表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

06 余ったお菓子をどう使おうか

「わぁ! これ美味しいねぇ! こんなのはじめて食べたよ……!」

 

 私の勧めた果実飴を一口かじった玲樹(レイジュ)さんが、思わず、と言った様子で感激の声をもらした。

 レイジュさんは私の皇城での唯一の友達(?)だ。おっとりとかわいらしい外見をした、私より七つ上のお兄さんで、優しくて穏やかな中身そのままのふんわりとした雰囲気を纏っている。私などよりもずっと可憐で優しいレイジュさんのことが、私はとても好きだった。


 厨房の雑用係として働くレイジュさんが、忙しい仕事の間を縫って遊びに来てくれたのは、午後二時を少し過ぎたころ。

 おやつとして差し出した果実飴を気に入ってもらえて嬉しくなった私は、薄い飴のかかった果実が規則正しく整列した桐箱を、ずずい、とレイジュさんの前に押しやった。


「どうぞ、お好きなだけ食べて下さい」


 慎ましやかな性格ゆえに悪いよ、と遠慮しようとしたレイジュさんに、私は説明した。


「いえ、正直、たくさん食べて下さった方が助かるので、どうぞ遠慮なさらないで下さい。……実は後宮入りの打診ばかりに来るのは悪いと思いはじめたらしいハクレイさまが、最近お菓子を持参されるようになって。けれど毎回結構な量なので、一人では処理し切れなくて、困っているんです」


 ひどいことを言ってわざと傷つけたつもりだったが、繊細な見かけに反してかなり根性のあるらしいハクレイは、どこか気まずい笑みを浮かべながらも打診に来るのをやめようとはしなかった。

 そして何故か手土産まで持参するようになり――本人から聞いたところによると、部下に買いに行かせているのではなく、毎回自分で購入してきているらしい。律儀なことだ――、私はハクレイの手土産攻撃に、地味に困らされていた。兄に食わせても一向に減らない、甘ったるい菓子の数々。

 レイジュさんがおっとりと不思議そうに首を傾げた。


「珍しいね。アンジュちゃん、前に、受け取ることで変に誤解されたら困るから、贈り物の類は一切受け取りませんって、貴族っぽい人からの高そうな贈り物、断ってたのに」

「そうですね。その姿勢は変えてませんけど、ほら、あの人には『詫び』以外の他意がなさそうじゃないですか」


 そう言うと、レイジュさんは納得したようにかわいらしく笑った。


「そうだよねぇ。あの人自身が、賄賂とかが大嫌いな、潔癖っぽい性格してそうだものね。……と言っても、僕みたいな部署の人間だと全然関わりがないから、全部アンジュちゃんから聞いた話から推測した、妄想なんだけど」

「……大体合ってますよ。それに安心して下さい。私だって本来、あんな高級官僚と関わり合いになる部署じゃないですから」

 

 レイジュさんは「そうかな」とふんわりと笑い、今度は杏の飴を手に取って摘まんだ。 

 ……レイジュさんの細い指先は、あかぎれや切り傷でぼろぼろだった。

 数え切れないほどの皿を洗い、大桶何杯分もの大量の野菜の処理をし続けなくてはならない厨房の雑用係は、皇城でももっとも過酷な仕事の一つに数えられている。仕事の過酷さに絶えきれず、次々に人が辞めていく分、採用されやすくはあるのだが、この手の荒れ具合を見ていると、さすがに心が痛んだ。


 けれどレイジュさんには特に気にした様子はない。パリパリと飴が割れる小気味いい音が、部屋に中に響いた。

 さすがに口の中が少し甘ったるくなったのか、緑茶に手を伸ばしたレイジュさんが、ふと桐箱に並ぶ飴たちを見て、何かを思いついたという顔をした。


「そうだ、アンジュちゃん、これ使えるんじゃない?」

「……使えるって、何にです?」

「ほら、アンジュちゃん、愛妾候補になってるせいで、他の女官の人たちから遠巻きにされて困ってるって言ってたでしょ? 色々話を聞きたいのに、話しかけようとすると逃げられちゃうって」

「ええ、まあ」


 私がどういう立ち位置にいるのか、いまいちはっきりしていないせいで、同僚たちからは関わり合いになるのはごめんだと思われているようだった。


「それを、お菓子で釣るって言うのはどう? ほら、皇城勤めの人たちって、外出の機会がほとんどないし、甘味が振る舞われる機会もないから、甘い物の類がとっても貴重でしょう? それもハクレイさまの下さった見るからに高級そうなお菓子なら、みんなついつい釣られちゃうんじゃないかなって思ったんだけど……」

「なるほど」


 レイジュさんの提案に、私は力強く頷いた。

 この手段なら確かに持て余していたお菓子も消費できるし、一石二鳥かもしれない。ハクレイも、「余ったらどうぞ人に……」と言っていたし。


 ……友達と呼べる存在が欲しいわけではない。だが、出来れば他の女官たちと、友好的関係を築いておきたかった。味方とまではいかなくとも、友好的な人間が増えれば増えるほど、皇城では生きやすくなる。

 兄と母が私を後宮から脱出させることができたのも、日頃から親しくしていた宦官や下男たちが命を省みず協力してくれたからで、その経験から私も、いざというときに手を貸してくれる人々を見つけておきたいと思っていた。


 ――もし兄の恋人の存在に気がついた臣下たちが、兄の恋人を始末する動きを少しでも見せたなら、その前に私がなんとしてでも兄の恋人をここから逃がす。

 

 兄の恋人をこの恐ろしい皇城へ連れてくることを決めたとき、私は勝手に兄にそう誓った。

 兄も兄の恋人も、そんなこと欠片も知らないけれど、それが私の覚悟だった。


「本当に、素晴らしい案ですね」


 心からの賞賛の言葉を贈ると、レイジュさんは照れたように微笑んでくれた。

 名残惜しそうにしながらも、「そろそろ戻らなきゃ」と呟いたレイジュさんにも、飴を包んで渡す。これには別の意味があった。最下層も最下層の仕事場で、一人だけ甘い匂いをぷんぷん漂わせていると気まずいだろうという、私なりの配慮だ。

 レイジュさんに、私の企みを背負わせる気はない。

 私は今まで、たくさんの人に守ってきてもらった。異母兄たちによって一度は死の淵にまで立たされた私が、今こうして生きているのが何よりの証拠だ。

 だから今度は私が守る。私の大切な人たちの平穏を守るために、私は私にできることを、するだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ