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レコード針

作者: 月立淳水
掲載日:2026/03/14

■レコード針


1. 針、到達。


 地の底。

 百キロ、二百キロ……

 五百キロ、千キロ……

 二千、三千……

 五千百。


 何十年もかけ、やがて届いた『針先』は、カチカチの内核の上に、針を下ろす。


 五千百五十。


 設計者がマージンと言っていたわずかな余剰重量が、耐熱セラミックの針先を、内核の凹凸に押し付けた。


 そして、奏でられる、運命の音色。


 設計者自身が待ち望んだ、地球の詩。

 その針先から聞こえてくるのは――。


2. 無限のエネルギー


 荒唐無稽。

 大言壮語。

 ありとあらゆるファクトとペテン。


 事の始まりは二十余年前。


 エネルギー工学だの惑星物理学だの物性工学だの、よくわからないひとそろいの博士号を持った男、コムラは、熱弁していた。


「地球内部ではまだこれからも莫大なエネルギーが自然に生まれ続ける。我々は、そのほんの僅かを、火山や温泉として見る」


 彼が示している、地球の構造図。

 奥深くで生まれたエネルギーが、マントル対流で上部に運ばれ、火山として噴火しているアニメーションが流れる。


「そのうちさらにさらにわずかな部分だけが、我々が得られる、地熱発電。それ以外の多くは、宇宙に捨てられている」


 聞いているのは、史上最も個人で財を成したと言われる大富豪。

 エラルド・マスケット。

 彼はこれまでも、私財を投じ、様々な『革命』を起こしてきた。

 自動車、宇宙、AI、大陸。

 彼が太平洋に作った大陸には、数えきれないほどの妻とその子らが住み王国を形作っているという。


「エネルギーが出てくるのを、何億年も待つ? あり得ない。そしてそのころには、おそらく地球上のあらゆる大陸に、ハリネズミのように地熱発電所が作られ、エネルギーの奪い合いが起きている。そう、我々が何もしなければ」


 彼の示すアニメーションの中で、地殻の上にびっしりと地熱発電所が作られていく。


「だから、私は――我々は、根元を押さえる。熱の生まれるその場所を、先んじて得る。マントル、外核、そして、内核。そこから直接奪う。ほかの誰かの手元に届く前に」


 巨大なロッドが、ズドン、と音を立てるように、地球に突き刺さり、内核からオレンジ色のエネルギーを吸いあげ始める。地殻に築かれた地熱発電所は、花が枯れるようにしおれて崩れ落ち、消えていく。


「地球のすべてのエネルギーを得る。支配する。そして、分配する。人類の次のステージのために」


 ロッドの先で、新しい、未来的な都市が、花咲き始める。


「……エレガント。やろうか、コムラ」


 エラルドのこのたった一言が、プロジェクト開始の合図となった。


3. コムラ・カツヤ


 コムラ・カツヤは、日本人である。

 だが、長く海外生活をしており、そのアイデンティティは失われつつあった。

 あるアクシデントを機に、彼は何もかもを捨てて、研究の世界に没頭した。

 それは、後に『日本列島南岸大震災』と呼ばれる巨大地震。


 彼が勤め先の大学からがれきを踏み分け這いつくばりながら自宅に戻ったとき。

 彼の妻と娘は、こと切れていた。

 マンションで一斉に発生した火災により全棟が有毒ガスで満たされた。

 火はやがて消えたが、それまでの間に、マンションに住む多くの住民が、眠るように亡くなった。

 彼の妻と娘も、その被災者だった。


 火災の原因は、屋上や共用部にひしめくように置いてあったバッテリーだと後に知れた。

 マンション管理会社が蓄電事業に手を出し欲をかいて安全基準を無視して置いていた。

 そこから発生したガスが、全住民の命を奪った。


 コムラは、責任追及や賠償には、興味が無かった。

 ただ、ベッドに横たわる娘、そばで見守るように倒れていた妻。

 どんな思いで逝ったのか。

 それが知りたかった。

 だから、それを知るすべがないのであれば、誰の責任を問うつもりにもなれなかった。


 やがて。


 安全なエネルギー源を作ろう。

 そんな()()()()()()を胸に、彼は、超国家的プロジェクトとして結実する研究に没頭した。


4. 『ロッド』


 平均比重、7.49。


 その半径百七十メートル。

 半径百四十メートルのダイヤモンド製のコア。

 半径三十メートルのタングステンジャケット。

 先端に、タンタルハフニウムセラミックのスタイラス。


 役割は単純だ。

 ダイヤモンドコアは、熱を伝えるため。

 タングステンジャケットは靭性と重りのため。

 セラミックスタイラスは内核の高熱に接してロッド全体を支えるため。


 それが、メリメリと音を立てながら、地面に沈み込み続ける。


 ロッドの上部では、次々に3Dプリンタでタングステンとダイヤモンドが積層され続けている。


 コムラは、プロジェクトオーナーであり、顧問という立場にあった。

 だから、視察に来たエラルドの対応も、コムラの役割である。


「沈み込み速度は一日五百メートル前後。自重に加え、歯車式の打ち込み機を使う」


 しかし打ち込み機自身を地面に固定する力が足りず、その効率はあまりよくない。

 現状の到達点は、目標の一割にも達していない。


「遅い。足りないのは何だ」


「重力」


 コムラは端的に答えた。


「どのくらいほしい」


「太陽くらい、せめて木星程度」


「つまり、太陽からの脱出速度に匹敵する加速度だな」


 エラルドの的を射た言葉に、コムラは舌を巻く。

 ただの夢想家ではない。

 ありとあらゆる科学の素養の上に、荒唐無稽な夢想を描く、実務家と夢想家のハイブリッドだ。

 エラルドがSF作家になれば世界的なヒットを連発しただろう。


「ギャラクシーシップのエンジンをやる。欲しいだけ。燃料も無限だ」


 史上最大と評される、再回収型巨大ロケット、『ギャラクシーシップ』。

 そのエンジン『ギャラクシーイントルーダー』は、強力無比。

 固定を要せず反作用の力で純粋な加速度を生み出す装置としては、歴史上最強のガジェットだ。

 それを、惜しみなく使え、とエラルドは言った。


 やがて、ギャラクシーイントルーダーは、ロッドを叩き込む史上最大の大槌となる。


5. 副産物


 若き研究員が、興奮した声で語る。


「コムラさん! 最初に下ろした試験用のスタイラスから、何か信号が上がっています!」


 一方のコムラは、慌てた風もない。


「内核はつるつるの球体というわけではなかろうから、ひっかくような振動も上がるだろうさ」


「それにしても、です。何か、意図的に見えるんです」


 そうか、と言いながら、コムラは、その信号のノートを見る。

 そこには、確かに、不思議なパターンが記されている。


「正確に四十ミリ秒に一回。ただ、二時間前まではありません。しかしその前には、三十ミリ秒に一回のリズム。周波数を変えながら、パターンが出たり消えたり、そんな風に見えます」


「つまり、何か意味のある信号に見えるということだな?」


「そうです。単にずっと規則的なら、ロッド構成物と地球内部構造のシステムとしての共振周波数のようなものと解釈できますが、時折変わる、あるいはノイズにしか見えないものになる、これは、何か意味があるように思えるのです」


 その言葉に対し、コムラは、改めてじっとノート(音色)を見つめる。


「そうか。()()()か」


 その小さなつぶやきを、若き研究員は拾い損ねた。


 翌日、コムラはエラルドをオンラインコールに呼んだ。


「副産物だ」


 コムラはぶっきらぼうに告げる。


「地球の内核に刻まれたデータを読むことが可能かもしれない」


「どういうことだ?」


「地上で起きたあらゆる振動は、マントルや外核の境界で複雑に反射回折しながら、内核に届く。周波数特性に従った、音響のホログラムのようなものを刻む」


「なるほど。周波数解析をし、しかるべき逆関数を解けば、振動が地上のいつどこで起こったかを特定できる」


「さすがだ。つまり、地球が生まれて四十六億年分の『地表の揺れ』のすべてを明らかにできる」


「地質学の革命だな。各国研究機関からカネをとれそうだ。いつ実現できる?」


 エラルドは早速無茶なことを言うが、


「きわめて繊細な信号を拾い上げる必要がある。本番用のメインロッドが三本降りてスタイラスが内核に接触すれば、おそらく可能だろう。計画では、八年後」


「五年後だ。フェーズ2のメインロッド百七本にもすぐに着手し、チーム間で競わせろ。詳細は秘書が手配する」


「分かった。いい知らせを届けるよ」


 コムラは、不自然なほどあっさりと、エラルドの難題を受け入れた。


6. 狂騒曲


 スタイラスは、次々と内核に近づいていった。

 どのスタイラスが最も早く、地球の音楽を聴きとれるか。

 何億ドルと言う懸賞金がかかっていた。


 ゆえに、それは狂騒曲となった。

 どのチームも、めちゃくちゃな計画をたて、さらにめちゃくちゃに進行した。

 進捗は恐ろしいほどに加速した。


 やがて、マントルを抜け、重い重い外核を泳ぎ行くスタイラスからは、少しずつ、歴史が聞こえ始めていた。


 巨大隕石が恐竜を滅ぼした音。

 大火山が文明をガラスの街にした音。

 大地震が国家をズタズタにした音。


 次々と声を上げる、大地の記憶。


 それと引き換えに、地殻は不安定になっていった。

 コアから伝わる音楽は、すなわち、過去の大破砕の再生音。

 地殻と共鳴するのは道理だった。


「いいや。止めない。針をレコード盤に下ろすまでは」


 それが、コムラの決断だった。


 共鳴によりあちこちが揺れ、地下の『打ち込み場』では特にそれがひどかった。

 そこだけが、激しい地震に遭ったかのように揺れる。

 本棚は倒れ備品はぶちまけられ、天井が崩れて落ちてくる。

 誰もが命の危険さえ感じる。


「ははははは、すごいな、コムラ! 我々はまさに地球のエネルギーを支配しつつあるぞ!」


 各地の惨状を聞いたエラルドは、こんな映像通信をコムラによこした。

 それはまさに、プロジェクトの免罪符。

 彼がそう言えば、どれだけの犠牲を出しても、前に進んでよいということだ。

 彼が欲望を満たすためにすりつぶしてきた人生の数に比べれば、誤差のようなものだからだ。


 世界中の『打ち込み場』で、次々と惨事が起きていた。

 時に、懸賞金をあきらめるチームも出てきた。

 そうしたチームが出るたびに、打ち込み場の喧騒は増し命の危険は高まる。

 それでも。


「針を下ろす手を止めるな。針を下ろすんだ」


 コムラは、コムラの指揮するこの打ち込み場だけは、止まらない。


7. 地球の詩


 スタイラスが――針先が、ついに届く。


 内核に接し、沈み込みが止まると、膨大な熱エネルギーのくみ上げが始まる。

 発電量メーターは最大値を示し、水蒸気の吹き上がる音が地を満たす。


 同時に差動回転する内核の表面から、針先があらゆる音を拾いはじめる。


 巨大隕石の咆哮。

 パターン登録し、キャンセラーに打ち込むと、それは、消えた。


 歪む地殻の断末魔。

 パターン登録し、キャンセラーに打ち込むと、それは、消えた。


 そうして巨大な音をキャンセルしていくと、破壊と殺戮の音が消えていき――。


 静寂の中で聞こえてきた、もっともっと繊細な、命の音。


 クジラの鳴き声。オオカミの遠吠え。クジャクの求愛。


 振動が刻まれている、とコムラはかつて言った。


 つまり、ありとあらゆる『音』が、刻まれているのだ。


 コムラは、針を動かす。ダイヤルを回し、逆関数の時間成分を早回しする。


 石器を打つ音。

 青銅剣で戦う音。


 やがて。

 モーツァルトの、喜びの歌が、流れてきた。

 ショパンの、別れの曲が、流れてきた。

 ポップソングもヘビメタもアニメ主題歌も、聞こえてきた。


 何もかもが、そこに、刻まれていた。

 命が起こした奇跡のすべてが、刻まれていた。


 なのにコムラの顔には、感動の色一つなかった。

 それらすべてが、彼にとって、何の意味もない雑音でしかなかった。


 ふいに、コムラの頭上から、大きな岩塊が落ちてくる。

 機械ラックに当たって砕けた一部が、コムラの額と左腕を打った。

 鮮血が飛び散る。

 しかし、コムラは、ヘッドホンを押さえる手を、針先を制御するダイヤルを、離さない。

 ひたすらに聞き入る。


”おはようジャパン! XX月XX日XX曜日、まずはニュースラインです”


 それこそが、『その日』。


”今日もバケモン、ゲットだぜ!”


 当時流れていた十七時ちょうどに始まるアニメ主題歌のキャッチ。……あと二十五分。


”シロちゃん、きょうもお散歩いきましょうね”


 いつも十七時二十分きっちりに散歩をしてもらっていた、隣のシロの飼い主の声。


”ゆれてないか? おい、何かゆれてる!”


 逆隣に住む初老の隣人の声。


 そして、十七時二十五分。あらゆるものを破壊していった、地獄のような音が、吹き荒れる。

 悶絶、悲鳴、嘆きの声が、地上を満たす。

 コムラはぽたぽたと血を滴らせながら、その『雑音』を、キャンセラーで消し、待ち続けた。


 やがて、彼が真に欲していたものが、世界のすべてを終わらせてでも知りたかったものが、聞こえてくる――


”パパは、いつ、帰るの?”


”もうすぐよ、大丈夫、すぐに助けに来るから”


”うん、分かった。でももう眠いから、さきに、おやすみ言っとくね”


”そうね。おやすみ、パパ”


”おやすみ、パパ……”



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