狐の巫女
少女は飛び降りると、ゆずきの目の前に立つ。背丈はゆずきより少し小さい程であり、大人びた雰囲気がある。そして黒くて長い髪を後ろで束ねている
「へ?…異世界?」
聞き間違えでなければ今さっきこの少女は異世界と言っていた。周りの者達も固唾を飲んで見守る
「えぇ…言いましたよ?」
首を傾げ、「当然ですよ?」とでも言いたげな態度だ
「私があなた方をここに連れてきました…」
要するに、ここは異世界のようだ
「え…嘘でしょ…異世界転移したのにこんな真っ白な世界なの!?」
ゆずきが驚くのも当然だ。異世界と言われたら、まず思い浮かべるのが西洋な街並みだ。しかしここには岩しかない
「もういいです!僕帰ります!帰してください!」
ゆずきの叫び声を聞いた周りの人達も続ける
「そうだ!そうだ!」
「俺達を帰せ!」
段々と少女に非難が集まり、空間は騒がしくなってきた。しかし、少女は気にする様子も無く喋り始める
「すいませんでした、自己紹介が遅れました。私は人と人との繋がりを司る神…要するに、絆の神です。ベルと呼んでください」
その場が静まり返る。ゆずきは目を見開いて、震える手をベルと名乗る少女の方へと伸ばす。そして震えながらも、人差し指以外の指を引っ込めて、ベルに指を指す
「ま…まさか!?」
その場の空気が重くなる。周りの者はゆずきの次の言葉を待っているようだ
「まさか…まだ厨二病拗らせちゃってる感じですか?」
周りの者達は「は?」とでも言いたげな顔だ。それもそのはず「まだ厨二病拗らせちゃってる感じですか?」なんて言葉が発せられるとは誰も思わなかった
「いえ、違います」
シンプルに否定された。「何を言ってるんだこの人」でも言いたげな態度だ。しかし周りの者達からしても、ベルに対して「何を言ってるんだこの人」と思っているだろう
「ちなみに…ここは正確には異世界ではありません。異世界に行く準備をする空間です」
「準備?」
すると後ろの方から怒声が響く
「ふざけんな!」
「異世界だとかなんだとか知らねぇよ!」
しかしベルはこれに対して腕を組み、首を傾げる
「何を言っているのですか?この空間に転移した者は例外無く、年を越した直後に、元の世界を拒絶しているはずです」
ゆずきの場合は受験勉強の無い世界を望んだ。その為ここに飛ばされたようだ。そして周りの者達は口を開かない。先程までの勢いは完全に消え、沈黙が訪れる。恐らく彼らにも心当たりがあるのだろう
「やや強引な転移につきましては謝罪します…申し訳ありませんでした」
手を揃えて深く頭を下げる。とても丁寧な所作だ。そして数秒頭を下げると顔を上げる。すると水をすくい上げるかのような動作で手を真上に上げる
すると地面の何もない空間からとんでもない長さの布が出てくる。およそ数十メートル、古びた布だ。そして布の上には異世界らしい杖や武器が並んでいる。2メートル程ありそうな長さの木の棒の様な物の先に謎の水晶の様な物が付いている杖。細長く、どんなものでも切れそうなソード。他にも槍や弓などがあり種類が豊富だ
「凄い…でもここでは武器使える場所は無さそうだよ?」
ゆずきの質問が聞こえると、ベルはゆっくりとゆずきの方を振り向く
「はい…そのとおりです。ですから先程、準備をする空間だと言いました。あなた方には別の世界に行ってもらいます」
ベルが軽く何もない所に手をかざすと、空間が丸く裂け始め、トンネルの穴のようになった。穴の先はプラネタリウムで見る夜空の様だ。大量の星の様なものが見える
「武器を選んだ方はあちらの穴に入れば異世界に行けます」
周りの者達はその言葉を聞き、素直に選び始めた。どうやら異世界に行けることを考え、少しワクワクし始めたようだ
そしてゆずきは武器なんかよりも、急に現れた穴に夢中。目を輝かせはしゃいでいる
「見てみて!なんか星みたいなのある!」
するとベルが仮面の上から額を抑え、ため息をつく。そして穴に夢中なゆずきのTシャツの襟を掴むと、そのまま武器の所まで引きずり始める
「はいはい…後で好きなだけ見ていいですから、今は武器を選んでください」
大抵の者はもう武器を選び終わり、穴の中に歩いてゆく。もう残ってるのはゆずきともう一人だけだ
「あれ?もう木の枝しか残ってないよ?」
ゆずきの言った通り、布の上にはもう木の枝しか残ってない。一般人なら「ゲッ…木の枝かよ…」となる所だが、ゆずきは違う
待てよ…これ間違いなく実は伝説の杖、もしくは剣でしたパターンだよね…皆ゲームとかしない人達なんだろうな…
そしてゆずきはチラッと横を見る。隣で残っている女性は金髪で、髪を高い位置のポニーテールでまとめている。ゆずきより数センチ程背が高い。目はパッチリしていて美人だ。ゆずきは頬を少し赤くして、暫く見惚れていた
「あ、あの、私の顔…何かついてますか?」
「あ、いや、その…綺麗だなーって…」
すると女性は顔を真っ赤にして、手で口元を抑える。暫くすると手を下ろし、真っ直ぐにゆずきを見つめる
「ありがとうございます!」
彼女は凄く素直で、頭を勢いよく下げた。その様子をベルが大岩の上から眺めていた
「この枝、僕の予想だと実は伝説の杖だったとか剣だとかだと思います。譲るので受け取ってください」
「え!えっと…もし本当に伝説の武器だったとしたら悪いですよぉ…」
女性は少し遠慮しているようだ。そもそも伝説武器だなんて思っていない。しかし、ゆずきの輝く瞳を見て、ゆっくり布の上の枝を持つ
すると枝が凄い光を持って発光し始めた。ゆずきは両腕で目を隠し、女性は片腕で目を隠し、二人共光を防いだ
光が収まり、ゆずきが女性より先に目を開けた
「わー!もう目開けて大丈夫だよ!見て!」
女性はゆずきに促され、ゆっくり目を開けた
「え…」
女性は思わず声を漏らしてしまった。それもそのはず、先程まで持っていた木の枝がロングソードになっていたのだ。しかし次第に女性の顔に笑顔が満ちていく
「凄い…。本当にありがとうございます!」
パチッ…パチパチパチパチ
離れた所から見ていたベルが拍手を送る
「お見事です…」
それは木の枝を剣に変えた女性に対する称賛なのか…木の枝が伝説の武器だと分かっていながらも譲ったゆずきに対する称賛なのか…それは分からない
その後2人は意気投合。元の世界の話で盛り上がる。この女性は蒼華という名前らしい。年齢は18で高校生。髪は高校に上がる際に染めたようだ。蒼華は案外気さくで話しやすい
「えぇ〜!ゆずきさんまだ中学生なのぉ!?」
「えっと…受験生なんですけど…勉強する気になれなくて…」
蒼華が少し困った顔で何か言葉を返そうとした。しかし口を開いたまま固まる。蒼華の視線の先にはベルがいる
ゆずきは「なんだろう」と思いつつ、蒼華の視線が向かうベルの方向を向く。ベルは2人の話を邪魔しないように一人で待っていた。大岩の上から履いている草履を飛ばしていたりしている
「あ…えっと…私もう行きますね」
流石にベルに申し訳なくなった蒼華が穴に向かう
「またいつか!絶対に会いましょう!」
蒼華はゆずきに元気よく手を振って穴に入って行った
「なんかすいません…待たせてしまって」
ベルは岩の周りをグルグル回っていたが中断し、ゆずきに近づく
「あ…ちょっと待って…僕だけ武器ないんですけど…」
ベルはゆずきの前で立ち止まると、ゆっくり、その小さい手を差し出す
「では…私が貴方の剣となり盾となりましょう。行きましょう」
ベルの突然の言葉に暫く沈黙が流れる。そして沈黙を破ったのはゆずきだ。ゆずきはゆっくり目線の高さまで手を挙げる
「あの…いくら僕でも女の子をぶん回して剣にしたりとかは…」
その言葉で更に沈黙が流れる。ベルはきょとんとしてから吹き出した
「ふふ…ふははっ!あはは!………貴方…面白い方なんですね」
するとベルは、ゆずきに顔が見えない様に、下から仮面を手が入る程外して、思わず出た涙を拭った
「そういう意味ではないですよ。とにかく私も一緒に行くって事ですよ。行きましょう!」
ベルが強引にゆずきの腕を引っ張って穴に向かう。その姿は祭りではしゃぎながら親を引っ張る子供の様だった
「え…待っ!」
ゆずきの制止虚しく、ゆずきはベルに連れられ、穴の中に入って行った




