素顔と本名に近い偽名(名前)をさらしているのに、本当に呆れるくらい、だぁれも気づきやしないのだ。

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