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11 そうして過去が追ってくる

 半月という期間はあっという間に過ぎ、とうとう兄の嫁候補の地方貴族令嬢たちが皇城に到着した。

 彼女たちは皇都の高級宿屋に一月ほど宿を取りながら、毎日皇城に出入りし、皇帝の目に留まるのを待つのだという。また、日替わりで謁見の予定も組まれており、兄は令嬢たちの到着前からげっそりしていた。……ままならぬ皇帝陛下さま。本当にかわいそうだと思う。


 招かれた令嬢たちの態度は、主に三種類。

 地元に恋人でもいるのか、早く帰りたそうにしている者、皇帝に選ばれることはないだろうが、良い思い出になるだろうと割り切って楽しく過ごしている者。そして皇妃の座を狙う気満々の、野心家のご令嬢たち。

 皇妃狙いの令嬢たちは、あくまで「候補」の一人に過ぎないと言うのに、すでに我が物顔で皇城を歩きまわっていた。実家から引き連れてきた侍女たちのみならず、城の者たちさえ顎で使おうとする。おかげで入城から十日もせぬうちに、皇妃狙いのご令嬢たちの評判は地に落ちていたが、なんとも幸せなことに、ご令嬢たちの耳には届いていないようだった。


「あー、本当(ほんと)くそったれだわ! たかだか候補に過ぎないくせに、何をあんなに偉ぶってるんだか」


 朝の仕事を終え、昼食を食べに休憩室に向かう途中、私の隣を歩いていたトーカが吐き捨てた。私とトーカの後ろを歩く二人の同僚のうちの片方も「本当(ほんと)よね。あんな人たちをうちの賢い陛下が選ぶわけないっつーの!」と激しく同調した。


 二人がここまで言うのには理由がある。先ほど私たちの仕事部屋に令嬢の一人がやってきて、「自分のための衣装を作って欲しい」と言い出したのだ。しかし当然そんな我儘を聞いてやる義理はない。部署長が不在だったので、代表して先輩がとても丁寧に断ったのだが、「私は次期皇妃なのよ! どうして言うことが聞けないの!」と散々わめき散らしてくれたので、私たちにはどっしりとした疲労が溜まっていた。

 だからここが令嬢たちも通る可能性のある廊下とはいえ、後ろを歩くもう片方の女官も「そんなこと言っちゃダメ!」などとお利口なことは言わなかった。もちろん私も。


 ただ面白いのは、兄にはちゃんと見る目があると思われていることだった。先ほど「あんな人たちをうちの賢い陛下が選ぶわけないっつーの!」と言った同僚女官のみならず、私の周囲は全員が全員「あんな最低の人間性をしたやつらを陛下が選ぶはずがない」と断言している。

 結婚問題に振りまわされてばかりに見える兄だが、ちゃんと自分の頭で一つ一つ物事を考え、わからないことは素直に人を頼り、民に尽くしている。城内でも身分を問わず、気さくに人に話しかけるので、兄は即位してまだ半年も経っていないというのに、城内の者から大層慕われ、信頼されていた。私の誇らしい兄。

 公にはできない妹の私が保証する。兄の見る目は確かだ。兄の恋人は、使用人階級を下に見るご令嬢たちとはまるで違う。とても優しい、慈愛に満ちた人だ。


 なおも続くトーカたちの怒りに耳を傾けつつ、兄のことを考えていると、ふいにトーカが私の方を見た。――正確には、私の足元を。


「……足、痛いの?」

「えっ?」


 どうしてそんなことを聞かれるのかわからない、と私は思ったけれど、トーカの瞳は真面目で、そして心配の色が浮かんでいた。


「気付いてないの? さっきから左足、少しだけど引きずるようにしてるじゃない。大丈夫? どこか捻ったの?」


 左足、と聞いてぴんと来た。

 私は足を止めぬまま、素直に答える。ここにいる面子はみな、風呂の時間が大体一緒になる関係で私の背中の傷跡について知っているので――そしてその傷がつけられるに至った理由についても軽く話しているので、触れても大丈夫だろうと思ったのだ。


「実は昔、左の足裏を派手に切ってしまったことがあって」


 しかしその段階で、トーカのみならず同僚たちはぎょっとしてしまった。トーカが叫ぶように言う。


「ちょっと待って、アンジュ! あんたってばそんなところにも傷があるの⁉ 本当に全身傷だらけじゃない! 同い年なのに、一体どういう人生歩んでるのよ!」


 公主として生まれ、異母兄たちの魔の手から逃げるために向かった地方で散々いたぶられ、その後兄と再会し、なんやかんやあって今に至る人生です、とは口が避けても言えないので、私は微妙な顔で曖昧に微笑んだ。なんとか誤魔化されてくれないかと思った。

 そのうちに、他の同僚まで会話に参戦してきた。


「背中の傷をつけた人と同じ人にやられたの?」


 そこで私は緩く首を横に振った。


「いえ、違います。これは異母(いぼ)(けい)ですね」

「異母兄? アンジュ、あんたお兄ちゃんいたの⁉ 初耳だわ」

「ええ、いましたよ。……私はちょっと異母兄たちと折り合いが悪くて、苛められてたんですよ。小突き回されるのは日常だったんですが、普段と違ったのは、そこが川だったんです」


 正確に言えば、後宮内に作られた人工的な浅瀬だったのだが、そんなことは言えないので、適当に誤魔化しておく。


「まあ本当に浅い川だったんですが、そこで遊んでいたときにわざわざ異母兄たちがやって来て、いつものように小突き回してくれたんですが、追いかけられていたぶられている最中、運悪く川底に沈んでいた大きなガラス片を踏んでしまいまして」


 話を聞いただけで痛いと、トーカたちが三人揃って恐怖に顔を歪めている。


「それでざ、ざっくりいっちゃったんだ……?」

「ええ、ざっくり切れました。踏み方が悪かったのか、ガラス片がそういう形に割れていたのかはわからないんですが、見事にジグザグの――稲妻模様の傷跡をしてるんです。特徴的でちょっと面白いでしょう? ……医者曰く、傷の具合的にはもう痛むはずはないそうなんですが、精神的なものなんでしょうね。時々痛みを感じてしまって。そのときは無意識に引きずるような歩き方をしてしまうんですよね」


 言い終えると同時に、いきなりトーカたち三人抱きつかれた。何事だろうと驚いたけれど。


「アンジュ~、あんた若いのに苦労しすぎだよ~!」

「頑張ってる~!」

「苦労人なのに真っ当に生きてて偉すぎる~!」

「……あ、ありがとうございます……!」


 気遣ってくれるその言葉が、純粋に嬉しかった。少し前まで遠い距離にいたのに、随分仲良くなれたものだと、少しじんとしていると。

 廊下の向かい側から、一人の令嬢が歩いてくるのが遠目に見えた。付き従う三人の侍女。距離が離れていてもわかるほど、派手な衣装。兄の妃候補である令嬢に違いなく、私たちは一斉に廊下の端に寄り、可能な限り深く頭を下げて、令嬢が行き過ぎるのを待った。


 そのまま大人しく通り過ぎてくれれば、良かったのに。

 私はとうとう、恐れていた人に見つかってしまった。


 どこで気がついたのか、令嬢は私の真横でぴたりと足を止め、わざわざ私に向き直り、甲高く耳障りな声をかけてきた。




「――……ねぇ、おまえ、アンジュじゃなくって?」




 直接声をかけられてしまったからには仕方がない。懸命に、何にも怖じ気づいていない振りをしながら、私は顔を上げて、言葉を返した。こういうとき、表情が顔に出にくくなっていて助かったと、心の底からそう思う。


「……お久し振りです。風可憐(フウカレン)さま」


 彼女を目にするのは随分と久し振りであった気もしたし、すぐ昨日であった気もした。

 彼女は昔と変わらず――いやそれ以上に、その勝ち気さを強調するかのような派手な格好をしていた。高く結い上げた髪には金銀珊瑚で作られた豪奢な簪がいくつも刺さり、耳にも血のように赤い紅玉の耳飾りが垂れ下がっている。

 私が目にした妃候補の中で、もっとも派手な装いだった。いや実際、彼女が今回の妃候補たちの筆頭なのだろう。

 風家はかなり古い歴史を持つ地方貴族で、他家との繋がりも強い。そんな風家の一人娘である彼女は確実に候補に上がるだろうと思っていたが、やはり皇城に来ていたのか。……ああ本当に、会いたくなかった。兄に会いたいと、強く思った。

 左の足裏だけでなく、全身が、ズキズキとした痛みを訴えていた。


「お久し振りですって?」

 

 彼女は赤い紅を塗ったくちびるをきゅっとつり上げて、おぞましくにっと笑った。


「私の家から勝手に逃げ出して、散々迷惑をかけておいてよく言うわね。あれだけお世話してあげたっていうのに、この恩知らず。――ねぇ、あなたたち知っていて? この女はもともとうちの下女だったの。勝手に逃亡して、長いこと行方知れずだったけれど」


 彼女は後半、わざとらしく私の同僚たちに声をかけ、トーカを含む同僚たちは、ぎょっと目を剥いて私に視線を投げてきた。私は小さく、ごく小さく、「そうだよ」と頷きを返す。

 ……ハクレイが女医を連れてきたことで、水面下ではとっくに噂になっていた私の傷跡のことは、さらに大勢の人の知るところになった。そして直接どうしたのかと訊かれれば、私は隠すことなく前の主人にやられたのだと言っている。もちろん、トーカたちにもそう話した。だから彼女たちが、風可憐の言葉に騙されることはない。

 目にした誰もが揃って顔を背けるほどのひどい傷跡をつけた張本人。

 彼女は自分が私という下女を虐げたことは知られていない、知られているはずがないと高をくくっているのだろうが、それはもちろん私の兄にも、月柏怜(ゲツハクレイ)にも、炎雨林(エンウリン)にも、そして私の傷跡を知るすべての人に、とっくに知られてしまっていた。

 普通に考えれば、これは妃選考の上では取り返しがつかないほどの悪評価だ。


 ――これが私の張った予防線。うまく機能してくれそうで本当に良かったと、そこだけは密かに胸を撫で下ろす。


 地方貴族の娘たちが集められると聞いたとき、絶対に風可憐も呼ばれると思った。

 だから万が一にでも彼女が兄の妃にならないように、傷をつけたのは誰かをあえて口にすることで、私は彼女の評判を水面下で大暴落させることに決めたのだ。

 私の作戦を知らない彼女は、上から下までじろじろと私を眺め回して言う。


「それにしてもアンジュ、どうしておまえが皇城にいるの? あなたみたいな汚い女、皇城にはふさわしくないでしょう? おまけに女官の格好をしているだなんて、一体どんな手を使ったのかしら。……ああ、きっと汚い手ね。おまえは何から何まで醜いもの。――いいわ。元主人の責任として、私がおまえを追い出してあげる」


 そう言って彼女は顎で、後ろに控えさせていた侍女たちに、私を引っ立てるよう命じた。兄の耳に入りさえすればなんとかなることはわかっていたので、いきなり皇城を追い出されるかもしれない、という動揺は浮かんでこなかったが、強引に掴まれた手が痛くて顔が歪む。

 「お待ちください!」と、トーカたちが慌てて暴挙を止めようとしてくれたとき、「どうしたのですか?」と、涼やかな声の第三者が間に入った。それで侍女たちの動きが止まり、掴まれていた手が自由になる。

 橙色の珠の簪でまとめられた、美しい銀髪の、凛とした後ろ姿に庇われた。


 ――ハクレイだ。美しすぎる文官が、私を守ってくれていた。


 これでもう大丈夫だという安心感が、私を包んだ。

 集められた令嬢たちは婚部(こんぶ)の預かりと聞いていたから、彼女も当然ハクレイのことを知っていたのだろう。それでなくとも美形の月柏怜は有名人だ。

 皇妃狙いであることは明らかなのに、名家の出で見目麗しければそれでもときめいてしまうのか、喜色でぽっと顔を赤く染め、もじもじしながら彼女は答えた。


「ハクレイさま! 実はその女官は、以前我が家から逃亡した下女なのです。どうにも愚図で生意気で……。皇城にはまったくふさわしくない人間なので、元主人である私が責任を持って追い出そうとしていたのです。けれどどうにも暴れるものですから、少し騒ぎになってしまっただけですの」


 自分の正当性を主張する言葉に、ハクレイの薄青の瞳が冷たく光ったのが、背中越しでも何故かわかった。

 ハクレイは少し私の方を振り返り「これが傷の元凶ですか?」と目だけで確認してきた。私は静かに、大きく大きく頷く。

 途端、文官であるはずの月柏怜が、明らかに殺気立った。


 彼は、強く怒っていた。


 それははじめて目にする月柏怜の感情だった。

 普段はまったく穏やかで優しく微笑んでいるような男でも、このように怒りを全開にすることがあるのだな、と、私はどこか見当違いのことを思ってしまう。

 怒気を纏いながら、しかしあくまでも冷静で落ち着いた口調で、風可憐に宣告した。


「城で働く使用人はすべて、皇帝陛下の管理下にあります。陛下から監督の権限を預かっている女官長などでもないあなたが勝手に使用人を首にすることなど、許されはしません」


 兄という美形が身近にいるのでよく知っているが、凄んだ美形は怖い。風可憐は月柏怜に凄まれ、わずかにたじろいだが、もちろん彼女はこれくらいで挫ける柔な性格をしていなかった。

 「ですがこの下女は本当に……」ともごもごしながらも言葉を重ねようとしたが、月柏怜はそれを許さなかった。


「風可憐さま」


 鋭すぎる口調で、彼女の言葉の続きを封じ込める。


「妃候補の一人として皇城に来ていただいておりますが、あなたはあくまでもただの候補の一人であり、現状妃ではありません。――陛下の城で好き勝手する権限はございませんので、どうか勘違いなさいませんように」

「まぁ!」


 私にそんなことを言うなんて失礼ですわ、と言いたげに風可憐が声を上げたが、ハクレイの表情は揺るがなかった。

 さすが、二十二歳という若さで婚部の長という重要な役職を任されているだけのことはある。たおやかに見えて、しっかりとした芯があった。


 ……いくら風可憐が地方貴族の筆頭とは言え、月家の家柄には敵わない。おまけに一貴族令嬢と役職持ちの皇帝の臣下と、立場も違いすぎる。旗色の悪いことを悟った風可憐は、「何か誤解があるようですわね。また別の機会にじっくりとお話いたしましょう。今日の所はひとまずここで失礼しますわ」と、元来た道を引き返して行ってくれた。

 

 趣味の悪い、ド派手な衣装が完全に見えなくなったところで私は詰めていた息を吐いた。

 もうあの頃の小さな私ではないはずなのに、風可憐を前にすると、どうにも身体が強張った。月柏怜に礼を述べることも忘れ、苦しさを胸から吐き出していると、不意に腕を取られた。月柏怜が風可憐の侍女に強く握られた右腕を取り、検分するように見つめていた。


「……? あの、」

「赤くなっていますね。痛かったでしょう」

「……ええ、まぁ」


 かなり強く掴まれたせいで、右の手首付近にはうっすらと赤い跡がついていた。すると何を思ったのか、月柏怜がその跡を指でなぞりだした。思わぬ形で白魚のような指と触れあってしまい、動揺でびくりと身体が震えた。

 それは決して嫌悪ではなかったけれど、抵抗だと勘違いしたらしい月柏怜は、すぐさま手を離した。


「不躾な振る舞いをしてしまい申し訳ありません。痛そうだな、と思って、つい……」

 

 生真面目に頭を下げられて、ますます動揺してしまう。


「いえ、驚いてしまっただけで、気にしてはいませんから……」


 思えば、これだけ頻繁に顔を合わせながら、触れられたのははじめてだった。

 私が首を横に振ると、月柏怜は姿勢を正して、さっきよりも深く頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。


「婚部の招き入れた客人のせいで不快な思いをさせてしまったこと、心よりお詫び致します。今回の件は直ちに陛下に報告致します。風可憐殿には改めて厳重に注意させていただく予定ですが、また何かありましたら、どんなに小さなことでも直ちに報告して下さい。すぐに適切に対処致します」


 月柏怜が顔を上げた。彼の宝石のように美しい瞳が、力強く私を見つめている。

 その瞳があまりにも綺麗で、私は思わず自分を卑下してしまう。私は月柏怜のように綺麗じゃないから。


「ありがとうございます。とても助かりますが、私はただの女官ですので、そこまで気を遣っていただかなくても結構ですよ」


 かわいげのない私の言葉に月柏怜は一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻って、首を横に振った。


「いえ、それこそ気になされないで下さい。アンジュ殿が不快な思いをされていると、私が嫌なのです。……だってこれだけ頻繁に顔を合わせているのですから、私ももうアンジュ殿の友人と言って過言ではないでしょう?」


 茶目っ気たっぷりに微笑まれて、心臓が淡く跳ねた。綺麗な薄青の瞳が、親しげに細められていて。心の恋愛を司る部分が、急速に存在を主張しはじめる。

 うっすらと顔を赤くし、動きを止めた私に、月柏怜はなおも柔らかく言葉を重ねた。


「友人が嫌な思いをしているのは、私にとっても嫌なことですから。どんなに小さなことでも、遠慮なくおっしゃって下さいね。では私は陛下に報告を上げて参りますので、失礼します」


 律儀な月柏怜は、トーカたちにもアンジュ殿を守ろうとしていただきありがとうございました、と丁寧に頭を下げ、優雅さと素早さを器用に両立させながら去っていった。

 月柏怜の姿が完全に見えなくなると、廊下に他に人がいないのをいいことに、トーカたちが騒ぎ出す。


「ちょっとちょっと、さっきの何⁉ アンジュ、()()月柏怜さまとものすごい良い感じだったじゃない!」

()()ってなんですか……」

「馬鹿、知ってるでしょ? 月柏怜さまと言えば、炎雨林将軍と違って、女性を決して自分の近くに寄せ付けない方よ! 私、アンジュより随分長く女官やってるけど、ハクレイさまがあんなに親しげに女性に話しかけてるところ、はじめて見たわよ!」


 と同僚の一人が言えば、もう片方の同僚も「うんうん!」と大きく頷く。


「ハクレイさまって未だに亡くなられた婚約者の方に操立てしてるから、恋愛感情のあるなしに関わらず、『女性』とは必要最低限のやりとりしかなさらないのに! アンジュ、あなたすごい快挙よ! きっとハクレイさまの中で、アンジュは特別な地位にいるのね!」

「――で、アンジュもハクレイさまのことが気になってるんでしょ?」


 真顔でズバリ切り込んできたのはトーカだった。誤魔化しは許さない、と言わんばかりの真剣な表情に、私はなんと言うべきか迷ってしまう。私の逡巡をどう受け止めたのか、トーカは少し表情を柔らかくした。


「誤解しないでね。陛下がいるのに浮気者、って責めたいわけじゃないから。アンジュにも陛下にもお互いその気がないことはわかってるし、アンジュが幸せなら、相手はハクレイさまでも良いと思うのよ。美形だし、お金持ちだし、旦那としては最高じゃない。ただ、アンジュってちょっとわかりにくいから。アンジュの気持ちがどこにあるのか、親友として確かめたかっただけ」


 最後の一言を言うときだけ、トーカはやけに照れていた。私だってトーカと仲が良いと思っていたけれど、はじめて「親友」と明言されて、釣られて気恥ずかしくなってしまう。

 「親友」に真面目に問われたら仕方がない。私は誰にも言うつもりのなかった心を、そっと打ち明けた。暗く聞こえないよう、薄く微笑みながら。


「……そうですね。でもトーカさん。死んだ婚約者を愛し続ける人に恋をしても、不毛の極みじゃないですか」

「…………」

「死んだ人にはどうしたって勝てないと、よく言うでしょう? まぁ思い出は美化されて降り積もっていくものですから、仕方ないのかもしれませんが、だから別に私には、ハクレイさまとどうこうなる気はないんです」


 トーカと同僚二人は、黙り込んでしまった。

 私の言いたいことがわかりすぎるから、口を挟むに挟めないのかもしれなかった。


 ……月柏怜の、亡くなった婚約者への殉じ方ははっきり言って異常だ。最愛の妻を亡くしているというならまだ話はわかるが、彼の場合は婚約者に過ぎない。そして彼と彼の「姫」が婚約者だったのは、たった一月ほどのごく短い間の話だ。

 それでも婚約者を想い続ける彼は、死んだ婚約者以外の人間が恋人や伴侶として自分の隣に立つことを永遠に認めないだろう。たとえどれだけ老いたとしても、死ぬまで失われた恋に殉じ続けている様子がありありと浮かんでしまう。

 

 そう、月柏怜は真面目で、頑固で、どうしようもない男だった。死んだ婚約者にとっては最高の男かもしれないが、彼を想っている他の人間にとってはある意味でとても最低な男である。


 それでも己の意志を曲げずに貫くさまが、彼を誰よりも清く見せているのだろうと、私はそう思っている。

ストックがなくなったので、次回からのんびり投稿になります。明日の投稿もありません。

遅くとも4月中には完結させたいと思っておりますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。

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